箕輪初心■京都9回目ー④『東福寺の喧噪VS泉涌寺の静寂』

昨年に引き続いての東福寺だ。混雑するのは予想できる。
1週間前に職場のアイーバ氏が来たばっかりで、「通天橋は
大行列だった。」と言っていた。バスの中で、伏見桃山城に
行こうか泉涌寺に行こうかと、なかなか結論が出なかった。
でも、13:00に東山通りの東福寺駅近くについてしまった。
なんとなく、添乗員の後について歩き出した。凄い混雑だ。

東福寺2回目・・・平成23年(2011)12月3日
・戊辰戦争の慰霊碑の寺
・月下門
・臥雲橋・・・大混雑。
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★でも、紅葉がきれいだ。
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・日下門
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・禅堂
・本堂
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・通天橋・・・大混雑。
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・開山堂に行かず、戻って、紅葉谷の中へ
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・愛染堂
・紅葉
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■東福寺1回目・・・平成22年(2011)12月4日
・戊辰戦争の慰霊碑の寺
・月下門(重文)
・臥雲橋・・・大混雑。
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・日下門
・殿鐘楼(重文)
・本堂
・禅堂(重文)
・東司(重文)
・通天橋・・・大混雑。
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・開山堂(重文)
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・普門院
・愛染堂
・紅葉谷
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・戻って、紅葉の中へ
・御朱印
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・方丈
・庫裏
・偃月橋(えんげつ:重文)
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・龍吟庵・・・500円
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・13重塔(重文)
・浴室(重文)
・三門(国宝)
・思遠池
・勅使門
・六波羅門(重文)
★そして、伏見神社に向かったのは去年のこと


★そして、泉涌寺に向かったのは今年のこと

東福寺の歴史
・嘉禎2年(1236) 摂政:九条道家が高さ約15mの釈迦像
   を安置する大寺院を建立することを発願。
   奈良の東大寺、興福寺から1字ずつ取って
   「東福寺」と名付けた。
・延応元年(1239) 仏殿の建設工事開始。
・建長7年(1255) 完成。
・元応元年(1319年)仏殿&本尊釈迦像は火災で焼失。
・興国7年・正平元年(1437)・・再建。
・明治14年(1881) 火災で再び焼失。

泉涌寺・・静寂な寺を目指して
人・人・人・・・で、ごった返す東福寺の通天橋をさらっと
見て、泉涌寺に行くことにした。→臥雲橋・・うどん650円
キノコ御飯350円看板に末寺に入った。でも、我慢した。
先のT字路を右折した。勝林院前から赤十字裏へと登った。
日吉ヶ丘高校先の森を登る階段に「泉涌寺」の看板を見つ
けた。階段を登り坂道を200m程行った。
・親王の墓&後堀川天皇廟
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・泉涌寺別院:雲龍院
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・山門 :500円 ・慶長年間(1596~1614)の内裏門を移設。
・楊貴妃観音堂の本堂&楊貴妃桜・・・パアワースポットだ。
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・月輪山の借景・・仏殿が下方に見える。
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・仏殿(本堂)・・寛文8年(1668)に徳川家綱により再建
運慶作(伝)の本尊の釈迦・弥陀・弥勒の三尊仏
・浴室
・湧き水の霊泉が湧き出る・・覆屋
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・舎利殿・・・御所の清涼殿を移築し重層にした(伝)。
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・本坊・・・・
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 御朱印
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・方丈・・・500円
・庭園①
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★ゆっくりしたい。
・霊明殿と御座所、庫裡などの建物
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天智天皇・光仁天皇・桓武天皇以降の天皇・
  皇族方の御尊牌をお祀りする場所
・庭園②
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泉涌寺の歴史
・天長年間(824~833) 空海が「法輪寺」を創建。
・承久元年(1219)  月輪大師=俊芿(しゅんじょう)律師が
   後鳥羽上皇から御願寺の官符を賜わった。
・嘉禄2年(1226) 再建し、開山。
         清水が湧き出たことから泉涌寺と改称。
・仁治3年(1242) 四条天皇崩御の御葬儀が営まれた。
・南北朝~安土桃山時代 諸天皇の御葬儀が営まれた。
・江戸時代 後陽成天皇から孝明天皇に至る歴代天皇・皇后の
      御葬儀が営まれた。
※泉涌寺・・・「御寺」。皇室の御香華院
  (★パンフレット他)

○来迎寺 
 「大石内蔵助の~~~」と看板があった。
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観音寺
・弘仁年間(825年頃) 弘法大師が熊野権現の化身から
   観音霊地の霊示を受け、嵯峨天皇の勅願により観音像を
   刻んで本尊とした(伝)。
  後白河法皇は霊験により持病の頭痛が平癒したので、
  本寺に「新那智山・今熊野」の名称を与えられた。
・文暦元年(1234年)に後白河上皇を埋葬。
  歴代朝廷の崇敬をあつめている。
・応仁の乱以前は泉涌寺をしのぐ大寺だった(伝)。
※一般には「今熊野」や「今熊野観音」で親しまれている。
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★後でわかった。ここは西国15番だったのだ。
 大失敗したと思った。


・残り20分・・・またまた、走った。

戒光寺
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丈6の釈迦牟尼仏を礼拝。
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・残り15分・・・またまた、走った。
・東福寺前に7分前に着いて、飲み物を買った。

○14:30 バスで帰路についた。
①隣の安中の佐藤さんと話した。
  ・安中の歴史など
②沼田の方「5年前より紅葉がよくなかった。」
「タクシー15000円で、朝のいい場所・夕方のいい場所
    を予約するといい。大石関係の熊野?寺がよかった。」
  「あれ、さっき行ったとこじゃん。」
・フーテンの寅さん・・大原麗子が出ていた。
・家 22:20着


平成22年(2010)12月4日の行程
嵐山→渡月橋・天竜寺前→竹の道→落柿舎→念仏寺前→
南禅寺→哲学の道→法然院→銀閣寺・・タクシー
清水寺→六波羅蜜寺・・・
東福寺→伏見稲荷・・・・→タクシー

平成22年(2010)12月3日の行程
清水寺→妙法院→三十三間堂前・養源院前→タクシー・
嵐山・渡月橋・天竜寺前→電車・広隆寺前・等持院・電車
東山~真如寺・金戒光明寺・タクシー
南禅寺→漬け物屋→
東福寺→泉涌寺・西国十五番・・

平成24年(2010)12月?日の計画
1)清水寺&高台寺&祇園界隈
2)嵐山・・電車・・金閣寺・竜安寺・仁和寺
3)新島襄の墓・家&永観堂&南禅寺
4)東福寺&西国15番:観音堂・・・かな?

この記事へのコメント

美しい星さんへ
2011年12月08日 17:53
関連の記事、ありがとうございます。
京都って、行く度=行く旅ごとに新鮮です。
情報、感謝申し上げます。

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