草津100ー番外編58『坪谷水哉(すいさい)M39』「草津入浴記」著

明治39年(1906)8月坪谷水哉は草津に1週間程、湯治滞在した。
●明治40年(1907)坪谷水哉は草津に住んだ医師:下屋学の
「草津鉱(古い字)泉療養法」序文を書いた。
明治44年(1911)坪屋水哉は博文館から「草津入浴記」
 『山水行脚』出版した。草津に一週間ほど湯治に来た時
 草津での当時の湯治の様子・滞在したときの見聞をまと
 めた。約一日の様子が書かれている。
  午前4時、湯治を終えて人力車、駕籠、馬などの乗物を使って出立
 する人びと・番頭・女中の慌ただしさが描かれている。午前5時、
 1回目の時間湯の合図が鳴り、湯ただれで歩行が困難な浴客が
 集まってくる姿を「アヒルの行列」に喩えた。朝飯の様子も書い
 ている。明治後半には、ほとんどが湯治客で「自炊」により滞在
 していたことが分かる。「3週間から7/8週間の長期滞在の湯治
 客が多いこと、世間のハイカラ風はいまだ侵入せず、客の待遇
 が17/8世紀頃と変化がない。」と述べている。    
              
画像




坪谷善四郎(つぼや ぜんしろう):水哉*************
文久2年(1862)2月26日(3月26日)~昭和24年(1949)3月24日

文久2年(1862)2月26日(3月26日)1越後国南蒲原郡加茂
(現・新潟県加茂市)に生まれる。
 東京専門学校(現早稲田大学)邦語政治科在学中、博文館に入社。

・明治28年(1895) 博友社の雑誌『太陽』の創刊にあたり。初代
  主筆として従事した。

・明治34年(1901)から7期、東京市会議員を務めた。

●明治39年(1906)坪谷水哉は草津に1週間程泊まった。

●1907年 「草津鉱(古い字)泉療養法」下屋学著が博文館から発刊
 された。 
 坪谷水哉は下屋学の「草津鉱(古い字)泉療養法」序文を書いた。

※下屋学…医師

「草津鉱(古い字)泉療養法」
序文
「昨年夏、余暑を草津温泉に避く。当時其地の浴医下屋学氏
一帯の稿本を懐にし、来り示して、余に序せんことを求む。
受けて、読めば、草津温泉の成分より、其の入浴法と効用を
説くこと甚だ詳やかなり。余曰く…(後略)


                 坪谷水哉(すいさい)

★草津の下屋医院:下屋学は、坪谷水哉に自著の序文を依頼した。
 『草津鉱泉療法』下屋学(1907)の序で坪谷水哉は
 「草津では数百年来の習わしで旅館制を採っておらず遊客向けではない
 ことを惜んで、旅館の改良を望んでいる。」



「草津鉱(古い字)泉療養法分析表」
調べた場所
①松ノ湯、②熱ノ湯、③鷺ノ湯、④地蔵ノ湯、⑤白畑の湯

「草津鉱(古い字)泉療養法目次」
一   温泉湧出の原理
二   草津温泉の気候風土
三   温泉の薬分及温泉の性状
四   温泉の健康体に対する作用(則ち生理作用)
五   温泉の医治作用(則ち病態に対する作用)
六   浴用の種類及其の功用
七   入浴方法及其の注意
八   入浴禁忌法
九   空気療養地としての草津温泉
十   温泉の蒸発器及其の吸入
十一  びうんの予防法
十二  入浴の起源
十三  草津温泉の内用
十四  温泉療養に兼ねる医薬の応用
十五  医療と療養
十六  入浴適応性病名
十七  精神保養
十八  長寿延命法
十九  入浴中の体力と其の結了後の体力の比較
二十  草津温泉浴医局
廿一 結論
  付録 草津温泉誌
(★国会図書館デジタルより写筆)


・明治40年(1907) 東京市立図書館(現日比谷図書文化館)建設
につくした。

●明治44年(1911)「草津入浴記」『山水行脚』坪屋水哉
博文館から出版した。
明治39年8月に草津に湯治に来た坪谷水哉は「草津入湯記」で
 当時の湯治の様子を克明に書いた。


・大正6年(1917) 大橋図書館(現三康図書館)の館長となった。

・大正7年(1918) 博文館の取締役に就任した。
   日本図書館協会の会長にもなった。
    新潟県加茂町(現・加茂市)に図書館建設を申請し、
    図書や金品を寄贈した。
・昭和15年(1940) 加茂町立図書館(現加茂市立図書館)の竣工
が実現した。
  図書館には自筆日記や書簡類等の坪谷善四郎関係資料を
  寄附した。現在でも保存されている。

・昭和24年(1949) 3月24日死去。享年88。


●「草津入浴記P67~P76」『山水行脚』博文館1911年
「 薬師堂の鐘が、午前四時を報ずると間も無く、早発の客が、前
 夜に注文したる渋川行きの人力車、沢渡や渋温泉行きの駕籠、軽
 井沢行きの馬など、早くも準備して旅館々々の店先に来り、声高
 く呼び起せば、忽ちにして雨戸を開く音、蔀(しとみ)を上る音、
 ガラ/゛\と賑やかに、頓(や)がて客の座敷へ帳場の番頭や女
 中の往来二三回ありて、会計も済みだりと覚しく、縁側より押う
 ように乗物に乗り、宿の主人始め家の者大勢に、町端れまで送
 られて、威勢好く出発するは最も景気好き客なり。」
…(略)…
  
「…午前五時の時間湯を報ずる種々の鳴り物の中に、喇叭(ラッパ)
 は熱の湯、鈴は松の湯、拍子木は白旗の湯なり。近く湯畑を囲ん
 で鼎(かなえ:三本足の入れ物)の如くに位置を占めたる浴場は、
 各各鳴物で浴客を招集すると、家々の客室から、浴衣の白きが
 ゾロ/゛\と、左手に手拭またはタオル、右に柄杓を携へ、まだ
 昨今到着したるは元気好けれど、十日乃至二週間も経たるは、股間、
 腋下したなど、激しく糜爛 (ただ)れて、歩行自由ならねば、
 股を広げて家鴨(あひる)の行列の如く、各自に平生入浴する浴場
 にと来り集まる。最も多き熱の湯は、同時に三百人ほども集まり、
 他の松の湯も大抵之に匹敵し、白旗の湯は百人位に過ぎず。浴場に
 集まりたる浴客中、身体の激しく糜爛(ただ)れたる者は、滞在の
 久しきだけ知己も多く、他の人々之を劬(いた)はりて、暫らく傍
に眺め居れど、自余の者は、浴衣脱ぎ捨て、各各(めいめい)に、
浴槽の傍に備へたる幅七寸、長さ六尺許りの板押つ取り、片端を湯
中に入れ、一列に並んで、ハア、コリヤコリヤ、ドツコイドツコイ
と懸け声勇ましく、調子を揃へて湯中を攪(か)き拌(ま)はす。」
…(略)…
「斯かる作業の総指揮者には、何れの時間湯にも、湯長、俗に隊長と
名くる者あり。…(略)…
「隊長は、□□□と柄杓を以て湯を自身の頭に注ぎて熱度を試験し、
大約三十分時間を攪拌したる後、最早入浴に適すると認めたるとき、
手を拍つて攪拌を制止せしむ。此時の熱度は大抵百二十度、隊長の頭
は一種の寒暖計にて、柄杓で冠(かぶ)り検して、一度でも其の熱の
加減を誤まることが無い。今まで湯の中を攪(かき)拌(ま)はす用
に供した板は、急に浴槽の両端に橋の如く列(つら)ねて架け、板と
板との間は二尺ほどづゝを隔て、浴客は其の板の上に行儀よく並び座
し、タオルまたは手拭を蔽(おお)ふたる頭を低く板の間に垂れ、直
径三寸、深さ三寸、柄の長さ五寸ほどなる柄杓を以て、槽中の湯を汲
んで頭に注ぐこと大抵百回乃至二百回、是で先ず熱湯中に入るも逆上
して瞑眩(めまい)する危険を予防し、斯くして一同の準備が出来る
と、隊長は正面なる時計の下に立ち、号令して曰く、
『御したく 準備が宜しければソロ/\下りませう』
『揃つて三分――』
之れが一同浴槽中に身を沈めたるとき、先づ隊長が下したる号令であ
る。」
…(略)…
「戦々兢々として身を下して脚を槽底(ゆのそこ)に着けたるとき、是
から三分間は、決して自由の行動を許されざる命令に接したるなり。
勿論一人にても身を動かして湯を煽(あ)ふれば、他の者は熱に襲は
れて堪へ難くなるなり。」
…(略)…
「一槽の中、一回約五六十人の浴客、大官、紳商、車夫、馬丁、貴賤
平等、上下無差別、尽(ことごと)く隊長の号令に服従して、唯だ其
の顔を板の上に現はし、一号令ごとに、
『オーイ』
と一斉に叫んで、之に和するのみ。頓(やが)て一分間経てり。
『改正の二分――』
之が隊長の第二の号令なり。」…(略)…
暫らくして
『限つて一分――』
と号令す。さア其頃になると、浴客は皆な顔色が火の如く赤くなり、
口を開いてホー/\と大息するものあれば、歯を
食ひしばつて気を張り詰めるもあり、一呼一吸、気息次第に困(くる)
しむ。隊長ジツと見詰めて之を慰さめ、
『ハアチツクリ御辛抱!』、
浴客の顔色は益〻赤く、呼吸は愈〻荒くなり、最早堪へ難きが如し。」
…(略)…
今は絶体絶命と覚悟して、次なる号令を待てば
『ハア辛抱の仕どこだツ』
と叫んで未だ上槽を許さず。最早眼も眩むばかりとなる一刹那、
『サア、そろ/\上りませう』
と叫ぶ頃には、既に号令が何と云ひしか耳にも留まらず、一斉に両
手を左右の板に懸け、ザブリツと音させるや否や、湯出蛸(ゆでたこ)
の如く赤くなりたる老幼一同の身体は、忽ち皆な板の上に在る。」
…(略)…
「号令の下に、第二組、第三、四、五の各組、入り更(かわ)り立ち
更(かわ)りて、総て三百人に近き浴客が、尽く第一回の時間湯を
済ます頃、客は次第に元気を快復し、柄杓やタオルを携へ、中には
此等を茶屋の女に托し、例の家鴨(あひる)に似たる怪しげの歩行
にて、各ヽ其宿に帰る。」
「第一回の時間湯を済まして後、始めて朝餐(ちょうさん)に向ふが
浴客日課の一なり。此地の浴客は、皆な自炊制度にて、最も贅沢な
るは一室に一人の定雇(じょうやとい)といふ下女を使役して飲食
を調理させ、然らざるは数室共同にて一人の女中を使役し、飯を炊
かし、惣菜を調(こしら)へさせる、火鉢に火を起す、室内を掃除
する。」

…(略)…
「鉄瓶の湯が沸いた頃、客が帰ってくる。身体が糜爛(ただ)れて
くると、見晴らしの良いところ、便所に遠いところと贅沢は言って
おれぬ。雇い女は、だいたい掛け持ち。朝食が終わる頃にはもう、
出入りの仕出し屋、牛肉屋、鳥屋、漬物屋、果物屋、貸本屋、小間
物屋などが注文をとりにやって来る。」
漬物屋や果物屋の中年配の婦人などは二三回買うと,なれなれしくも
部屋の掃除までする。その時客は注文した新聞や小説などを寝ころび
ながら読んでいる。貸本の種類には,近頃流行の宮本武蔵、岩見重太
郎伝などがある。片膝立てて下を見ているのは,足のっめを切ったり、
糜爛(ただ)れの手当てをしている。相手のいるものは,囲碁や将棋
をやり、一人の場合は外に出て大弓の稽古に行く。」
…(略)…

「トツトツト――の喇叭(ラッパ)、チリンチリンの鈴、午前九時に第
二回の時間湯開始を報ずれば、浴客は例の如く入り慣れたる浴場に集
まり、規定の如くに浴し了(おわ)つて室に帰る。此時最早正午に近
く、午餐(ひるさん)済ましての散歩地は、市街の四方を繞(めぐ)
らす高丘の中に、南に薬師堂、北に白根神社、西方には金比羅社、賽
ノ河原などあり。然れども歩行に悩むほど糜爛(ただ)れた者には、大
抵一室に閉居して、唯だ雑談に時を消(ついや)すばかりなるも、流
石に温泉の効能は顕著にて、糜爛(ただれ)の為に半身不随なる者も、
元気は極めて旺(さか)んに、食欲も甚だ進み、長き一日を五回の入浴
と、三回の食事とを以て、唯一の課業と為す者多し。」

「土地は海抜四千尺の高所、四面は皆高山で囲まれ」
…(略)…
「遁(にげ)るにも隠るゝにも路の無い別天地なれば、世間のハイカラ風
は未だ此土地に侵入せず。千年以来の温泉地といふにも似ず、客の待遇
法は依然として十七八世紀頃と変化なく、総ての客は自炊にて、席料、
夜具代、米味噌、油代、湯銭等の名目にて賄ふ制度なれば、避暑客遊
覧客の為には、不便を感ずること多きも、無用の経費は極めて稀に、シ
カも贅沢を好めば、料理屋も数軒あり、芸妓も二十数人あり。」
…(略)…
「シカシ浴客の大部分は例の時間湯に入て、一生懸命に治療を専門とする
湯治客にて、短かきも三週間、長きは七八週間も滞在するが多く、盛暑
の侯、最も浴客の多きときは、一時に三千人を普通と為すとぞ。」
…(略)… 
…(略)…
「また旅館は大抵家々に内湯を備ふ。」
…(略)…
「湯量は極めて豊富に、何れも硫黄泉とて、湯の底には黄色の硫黄を堆
積し、湯は多量の硫酸を含み、其の味は酸味を帯び、久しく浴するとき
は、身体中の皮膚柔かき部分に糜爛を生ずるなり。然れども此
所へ来ては、糜爛の出ぬ間は、浴客として幅が利かぬ。
…(略)…

●夜  
「滞在一週間許りなる余は、糜爛(ただれ)も発(で)ねば、幅も利か
ず、昼は山に登り、大弓を引き、夜は燈下で時間を消すに困(くる)
しみ、毎日見るまゝを此所まで書きつくる。」
…(略)…
「隣に三味線の声がして、常盤津が始まった。声が美しいので
「どこの人か?」
と聞くと、だんなと東京から来た50ばかりのご婦人ださうだ。」


 


随筆の特徴***********************
●午前4時
 薬師堂の鐘が午前4時を知らせると早発の客・番頭・女中が動き始
 める。そして、会計・見送りとなる。
 ★朝の忙しさの描写している。

●午前5時
①ラッパ・鈴・拍子木の合図
 喇叭(ラッパ)は熱の湯、 ⇒300人程
 鈴は松の湯、 ⇒300人程
 拍子木は白旗の湯。   ⇒100人程
と決まっていることが分かる。

②入浴準備の描写
 合図で家々から白装束でぞろぞろとおそらくは左手に手ぬぐい・タオル
 を持ち、右手に柄杓を持って、・・・と時間浴する者の様子が
 描かれている
 
 10日~2週間も滞在のしている者は、股間や腋下がただれ、擦れて
  (だぶん痛いので)股を広げているで、まるで家鴨(あひる)の
 行列のようだと表現している。
 熱の湯⇒300人程
 松の湯 ⇒300人程
 白旗の湯⇒100人程

③湯もみの描写
 客が浴槽の傍に備えた幅七寸、長さ六尺(180cm)位の板
 を片端を湯中に入れ、一列に並んで、ハア、コリヤコリヤ、ドツ
 コイドツコイと懸け声をかけて調子を合わせて湯を攪拌する。」

④隊長の行動の描写
「隊長の頭は一種の寒暖計にて、柄杓で冠(かぶ)り検して、一
  度でも其の熱の加減を誤まることが無い。」
 ⇒入浴客は板の片付け

 「揃つて三分」
 「ハアチツクリ御辛抱!」といった湯長の号令の描写
 「湯出蛸の如く赤く」なった湯治客の描写

④入浴の描写
 隊長は
 『御したく 準備が宜しければソロ/\下りませう』
 『揃つて三分――』
『改正の二分――』
『限つて一分――』
客は
 時間湯は熱いから、皆そうっと入る。
「一槽の中、一回約五六十人の浴客、大官、紳商、車夫、馬丁、貴賤
平等、上下無差別、尽(ことごと)く隊長の号令に服従して、唯だ其
の顔を板の上に現はし、一号令ごとに、
『オーイ』
 と返事する。
 時間浴客は貴睦平等,上下無差別なく隊長の号令に従っている。
 
 「絶体絶命。」の表現もユニークである。
最後の号令で皆一斉にあがった時は客は「茹で蛸=ゆでだこ」
 帰るときは「家鶏(あひる)」と比喩を使って描写している。

★湯もみで約30分
 5~60人が1回3分×5~6回=18分・・・
 行き帰り、交代を考えて、約1時間                  


●(午前6時頃?)朝食
朝食は自炊制度であることが分かる、
 最も贅沢な客は一室に1人の下女を雇い調理をさせる。
 また、いくつか部屋が共同で1人雇い,「、
 飯を炊かせ,惣菜を調理させ、火鉢に火をおこさせ、部屋を掃除
 させる。

 客は鉄瓶の湯が沸いた頃、食事に帰ってくる。
 
●(午前7時頃?)食後の休憩
朝食が終わる頃には出入りの業者:仕出し屋・牛肉屋・鳥屋・漬物屋
 ・果物屋・貸本屋・小間物屋などが注文をとりにやって来る。
 漬物屋や果物屋の婦人などは2~3回買うと
 坪谷水哉は「なれなれしくも部屋の掃除までする。」と書いている。

客は
 注文した新聞や小説などを寝ころんで読んでいる。
 足のっめを切ったり,ただれの手当てをしている。
 囲碁や将棋をやたり大弓の稽古に行ったりしている。
  
●午前9時 2回目の時間湯。


●正午近く昼食 「 午餐(ひるさん)」

●(午後の休憩)
 散歩路には南に薬師堂,北に白根神社,西に金比羅社や賽の河原
 などがある。
 歩けないものは部屋にて雑談している。

「流石に温泉の効能は顕著にて、糜爛(ただれ)の為に半身不随なる者も、
 元気は極めて旺(さか)んに、食欲も甚だ進み、長き一日を五回の入浴
 と、三回の食事とを以て、唯一の課業と為す者多し。」
★長い1日を5回の入浴と3回の食事を唯一の日課としている客が
 多い。
 でも入浴は疲れるから浴後の昼寝も格別であろう。
 昼酒はしなかったであろう。死んじゃうもんね。

 「土地は海抜四千尺(標高1200m)の高所、四面は皆高山で
囲まれ、遁(にげ)るにも隠るゝにも路の無い別天地なれば、
 世間のハイカラ風は未だ此土地に侵入せず。」
★「世間のハイカラ風は未だ此土地に侵入せず。」とある。
 西洋風な衣食住の文化・西洋風な人物?は入ってきていない
 草津は欧米化していない旧依然たる土地柄である。と感想を
 述べている。
 大槻文彦は「ハイカラ」をどうやくしたのであろうか?
ハイカラは英語の high collar である。
 西洋風の身なりや生活様式をする様である。
 人物、事物などを表す意味である。
 「ハイカラさんが通る」「ハイカラな建物」等に使われた。
 
 明治31年(1898)頃から当時東京毎日新聞の主筆であった石川半山
(石川安次郎)が紙上で使い始めたのが流行語となり、やがて定着
した。
明治の末期には「ハイカラ」という言葉は使われていた。

「客の待遇は依然として17C・18C頃(江戸時代)と変わっていない。
 皆自炊で、席料・夜具代・米味噌,・油代・湯銭などに金がかかる。
 贅沢をしたければ、料理屋数軒・芸者20数人いて遊ぶには不自由
 を感じない。」と述べている。

 「しかし、浴客の大部分は,一生懸命に治療に専念する湯治客であり、
 短きは3週間,長きは7~8週間も滞在し、最盛期の夏には普通
 3000人もの混みようとなる。」と書いている
 
「夜は燈下で時間っぶしに苦しむ。」とある。
★電気は通っておらず、菜種油を使った行灯?であったことが分かる


◆明治40年頃の物価
1)≪レファレンス共同データ≫
企業物価指数で試算した場合、明治40年の1万円は平成10年の
1,088万円になるとのこと。
紹介されている計算式は次のとおり。
687.5(平成10年企業物価指数)÷0.632(明治40年企業物価指数)
=1,088(倍)
10,000(円)×1,088(倍)=1,088万(円)

【金融資料館「スペース82」のURL】
(平成20年7月28日最終確認)

2)明治40年頃
 米1升:16銭 白米5升:1円17銭5厘
 (白米10kg:1円56銭(日本銀行兌換券五圓M40年)
 醤油1合:6銭
 もりそば:3銭
日本酒:31銭7厘/1.8L(M35年)
大工手間賃:1円/日(M40年)
 入浴料:大人:3銭(M40年)、

現在の価格に置き換えてみると、
 ★コシヒカリの自分の家の購入価格・農協出荷価格は
  1俵60kg=15,000円
  10kg15,000円÷6=2,500円)
  1俵=四斗に統一(明治時代)=400合
1俵60kg÷400=0,15kg=150 g(1斗は15kg)
  
  1俵60kg=15,000円÷400=1合37、5円
   米1升:375円
   もりそば:400円~800円?
  
  1銭は43~100円。
  中間をとって70円くらいとみれば10円は100倍ですから
700円位になる。
  現在10kg4,000円とすれば、25,600円位。

  当時。草津は基本的に自炊の旅館で、白米・調味料(醤油・塩)
  ・茶・酒・漬物・食べ物(おかず・惣菜)・薪や炭・菜種油・
  湯治用小間物(手ぬぐい・タオル・柄杓・桶)・白い服・褌・
  夜具・席料:湯銭・女中の雇いなどに経費が必要だった。

例1 10日間滞在した群馬県の男性が2人で11円5銭1厘
    (1人1日平均55銭)。
例2 12日間滞在した千葉県の男性が8円86 銭
    (1日平均74銭)
例3 49日間滞在した東京の男性が47円88銭3厘
    (1日平均98銭)

例4 56日間滞在した埼玉県の男性45円84銭8厘
     (1日平均82銭)
(★ 茨城大学研究紀要  日下裕弘
  『日本の湯治(その2)「気」思想の世俗化と「ゆ」の西欧化』

  女中の雇い方(不明)
  1人あたり1日の費用が55~98銭
  当時の1銭=現在の70円とすれば、4900円となる
 平均70銭+1部屋の女中雇い代
  (不明だが、大工の1日1円計算と同様とすれば、7000円
   10人の相部屋ならば、
   7000÷10=700円
   700円÷平均70円=10銭
   つまり、一人当たり65~108銭
最低でも65銭×70=4050円
最高でも108銭×70=7560円となる。
   平均80銭=5600円となる。
   長湯治の場合は割引にもなるだろう。
   女中の割り勘代次第・衣食住の生活の仕方によってかなり違い
   があることがわかる。
   
   現在の湯治の方が若干経費がかかる程度であると想像できるが
   贅沢には切りがないが、湯治生活の節度の中に少し「ゆとり」
   を考慮すると明治39年も約110後の現在もかかえう経費
   殆ど変わらないのではないだろうか?


『草津に歩みし100人』のブログ一覧**************



【1】草津温泉・・・・20回以上入湯?
◆◆ 箕輪初心▲草津白根山&蟷螂の湯 ◆◆
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 ★蟷螂の湯は無料

箕輪初心◆2014スキー№9【草津】& 『草津温泉:望雲』
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箕輪初心▲群馬:日本百名山:草津白根山&草津温泉
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箕輪初心■群馬草津の松尾芭蕉句碑:ゴリラ50ccでGo
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箕輪初心■プラドでGo【群馬の4湯巡り】 
http://53922401.at.webry.info/201206/article_26.html
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箕輪初心:生方▲群馬:吾妻2-2『八ッ場ダム→浅間酒造
→草津温泉風呂巡り』
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 ★2017年9月6日無料の公共の湯:3ヶ所めぐり

箕輪初心:生方▲2018スキー№7『草津コース動画&昼食:月乃井
&温泉:山本館』
http://53922401.at.webry.info/201803/article_7.html

箕輪初心:生方▲2018スキー№17【渋峠・横手山】&草津「ランチ:飛龍」
・「温泉:益成屋」
http://53922401.at.webry.info/201804/article_28.html

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http://53922401.at.webry.info/201804/article_29.html

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http://53922401.at.webry.info/201804/article_30.html

箕輪初心:生方▲2018草津今年2回目③「西の河原公園散策」
http://53922401.at.webry.info/201804/article_31.html

箕輪初心:生方▲2018草津今年2回目④「草津に来たりし100人情報:前半」
http://53922401.at.webry.info/201804/article_32.html

箕輪初心:生方▲2018草津今年2回目⑤「草津に来たりし100人情報:後半」
http://53922401.at.webry.info/201804/article_34.html

箕輪初心:生方▲2018GW今年3回目の草津『旧遠州屋(現平野屋)で昼食・風呂』
http://53922401.at.webry.info/201805/article_7.html

箕輪初心:生方▲2018GW今年3回目の草津『草津に歩みし100人の動画』
http://53922401.at.webry.info/201805/article_8.html

箕輪初心:生方▲2018今年3回目の草津『草津の歴史』
http://53922401.at.webry.info/201805/article_10.html




【6】私の入った草津温泉で入った湯
①公共の無料の湯…共同湯は19箇所全て無料
 6ヶ所20回以上であろうが、30年以上前からなので、不明
●千代乃湯1回 日新館隣
●鷲乃湯1回
●煮川乃湯3回 ホテル高松の駐車場前・五郎次宿泊
 長寿乃湯
 地蔵の湯
関乃湯   西の河原通り
凪乃湯 西の河原通り 無料まんじゅう配布奧
●翁乃湯10回以上 望雲の上側  Y先輩宅から30秒以内
●喜美乃湯5回位 セブンイレブン裏 Y先輩母が殆ど毎日
千歳の湯 スーパー大津の向かい Y先輩母時々
瑠璃乃湯 バスターミナル
白嶺の湯 すずらん通り M先輩近く
 巽の湯 セーブオン近く M先輩近く
睦乃湯 つつじ亭の交差点
恵乃湯 つつじ亭の交差点先
長栄乃湯
●蟷螂の湯1回 草津小・道の駅近く。
 碧乃湯
②公共の有料
 ・大滝の湯…2回
 ・西の河原の湯…1回
③「櫻井」…皮膚病の治しのため…5回以上
④望雲:万代の湯+露天風呂…5回以上いや10回以上かな。
  ★強酸性泉&弱酸性泉の両方ある。Y先輩宅近く
⑤大東館…1回
⑥遠州屋…1回
⑦中沢ビレッジ…2回
⑧宿泊は先輩宅・富士見館と言ったかな(翁乃湯近く)など5回程か?
⑨山本館…1回
⑩益成屋…1回

●草津温泉に来た有名人シリーズ*****************
★説明がちがっているかもしれません。
 巴御前と静御前を勘違いしています。










●『草津に来たりし100人を動画で説明』




箕輪初心:生方▲『草津温泉に歩みし百人』①「日本武尊:開湯伝説」
http://53922401.at.webry.info/201709/article_23.html

箕輪初心:生方▲『草津に歩みし100人』②「行基:開湯伝説」
http://53922401.at.webry.info/201709/article_24.html

箕輪初心:生方▲『草津に歩みし100人』③「源頼朝:開湯伝説」
http://53922401.at.webry.info/201709/article_25.html

箕輪初心:生方▲『草津に歩みし100人』④木曾義仲・⑤巴御前
http://53922401.at.webry.info/201709/article_26.html

箕輪初心:生方▲『草津に歩みし100人』⑥蓮如と番外編「孫:顕如」
http://53922401.at.webry.info/201709/article_27.html

箕輪初心:生方▲『草津に歩みし100人』「番外編:堯恵」
http://53922401.at.webry.info/201709/article_28.html

箕輪初心:生方▲『草津に歩みし100人』⑦「長野業尚:榛名鷹留城主」
http://53922401.at.webry.info/201709/article_30.html

箕輪初心:生方▲草津に歩みし100人⑧長尾為景:上杉謙信の父
http://53922401.at.webry.info/201710/article_1.html

箕輪初心:生方▲草津に歩みし100人⑨大光宗猷禅師=曇英恵応:林泉寺創建
http://53922401.at.webry.info/201710/article_2.html

箕輪初心:生方▲『草津に歩みし100人』番外編:万里集九『梅花無尽蔵』
http://53922401.at.webry.info/201710/article_3.html

箕輪初心:生方▲『草津に歩みし100人』№10『横瀬成繁』太田金山城主
http://53922401.at.webry.info/201710/article_8.html

箕輪初心:生方▲草津に歩みし100人:連歌師『⑪宗祇』&番外編『宗長』
http://53922401.at.webry.info/201710/article_9.html

箕輪初心:生方▲草津に歩みし100人『草津管理人:湯本善太夫』
と『真田ブログ一覧』
http://53922401.at.webry.info/201710/article_10.html

箕輪初心:生方▲草津に歩みし100人ー№12『甘楽国峰城主:小幡信貞』
http://53922401.at.webry.info/201710/article_11.html

箕輪初心:生方:▲草津に歩みし100人:『戦国時代の草津温泉ブーム創作編』
http://53922401.at.webry.info/201710/article_12.html

箕輪初心:生方▲草津に歩みし100人【織田信長家臣→豊臣秀吉家臣⑬丹羽長秀】
http://53922401.at.webry.info/201710/article_13.html

箕輪初心:生方▲草津に歩みし100人【織田信長家臣→豊臣秀吉家臣⑭堀秀政】
http://53922401.at.webry.info/201710/article_14.html

箕輪初心:生方▲草津に歩みし100人【織田信長家臣→豊臣秀吉家臣⑮多賀常則】
http://53922401.at.webry.info/201710/article_15.html

箕輪初心:生方▲草津100人『№16(近衛晴嗣→前嗣→前久→)近衛龍山
http://53922401.at.webry.info/201803/article_9.html

箕輪初心:生方▲草津100人『№17朝日姫・№18豊臣秀次・
幻の豊臣秀吉&井伊直政』
http://53922401.at.webry.info/201803/article_10.html

箕輪初心:生方▲草津に歩みし100人№19『依田(松平)康国』
:豊臣秀次の饗応役
http://53922401.at.webry.info/201803/article_11.html

箕輪初心:生方▲草津温泉100人№20『真田幸繁親戚:大谷吉継
とハンセン氏病療養』
http://53922401.at.webry.info/201803/article_12.html

箕輪初心:生方▲草津100人『№21:前田利家』死の予感?
http://53922401.at.webry.info/201803/article_13.html

箕輪初心:生方▲草津100人『№22真田支配116年』&真田ブログ一覧
http://53922401.at.webry.info/201803/article_14.html

箕輪初心:生方▲草津100人№23『徳川将軍への「御汲湯」の歴史』
http://53922401.at.webry.info/201803/article_15.html

箕輪初心:生方▲『草津100人№24林羅山』三名泉
http://53922401.at.webry.info/201803/article_18.html

箕輪初心:生方▲草津100ー25『小林一茶』と「草津:望雲」と「上州」
http://53922401.at.webry.info/201803/article_19.html

箕輪初心:生方▲草津100-№26『十返舎一九と草津温泉:望雲』
http://53922401.at.webry.info/201803/article_23.html

箕輪初心:生方▲草津100--№27『清水浜臣』:高崎に移住した国学者
http://53922401.at.webry.info/201803/article_31.html

箕輪初心:生方▲草津100人-28『良寛』:
http://53922401.at.webry.info/201803/article_32.html

箕輪初心:生方▲草津100ー29『高野長英と上州の弟子たち』
http://53922401.at.webry.info/201804/article_1.html

箕輪初心:生方▲草津100ー30【田川鳳朗・一夏庵坂上竹烟&松尾芭蕉句碑】
http://53922401.at.webry.info/201804/article_2.html

箕輪初心:生方▲草津100人ー31『安積艮斎(ごんさい)』
&小栗上野介のブログ一覧
http://53922401.at.webry.info/201804/article_8.html

箕輪初心:生方▲草津100人ー32『佐久間象山』:目的は火薬づくり?
http://53922401.at.webry.info/201804/article_9.html

箕輪初心:生方▲草津100人ー33『藤田東湖』:『西郷どんに登場しなかった。』
http://53922401.at.webry.info/201804/article_10.html

箕輪初心:生方▲草津100人ー34『堀秀成』:草津繁昌記著者
http://53922401.at.webry.info/201804/article_11.html

箕輪初心:生方▲草津温泉の日帰り温泉の割引き券の話
http://53922401.at.webry.info/201804/article_15.html

箕輪初心:生方▲草津100人ー35『清河八郎』:将軍を守る浪士隊⇒尊皇攘夷論者
http://53922401.at.webry.info/201804/article_17.html

箕輪初心:生方▲草津100-36『平沢旭山』:漢学者・国学者
http://53922401.at.webry.info/201804/article_18.html

箕輪初心:生方▲草津100ー40番外編『鈴木牧之』:「北越雪譜」著者
http://53922401.at.webry.info/201804/article_19.html


●明治時代****************************
箕輪初心:生方▲草津100ー41『尾崎行雄:咢堂(がくどう)』:憲政の神様
M5、S15

箕輪初心:生方▲草津100ー42番外編『デシャルム大尉』フランス軍人:M6
http://53922401.at.webry.info/201804/article_21.html

箕輪初心:生方▲草津100ー番外編『43マーシャル教授』
『44ディヴァバーズ教授』 M8
http://53922401.at.webry.info/201804/article_23.html

箕輪初心:生方▲草津100ー44番外編『テオドール・ホフマン』
:ドイツ人医師M8?
http://53922401.at.webry.info/201804/article_24.html

箕輪初心:生方▲草津100ー46:アーネストサトウ:イギリスM10,M15
http://53922401.at.webry.info/201804/article_26.html

箕輪初心:生方▲草津100ー47「大槻文彦」M12&『言海』の編集の困難さ
http://53922401.at.webry.info/201804/article_37.html

箕輪初心:生方▲草津100ー番外編45ウォルトン教授:米人医師M12
と「草津温泉図書館」
http://53922401.at.webry.info/201804/article_25.html

箕輪初心:生方▲草津100ー46「小野湖山」M10:尊皇攘夷論者
http://53922401.at.webry.info/201804/article_36.html

箕輪初心:生方▲草津100ー『37ベルツ博士と38ベルツ花』M12~度々
と群馬の温泉
http://53922401.at.webry.info/201804/article_16.html

箕輪初心:生方▲草津100ー37「ベルツ博士」復刻版「5ヶ所のベルツ」M12
http://53922401.at.webry.info/201804/article_27.html

箕輪初心:生方▲草津100ー41『スクリバ』:ベルツと共同研究:M24
http://53922401.at.webry.info/201804/article_20.html

箕輪初心:生方▲草津100-49ノルデンショルド:北極圏⇒横浜⇒草津M12
http://53922401.at.webry.info/201805/article_1.html

箕輪初心:生方▲草津100-50『E・ナウマン』地質学者M15
&「フォッサマグナ」
http://53922401.at.webry.info/201805/article_2.html

箕輪初心:生方▲草津100-51『松浦武四郎』M19
&「蝦夷地探検とロシアとの外交史」
http://53922401.at.webry.info/201805/article_3.html

箕輪初心:生方▲草津100ー52番外編「H・S・パーマーM19」英国人将校
&水道工事
http://53922401.at.webry.info/201805/article_4.html




箕輪初心:生方▲草津100ー54「長塚節(たかし)M30」&短命の中で?
http://53922401.at.webry.info/201805/article_9.html

箕輪初心:生方▲草津100-56『大町桂月M41』旅・山・温泉を愛す
酒仙文学者・57『下屋学』
http://53922401.at.webry.info/201805/article_11.html


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