箕輪初心★群馬【新島襄】=2013年NHK大河ドラマ「八重の桜」夫

★上毛カルタでは、「平和の使徒新島襄」として登場している。
★2013年のNHKドラマ「八重の桜」では、山本八重の夫で登
場する。新島襄の実家は群馬県安中市安中にあるが、江戸で生ま
れた。米国で苦学。帰国後は京都に同志社を創立。キリスト教主
義の教育に従事した。山本八重より襄の方がメジャーなのに不思
議である。というよりは、NHKドラマは女性をターゲットにし
た受けねらいの女性の生き方や&メジャーな人物の影で実質的な
切り盛りをした人物が最近のテーマになるようである。
★妻は偉大なりか?
画像

■新島襄の旧宅(安中市安中1-7-30)・・・入館無料
画像

画像

画像

画像

■安中教会
画像

画像

新島学園:安中市
新島襄先祖の墓・・・安中市郷原の自性寺
同志社大学・・・★行っていない。

新島襄の年表
・天保14年(1843) 安中藩の江戸屋敷で生まれた。
          幼名は「七五三太(しめた)。
・安政3年(1856) 板倉勝明の命令で蘭学を学んだ。
・安政4年(1857) 板倉勝明が死亡。
         蘭学の師:田島順輔が長崎へ移住。
・安政5年(1858) 川田甕江は江戸の安中藩中屋敷で漢学を教授。
 ※川田甕江は備中松山藩板倉家(安中藩板倉家本家)所属。
  川田甕江塾が安中藩邸に開設・・新島襄は川田塾に入塾。
  新島襄は幕府軍艦操縦所にも行った。
  漢学:川田甕江塾+蘭学:田辺真次郎塾の友人ができる。
  習字・漢字・武道・外国語を習得。
・万延元年(1860) 板倉勝殷の護衛役で、安中に来た。
(★遣米使節団・・小栗上野介など77人)

・文久2年(1862)9月。・・・説が2つ・・・
①川田甕江は備中松山藩:板倉勝静に180tの大きい洋式木造帆船
 (スクーナー)の快風丸を購入するように進言→実現。
  アメリカ→快風丸が横浜で引き渡し→玉島
  新島襄(2年間、幕府軍艦操縦所)は川田甕江の推薦で快風丸
  に乗り組みことになった。
 11月12日・新島襄は川田甕江から餞別を贈られ、江戸を出帆。 
  川田甕江は新島襄の将来に期待していたのであろう。
(★安中市や新島学園の講演会など)
・元治元年(1864)  ベルリン号にボーイとして乗船=脱国
画像

      函館→上海→アメリカに
      船長から「Joseph(ヨセフ)」を縮めた「Joe(ジョー)」と
      呼ばれていたことなどから「襄」としたそうである。
・慶応元年(1865) ワイルド・ロウバァー号でボストン入港。
画像

フィリップス・アカデミーに編入学。
・慶応2年(1866) アンドーバー神学校で修行→洗礼。
・明治3年(1870) アーマスト大学を卒業
  祖父は死亡。
・明治4年(1871) 弟が死亡。
森有礼からパスポートをもらった。
画像

・明治5年(1872) 「岩倉使節団」の通訳
           3月15日~翌年1月
・明治6年(1873) 1月帰国
         アンドーバー神学校に復学。
・明治7年(1974) アンドーバー神学校に卒業。
    大学設立講演で、5000$をゲット。
新島襄は大学設立に奔走中に横浜から西京丸に乗船。
  偶然に旧師:川田甕江に会った。川田の漢詩一編。
 「鵬移九万翼垂天 
  海路再逢定宿縁 
  記否当年初立志 
  依吾独上快風船」
   西京艦遇 新島君   川田剛 甕江

(★ウキペディア参考)

11月26日 横浜
         安中に帰郷。・・・八重を同伴。
     11月29日両親と再会。

・明治8年(1875) 旧会津藩:山本覚馬から学校用地を550$で譲渡。
京都に同志社英学校を創立。(校長)
・明治9年(1876) 山本覚馬の妹:「八重」と結婚。
 親族を安中から京都に迎えた。
・明治11年(1878) 安中:便覧社で、キリスト教を布教・30人洗礼。
          湯浅治郎・徳富蘇峰・柏木義円らを排出
画像

(★湯浅治郎宅)
      八重を同伴。
・明治13年(1880) 「自責の杖」事件
・明治20年(1887) 父が死亡。・・・八重を同伴。
・明治22年(1889) 11月28日 前橋で激痛。
 12月 神奈川県大磯の百足屋で療養。
・明治23年(1890) 1月23日 神奈川県大磯で死亡。

※大正8年(1919)   安中教会・・・新島学園の教会堂
画像

画像

(★安中市教委パンフ・安中ふるさと学習館企画展資料)
画像


2013年のNHK大河ドラマは「八重の桜」
東日本大震災を受け、NHKでは復興を支援する内容にすべきとの
意見があがり、「八重の桜」 と決まったそうである。
画像

  (★会津若松城)
●「八重の桜」の あらすじ~~~~~。
①福島県会津出身の八重(主演:綾瀬はるか)は会津藩の砲術師範
 :山本権八の子として生まれた。
 裁縫よりも鉄砲に興味を示す活発な少女時代を過ごす。
②兄:山本覚馬を師と仰ぎ、会津戦争では、断髪し男装して大砲台の
 指揮を執り戦った。そして、若松城籠城戦でスペンサー銃を持って
 奮戦した。「幕末のジャンヌ・ダルク」と呼ばれている。
③しかし、会津藩が敗れてしまう。そして、夫と離婚する。
④八重は「鉄砲を鍛錬すること」→「知識を深めること」に生きがいを
 見い出す。
⑤兄:山本覚馬の所に出入りしていた新島襄と知り合った。
 同志社大学の創設者:新島襄と再婚する。
 八重は男女平等を強く望み、自分らしく生きる。
 世間から「天下の悪妻」と言われることもあった。
 例えば、西洋のレディファーストは女性が先であるが、
 妻は夫の後ろについて影のようにいるのがよいとされる時代
 なので、自分勝手な女性と思われるのは当然であった。
 夫:新島襄はアメリカで西洋文化に触れていたことから自由な
 生き方の八重を理解し、「ハンサムウーマン」と称していた。
※八重は最低、2回は安中に来ている。」(★淡路先生)
⑥晩年に八重は日清戦争、日露戦争で、自ら志願して篤志看護婦
(=戦傷病兵の看護する女性)として参加した。「日本のナイチ
 ンゲール」として後に評価された。
  (★NHK大河ドラマを参考に編集)
画像


板倉勝明の「安政の遠足」
http://53922401.at.webry.info/201106/article_4.html

安中藩は約300人の藩士がいた。
  安中に約200人・江戸に100人いた。新島襄は江戸生まれである。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック

  • 箕輪初心★松尾芭蕉⑤『東海道寄り道』&【野ざらし紀行①】

    Excerpt: ★「八百屋お七」の大火で、芭蕉庵を失った松尾芭蕉は 貞享元年(1684年)8月、門人:千里(ちり)を伴い、 伊勢神宮詣で→伊賀上野:前年亡くなった母の墓参り を目的に→大和→吉野→京都→美濃→木.. Weblog: 城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー・旅行 racked: 2012-07-19 05:54
  • 箕輪初心●群馬【安中城】

    Excerpt: ◆安中城は安中一族 →廃城→井伊2第→水野2代→堀田1代→ 板倉2代→内藤1代→板倉6代と続いた。 安中城は現安中小学校・安中文化センター付近で ある。現在確認できる遺構はほとんどない。でも、.. Weblog: 城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー・旅行 racked: 2012-11-16 07:33
  • 箕輪初心★群馬【新島襄②】=山本八重の夫

    Excerpt: ★上毛カルタでは、「平和の使徒新島襄」として登場している。 群馬県人は、新島襄を群馬県人だと思っている。新島襄の実家が 群馬県安中市安中にあるからである。しかし、県外の人は群馬県人 だなんて思っ.. Weblog: 城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー・旅行 racked: 2013-01-01 06:43
  • 箕輪初心★新島八重の周辺①「徳冨蘆花」

    Excerpt: ★徳富蘆花は、同志社大学に2回学んでいる。つまり、新島襄の弟 子である。山本覚馬の次女:山本久栄と熱烈な恋愛をする。 新島襄の妻:新島八重=山本八重から見れば、山本久栄は姪に 当たる。二人の恋を.. Weblog: 城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー・旅行 racked: 2013-02-06 07:13
  • 箕輪初心★新島八重の周辺②『新島襄&徳富蘇峰』

    Excerpt: ★胃から血、血尿で病院通い。胃痛を紛らわしながら・・。 ★明治8年(1875)32歳の新島襄は同志社英学校(現同志社大学) を創立した。生徒8人の中に徳富蘇峰がいた。翌年に、新島襄& 山本八重は.. Weblog: 城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー・旅行 racked: 2013-02-07 06:19
  • 箕輪初心★新島八重の周辺③「湯浅治郎&八重の醤油」

    Excerpt: ★平成25年(2013)2月2日、自性寺焼の青木禮子先生に 「・・八重さんの醤油を買いに行きたいのですが、・・。」 と言ったら「有田屋さんの醤油はおいしいよ。」と言いな がら、安中市の「有田屋」.. Weblog: 城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー・旅行 racked: 2013-02-08 06:40
  • 箕輪初心★爽やかな秘話『新島八重子回想録』の紹介

    Excerpt: ★本日は、新島八重の素晴らしい本を紹介しようと思う。 ==『2013年大河ドラマ「八重の桜』放映記念』=== 大河ドラマ放映を機に、昭和3年84歳の八重が同志社新聞 記者に語った『秘話』をまとめ.. Weblog: 城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー・旅行 racked: 2013-02-10 06:42
  • 箕輪初心★『住谷天来』=群馬の四大キリスト教伝道者・住谷悦治の叔父

    Excerpt: 住谷天来・住谷悦治の名前を知ったのは25年程前である。 近藤義雄先生の「群馬町国府」の散策の時、住谷輝彦氏に会っ たことによる。近藤義雄先生は「住谷天来先生・住谷悦治先生 ・住谷磐根先生」につい.. Weblog: 城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー・旅行 racked: 2013-02-20 06:41
  • 箕輪初心★新島襄周辺『柏木義円』=群馬四大キリスト教伝道者

    Excerpt: ★柏木義円はキリスト教思想家である。新島襄の信頼が厚かった。 同志社大学には紋付き袴で通学し、卒業するときは新島襄から 「紋付き袴を新調してあげる。」と言われたが、断ったという エピソードが残っ.. Weblog: 城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー・旅行 racked: 2013-02-22 07:30
  • 箕輪初心★新島襄周辺『内村鑑三の生涯『&「高崎の内村鑑三の碑」

    Excerpt: ★「平和の使徒 新島襄」&「心の灯台 内村鑑三」など と誰が上毛かるたの語句を決めたのであろうか? きっと偉い人なんだろうけれど、意味が分かんない。 2人も江戸=東京生まれキリスト教偉人である。.. Weblog: 城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー・旅行 racked: 2013-02-23 21:21
  • 箕輪初心★京都③『新島襄先生の家』&『新島八重さんの墓』

    Excerpt: ★平成25年(2013)3月28日に新島襄先生の家&新島襄先生 &新島八重子さん&山本覚馬さんの墓参りに詣でた。 私にとって、今回の京都のハイライトである。同志社大学にも 行きたかったが、時間が.. Weblog: 城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー・旅行 racked: 2013-04-13 07:21
  • 箕輪初心★『日新館&保科正之&新島八重のパネル展』

    Excerpt: 「什の掟」 一、年長者(年上の人)の言ふことに背いてはなりませぬ 一、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ 一、嘘言を言ふことはなりませぬ 一、卑怯な振舞をしてはなりませぬ 一、.. Weblog: 城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー・旅行 racked: 2013-04-25 05:58
  • 新島襄父の故郷:安中&新島八重の故郷:会津若松

    Excerpt: 新島八重は群馬県安中市を4回訪れている。1882年・1888年 ・1910年・1921年である。新島襄は会津若松教会を建てた。 ★会津若松市&安中市・・・新島八重の仲介で、姉妹都市関係 を結べば.. Weblog: 城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー・旅行 racked: 2013-04-26 07:01
  • 箕輪初心◆群馬「第39回:安政遠足(とおあし)侍マラソン2013」

    Excerpt: ★安中藩祐筆:新島襄を可愛がった安中藩主:板倉勝明(かつあきら) 公。安政2年(1855)板倉勝明公は安中在住藩士の鍛錬のために中山 道:安中城~碓氷峠熊野権現様までの約7里を競争をさせ、着順を記.. Weblog: 城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー・旅行 racked: 2013-05-13 07:01
  • 箕輪初心★『新島襄&新島八重の上州』企画展in群馬

    Excerpt: ★NHKの大河ドラマ「八重の桜」の波に乗って、群馬県内では、 安中市を中心に「新島襄&新島八重の上州」に関する展示&説 明会が多くなってきた。結構、バス旅行の県外の客も多くなった。 ①安中の新島.. Weblog: 城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー・旅行 racked: 2013-05-21 05:35