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城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー・旅行
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2017年10月現在の掲載済&掲載予定内容
@城砦・・・・★箕輪城・群馬の城400
       ★百名城86・合計中世古城約882
        ★戦国武将&偉人
A陶芸・・・・自作の陶芸作品・焼き物旅行記
B登山・・・・百名山約80・最近の登山
C潜水・・・・約850本(含海外34回)
Dスキー・・約1600日+山スキー約30回
E旅行・・・・日本各地・海外80回(約70カ国10地域)
Fその他・・群馬の歴史・名所・旧跡・人物・
        奥の細道・東山道・中山道(予定)・グルメなど

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タイトル 日 時
箕輪初心:生方▲草津100ー70【若山牧水T11】続編「湯宿温泉:金田屋」
箕輪初心:生方▲草津100ー70【若山牧水T11】続編「湯宿温泉:金田屋」 ・天正11年(1922)、10月18日 草津温泉の一井旅館に泊まった。  10月19日、草津を発った。暮坂峠から沢渡温泉で昼食、四万  温泉の田村旅館に泊まった。20日・・・・ 10月23日 、若山牧水は法師温泉から徒歩で  沼田方面に向かった。笹の湯温泉で昼食をすませたが、若山牧水  は法師温泉からの帰り、疲労を覚え、U君とM君と別れ、一人で  金田屋泊まった。温泉に入り、寝たところへ、H君が訪ねてきた。  夜9時過ぎまで語ってからH君は帰っていった。 ・現在、湯宿温泉「金田... ...続きを見る

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2018/05/25 09:32
箕輪初心:生方▲草津100ー66【若山牧水T9・T11】の「草津温泉の印象」
箕輪初心:生方▲草津100ー66【若山牧水T9・T11】の「草津温泉の印象」 草津の湯畑の標柱には『若山牧水歌人大正9年(1920)』とあった。 草津温泉観光協会の本やHpには『44.若山牧水:旅に生き、酒 とともに暮らした、歌壇の寵児。草津を訪れた牧水は、吾妻川の 渓谷や周囲の山並みに心酔し、『上州草津』などの紀行文、多く の詩歌に自然の美しさを表現しました。紀行文の多くは時間湯の 描写に割かれており、「湯もみの板の音がいよいよ激しく、その 唄もつぎからつぎへとつづく。(中略)料理屋の三味線のさわぎ がきこえ、あんまの笛もまじる。」と、夕暮れ時の草津の情景... ...続きを見る

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2018/05/24 05:30
箕輪初心:生方▲草津100ー69「 河東碧梧桐」T10?・S4旅行好きの俳人・書家
箕輪初心:生方▲草津100ー69「 河東碧梧桐」T10?・S4旅行好きの俳人・書家 草津の湯畑の標柱に「河東碧梧桐 大正10年(1921) 来草」とあ る。草津温泉観光協会の本やHpには「河東碧梧桐:子規没後の句 界の巨星。新傾向俳句を唱え、自由な表現を追求。」とある。 草津温泉の『日新館(湯本家)』のHpには 大正10年(1921) 【河東碧梧桐書『日新館銘』】とある。また。「ほととぎす 川上へ な□ うつる あさの窓 あけて居る」と書かれた色紙を見せて いただいた。『大阪屋』では、昭和4年(1929)に大阪屋を訪れた 俳人:河東碧梧桐の揮豪による『大阪屋の看... ...続きを見る

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2018/05/23 06:15
箕輪初心:生方▲草津100ー68『富田常雄T8』:「姿三四郎」&『私の好きな柔道漫画』
箕輪初心:生方▲草津100ー68『富田常雄T8』:「姿三四郎」&『私の好きな柔道漫画』 湯畑の「草津に来たりし100人」の標柱には「富田常雄 大正8年 (1919)来草」とある。つまり、嘉納治五郎と富田常次郎(四天王) と息子:富田常雄(5段)が一緒に来ていたことになるのではなか ろうか。富田常雄は昭和17年(1942) 『姿三四郎』で流行作家と なった。映画化・テレビ化され、人気を博した。柔道が人気の出 るきっかけにもなったと考えられる。今日は私の持っている『好 きな柔道漫画』の本も紹介しよう。私は歴史の本や雑誌、漫画本 しか読まなかった。でも、最近は「文学」など国... ...続きを見る

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2018/05/22 09:20
箕輪初心:生方▲草津100ー67「嘉納治五郎T8」柔道家・教育者・国際人
箕輪初心:生方▲草津100ー67「嘉納治五郎T8」柔道家・教育者・国際人 湯畑の「草津に歩みし100人」の標柱には「嘉納治五郎、大正 8年(1919)来草」「富田常雄 大正8年(1919)来草」とある。つ まり、嘉納治五郎と富田常次郎(四天王)と息子:富田常雄(5 段)が一緒に来たのではないだろうか。 草津に度々来ていたベルツは29年間も日本で活躍したが、嘉納治 五郎とも交友があった。ベルツが嘉納治五郎に草津温泉を進めた のではなかろうか?ベルツがドイツに帰国した後『Das Kano Jiu-Jitsu (Jiudo)』(『嘉納柔術(柔道)』、1906... ...続きを見る

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2018/05/21 08:10
箕輪初心:生方▲草津100−66「水野仙子T7」:T8年32歳、草津で死亡
箕輪初心:生方▲草津100−66「水野仙子T7」:T8年32歳、草津で死亡 湯畑の「草津に歩みし100人」の標柱には「水野仙子 大正7年 (1918)来草」とある。「水野仙子」って「せんこ」って読むのかな? こんな人、知らん。とはいえ、田山花袋を調べていくうちに、水野 仙子が弟子だと分かった。水野仙子は自然主義の文学が頂点 にあった田山花袋の門下となった。そして、水野仙子は大正8年 (1819)32歳で草津で生涯を終わるまで、多くの短篇を発表した。 水野仙子は最も強く自然主義の影響された?受け継いだ?女流 作家であった。 ...続きを見る

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2018/05/20 07:45
箕輪初心:生方▲草津100ー65『平井晩村T5と草津節T7』
箕輪初心:生方▲草津100ー65『平井晩村T5と草津節T7』 草津の湯畑の標柱に「大正7年(1918)来草」とある。草津温泉観光 協会の本やHpにも『大正7年(1918) 平井晩村 詩人・小説家「野 葡萄」 草津紀行「湯けむり」』とあった。また、『明治・大正の文 学:みやま文庫』や多くのHpにも、「大正7年(1918) 前橋出身の 平井晩村は草津を訪れた。」としている。 ところが、『上毛文学散歩』:柳芳太郎著*群馬県文化協議会編(昭 和30年)では「大正5年(1916)6月12日、平井晩村と石橋如山は 草津に遊んだ。大正7年(1918)9月 ... ...続きを見る

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2018/05/19 05:52
箕輪初心:生方▲草津100−64「犬養木堂(犬養毅)T6」「話せば分かる」
箕輪初心:生方▲草津100−64「犬養木堂(犬養毅)T6」「話せば分かる」 湯畑の「草津に来たりし100人」の標柱には「犬養木堂 大正6年 (1917)来草」とある。犬養毅は、「水草会」開催のため草津を訪れ、 日新館に泊まった。犬養毅は高崎市の「高崎観音山温泉:錦山荘」 にも泊まった。犬養毅は中学校・高校の日本史の教科書に載っ ている人物である。犬養毅・尾崎行雄は「憲政の神様」と呼ばれて いる。中国の政治家:孫文との親交も深かった。明治中期〜昭和初 期にかけて政党政治の確立に貢献した。最近、ニュースで政治家・ 高級官僚と違って清廉潔白な非常にすぐれた政治家... ...続きを見る

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2018/05/18 06:37
箕輪初心:生方▲草津100−63「川端龍子T5」:『霊泉由来』の謎
箕輪初心:生方▲草津100−63「川端龍子T5」:『霊泉由来』の謎 草津湯畑の「草津に歩みし100人」の標柱には「川端龍子  大正5年(1916)来草」とあった。大正5年(1916)川端龍子は 草津で描いた『霊泉由来』が出世作になった。川端龍子の絵 を東京の山種美術館・島根の足立美術館などで見ている。 しかしm東京都大田区の本門寺には2回行っているものの、 川端龍子の家・大田区立龍子記念館には行っていない。 ...続きを見る

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2018/05/17 07:24
箕輪初心:生方▲草津100ー62「C、コリー」:救ライ(ハンセン氏病)の聖女
箕輪初心:生方▲草津100ー62「C、コリー」:救ライ(ハンセン氏病)の聖女 草津温泉刊行協会の本やHpに『33.C.リー:布教とらい病治療に 身を捧げた英国女史。』とあった。また、『(故)M・H・コンウォール ・リー女史 草津の恩人「草津のかあさま」として親しまれる。』 ともあった。草津湯畑の「草津に歩みし100人」の標柱には「コン ウォール・リー 大正5年(1916)来草」とあった。私は、リー女史 のことはライ病(ハンセン氏病)の患者のために尽くした人とだけ しか知らない。ライ病(ハンセン氏病)ついても全く知らない。戦 国時代にハンセン氏病の大谷吉継... ...続きを見る

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2018/05/16 10:04
箕輪初心:生方▲2018『第57回寄居北條まつり:含動画』と「三献之儀」の話
箕輪初心:生方▲2018『第57回寄居北條まつり:含動画』と「三献之儀」の話 平成30年(2018)5月13日(日)、『第57回寄居北條まつり』が あった。箕輪城祭り実行委員会からは45名が参加した。昨年は 37名であった。今回は、鉢形城博物館見学⇒お弁当⇒武者隊の 市街地パレード、2回目の昼食、「玉淀河原」の河川敷で武者隊 参列⇒北条軍・豊臣軍に分かれての攻防観戦&撮影。箕輪城から 行った「式」の主唱者:鍾乳洞探検の須藤氏・用土小渕家末裔: 小渕氏、真田に憧れ、伊勢崎から吾妻に移りすんだ金子さん・女 性殺陣師:美鳥ちゃんたちの戦闘軍団も合戦を盛り上げた。 ... ...続きを見る

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2018/05/15 10:57
箕輪初心:生方▲草津100−61『横山大観』日本画の巨匠
箕輪初心:生方▲草津100−61『横山大観』日本画の巨匠 草津湯畑の「草津に来たりし100人」の標柱には「横山大観  大正4年(1914)来草」とあった。横山大観の絵は足立美術館 や山種美術館(創設者は現高崎市吉井町出身)で見たことが ある。箱根の「大観望」にも行ったが、横山大観の絵のイメ ージが湧かなかった。横山大観ゆかりの静岡県の熱海温泉「 大観荘」は見物もした。東京の上野?湯島?近くの横山大観 美術館も建物も見ただけである。茨城県の北茨城市の五浦の 「大観荘」は近くに行っただけである。 ...続きを見る

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2018/05/15 09:49
箕輪初心:生方▲草津100-60『前田青邨T3せがい出し梁』:「頼朝の洞窟」と源頼朝ブログ
箕輪初心:生方▲草津100-60『前田青邨T3せがい出し梁』:「頼朝の洞窟」と源頼朝ブログ 草津温泉観光協会の本・Hpには「大正3年 前田青邨, 日本画家,「湯畑 のスケッチ(Bタウトの日記から)」とあった。前田青邨は大阪屋に 泊まった。大阪屋さんに前田青邨の「湯治場」の絵がある。 前田青邨の有名な絵画は「洞窟の頼朝」である。前田青邨の 絵画は日展の日本画部門で、見やすい場所に展示されている。 島根での足立美術館でも「鵜」などが展示されている。前田青邨は 中津川市の名誉市民で、旧中仙道沿いに「前田青邨画伯」生誕 地の碑がある。私は中山道めぐりで中津川駅前に宿泊したこと ... ...続きを見る

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2018/05/14 06:34
箕輪初心:生方▲草津100−59「シュタイニッツアーM44」ドイツ人登山家・紀行作家
箕輪初心:生方▲草津100−59「シュタイニッツアーM44」ドイツ人登山家・紀行作家 草津温泉観光協会の本には『明治44 M・シュタイニッツアー「日 本山岳紀行」著』とあった。また、草津町広報2013年3号には、 『シュタイニッツァー:明治44年(1911)4月に来日したドイツの 登山家。1年かけて 日本全国の山を登っています。日光から伊香 保、草津にも足をのばしています。草津では熱い湯に入る湯治の人 たちの姿が衝撃的だったようで、その著書に「度肝を抜かれた」と 書いています。また、白根登山を行いましたが、周囲は 霧に覆わ れていました。なんとか火口(湯釜)を見... ...続きを見る

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2018/05/13 07:05
箕輪初心:生方▲草津100−53【田山花袋:M26・M30・T7】変態小説家?・紀行作家
箕輪初心:生方▲草津100−53【田山花袋:M26・M30・T7】変態小説家?・紀行作家 「36.田山花袋:館林生まれ。『蒲団』『田舎教師』は自然主義文学の 金字塔。」「明治26年 田山花袋が草津に来た。」と草津温泉観光協会 にはある。上毛カルタに「誇る文豪 田山花袋」があるが、私は「誇 る文豪 頭が硬い。」とイメージしてしまっていたが、『蒲団』を読 むと「若い女の子好きのエロ中年変態?」でごくごく普通の男性であ ったように感じた。この中年男性の心理状況を自然主義というのだろ うか?『蒲団』の主人公は田山花袋本人で、下宿していたモデルは牧 子は『草津に来た実在の内弟子:... ...続きを見る

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2018/05/12 10:53
草津100ー番外編58『坪谷水哉(すいさい)M39』「草津入浴記」著
草津100ー番外編58『坪谷水哉(すいさい)M39』「草津入浴記」著 ●明治39年(1906)8月坪谷水哉は草津に1週間程、湯治滞在した。 ●明治40年(1907)坪谷水哉は草津に住んだ医師:下屋学の 「草津鉱(古い字)泉療養法」序文を書いた。 ●明治44年(1911)坪屋水哉は博文館から「草津入浴記」  『山水行脚』出版した。草津に一週間ほど湯治に来た時  草津での当時の湯治の様子・滞在したときの見聞をまと  めた。約一日の様子が書かれている。   午前4時、湯治を終えて人力車、駕籠、馬などの乗物を使って出立  する人びと・番頭・女中の慌ただし... ...続きを見る

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2018/05/11 12:43
箕輪初心:生方▲草津100−56『大町桂月M41』旅・山・温泉を愛す酒仙文学者・57『下屋学』
箕輪初心:生方▲草津100−56『大町桂月M41』旅・山・温泉を愛す酒仙文学者・57『下屋学』 草津温泉の湯畑の石柱には『大町桂月 明治41年(1908)随筆家』 とあった「大町桂月って誰?」って感じだったので、調べた。 草津温泉観光協会の本やHpに『明治41年(1908)晩秋 大町桂月 国文学者「十和田湖」・「関東の山水」「雪の草津」を著した。』と あった。また、ウィキペディアなどで調べ、要約した。 「関東の山水」の第5章P205からは「上州の山水」である。 明治41年(1908)10月下旬 大町桂月は東京の家を出て、群馬 県の赤城山、吹割の滝(旧片品村)などを周遊した。... ...続きを見る

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2018/05/10 19:32
箕輪初心:生方▲2018今年3回目の草津『草津の歴史』
箕輪初心:生方▲2018今年3回目の草津『草津の歴史』   ...続きを見る

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2018/05/09 12:07
箕輪初心:生方▲草津100ー54「長塚節(たかし)M30」&短命の中で偉業
箕輪初心:生方▲草津100ー54「長塚節(たかし)M30」&短命の中で偉業 ●『明治30年 長塚節 歌人・作家「長塚節歌集」中の「浅間の雲」』 と草津温泉観光協会の本やHpにあった。 私の家に父が購入した「長 塚節歌集」長塚節著・斎藤茂吉(★草津に来ている)編集:岩波文庫が あったはずであるが見つからなかった。長塚節の石下の生家も行った 気がする。水戸一高も見ている。常総市の疑似豊田城で長塚節の銅 像も見てきた。残念ながら、私の力では、長塚節と草津の関係は未解 決のままである。長塚節の数え30歳頃は調べられなかった。★絶対 草津で一発以上、歌と屁を咬まして... ...続きを見る

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2018/05/08 06:04
箕輪初心:生方▲2018GW今年3回目の草津『草津に歩みし100人の動画』
箕輪初心:生方▲2018GW今年3回目の草津『草津に歩みし100人の動画』 平成28年(2018)5月4日、今年3回目の草津に行った。湯畑 の石柵には『草津町制施工100周年』を記念して、【草津に歩 みし百人】として草津に訪れた『偉人・著名人の名前』が石碑 に刻まれている。観光客の多い中で動画を撮ったので、とっさ に説明の不可能の人物もいた。 ...続きを見る

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2018/05/07 10:21

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