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zoom RSS 箕輪初心:生方▲「鰻の思い出と鰻の歴史」&「浜松の思い出」

<<   作成日時 : 2017/12/16 08:25   >>

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静岡県浜松市の6回目の「井伊直虎・井伊直政」を探る旅のブログ
が終了した。とても長かった。井伊谷の「石原さん」・浜松の「祐
太郎君」、ありがとうございました。浜松の食べ物と言えば、頭に
浮かぶのは「鰻」・「うなぎパイ」・「ぎょうざ」である。そこで、
「鰻の思い出」と「浜松の思い出」とセットにしてみた。
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【1】鰻の思い出

・小学校1年入学式の日
  いい服を着ているのに、ひどろ田にドジョウを獲りに
  行って叱られた。
 
  川でのヤマメ・カジカとりは冬でもやっていた。
  月に2〜3回位は・・・・

・小学5年のお盆の日
  墓参りの帰り、父が村の用水路で鰻を捕まえた。
   焼いて、醤油を付けて食べた。旨かった。
  
  それからは、時々竹筒に穴をあけ、餌を入れ、鰻釣り針を
  仕掛けるようになった。
  餌は肉を混ぜた小麦粉の練り物だった。ミミズも使った。
  竹筒の回りには竹の枝を巻き付ける。「びんどー」のような
  感じである。
  でも、鰻かヤマメが食べた形跡があるが、一匹のとれなかった。
 
・中学生の秋
  村のとしみちゃんが鰻を捕まえた。頭に5寸釘で
   打ち、下ろした。みんなで焼いて醤油で食べた。

・高校生…鰻は安かったので時々食べた。

・大学生…貧乏で、鰻など、食べられなかった。

・社会人…妹の友達が鰻屋に嫁いだ。妹は鰻屋でバイトするように
   なった。檀那同士は友達だった。
   妹の檀那が群馬に来るときは時々、鰻を買ってきてくれた。
   檀那の家に行くと、近く鰻屋があって一緒に食べた。


★国内旅行では
  @浜松で食べた。
   東京から近畿に向かう新幹線「ひかり号」の中で
   車内販売で「ウナギ弁当」を必ずと言っていいほど
   買った。

  A鹿児島旅行でも鰻を食った。
  B愛知県西尾市でも吉良温泉に泊まり、鰻を食った。

★海外旅行では、
・アジアではベトナム・ラオスで食べた。
   ウナギ(Eel)はタウナギであった。
・ヨーロッパでは、
  鰻料理はスペイン、フランス、ドイツ、ノルウェー、クロアチア
  等で見た。
  オランダの空港で、鰻の瓶詰めを買った。
  ノルウェーでは、豪華船のバイキングで出ていたので食べた。

●量販店の鰻の食べ比べもしてみた。

箕輪初心▼鰻1:鰻丼比べ☆老舗店・スーパー・吉野屋・HM   
http://53922401.at.webry.info/201307/article_24.html

箕輪初心:生方▲2015秋:【貧乏人のグルメ旅:東京・新横浜編】  
http://s.webry.info/sp/53922401.at.webry.info/201511/article_26.html


現在、群馬のスーパーに行けば、中国産と鹿児島県産ばかりである。



【2】『鰻の歴史』インターネットで調べてみた。
・奈良時代 鰻が食べられていた。
『万葉集』は大伴家持の歌がある。
 痩人(やせひと)をあざける歌二首
「石麻呂に 吾(あれ)もの申す 夏やせに
   よしといふ物そむなぎ取り食(め)せ」(3853)
「痩す痩すも 生けらば在らむを はたやはた
   むなぎを捕ると 川に流るな」(3854)
「むなぎ」はウナギの古形だそうである。
 (ウィキペディア)

・江戸時代
  徳川家康は江戸湾の干拓をした際、多くの泥炭湿地ができ、
  鰻が住み着くようになった。鰻は労働者の食べ物となった。
  ぶつ切りにしたウナギを串に刺して焼いただけであった。
  値段もそばと変わらなかった。

   江戸で濃口醤油が開発されると、ウナギをタレで味付けして
  食べるようになった。

・享保時代頃(1716〜1736)
   タレにつけて焼くようになった。
  その後、鰻屋が重箱を使用し始めた。

・安永・天明の頃(1772〜1788)土用の丑の日や夏バテ予防に
  食べられる風習が始まった。
平賀源内が発案したという説が最も有名であるが、真偽は不明である。

・明治12年 (1879)服部倉治郎が東京深川で鰻の養殖を初めて試みた。

・明治24年(1891)原田仙右衛門が現静岡県湖西市で、日本で初めて
人工池での養鰻を試みた。
 「浜名湖の養殖の歴史は100年以上とあった。」
・明治33年(1902) 服部倉治郎が浜名湖でうなぎ養殖を始めた。
  浜名湖で15cmほどに成長したクロコウナギを捕ってきて
  育てる方法であった。

「浜名湖の鰻の養殖で、大量生産されて全国に販売された。」

・大正時代〜昭和時代
  静岡県・愛知県、岐阜県、三重県、鹿児島県、宮崎県などが
  主な生産地となった。

・昭和20年代 太平洋戦争によって衰退した。

・昭和25年(1945) 戦後に復興し始めた。

・昭和35年(1960)頃から「鰻といえば静岡県」という常識が崩れ
  始めたと考えられている。

・昭和36年 「うなぎパイ」販売開始。
 「夜のお菓子」のキャッチフレーズで全国的に知られるようになった。
でも、メロンパンにメロンが入っていないようにうなぎパイには
  ウナギは入っていない。

・昭和37年(1962) 静岡県のシラス大不漁が原因であった。

・昭和46年(1912) 村松啓次郎が浜松で孵化直後のシロコウナギから
  育てる方法を確立した。
  生産量を大幅に増やすことができるようになった。

・昭和50年(1950)代〜平成初期
 静岡県が全国一の鰻の産地であった。

・昭和48年(1973) ウナギの人工孵化はに北海道大学で初めて成功した。

・昭和55年(1985)頃から中国から日本へ鰻が輸入されるように
 なってきた。太くて大きい脂の強いヨーロッパウナギであった。

・平成14年(2002) 三重県の水産総合研究センター養殖研究所
(現「増養殖研究所」)が仔魚をシラスウナギに変態させる
ことに世界で初めて成功した。コストがかかりすぎた。


・平成12年(2000)中国は、日本への輸出のためヨーロッパウナギ
 を大量に養殖した。日本の鰻の輸入量がピークを迎えた。
台湾からも鰻の輸入品があった。

・平成12年(2000)〜平成25年(2014)
都道府県別の養殖ウナギ収穫量は順位を替えながらも、鹿児島県、
愛知県、宮崎県の3県が常にトップ3であった。
   静岡県、高知県、徳島県などが収穫量を維持していた。

・平成18年(2006) 鰻の検査強化や中国側が輸出を控えたため、
  台湾産が増えていった。

・平成21年(2009) ヨーロッパウナギの資源が減少し、ワシント
ン条約で、ヨーロッパウナギの稚魚の取引の規制がされた。
中国や台湾では、「ニホンウナギ」や「アメリカウナギ」を養殖
 するようになった。
 空輸などで生きたまま日本へ輸出されるようになった。
 鰻は日本産、中国産、台湾産と産地でも「ニホンウナギ」となった。

・平成22年(2010) 中国の統計資料によると、
 中国が輸出した加工鰻は3万6485tであった。
  そのうち、2万3370t(64%)日本への輸出でだった。
 中国が輸出した生きた鰻の輸出量は8672tである。
 そのうち6116t(70%)が日本への輸出であった。
と某Hpにあった。
★しかし、かつての「肉屋」でも、「OGビーフを日本産に混ぜて
 売っている。」とニュースでみた。鰻に関しても、生きた鰻を
 輸入し、産地で育てれば、日本産になる噂を聞いたことがある。

中国のウナギ養殖は日本の会社が関わっている。危険なのは中国側ではな
 く、日本の会社によってもたらされるのが現状である。
 記されているHpもあった。
 TVで「松屋」・「吉野屋」などは中国に「養鰻場がある。」と言っていた。

・平成22年(2010)以降 シラスウナギの不漁が深刻化し、ウナギの
価格が上昇した。
 
・平成25年(2014)日本全体で毎年約2万t前後養殖されていたものが、
 約1万4000トンにまで減少した。

・平成26年(2015) 日本のウナギ(養殖)水揚げ量ベスト5
1位 鹿児島県 6,838 t
2位 愛知県 4,918 t
3位 宮崎県 3,167 t
4位 静岡県 1,490 t
5位 三重県 292 t
日本で出荷されている殆どの鰻の品種は、「ニホンウナギ」である。

私は先が長くないので、中国産であろうが台湾産であろうが食べている。


【3】浜松の思い出と鰻の思い出
1回目…大学4年の卒業旅行「友達の家巡り」だった。留年したけど。
 静岡県浜松「祐太郎君ち」→香川県坂出「山地君ち」→観音寺
「細川君ち」→長崎「里君ち」・・・
   鰻が有名になったのは「新幹線」が出来た頃からか?

2回目…「祐太郎君の結婚式」
     当然、鰻を食った。

3回目…「職員旅行」
     静岡城・浜松城・舘山寺温泉泊・
     当然、鰻を食った。

4回目…「ぶらり1人旅」…祐太郎君に会いに来た。
  駅前で「鰻の刺身を食った。」
   祐太郎君に「浜松の人は食べもせん。」
    と笑われた。


5回目…「浜松・井伊谷研究旅行」平成27年(2015)9月:1泊2日
    飲み会で、鰻を食った。
    当然、ウナギ弁当も買った。

6回目…「ぶらり一人旅:浜松・井伊谷外」
    新幹線のホームに「あなぎ弁当」が売っていた。
     今回、鰻は3回食べた。   

【1】平成29年(2017)11月1日***************

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政113『井伊谷遺産センター』
井伊谷の歴史
http://53922401.at.webry.info/201711/article_15.html
★井伊谷の古墳出土品展示

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政114『井伊谷妙雲寺』直虎と南渓
の位牌・南渓肖像画
http://53922401.at.webry.info/201711/article_16.html

箕輪初心:生方▲井伊谷『謂伊神社』&モロード様
=客人神のうんこ神様?
http://53922401.at.webry.info/201711/article_18.html

箕輪初心:生方▲『井伊谷宮』と宗良親王復刻版
http://53922401.at.webry.info/201711/article_19.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政117『龍潭寺』:昊天が彦根清涼寺開山
http://53922401.at.webry.info/201711/article_20.html



【2】平成29年(2017)11月2日***********
○06:00 気賀の町中に・・・
箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政119気賀A展望台からの気賀と『堀川城』
http://53922401.at.webry.info/201711/article_22.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政117気賀B「長楽寺」・『井伊直親の墓』
http://53922401.at.webry.info/201711/article_23.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政120祝田【蜂前神社】と『徳政文書』
http://53922401.at.webry.info/201711/article_24.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政121気賀D『刑部城』
http://53922401.at.webry.info/201711/article_25.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政122気賀E『本陣・復元関所』と【近藤家】
http://53922401.at.webry.info/201711/article_26.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政123三ヶ日町『佐久城』
&【浜名氏と上野国長谷寺】
http://53922401.at.webry.info/201711/article_29.html

箕輪初心:生方▲浜松市三ヶ日町『千頭峯城遠望』&【井伊谷・三ヶ日の歴史】
http://53922401.at.webry.info/201712/article_1.html


===宇利峠(静岡県⇒愛知県へ)==========
箕輪初心:生方▲愛知県@『比丘尼城』:【足利直冬→・熊谷重実→近藤満氏】
http://53922401.at.webry.info/201712/article_3.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政125愛知県A『宇利城』と【近藤康用・秀用】
http://53922401.at.webry.info/201712/article_4.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政 126『柿本城』&【鈴木重時→鈴木重好】
http://53922401.at.webry.info/201712/article_5.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政127愛知県B『野田城』:菅沼定盈
http://53922401.at.webry.info/201712/article_6.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政128愛知県D『長篠城2回目』
http://53922401.at.webry.info/201712/article_7.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政129愛知県E『武田勝頼の長篠の陣所』
http://53922401.at.webry.info/201712/article_8.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政130愛知県C『設楽ガ原』と「山県昌景の墓」
http://53922401.at.webry.info/201712/article_9.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政131愛知県F『鳳来寺』の井伊虎松
http://53922401.at.webry.info/201712/article_10.html

===??峠(静岡県⇒愛知県へ)==============
25▲奥山方広寺…★臨済宗方広寺派大本山。井伊氏分家の奥山氏が
 南北朝時代に建て奥山氏が庇護した。
井伊直虎の許婚::井伊直親の妻「ひな」の菩提寺

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政132『奥山方広寺』:井伊一族:奥山家菩提寺
http://53922401.at.webry.info/201712/article_11.html


※奥山館・奥山城・竜ヶ岩洞(2億5千万年前)には行けなかった。

○井伊谷の石原先生宅
26◆北岡大塚古墳(私有地)
★バッテリーは石原家で充電中・・・・。
○井伊谷の石原先生宅
○GS…1900円…2日で190km走ったのか?
○トヨタレンタカー 約15000円
○ホテルセレクトイン浜松駅前素泊まり4200円
○夕食「藤田」…鰻&酒で3480円
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○ホテルセレクトイン浜松駅
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【3】11月3日、
○07:00 駅前散策
○朝食…パン屋
○08:30 祐太郎君
28▲城897二俣城
29▲城898鳥羽山城
30▲城899大平城(おいだいら城)

箕輪初心:生方▲浜松市『大平(おいだいら)城遠望』
&【井伊道政・宗良親王】
http://53922401.at.webry.info/201712/article_2.html

31▲城900引間城(曳馬城)
32 椿姫観音

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政134浜松「曳馬城」と「椿姫観音」
http://53922401.at.webry.info/201712/article_15.html





○昼食「うなぎの佳川」…???円+α。
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 祐太郎君のおごり。ありがとう。
 ご馳走様でした。
  本当は私が奢らなければならなかったのに。
  
13:40浜松駅…祐太郎君と別れた。
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 (鰻が入っている。)
「ひつまぶし」も買った。
もちろん、「うなぎパイ」も買った。


14:11発 15:40着 (89分)ひかり468号 東京行
16:11 東京→高崎
18:00 家

★明日は何にしようかな?

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