箕輪初心●群馬の城№2:岩櫃城①&▲岩櫃山802m

箕輪初心●岩櫃城&岩櫃山▲802m登山 2007年(平成19年)12月12日
■群馬:岩櫃城訪問記1回目・・・2008年平成20年11月3日(水)
○岩櫃山へは、①城からコース ②駅からコース  ③西攻コース
 中之条岩櫃山東部の温泉西から車で登ることにした。
○岩櫃城温泉を越え、右折する。山道を左の岩櫃城駐車場へ向かった。
 坂を登ると岩櫃城入口にでる。
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○駐車場の左手には天狗丸がある。車をとめた。
○岩櫃城の小屋で、歴史を読む。
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○渋川高等学校の登山部の学生に出あった。渋川高校の後輩だった。
  山岳部の国体入賞を祈願して別れた。
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○「熊出没注意」の看板を見ながら、山道を急ぐ。
  凍っているところで転倒。「いってえ。」
○追手(大手)から竪堀を登っていく。登山道が終わった所で中城に出た。
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○中城は二の丸の外側を抑えているところで、三の丸に当たるとこかもしれない。
○中城が終わるとまた竪堀があり、この中を登っていく。
○郭群と竪堀が現れる。見事である。
○二の丸に出た。二の丸は小さく、あばら屋がある。
  放射状に竪堀が6本?あり、北、南、東へ出撃できる。
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○二の丸の上が本丸である。本丸は広かった。片隅には櫓台跡と居館の御殿跡がある。
  真田幸隆・・子の信綱・昌幸・・孫の信幸がいたんだろう。
○本丸の南面には大きな竪堀があり、下に町並みが見える。
 南面を守るようにして腰曲輪がある。
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○南には腰曲輪の片隅には虎口がある。北西部にも虎口がある。
 ここから本丸へ行くことができる。

▲本丸の西に岩櫃山頂上への登り口があった。
 ついでに、山頂まで行くことにした。
▲途中、手古丸城・大戸城の山並みが見えた。
  急な道を少々登ると、見張り台に適した場所があった。
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▲分岐と越え、岩の間の道を進む。
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▲岩櫃山頂上802m。奇岩、大岩が怖い。
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 間を覗くとはるか下が見えて足がすくむ。
 畳2枚分くらいの頂上からは南を臨むことができる。
 櫓代わりに使われていたのだろう。手古丸城・大戸城が見える。
▼城入口まで戻り、駐車場に戻った。
○天狗丸へ行く。現在は畑である。
 真田忍軍の頭領:出浦氏+唐沢氏+割田氏が集会していたのかな?
○トイレが綺麗だった。

★箕輪初心感想「要害堅固の大きな城である。関東三古城だと言われて
 いるようだが、遺構もたくさん残っていて、すごい。真田ファンなら、
 ぜひぜひ来るべき!  ふと、真田三代という雑誌の「真田幸隆の調略」
 に思いをはせた。

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