箕輪初心●里見一族シリーズ⑦「日本ハム:斉藤佑樹投手も子孫では?」

箕輪初心●里見一族シリーズ⑦「里見子孫・・この人も子孫?」
平成23年(2011)2月22日
新田義重から里見義俊へ。でも、次第に分家・・・そして、分家。
分家・分家・分家と広がりって・・・『日ハムの斉藤佑樹投手も新田・里見系の子孫かもしれない。』
と、勝手に「この方の子孫かもしれない?」と想像している。「藤」がつくので、藤原系かもしれないが?
斉藤祐樹選手は新田生品小→新田生品中→早稲田実業→早稲田大学
→日本ハムファイターズと歩んだ?
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  (写真は、熱烈な斉藤ファンの撮った写真を借用。)

1)中ちゃん=「箕輪初心の親友:スキーや旅行で一緒」
  ●初代里見義俊→中里見政氏・・・
    →●高崎市榛名の「中里見」姓:●中里見に10軒→高崎市?町:
  ※スキー200日以上一緒。沢登りやアイスクライミングが趣味。
  ※海外旅行は5回一緒。キリマンジェロ5895mも一緒に登山。
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   (一緒に行ったキリマンジェロ登山での中ちゃん)
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      (長野:志賀スキーの中ちゃん)    

2)大島氏「スキー&ハイキング仲間」
  ※箕輪初心は大島氏にスキーをアドバイス→実質は1級。英語が堪能。」
  ●3代里見義基→大島時継→○→○→大島義政
     (新田鎌倉攻め巨福ろ方面軍攻め副大将→大島義高→・・・
     →太田金山城の西の守り・・・●現在:太田市
     趣味はスキー・登山
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   (写真①2011年白馬コルチナスキー場の大島氏)
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   (写真②美ヶ原の登山リーダー:大島氏は岩の上に登頂)

3)里見繁美氏「大東文化大学教授」
※お話を伺った一回のみ。
※2010年7月24日に峰岸純夫先生の
    講演会で司会後、個人的に教えていただいた。
  ●6代里見義胤(新田鎌倉攻めおn極楽寺方面軍攻め副大将
   7代里見義連の3男仁田山里見氏連の子孫・・・
   →高崎市榛名町の「里見」姓:●下里見に5軒・中里見に7軒・・・
   →榛名光明寺東200m出身

4)里見義成氏・・・「里見一族」の著作者
  
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5)里見哲夫先生「群馬シダ研究の第一人者」・・昭和天皇にもご説明
  ※2度訪問・・「下仁田戦争」や「植物」について教えていただいた。
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  ※里見先生にいただいた「ヒイラギソウ」「ベニバナヒイラギソウ」が
   今でも我が家の庭で咲いている。ヒイラギソウは群馬で2ヶ所:下仁田町&桐生市沢入
   で秩父古成層のみに自生する特殊な植物である。
  ●15代里見義豊の子孫・・・」
   「安房里見一族で群馬に戻ってきた子孫である。」(里見繁美氏)
  ・天文2年(1533) 7月 里見家の内乱
    里見義豊は正木通綱を稲村城に呼び付け、殺害。
    里見義豊が叔父:実尭を殺害。
    里見義尭とともに父正木通綱を殺された正木時茂は、即座に反撃。
   8月 妙本寺(千葉県鋸南町)の戦い 
    北条氏の支援をうけた実尭の子:義尭の軍 VS  里見義豊
    →里見義尭方が勝利。里見義豊は滝田城(三芳村)に籠城。
   9月 滝田城も危うくなり、義豊は上総へ逃亡。滝田城は落城。
    →群馬県下仁田在住。
   幕末の下仁田戦争・・・激戦地。・・・里見先生の家の柱に刀傷あり。
   ★箕輪初心「新田官軍は、高崎藩を応援していたかもしれない?」
★箕輪初心「もしかしたら、里見家の本流かもしれない?」


6)★小保方→生方・生形へと苗字を変化
 鎌倉時代   
  ⑧里見宗家の里見基義(陸奥山本に在住)
 ●弟:山本胤幸
  ●弟:仁田山氏連(群馬県桐生市)
    184年在城後、榛名里見の先祖。
   里見氏連が宮田不動尊(渋川市:旧赤城村宮田)を建立。
 ★箕輪初心私見・・
   鎌倉中期に新田一族の勢力が前橋・富士見・渋川・北橘・赤城  
そして、昭和・子持・沼田に小保方が家臣で進出した。
  「新田系の小保方→生方に変化?したのではないだろうか?」 
生方は【真田の加沢記】に出てこない一族である。
20年前、調べでは、「生方」姓は 
1位・・・沼田の「生方」は約120軒
2位・・・子持村の「生方」は約80軒
3位・・・北橘村の「生方」は約30軒?」
・・・
①生方誠=歌人:生方たつゑの夫
   群馬県沼田市の薬やさん・・・沼田公園に建物が移築。
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 ②生方恵一
  県立前橋高校から早稲田大学政治経済学部に進学。
  卒業後、アナウンサーとして日本放送協会に入局。
  1970年代・・「夕べの広場」のDJを務め、「ウブウブおじさん」と称した。
  1984年 「第35回NHK紅白歌合戦」で総合司会を担当。「ミソラ事件」
  1985年 大阪局に異動。「ミソラ発言」の影響で退局。
       フリーアナウンサーとして再出発。テレビドラマにも出演。
  2006年 「青いうた~のど自慢 青春編~」の司会者役で出演。

③生方 幸夫(1947年10月31日 ~)・・・・Hpより。
  東京都立志村高等学校→早稲田大学→読売新聞記者→ジャーナリスト。
  →NHK衛星放送や文化放送のキャスター
  →信州大学経済学部・産業能率短期大学講師。
  →新党さきがけの候補者公募に合格し、旧民主党結党参加。
  →第41回衆議院議員総選挙で千葉6区で比例復活で新人代議士。
 2004年 イラクから自衛隊を撤退させる声明。 
   「消費税据え置き」・「地方主権」・「後期高齢者医療制度の廃止」・
   「憲法9条を世界に広めること」などを著作。
 2010年「小沢さんは政治資金問題をしかる場所できちんと話すことが第一」
    高嶋良充筆頭副幹事長は生方に対し、副幹事長を辞任を要求。
    小沢は責任を何も問わず、外部に向かって批判したら辞めろというのは
    おかしくないですか」と反発したため、生方幸夫氏は解任。
 2011年 小沢氏の離党問題で難航。

★がんばれ、新田里見一族?

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