箕輪初心●群馬:【柳沢城】=岩櫃城跡探検隊第4弾

柳沢城(岩鼓城)は「岩櫃城の出城」という。郭群は岩櫃城とは
反対の北~東にあり、稲荷城へと続いている。初めて柳沢城に来て、
城が大きいことが分かった。斉藤憲弘の岩櫃城の時代と同じ位の規模
であったのであろう。永禄3年(1560)長尾景虎の第一次関東出兵
(小田原城攻撃)では、斉藤憲弘と山田の名があるが、紙が破れて
いて、吾妻の武士は2名しか分かっていない。吾妻の城の規模を考
えると、柳沢城・柳沢氏・丸橋氏・岩下城の富澤豊前守・稲荷城の
大野氏などが遠征に行ったと推測できる。

今回も、岩櫃城跡探検隊のあざみ会:根津氏・富沢氏・本間氏
・渡氏・高橋氏などスタッフ24人の方々にお世話になった。
ありがとうございました。
画像


理由は・・西端が岩下城・郷原城・真ん中が潜竜院・郷原城・
東端が岩櫃城そして、平沢川を挟んで、柳沢城・稲荷城。川向こう
には内出城(太田城)・元善導寺があった。北には、固城・高野平城
・山田城・仙蔵砦・・さらに嶽山城と続く。

画像

●コニファーにTEL→10月30日申し込み。
 箕輪城語り部の会で一緒の斉藤さんにも連絡。
 でも、彼女ははがきが来たらしい。
★斉藤さんが長野県伊那市から来ていた。


●「戦国真田の岩櫃城跡探検隊」の開催要項
・開催日時  平成23年11月3日(文化の日)8:30集合~16:00解散。
・集合場所  ホテル コニファーいわびつ 1階ロビー
・参 加 料  1,500円(昼食代込み)
・服  装  ハイキングが出来るような服装
・日  程  2チームの活動プログラム
・申 込 先 ホテル コニファーいわびつ ℡0279-68-5338
    〒377-0801 群馬県吾妻郡東吾妻町原町4399  
※主催者 あざみの会(東吾妻町地域興しの会) 代表:根津光儀

コニファーいわびつで受付
1500円・・・昼食込み ★「安すぎる。」
○司会:高橋氏
画像

①町長挨拶・・・「福島県南相馬町の避難民の受け入れ。
  コニファーいわびつは東日本大震災の受け入れで・・・。」
画像

 ② あざみの会会長:根津光儀氏挨拶 
画像

③コニファーいわびつ支配人挨拶「10月8日に再開できた。」
画像

④副会長:富澤朗(あきら)氏「諸注意」
画像

柳沢城の資料・・・富澤朗(あきら)氏の作成か?
画像

○バス移動・・・富沢スタッフの近くに座った。
画像

● 【1】№634柳沢城・・・1回目に散策。
※富澤氏「対岸の柳沢城は岩櫃城と対の城である。」
画像

①不動堂・・・「600年前に修験・・
岩櫃城の鬼門(伝)
画像

 ★いつも根拠のない箕輪初心説
  修験者をスパイとして使用した可能性もある。
永禄7年(1564)岩櫃城が完全に真田幸隆支配になった折、
  この不動堂は出浦の管理下に置かれたと推測できる。
  理由①・・・出浦は真田忍軍の総帥=スパイ活動の中心人物
    である。
   出浦氏(現上田市出浦)→村上義清時代の孤楽城(千曲市)   
    →真田幸隆の参謀(岩櫃城中城下に屋敷)
   ※岩櫃城の唯一の石垣は出浦の屋敷裏にある。
  理由②・・・出浦屋敷は岩櫃城の中城の南西下にあり、
     天狗丸下を通ると、約300~400m程である。
  箕輪初心の勝手な説である。 

  この分析は富沢豊前守様に任せたい。
画像

②不動滝・・・高さ30mの二段の滝
画像


●搦め手口登山・・・
画像

○胎内仏など・・・
画像

急登を行く。標高差100m程か?
★勝手に、木戸と断定・・★搦め手口
画像

●削平地
★勝手に、木戸と断定・・★搦め手口
 (★東吾妻町の)
▲観音山西山山頂532m?=柳沢城の物見山砦
画像

見晴らしを見ると、岩櫃城以前の城であると確信できる。
画像

 ★景色は最高。見晴らし台=物見台設定が最高である。
川向こうには
  ①内出城(太田城)
  ②元善導寺(現パナソニック工場)があった。
吾妻川に敵が侵攻してくる状況が丸見えなのだ
画像

埋もれた古城(平成23年12月23日お会いした)さんのHp
「頂上に上らない限り岩櫃城方面を伺うこともできない。配置可能
な兵員の数もたかが知れている。いざというときに急峻すぎて出撃
能力に優れているとは思えない。見晴らしはいいので狼煙中継点や
忍びの者を入れておく諜報拠点としては役に立つかもしれません。」
とあった。たぶん、埋もれた古城さんは北~東方面の探索をしなかっ
たのであろう。
 
真田幸隆時代のは
  出浦は、柳沢城の物見郭を情報も集積する責任を
  負っていたかもしれない。
  つまり、地元の唐沢一族・割田一族に柳沢城を任せた
  可能性がある。単純に言えば、見張り当番である。
  今より急流の吾妻川の攻めて来るであろう北条軍団の
  監視をさせたのではないだろうか? 

★ここまで、勝手な推測すると、富澤豊前守様・・・
  ・・・楽しくありませんか?
  この分析は富沢豊前守様に任せたいと思います。
画像

●帯郭・・・★武者走りのようになっている削平地。
4~6m×40m
画像

大堀切・・・深さ3~5m「一城別郭」と説明された。
 ★私は箕輪城基準なので、この規模は深さ5~10mはただの
   堀切りである。と思ってしまった。
  箕輪城は大堀切は幅20mで深さ20mの七段の畝堀である。
  本丸堀の幅30mで、深さ20mの堀である。
  つまり、これで、一城別郭なのかなあ。
       
画像

●一の郭・・・20m×20mで、南に3mの土塁
画像

●堀切・・・薬研堀
画像

●二の郭・・・20m×20m+一段高い10m×20m
 で、南側が切ってある。北側も切ってある。
画像

●堀切・・・薬研堀
●三の郭・・・30m×40m南側が切ってある。
画像

●堀切・・・箱堀
●食い違い虎口・・・★堀切が中に食い込んできている。
●外郭・・・・
●西山との堺・★もしかして、西山にも郭があるかもしれない
・・・南に下って・・・
画像

●大きな竪堀・・薬研堀 

▼戻った。
●郭・・・★家臣団の屋敷かもしれない。
  西山の麓を行く。
●二筋の堀切
★西山方面にも郭があるかもしれない。
画像

※新道を下る。「げっ。平沢川の本流?支流?・・
  富澤さん、絶対、水の手郭ですよ。柳沢城は
  水の手を再調査の必要がありますよ。
  これ、斉藤時代の岩櫃に匹敵しますよ。」   
○東電の開発地から真田時代の岩櫃城を望む。
  「あ~あ、まるっきり、烽火台です。」
画像


○西登山道・・・
○縄文時代の穴=ヒカリゴケの穴
画像

副会長:本間さんの測量技術と郭+水の手関係を
  再調査したら、凄い発見ができるかもしれないなあ。


国レベル・町レベル・教育委員会とのコラボでないと
  なかなか、【国指定】にはならないかもしれない。
  埼玉県が、菅谷城+周辺の城:杉山城などを国指定にしたよう
  にしないと、簡単には国指定にならないからだ。
  私個人としては、
岩櫃城中心+岩下城+郷原城+稲荷城などで、地域指定
  形式で国指定を進める方法が妥当だと思う。
  あざみの会の皆さん、頑張って下さい。
  早く国指定史跡にならないかなあと思っている1人です。


後で、思った話
  富澤氏の伝説に、「城主:柳沢直正の重臣:丸橋某は・・
   200人の・・・・」ということは、
  斉藤は1000~1500人
  柳沢は、家老:丸橋が200人 +柳沢本隊???人


柳沢城の伝説や柳沢城の歴史は・・・
富沢朗氏のブログ「岩櫃城興亡史」を参考にして欲しい。
http://www.denno2488.com/index.php?%E6%9F%B3%E6%B2%A2%E5%9F%8E%E3%81%AE%E8%A7%A3%E8%AA%AC

○昼食・・コニファーいわびつで豪華弁当+うどん
画像


★午後は、岩櫃城の隠れポイント・・・

○Tea Time・・・斉藤さんと
 桑茶&そばのシフォンケーキ・・・600円 
画像


★楽しい1日が送れた。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック

  • 箕輪初心●三重【伊賀流忍者】&群馬【長野業政配下の忍び】

    Excerpt: ★伊賀流忍者博物館は伊賀上野城の郭の一角にある。 美人のくの一=女忍者や屈強の忍者が案内人である。 5ヶ所のからくりが再現され、女忍者が案内してくれた。 「10km離れた場所から移築→復元された.. Weblog: 城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー・旅行 racked: 2012-04-27 06:25
  • 箕輪初心●群馬岩櫃城⑥【岩櫃城跡探検隊第6弾】

    Excerpt: ★東吾妻町:あざみの会の会長:根津光儀(みつぎ)氏 のご厚意で参加が確定した。集合場所のコニファーい わひつには、開会行事のあと、北遺構&志摩曲輪&本丸 コースに参加した。マニアックなコースなの.. Weblog: 城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー・旅行 racked: 2012-11-12 07:27