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zoom RSS 箕輪初心:生方▲『仙台藩の大肝入と文通』籠橋俊光著と【身分制度】

<<   作成日時 : 2017/08/21 08:46   >>

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仙台藩は武士団は門閥、大番士、組士、卒である。
人員総形…11,119人 、禄高総計…798,937石であった。  
@門閥(一門、一家、一族、宿老、着座、太刀上)               
A大番士(平士、百石以上) 十隊                    
B組士 徒小姓組、徒組、番外士、鷹匠、不断、給主、名懸、同朋、茶道、
C大所人、鳥乗 …百石以下                       
〜〜〜「士と農工商の境」〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
D卒…旗本足軽、足軽、小人、坊主、餌差、同心、諸職人 
D百姓(農)…大肝入 肝入、組頭、
E町人…検断、目明 
このD足軽・E百姓・F町人は同地位であったが、
身分制度を巡って微妙な戦いがあった。




はじめに
1)先人の研究
2)研究の課題と視点
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●基本用語
1)闕字(けつじ)・平出・擡頭(たいとう)
@闕字(けつじ)…敬意を払うべき文言の上を1〜2字開ける。
  A平出…敬意を払うべき文言の下の字から改行する。
  B擡頭(たいとう)…敬意を払うべき文言の下の字から改行し、1〜2字
    あげて書く。

2)宛名=受取人の敬称「様」と「殿」
@目上の人へ敬意のレベル…旧字体「樣」>「様」>・・・崩し字
A目下の人へ敬意のレベル…「殿」>・・・>崩し字・・・>平仮名の
   「とのへ」
代官・郡奉行からの場合、字が大きい。肝入などへは、宛名が小さ
    く下に書いた。

3)片苗字…差出人・宛名人の苗字を略して書くこと。
例1、関東郡代:伊奈半左衛門(備前守)忠次→「伊半佐」
例2、「上泉伊勢守信綱」は「上伊勢」「上伊」と片苗字で書くよう
  な場合である。


1,仙台藩の大肝入制
伊達藩主
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年寄……江戸藩邸支配。
奉行
若年寄…奉行の補佐。
(家老)大番頭…仙台城の番役。
評定役…仙台藩の裁判。
出入司…財政民政=勘定方

(1)仙台藩の地方支配機構

奉行…藩政全般を担当
bQの地位:出入司:シュツニュウズカサ
士分
1)郡奉行
 元禄5〜6年頃に5名、
元禄10年9名
 享保14年4人。

南・北・中奥・奥の4地区       

2)代官…各郡に1人〜複数人が在地支配
     数か村〜数十か村を担当

3)役人
百姓から村役人が選ばれた。


※20地区20人
4)大肝入 各代官支配区に1人
 数か村〜数十か村を担当

5)肝入
各村に1人の胆入 百姓

※宿場には、(検断=肝入と同格)が置かれていた。
 数か村〜数十か村を担当

6) 組頭
各村に1人の組頭    
※大肝入は江戸時代の村役人の代表を指す。
大庄屋や名主 (なぬし)総代などともいう。



(2)大肝入の身分と格式
1)身分…百姓身分の最上位
2)格式…特権や優遇措置
@苗字・帯刀・麻上下(★裃?)・乗馬の特権
A諸役免除の等の優遇
B役料…五貫文
  (50石・年貢免除・藩からの宛がい役料地の付与)
C郡奉行からの骨折金3両
3)特徴
一部世襲制もあったが、多くは代官の推薦により郡奉行が決める。
代官所所在位置の会所に勤務した。遠い場合は連絡要員がいた。


(3)大肝入の業務と運営
1)業務 
 @『大日本古文書』には、
 「郡村の治安・風俗の取り締まり・代官不在中の郡政と行った。」とある。
 A明治期の「宮城県編纂の藩の地方行政」によると、
胆入以下の指揮監督
貢祖(こうそ:年貢)の取りまとめと送金
肝入の任免の具申
郡村の諸経費の徴収・支出
犯人の下調べ
郡中諸届け・願い事の取次など
2)運営
 @大肝入ー手代…(事務取り扱い担当)
徒者取締…(犯人の捜査担当)
A諸経費は郡単位で村から徴収。

2,大胆入と「文通」の問題
1)前提となる事項
@「文通」の定義・概念規定
一般的には身分的・社会的による規制(★拘束力)を持つ発給文書である。
A文書の特徴
  ・肩書きの有無・宛名と差出人・敬称の有無など
 ・公文書…証文・訴願文や通信・連絡文
B仙台藩における公文書
 「書札礼」を「格」 と呼び、差出・宛名相互の身分関係の文書往来を「文通」
  と呼んでいる。
C「文通」の問題化の発生とピーク
 18C半ば以降の問題の増加→元文〜宝暦〜安永期の問題の2つのピークと
 なった。


1)士分との「文通」の問題ー元文(1736)〜宝暦期ー
 「文通」問題の歴史的前提…背景「武士・百姓の身分的統制の強化策」
●宝永〜享保、5代藩主:伊達吉村の法度の発布
 @士分の忠孝・風俗強制
 A「百姓条目」…百姓の身分統制。
 B町方への衣装統制
 C郡方・町方への音物禁止 
 D家臣団の風俗と規律強化、
 E百姓身分・風俗の強制の法度
F大胆入への「代官不在の重き御用」 
※大肝入への仕置き・処分…公共事業にも処罰している。
・大肝入の大根の植え付けの割り付け
・大肝入の相撲興行・喧嘩
・大肝入の水害の下賜金の不適切な配分

3)仙台藩の武家社会構造と「文通」
一門・一家→平士(大番士→番士→組士)|→「凡下」(足軽)
  ・「凡下扶持人」(職人)
  百姓・町人・「凡下」から士分への「文通」
宛先が平士以上は無苗字で書く。

4)大胆入から士分への「文通」
●元文5年(1740) 「大肝煎」への規則
規則「大肝煎共方より御代官始諸役人中江文通、何も片苗字二通用可仕」

  大肝煎(名取・宮城・国分)の上申
「一律に片苗字にしたら、宿場での混乱・負担が予想されるので、封書書
 きだけは今まで通り、諸苗字を許可していただきたい。」
  大肝入の郡方・山林方・津方・野場方など数百人の役人なので、
宛名を片苗字にすると、「歩夫(かちふ)」が届け先を探すのに手間がかかる。

郡奉行が、大肝入の主張を全面的に認めた。

 問題点…大肝入は「凡下(足軽)」よりも優越的な文書の扱いとなった。


●寛延3年(1750) 小姓頭物書 VS 名取大肝入 「文通の問題」
藩主:伊達宗村の狩猟・廻村(かいそん)に際して
 @小姓頭物書役:杉沼の通達→大名取大肝入:佐藤嘉平へ
 A大名取大肝入佐藤嘉平の返答→(片苗字)→小姓頭物書役:佐藤孫兵衛へ
  ※「片苗字の宛名の文通」で問題発生
B小姓頭物書役:佐藤孫兵衛から郡代官への訴え
「大肝入なのに、佐藤が、佐藤(私)に片苗字で書くのを改めて欲しい。」
 ↓
C郡代官の回答
「大肝入が片苗字を許可されているのは、同名の代官がいた場合、誰に宛
   てたものか分からなくなるという業務上の措置で有り、身分よろしき筋
   として、許可してるわけではない。」

●延享2年「大胆入の無苗字」の問題
  @代官の触「諸士江通用無苗字文通・・・」
  A代官「諸士江通用無苗字文通・・・相決兼申候」と、片苗字使用は郡  
   の役人以外の「文通」は適用できるか不明瞭である。
  B代官「今回の一件は大肝入の誤解である。郡方業務に関する問題である。
      武家身分の苗字とは異なる。」と、特例を認めた。 
著者評価…「仙台藩は地方行政の事務処理と身分制度は違うとした。大肝入
   はあくまで百姓で、地方業務上、配慮せざるを得ない。」という二律背
   反的な状況であった。
 その場しのぎの方策であった。 

●宝暦3年(1753) 「大肝入の片苗字・無苗字」も問題
@国分大肝入の「御山守の交替願」
→宛名  代官は片苗字
山林横目は無苗字
A山林方→郡代への訴え
B郡代の調整…「宛名筆頭者の片苗字・無苗字に沿ってやればよい。」

●宝暦5年(1755) 宝暦の飢饉後の「大肝入りの文通の差出人の書き方」の問題
 ・宝暦6年(1756) 前年の宝暦の飢饉の対応→5カ年の倹約令t4つの領民の
  華美禁止令
 @百姓の衣服統制・A馬方の無礼禁止・B百姓の他所参詣禁止
A大肝入の「文通」における(御用・私用での)片苗字の一切使用禁止
B結果…士分は普通に苗字か片苗字とする。
    大肝入は「小さく片書」・・・資格的に判別できるようになった。
著者評価…藩の危機感から「文通の改正」は身分秩序の混乱を未然に防ぐ
 ものであった。

C栗原郡三迫(さんのはさま)の大肝入3人の連名による確認の「書状」
   (宛名不明)。
  a, (書状の種類明記)、「小さく片書」諸苗字を用いるのでよいので
    しょうか?
b, 「郡方よりほかの諸役人様や郡方お役人様の連名」も「小さく片書き」
   ですか?
c, 「奉書書」の(差出人)の諸苗字」の時、「名前の末に小さく片書き」
  ですか?

D郡方の対応と解決方法に対する意見
a,代官たち 「願書は代官が添え書きをするので、無苗字で差し支えない。
   証文書のみ、小さく片書きで諸苗字を用いればよいのではないか。」
b,郡代「代官各自が後日の証拠となると判断した時に適用せよ。」
  と、曖昧な返答をした。
 結果…大肝入の士分に対する「文通」は無苗字と規則となった。

著者の解釈… 大肝入の主張は身分的な向上を目指したものではなく、あく
 まで業務上の混乱 =地域的負担減という論理に集約される。

(2)「文通」問題の展開ー明和〜安永期ー
1)肝入・検断の「文通」の問題
●明和4年(1767) 「郡中肝入連判]」による願書→(代官へ)
「(「凡下」の )「御足軽組頭」・「御小人」などが士分同様「様」を付け
  るように要求してきたのですが、・・」

「凡下」身分が士分になり、伝馬役・人夫役・肝入業務などの増加を
  反対した。
 著者の評価…「文通問題の拡大」を覗わせるものである。
 
 ●明和5年(1768) 上胆沢の「脱石〆] に派遣された足軽の「殿」付き
  書状→肝入
郡方対応…「殿付き」を承認した。足軽が肝入を呼びつけることの
 禁止令を出した。

2)大肝入と足軽・同心の「文通」の問題
a,足軽と大肝入の「文通」の例
●明和3年(1766) 足軽:門蔵が佐倉村に「密塩〆り(塩の密売の取締)」に
  派遣された。
@足軽は「殿」付き→大肝入:川村に御用状を提出。
A大肝入が不満→郡奉行に提出
B郡奉行「書通は様付き、諸証文は殿付き」とする方針となった。
b, 大肝入と町同心の「文通」の例
●安永2年(1773) 町同心は栗原郡に主張した。
  @町同心は「殿」付き→大肝入   
2郡方は明和3年の前例を準用(実際は適用)し、町奉行に了承の上、
   通達した。
●安永3年(1774)
  @黒川郡の大肝入が「殿」付き→旗本足軽組頭
A郡方は「様付きに文通せしめよ。」と命じた。
著者の評価…郡方は一応の基準を示すことに成功した。
「脱石〆」・「密塩〆」 は伊達藩の権力方の派遣であるので、大肝入が
  敏感に反応
しているだけであると考えられる。序列争いではない。

3)大肝入と給人陪臣の「文通」問題の拡大と混乱
●安永7年(1778) 胆沢郡水沢を出奔した娘は栗原郡砂沼西郷で発見
   された事件に「石母田筑前守様斎藤源左衛門」という者が関与
    していた。
@栗原郡仮大肝入:草刈の「斎藤」の人物紹介の依頼→石母田筑前守へ
A石母田家老木村の返書「→仮大肝入:草刈「殿」
仮大肝入への書状の差出・封紙の上書きは「殿」付きであった。
B仮肝入:草刈が「殿」付きの書状の疑問→家老:木村へ
C家老:木村の返答にも「殿」付き→仮大肝入:草刈へ 
「殿」付きは「差し支えなし」との返答だった。
D仮大肝入:草刈が「殿」付きの書状に疑問→郡方:石母田(高清水城主)
   に訴えた。
E結果…石母田「この段、(家老が)不心得である。」と不満
    代官も仮大肝入:草刈の主張を認めた。
    「陪臣が殿付けは混乱を招く。」
郡奉行も賛成した。

●安永8年(1779)
10月、郡奉行が出入司(郡奉行の上司)に「殿付け許可願い」を提出
 した。
理由は不明である。
結果…家老・用人等の士分扱いの者は「殿付け」を許可された。
留主居(★留守居)以下の陪臣は、「凡下(足軽)」と同じ処置
   となった。
  ↓ 
上層の家老・留主居は反対した。
  「大番士並の士分に位置づけることで、最大2万石を越える給人の家に
   相応しい身分的地位を要求した。」
直参の陪臣の不敬禁止を通達させた。
その後、陪臣の服装についての法整備を出させた。

著者の見解…
   士分扱いの陪臣たちが百姓身分の大肝入に対して「殿付け」を主張する
   ことは自分たち身分意識と藩の陪臣の身分を確保する上で当然であった。
大肝入は「殿付け」の「文通」は困惑と不満を感ずるのは当然であろう。

最後に
大肝入と給人陪臣の「文通」問題は安永年間の陪臣との争論を境に、大肝入
  と武士との問題はほとんど見られなくなった。


★感想…「士と農工商」は江戸時代の身分制度を示す言葉である。仙台藩
  では、「農」の代表で  ある「大肝入」VS「士」ではない「凡下
 (足軽)」、「農」の代表である「大肝入」VS「士」 ではあるが、奉
 行の家臣(藩主の家臣の家来)である「陪臣」などの 「文通」で問
 題が起こるということは、身分上の上方指向を示す物である。
  著者: 籠橋俊光氏の解釈「 @大肝入の主張は身分的な向上を目指
 したものではなく、あくまで業務上の混乱=地域的負担減という論理
 に集約される。」とか、A「序列争いではない。」という解釈には、
 疑問が残る。
  現代社会でも、会社・(公務員)の中で、社長(市長)>役員(副市長)
 >部長>課長>係長などの言い方があり、社会的地位が存在する。多くの
 人間は、地位や名誉を欲しがって、上方指向を 模索し、上位役職に就
 こうとする。給料が下がる最近のケースでは一概には言えなくなってい 
 るが・・・」。近世の封建制度・身分制度そのものに内部的な問題があ
 ったことを意味すると 考えられる。しかし、階級闘争には日本でなら
 なかった。






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