箕輪初心:生方▲「鰻の思い出と鰻の歴史」&「浜松の思い出」

静岡県浜松市の6回目の「井伊直虎・井伊直政」を探る旅のブログ
が終了した。とても長かった。井伊谷の「石原さん」・浜松の「祐
太郎君」、ありがとうございました。浜松の食べ物と言えば、頭に
浮かぶのは「鰻」・「うなぎパイ」・「ぎょうざ」である。そこで、
「鰻の思い出」と「浜松の思い出」とセットにしてみた。
画像



【1】鰻の思い出

・小学校1年入学式の日
  いい服を着ているのに、ひどろ田にドジョウを獲りに
  行って叱られた。
 
  川でのヤマメ・カジカとりは冬でもやっていた。
  月に2~3回位は・・・・

・小学5年のお盆の日
  墓参りの帰り、父が村の用水路で鰻を捕まえた。
   焼いて、醤油を付けて食べた。旨かった。
  
  それからは、時々竹筒に穴をあけ、餌を入れ、鰻釣り針を
  仕掛けるようになった。
  餌は肉を混ぜた小麦粉の練り物だった。ミミズも使った。
  竹筒の回りには竹の枝を巻き付ける。「びんどー」のような
  感じである。
  でも、鰻かヤマメが食べた形跡があるが、一匹のとれなかった。
 
・中学生の秋
  村のとしみちゃんが鰻を捕まえた。頭に5寸釘で
   打ち、下ろした。みんなで焼いて醤油で食べた。

・高校生…鰻は安かったので時々食べた。

・大学生…貧乏で、鰻など、食べられなかった。

・社会人…妹の友達が鰻屋に嫁いだ。妹は鰻屋でバイトするように
   なった。檀那同士は友達だった。
   妹の檀那が群馬に来るときは時々、鰻を買ってきてくれた。
   檀那の家に行くと、近く鰻屋があって一緒に食べた。


★国内旅行では
  ①浜松で食べた。
   東京から近畿に向かう新幹線「ひかり号」の中で
   車内販売で「ウナギ弁当」を必ずと言っていいほど
   買った。

  ②鹿児島旅行でも鰻を食った。
  ③愛知県西尾市でも吉良温泉に泊まり、鰻を食った。

★海外旅行では、
・アジアではベトナム・ラオスで食べた。
   ウナギ(Eel)はタウナギであった。
・ヨーロッパでは、
  鰻料理はスペイン、フランス、ドイツ、ノルウェー、クロアチア
  等で見た。
  オランダの空港で、鰻の瓶詰めを買った。
  ノルウェーでは、豪華船のバイキングで出ていたので食べた。

●量販店の鰻の食べ比べもしてみた。

箕輪初心▼鰻1:鰻丼比べ☆老舗店・スーパー・吉野屋・HM   
http://53922401.at.webry.info/201307/article_24.html

箕輪初心:生方▲2015秋:【貧乏人のグルメ旅:東京・新横浜編】  
http://s.webry.info/sp/53922401.at.webry.info/201511/article_26.html


現在、群馬のスーパーに行けば、中国産と鹿児島県産ばかりである。



【2】『鰻の歴史』インターネットで調べてみた。
・奈良時代 鰻が食べられていた。
『万葉集』は大伴家持の歌がある。
 痩人(やせひと)をあざける歌二首
「石麻呂に 吾(あれ)もの申す 夏やせに
   よしといふ物そむなぎ取り食(め)せ」(3853)
「痩す痩すも 生けらば在らむを はたやはた
   むなぎを捕ると 川に流るな」(3854)
「むなぎ」はウナギの古形だそうである。
 (ウィキペディア)

・江戸時代
  徳川家康は江戸湾の干拓をした際、多くの泥炭湿地ができ、
  鰻が住み着くようになった。鰻は労働者の食べ物となった。
  ぶつ切りにしたウナギを串に刺して焼いただけであった。
  値段もそばと変わらなかった。

   江戸で濃口醤油が開発されると、ウナギをタレで味付けして
  食べるようになった。

・享保時代頃(1716~1736)
   タレにつけて焼くようになった。
  その後、鰻屋が重箱を使用し始めた。

・安永・天明の頃(1772~1788)土用の丑の日や夏バテ予防に
  食べられる風習が始まった。
平賀源内が発案したという説が最も有名であるが、真偽は不明である。

・明治12年 (1879)服部倉治郎が東京深川で鰻の養殖を初めて試みた。

・明治24年(1891)原田仙右衛門が現静岡県湖西市で、日本で初めて
人工池での養鰻を試みた。
 「浜名湖の養殖の歴史は100年以上とあった。」
・明治33年(1902) 服部倉治郎が浜名湖でうなぎ養殖を始めた。
  浜名湖で15cmほどに成長したクロコウナギを捕ってきて
  育てる方法であった。

「浜名湖の鰻の養殖で、大量生産されて全国に販売された。」

・大正時代~昭和時代
  静岡県・愛知県、岐阜県、三重県、鹿児島県、宮崎県などが
  主な生産地となった。

・昭和20年代 太平洋戦争によって衰退した。

・昭和25年(1945) 戦後に復興し始めた。

・昭和35年(1960)頃から「鰻といえば静岡県」という常識が崩れ
  始めたと考えられている。

・昭和36年 「うなぎパイ」販売開始。
 「夜のお菓子」のキャッチフレーズで全国的に知られるようになった。
でも、メロンパンにメロンが入っていないようにうなぎパイには
  ウナギは入っていない。

・昭和37年(1962) 静岡県のシラス大不漁が原因であった。

・昭和46年(1912) 村松啓次郎が浜松で孵化直後のシロコウナギから
  育てる方法を確立した。
  生産量を大幅に増やすことができるようになった。

・昭和50年(1950)代~平成初期
 静岡県が全国一の鰻の産地であった。

・昭和48年(1973) ウナギの人工孵化はに北海道大学で初めて成功した。

・昭和55年(1985)頃から中国から日本へ鰻が輸入されるように
 なってきた。太くて大きい脂の強いヨーロッパウナギであった。

・平成14年(2002) 三重県の水産総合研究センター養殖研究所
(現「増養殖研究所」)が仔魚をシラスウナギに変態させる
ことに世界で初めて成功した。コストがかかりすぎた。


・平成12年(2000)中国は、日本への輸出のためヨーロッパウナギ
 を大量に養殖した。日本の鰻の輸入量がピークを迎えた。
台湾からも鰻の輸入品があった。

・平成12年(2000)~平成25年(2014)
都道府県別の養殖ウナギ収穫量は順位を替えながらも、鹿児島県、
愛知県、宮崎県の3県が常にトップ3であった。
   静岡県、高知県、徳島県などが収穫量を維持していた。

・平成18年(2006) 鰻の検査強化や中国側が輸出を控えたため、
  台湾産が増えていった。

・平成21年(2009) ヨーロッパウナギの資源が減少し、ワシント
ン条約で、ヨーロッパウナギの稚魚の取引の規制がされた。
中国や台湾では、「ニホンウナギ」や「アメリカウナギ」を養殖
 するようになった。
 空輸などで生きたまま日本へ輸出されるようになった。
 鰻は日本産、中国産、台湾産と産地でも「ニホンウナギ」となった。

・平成22年(2010) 中国の統計資料によると、
 中国が輸出した加工鰻は3万6485tであった。
  そのうち、2万3370t(64%)日本への輸出でだった。
 中国が輸出した生きた鰻の輸出量は8672tである。
 そのうち6116t(70%)が日本への輸出であった。
と某Hpにあった。
★しかし、かつての「肉屋」でも、「OGビーフを日本産に混ぜて
 売っている。」とニュースでみた。鰻に関しても、生きた鰻を
 輸入し、産地で育てれば、日本産になる噂を聞いたことがある。

中国のウナギ養殖は日本の会社が関わっている。危険なのは中国側ではな
 く、日本の会社によってもたらされるのが現状である。
 記されているHpもあった。
 TVで「松屋」・「吉野屋」などは中国に「養鰻場がある。」と言っていた。

・平成22年(2010)以降 シラスウナギの不漁が深刻化し、ウナギの
価格が上昇した。
 
・平成25年(2014)日本全体で毎年約2万t前後養殖されていたものが、
 約1万4000トンにまで減少した。

・平成26年(2015) 日本のウナギ(養殖)水揚げ量ベスト5
1位 鹿児島県 6,838 t
2位 愛知県 4,918 t
3位 宮崎県 3,167 t
4位 静岡県 1,490 t
5位 三重県 292 t
日本で出荷されている殆どの鰻の品種は、「ニホンウナギ」である。

私は先が長くないので、中国産であろうが台湾産であろうが食べている。


【3】浜松の思い出と鰻の思い出
1回目…大学4年の卒業旅行「友達の家巡り」だった。留年したけど。
 静岡県浜松「祐太郎君ち」→香川県坂出「山地君ち」→観音寺
「細川君ち」→長崎「里君ち」・・・
   鰻が有名になったのは「新幹線」が出来た頃からか?

2回目…「祐太郎君の結婚式」
     当然、鰻を食った。

3回目…「職員旅行」
     静岡城・浜松城・舘山寺温泉泊・
     当然、鰻を食った。

4回目…「ぶらり1人旅」…祐太郎君に会いに来た。
  駅前で「鰻の刺身を食った。」
   祐太郎君に「浜松の人は食べもせん。」
    と笑われた。


5回目…「浜松・井伊谷研究旅行」平成27年(2015)9月:1泊2日
    飲み会で、鰻を食った。
    当然、ウナギ弁当も買った。

6回目…「ぶらり一人旅:浜松・井伊谷外」
    新幹線のホームに「あなぎ弁当」が売っていた。
     今回、鰻は3回食べた。   

【1】平成29年(2017)11月1日***************

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政№113『井伊谷遺産センター』
井伊谷の歴史
http://53922401.at.webry.info/201711/article_15.html
★井伊谷の古墳出土品展示

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政№114『井伊谷妙雲寺』直虎と南渓
の位牌・南渓肖像画
http://53922401.at.webry.info/201711/article_16.html

箕輪初心:生方▲井伊谷『謂伊神社』&モロード様
=客人神のうんこ神様?
http://53922401.at.webry.info/201711/article_18.html

箕輪初心:生方▲『井伊谷宮』と宗良親王復刻版
http://53922401.at.webry.info/201711/article_19.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政№117『龍潭寺』:昊天が彦根清涼寺開山
http://53922401.at.webry.info/201711/article_20.html



【2】平成29年(2017)11月2日***********
○06:00 気賀の町中に・・・
箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政№119気賀②展望台からの気賀と『堀川城』
http://53922401.at.webry.info/201711/article_22.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政№117気賀③「長楽寺」・『井伊直親の墓』
http://53922401.at.webry.info/201711/article_23.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政№120祝田【蜂前神社】と『徳政文書』
http://53922401.at.webry.info/201711/article_24.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政№121気賀⑤『刑部城』
http://53922401.at.webry.info/201711/article_25.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政№122気賀⑥『本陣・復元関所』と【近藤家】
http://53922401.at.webry.info/201711/article_26.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政№123三ヶ日町『佐久城』
&【浜名氏と上野国長谷寺】
http://53922401.at.webry.info/201711/article_29.html

箕輪初心:生方▲浜松市三ヶ日町『千頭峯城遠望』&【井伊谷・三ヶ日の歴史】
http://53922401.at.webry.info/201712/article_1.html


===宇利峠(静岡県⇒愛知県へ)==========
箕輪初心:生方▲愛知県①『比丘尼城』:【足利直冬→・熊谷重実→近藤満氏】
http://53922401.at.webry.info/201712/article_3.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政№125愛知県②『宇利城』と【近藤康用・秀用】
http://53922401.at.webry.info/201712/article_4.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政№ 126『柿本城』&【鈴木重時→鈴木重好】
http://53922401.at.webry.info/201712/article_5.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政№127愛知県③『野田城』:菅沼定盈
http://53922401.at.webry.info/201712/article_6.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政№128愛知県⑤『長篠城2回目』
http://53922401.at.webry.info/201712/article_7.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政№129愛知県⑥『武田勝頼の長篠の陣所』
http://53922401.at.webry.info/201712/article_8.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政№130愛知県④『設楽ガ原』と「山県昌景の墓」
http://53922401.at.webry.info/201712/article_9.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政№131愛知県⑦『鳳来寺』の井伊虎松
http://53922401.at.webry.info/201712/article_10.html

===??峠(静岡県⇒愛知県へ)==============
25▲奥山方広寺…★臨済宗方広寺派大本山。井伊氏分家の奥山氏が
 南北朝時代に建て奥山氏が庇護した。
井伊直虎の許婚::井伊直親の妻「ひな」の菩提寺

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政№132『奥山方広寺』:井伊一族:奥山家菩提寺
http://53922401.at.webry.info/201712/article_11.html


※奥山館・奥山城・竜ヶ岩洞(2億5千万年前)には行けなかった。

○井伊谷の石原先生宅
26◆北岡大塚古墳(私有地)
★バッテリーは石原家で充電中・・・・。
○井伊谷の石原先生宅
○GS…1900円…2日で190km走ったのか?
○トヨタレンタカー 約15000円
○ホテルセレクトイン浜松駅前素泊まり4200円
○夕食「藤田」…鰻&酒で3480円
画像

画像

画像

画像

○ホテルセレクトイン浜松駅
画像



【3】11月3日、
○07:00 駅前散策
○朝食…パン屋
○08:30 祐太郎君
28▲城№897二俣城
29▲城№898鳥羽山城
30▲城№899大平城(おいだいら城)

箕輪初心:生方▲浜松市『大平(おいだいら)城遠望』
&【井伊道政・宗良親王】
http://53922401.at.webry.info/201712/article_2.html

31▲城№900引間城(曳馬城)
32 椿姫観音

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政№134浜松「曳馬城」と「椿姫観音」
http://53922401.at.webry.info/201712/article_15.html





○昼食「うなぎの佳川」…???円+α。
画像

画像

画像

 祐太郎君のおごり。ありがとう。
 ご馳走様でした。
  本当は私が奢らなければならなかったのに。
  
13:40浜松駅…祐太郎君と別れた。
画像

 (鰻が入っている。)
「ひつまぶし」も買った。
もちろん、「うなぎパイ」も買った。


14:11発 15:40着 (89分)ひかり468号 東京行
16:11 東京→高崎
18:00 家

★明日は何にしようかな?

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック