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zoom RSS 箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政60【史実編と第13話「城主はつらいよ」】

<<   作成日時 : 2017/04/07 11:29   >>

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井伊直虎は永禄8年(1565)〜永禄11年(1568)の3年間、井伊谷城・
三岳城の女城主として、君臨した。今回の第13話に出てきた中野
直之(妻:六左衛門の妹?・息子:中野三信の妻:鈴木重時の娘)、
奥山六左衛門(中野直之叔父)、近藤康用(妻は鈴木重時娘)、菅沼
忠久(正室は鈴木重時長女)、鈴木重時(妻は奥山六左衛門の叔母
・妹は井伊直政の祖母)の5人と小野政次の甥子(玄蕃と奥山六左
衛門の妹の子)も、天正18年(1590)井伊直政と箕輪城に入城した。
NHK大河「直虎」第13話は、@起……井伊直虎は井伊虎松が元
服するまでの間、後見として井伊谷を治めると宣言した。だが、中野
直之や奥山六左衛門は反発する。A承……瀬戸村の百姓は、借金と
年貢で二重苦であり、徳政令を直虎に陳情した。井伊直虎は、簡単
に承諾してしまう。B転……豪商:瀬戸方久が瀬戸村や井伊家にも
多額の金を貸しているので、徳政令を出すことができないと判明す
る。虎松の母の領分:祝田村も徳政令の依頼にやってくるが、直虎
が断るしかなかった。井伊直虎は瀬戸方久を家臣とし、瀬戸村と祝
田村を瀬戸方久の治めようとした。C結……中野直之と奥山六左衛
門は、井伊直虎の考えに反発した。井伊直虎は瀬戸村と祝田村の百
姓が、今川氏真に徳政令を求めていることが分かった。小野政次の
陰謀であった。★著作権法違反でごめんなさい。
画像

 
【1】史実編
・永禄7年(1564) 三河一向一揆
松平家康は一揆を鎮圧した。
 東三河の戸田氏や西郷氏といった土豪を抱き込みながら、軍勢を
 東進していった。

●永禄7年(1564) 遠州錯乱▲曳馬城(引間城:浜松城の前身)攻め 
 遠江国衆の曳馬城主:飯尾連竜が犬居城主:天野景泰&元景父子、
 二俣城主:松井宗恒らとともに今川氏真に謀叛を起こした。
9月15日(★1564年10月29日)
 重臣:新野左馬助親矩&井伊一族で井伊谷城城代:中野越後守
 直由&三浦正俊(★もしかしたら、新野の娘の婿の父)らとと
 もに討死にした。新野親矩は天間橋で飯尾氏に討たれた。

※異説・・・永禄8年(1565)12月 新野左馬助親矩大将として
  飯尾連竜の立て篭もる屋敷を攻め、戦死したとされている。
  12月20日、飯尾連竜が駿府で誅殺された。
(★ 『武家事紀』)

「新野左馬助、中野信濃守討死之後、次郎法師、地頭職御勤、
 祐椿尼公(直盛公内室也)、実母、御揃、直政公御養育申
 候得共、皆々女中斗故、但馬諸事取斗我儘斗致、何卒井伊谷
 押領可仕旨相巧申候」
(★『井伊家伝記』)
★意味・・・「新野左親矩と中野信濃守直由の討死の後、次郎
法師が地頭をお勤めになられ、祐椿尼(井伊直盛の妻)、井伊
直政の実母の3人が揃って直政公を養育したが、皆んな女性
であったので、小野但馬守道好が取り仕切って我が儘のし放
題であり、何とかして井伊谷領を巧みに横領しようと企んでいた
と言われています。」

@井伊家縁戚:新野親矩の妹(娘説):次郎法師の母約45〜50歳
A井伊宗家:次郎法師29〜30歳頃(井伊直虎)
B井伊家庶流奥山朝利の妹:虎松の実母:推定30歳
ようやく息子の虎松(直政)が生まれたが、夫:井伊直親が殺害
 されて、子育てを強いられる強い女性として成長していく。

※井伊宗家・新野家・奥山家の3人の女性が井伊虎松(直政)を
守った。つまり、3者の強力な連携があったので井伊虎松は生き延
びた。
  
・永禄8年(1565) 龍潭寺2世:南渓禅師は次郎法師は還俗させ
 て、「女地頭」に立て、虎松の後見人とした。
  (★『遠江井伊氏物語』武藤全裕著)
 ★この時、「井伊直虎」と名を変えた説もある。



  井伊直虎は南渓和尚に徳政免除の黒印状を与えた。
 
  小野政次(道好)は井伊家当主となった井伊直虎と対立した。
 小野政次(道好)は井伊直虎が井伊谷城の女城主となってからも、
 小野政次の企みは続いた。
 小野政次は、今度は商人:祝田禰宜と手を組んで農民たちを煽って、
 今川氏真に対して徳政令を求める訴えを起こさせた。

・永禄9年(1566) 今川氏真は井伊谷に徳政令を出すように命令した。
  徳政令を公布しなければ農民たちが一揆をおこす。
 徳政令を公布すれば井伊家の財政は破綻する

 しかし、次郎法師は徳政令の実行をしなかった。

 小野但馬守政次(道好)は今川氏真の出した命令を実行しない
 ことに対して
「次郎法師が徳政令を実行しない。」
 と今川氏真に訴えた。

  井伊直虎は今川氏真から徳政令を出しように
指示された。〜〜〜でも、のらりくらりと2年引き延ばした。


・永禄11年(1568)
?月 井伊家筆頭家老:小野但馬が井伊領を横領した。
龍潭寺2世:南渓瑞聞は 井伊虎松(井伊直政)を
 鳳来寺に移住させた。

 11月 井伊直虎は関口氏経と連署で徳政令を出した。
  ★今川氏真が介入してきたことを意味する。
「井伊直虎は今川氏家臣関口親永一族:関口氏経の息子
 (次郎法師の母方の従兄弟)を井伊次郎と名乗らせて
 当主とした説もある。
 『鉾前神社古文書』に唯一「井伊直虎の名がある。」
 井伊直盛嫡子「井伊直親養子」、妹に「女子」とあるだけである。
 (★『おんな城主井伊直虎と井伊家の歴史』井伊達夫著)
★関口親永の妻は今川義元の妹婿説・井伊直親の叔母説がある。
 
 関口親永の娘は徳川  家康の正室:築山殿の父である。
 関口氏一族は後、木俣守勝側近となった。

 
12月 徳川家康の井伊谷侵攻。井伊谷3人衆(近藤・鈴木・菅沼)は
  徳川家康に臣従し、井伊谷城を先導した。
  家老:小野但馬は逃げた。
徳川家康は井伊谷城を攻略した。
井伊谷は3人衆の支配下に置かれた。
  井伊谷から曳間(引間)城攻めに案内した。
・永禄11年(1568)
?月 井伊家筆頭家老:小野但馬が井伊領を横領した。
龍潭寺2世:南渓瑞聞は 井伊虎松(井伊直政)を
 鳳来寺に移住させた。

 11月 井伊直虎は関口氏経と連署で徳政令を出した。
  ★今川氏真が介入してきたことを意味する。
「井伊直虎は今川氏家臣関口親永一族:関口氏経の息子
 (次郎法師の母方の従兄弟)を井伊次郎と名乗らせて
 当主とした説もある。
 『鉾前神社古文書』に唯一「井伊直虎の名がある。」
 井伊直盛嫡子「井伊直親養子」、妹に「女子」とあるだけである。
 (★『おんな城主井伊直虎と井伊家の歴史』井伊達夫著)
★関口親永の妻は今川義元の妹婿説・井伊直親の叔母説がある。
 
 関口親永の娘は徳川  家康の正室:築山殿の父である。
 関口氏一族は後、木俣守勝側近となった。

・永禄11年(1568)11月 徳川家康が遠江の平定に着手した。

  徳川家康に加担する菅沼一族の野田菅沼定盈
  から今川家の離反の誘いを受けると、承諾した。
  菅沼忠久が鈴木重時や近藤康用も誘った。


 野田菅沼3代目当主の定盈の計らいによって菅沼忠久や鈴木重時と
 共に家康に属し、所領を安堵された。
 遠州切り取りの第一歩、刑部城の攻略の先鋒は旧今川義元配下だっ
 た野田城の菅沼新八郎定盈(さだみつ)に井伊谷3人衆であった。

 近藤康用は子:近藤秀用を従軍させていた。
 老齢である上、長年の戦働きによる負傷で歩行困難となっていた
 からである。
 
▲刑部城攻め
 今川氏真から離反させて徳川方に流れた「井伊谷三人衆」:菅沼忠久
 ・鈴木重時・近藤康用に野田菅沼定盈と大将として、攻撃させた。

★戦国時代に相手方武将を調略して自軍に引き入れた場合、まずはじめに
 次の戦いの先鋒に投入される。
真田幸綱・昌幸もいつも調略すると、
 @人質を取る。A戦いに元の味方と戦わせる・・方法を使っていた。
 調略した側としては臣従の誓約がされたからと言って俄かに信
 ずるわけにはいかないのである。
  まず、先鋒をやらせて様子を窺う。自分の配下ではない新参者
  なので、負けても自分の軍には影響がない。
 今までの味方を敵として戦わせることになる。
「昨日の友は、明日には敵なのだ。」
  昨日まで味方だった武将が戦いを挑んでくので戦意も喪失しがち
 になる。調略された者は裏切りの汚名を被ったからには開き直って
 味方になった証しを証明しなければならないし。戦功を挙げなくて
 はならない。

・永禄12年(1568)井伊直政実母は今川家臣:松下源太郎清景
 (浜松頭陀寺城)と再婚した。

〜〜〜〜(中略)〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

・天正18年(1590)8月? 井伊直政は箕輪城に入った。
 井伊直政は竜門寺を開基した。白庵が開山となった。
 竜門寺は松下源太郎清系と養子:松下一定(中野直之2男:中野一定)
 の墓がある。寺は橘の家紋入りである。
 井伊直政の画像があるらしいが、非公開で、箕郷町誌しかでていない。
 という。
 @箕郷町誌では中野直之は現高崎市箕郷町の「瀧澤寺」を開基した。
 A龍たん寺の遠藤全裕禅師は中野越後の母:恵徳院(中野直由の妻)
  であるという。
 恵徳院は、高崎市箕郷町松の沢の「日向峯清水寺」を開山した。
 その後、龍澤寺4世を開山とする「萬松寺」に移り住んだ。
 ★個人的には、北条氏邦の開基だと思っている。
北条氏の鬼門の寺がないのである。


・慶長3年(1598)高崎城
築城とともに、万松山恵徳寺を開基したという。



【2】 第13話「城主はつらいよ」
◆ナレーター
「時は戦国、井伊直親が謀反の疑いで処刑され、・・・


 今川から、・・・・・
「我が井伊直虎である。」
井伊直虎は井伊虎松が元服
するまでの間、後見として井伊を治めることを宣言した。


〜〜〜ミュージック〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「ななごに何ができるというのが・・・
  井伊を任すなど、和尚様、お気は確かか?」

中野直之の怒鳴り声がした。
奥山六左衛門も反発する。

「お家におられたならまだしも、・・・・」
直虎はむっとした。

「駿府から、但馬を後見にする話が来ておるが、その方がいいと
 お考えか?」


南渓和尚は「還俗するわけではなく、元服するまでの間に領地を
  治めるのだ。」と説明する。

中野直之は小野政次を見る。
南渓「但馬守はどうじゃ?」

小野但馬守政次は、「国を治めるのは生半可なことではありません。
  どれほどの御覚悟がおありか?」
と訊ねた。
直虎は「われは我が父先代の遺志を継ぎ、井伊家を守っていきたいと
 思う。・・・・人々が平穏無事に過ごせる国にする」
と意思表明をした。
政次は「ならば、それがしごときが何も申し上げるすり合いこはござ
 いません。誠心誠意、直虎様に仕えるだけです。」
と一礼した。
 
祐椿尼「・・・」


南渓は、直虎の不安を察して1冊の書物を渡した。
「『仮名目録』・・・・?」
「その昔、今川の先々代が氏親様(★実際は本人の名前が悪霊移る
 信仰のため、太守様というはずである。)
 無用の乱が起こらぬように・・・ 国を治めるために作った掟じゃ。
 寿桂尼様が・・・・まあ、読んでみるとよい。」



●井伊館
虎松の母:しのは、「何も聞いておりません。私は、あの女が虎松の後見
  など認めませぬ。」
と反発する。
次女:桔梗「」
直之「・・・直虎様でなければ、小野が後見を・・・」
しの「・・・どちらもいやじゃ。」

●小野館
小野政次は新目付の井伊谷三人衆:近藤康用、菅沼忠久、鈴木
重時との酒宴を催している。
重時「先代の直満様にそれがしの娘、わしの妻は奥山の出・・・」
政次「いっそのこと、鈴木殿が・・」

政次は「直虎様は、気持ちだけで言ってらっしゃる。すぐに音を
    上げるでしょう」などと言う。

●井伊館
直虎は読んだ。

◆ナレーター
「今川仮名目録は家臣の統制・財産相続・喧嘩成敗(裁判)・金や米
 の貸借などが書いてある。」

井伊直虎は、仮名目録を本格的に読んで学び始める。
「婚姻のことは少しは分かるが、・・・借米や借銭など………。

翌日、政次は大量の書類を家人に持たせてやって来た。
政次は、「安堵状、検地控え、証文類にございます。まずは、
   目を通した方がよいかと・・・・」
六左衛門「かたじけのう、ございます。・・・」
直虎は六左衛門に「戻してこい。私は持ってこいと命じてはおらぬ。
  もう一度、持ってまいれ。」
とだだをこねる。
政次は呆れる。「は〜〜」



瀬戸村の百姓:甚兵衛らがやってきた。
直虎の斜め後ろに六左衛門と直之だ控えた。
甚兵衛は、挨拶した。
「お殿様がお代替わりしたとお聞きして、・・・」
「おとの様は?」
「我が直虎じゃ」
「おなごじゃ・・」
「今日は何ようじゃ?」
「おねげーしてえことがあり・・・
甚兵衛「一度、村にお越し・・・
    足をお運びいただければ…」
とお願いした。
六左衛門「殿は軽々しくうごくものではない。これだからおなごは・・」
直由も冷や汗を拭く・
「明日にでもうかがう。」
「ありがとうござぜーます。」
「なんの、たいしたことではない。」
村人3人は喜ぶ。


翌日、
直虎・六左衛門は馬で・・・・
「やっぱり、次郎様・・・」
「領主様になられたんけ・・」
「畑はやらぬのけ?」
「これから領主として生きる。困ったことがあったら、何でも
 相談してくれ。」

●井伊館
奥山「瀬戸村は瀬戸村は新野の娘御たちの所領になっておるのう。」
★新野が死んだからであろうか?
娘は狩野・三浦・庵原に嫁いだはずなのに・・変?

政次「奥山殿、少しよいか?」
六左衛門「はい、・・」


●瀬戸村
直虎は瀬戸村を訪れた。
直之「瀬戸村が見えて参りましたぞ。」
「なんじゃ、これ」
直虎は馬をおり、走り出す。
瀬戸村の田畑は荒れて耕していないことに愕然とする。
 点在する荒れ地・・・・

村人達が集まっていた。
「何故、耕さぬのじゃ。」
甚兵衛は「桶狭間・・・その後の多義重なる戦で男手がたりんように
 なってしまい、・・・・田畑を耕しきれんようになってしまいました。」
という窮状を訴える。
「人がおらんと・・・」
「そんでも、お年貢は納めなければならんので、・・・
  銭や米を銭主から借りることになりますので、・・・
「せんしゅ?」
「二重の支払いをすることになりますので、土地を手放して、・・・
 逃げ出してしまう者もあとを立ちませんで、・・・」
「その銭主の名は?」
「瀬戸の方久・・・ともうしますで。」

結果・・・直虎はと年貢と謝金の地獄の日々が続いていたのを知った。
   瀬戸の方久という銭主と分かった・

甚兵衛たい村人は土下座し、
「御領主様、なにどぞ「徳政令」をお願いします。」
「お願げえいたします。」
と徳政令の発布を求めるのだった。

◆字幕「徳政令」

「徳政令?」
直之「銭主に謝金を棒引きにする命令です。」
とこっそり伝える。


「それさえあれば、村は息を吹き返します。」
「わかった。すぐに支度する。」
と安易に引き受けてしまった。

●井伊館
直之はびっくり仰天した。

直之は、「さようなこと、安請け合いなさっては・・・
   このようなことは皆ではかるべきです。」
と直虎に怒鳴る。
「そなたと六左衛門しかおらぬではないか?」
「われは領主じゃ。」

今度は、六左衛門が血相を変えてやって来た。
「どうしたのじゃ?」
「井伊は、このままでは潰れてしまいまする。」
と言う。
六左衛門が証文を直虎に見せる。
「銭二十貫文、銭十五貫文、・・・」
画像

「戦の度に商人から借り入れをし、支度されていたようで……。
 化粧料もかさんで、・・・・」
直之「やっぱりな?」
「方久?・・これも、・・・」
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井伊は、瀬戸方久に多額の借金をしていたのだった。
「井伊は方久とやらから金を借りておるのか?」

「お目通りを願っている者が、・・・」
直之「取り込み中じゃあ。」
そこに瀬戸方久は、直虎に挨拶しにやってきた。

庭に行く
「御領主様がお代替わりされたとうかがい、お祝いに参じまして
 ございます。瀬戸村の方久と申します。」
「くるしゅうない。面をあげよ。」
「はっ」
とにこにこしながら、顔をあげた。

直虎は、うん?と首をひねった。
「どこかでおうたことはことはないか?」
「ございますよ。」
方久は袂から櫛を取り出した。
髪をすくまねをした。


「はみ出し者どうし、仲良くやるまい。」
◆回想
「あの時の・・・」
と近寄っていく。
「我をとめてくれた。」


幼い時に、亀之丞を追って家を飛び出し、暗い道を歩き・・・
小屋でワラにくるまって寝ようとした。
ぷ〜・・・おう、おなら男・・・へをする野郎であった。
ワラの一晩の宿を貸してくれた浮浪者であることに驚く。

「お主、あの時の・・・我を泊めてくれた。なのに、我を
 付きだした。・・・」
方久は、直虎を父母のもとへ連れて行った。
「左様にございます。」
「しうか、そなたは方久であったか?」
方久は俸給として与えられた金銭を元手に、商売を始めて大商人と
なったのだった。
@貰った金で湖畔で余った魚を安く買い、干物にして、売りさばいた。
A儲けた金で茶屋を買い、安く茶を売った。
B茶屋に戦情報が入り、食べ物や薬を仕入れて売った。
C戦が終わると、刀剣や鎧を拾って、次の合戦に・・・(売り込む)

「私は銭の犬にございます。・・・ワンではではなく、・・・
 カンカンカン」


直虎は、その場で方久に「瀬戸村に借金を棒引きにしてやって欲しい。」
と徳政令を出して欲しいと頼んだ。
徳政令の約束を説明した。
「・・直虎様は、面白い方ですなあ。・・・」
方久は「井伊にお貸ししたお金を全てお返しいただければ・・・
  この屋敷と村の2〜3をいただければ、・・・」
と答える。
「さようなこと、できるわけあるまい。」
「井伊がなくなってしまう。」
「さようでございます。徳政令をだせば、井伊は
 のうなってしまいまする。」

直虎は徳政令を安易に了承してしまったことを後悔した。
「返済は細く長くてかまいません。」

※その夜、直虎・直之・六左衛門は井伊家の借金を調べた。
「6000貫・・???」
井伊家の借金は、6000貫にも及び、30年経っても払い終えること
ができないと明らかになった。
直之「要するに、徳政を出さねば済む話でござろう。」
「なれど、約束してしもうたではないか?」

翌日、騒ぎはさらに広がっていた。
祝田村の百姓たちが、徳政令を出していただきたい、と陳情にやって
きた。
村人はにこにこ顔であった。
「みな、いい領主様」
井伊館前が百姓でいっぱいになった。
「徳政令が出るんなら、わしらんほうも是非にとお願いに・・・」
直虎は、断るしかなかった。
「その話だが、徳政令は出せぬ。今徳政令を出せば、井伊家のつぶれて
 しまうゆえ。」
百姓たちはいきり立つ。
「とにかく、今は出せぬ。」
「今、出してもらわねば、我らは死んでしまいまする。」
直虎は館の中に逃げ込んだ。

政次「これでもまだ、御領主様を続けるのですか?」
「・・・そなたが虎松の後見になるではないか?」
「例え、井伊を潰してもそれだけはごめんじゃ。」

●井戸
その夜、政次は剣を振るった。
か〜あ、か〜あ・・・カラスが鳴く・
「さて、・・・」
と悪知恵?をめぐらす。

●岡崎城
松平家康は碁を打っている。
◆ナレーター
「その頃、岡崎城では・・・
 松平家康は三河一揆に頭をめぐらせていた。」

●駿河今川館
「一方、今川は精力を盛り返していた。」
蹴鞠をして・・・
政次は報告をしに行っていた。
「次郎様は直虎を名乗り、井伊を継ぎました。」
関口氏経「僧侶になることで、安堵されたはず、・・・」
「直虎と名乗っているという理由だけで、・・・」
寿桂尼「・・そなたはどうしたいのじゃ。
  こちらもそなたを名指しした以上、おめおめと
  引き下がるわけにはいかぬ。」
政次「・・引き下がるつもりはありませぬ。」
寿桂尼「そうか。ならばよい。」
政次「一つ、考えを持って参りました。」

●井伊谷
翌日、直虎は村々を見て回った。
田植え時期なのに年寄り・子どもしかいない。
「まんじゅうがありますで、・・・」
「我らはこの手に支えられておる。」

直虎は瀬戸方久が思い浮かんだ。
「これじゃ。・・・方久に瀬戸村と保田村を所領としてあたえれば。
 ・・・」

●瀬戸方久の屋敷
「しばし、返済をまって貰うことはできにか?」
「こちらも商いを・・・・」

直虎は瀬戸方久に話を付けた。
直虎は、方久に「・・・百姓に支えられておる。」
方久「こちらも商売ですからね。」
・・・・
方久「村の土地で商いをしてみてはどうですか?」
「米を売るのもよい。米以外の物を商いのもよろしいかと・・・」
「それじゃ」

●龍たん寺
直虎は南渓にも了承をえた。
「筆一本で、どうにでもなる力を持ったのじゃ。」
直虎は「力を持つのは怖い。私が決めたことが、まこととなるという
    ことは…」と迷う。
「かようなことに正解はない。」
「結果よければ、正解となり、わるければ、不正解になる。
 己の光を頼りに歩いていくしかない。」と言う。
「自灯明にございますか?」
「そうじゃ、人の上に立つ喜びでもあり、辛さでもある。」

その夜、考えた。
翌朝、井伊谷城に登った。


●井伊館
評定が行われた。
「・・・・瀬戸村・祝田村の百姓が徳政令を願い出ている。・・」
方久もいる。
「ここにおる方久ももはらうので、二重に税を取られることに
 なる。」
政次も慎重に聞いている。
直虎は「徳政を出すことはできぬ。」


・・・よって、この2つの問題を落着させるため、
  瀬戸方久を家臣に加え、瀬戸村・祝田村を所領とする
 こととする。」
と宣言した。
◆安堵状
画像

「瀬戸村方久之事
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  永禄八年四月廿一日  直虎(花押)」
瀬田村
方久


瀬戸方久は恭しく安堵状を貰った。


「これにより方久には年貢が入り、村人たちは年貢のみを治めるだけ
 でよく、村に商いをする。方久が村人の面倒をみることなる。」

直之「・・・由緒ある井伊家に素性も知れぬ商人を加えるなど・・・」
直虎が反論する。
直之「・・・これを乗っ取りといわず、なんという。
   それがしはかような家には・・・・」
直之が出て行く。
「待て、直之・・・」

六左衛門「瀬戸村は新野の娘御たちの所領、祝田は我が妹:しの
 の所領となっております
直虎「・・・何らかのあてがいをする。虎松は小野より返された
   所領で十分じゃ。」

「妹と直親様の思い出の地でもございまする。」
「そのような情を欠くお言葉、とても伝えられません。」
六左衛門が出て行く。
「六左衛門、待ってくれ。」

政次も「これにて・・・・」

直虎と方久のみ残った。
「酷いところを見せてしまったのう。」
「慣れております。小間ここにおられるのも銭の力です。」
直虎は苦笑いをする。
「銭さえあれば、人は頭を下げる。銭は、千騎の武者にも価
する。」
と立ち上がり、
「結果を出せば、直虎様を見直すことでしょう。
  直虎様のおかげじゃ、と村人は・・・
あの石頭どもの鼻を明かしてやりましょう。」

方久の使用人
「旦那様。・・・瀬戸村と祝田村の百姓が、今川に徳政令を・・・

「何故、今川が・・・」
瀬戸方久は慌てた。

「何がおこっておる?何が・・・」
井伊直虎は新たな難問に立ち向かわなければならなかった。


政次は直之と六左衛門に声をかけていた。
「少し、よろしゅうございますか?」
小野政次の陰謀であった。


◆ゆかりの地
鈴木重時の「柿本城」
画像

@鈴木重時の姉?か妹が井伊直親の母・・・井伊直政の祖母
である。
A鈴木重時の妻は奥山朝利の姉か妹である。








●▲■井伊直政シリーズのブログ一覧

●井伊直虎・直政シリーズ平成29年(2017)〜*************
箕輪初心・生方▲2016井伊直虎・井伊直政bP
『高崎学ソシアス講演会原稿』
http://53922401.at.webry.info/201701/article_1.html

箕輪初心:生方▲箕輪城238『長純寺・石上寺・東向八幡・字輪寺
&信玄家臣:塚越伴七調査』
http://53922401.at.webry.info/201701/article_2.html

箕輪初心:生方▲箕輪城239『長野業政・井伊直政』&長野堰3碑&
世界かんがい施設遺産『長野堰』
http://53922401.at.webry.info/201701/article_3.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政bR【井伊家初代:井伊共保】
http://53922401.at.webry.info/201701/article_9.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政bS【井伊氏系図8】&
『鎌倉時代の井伊氏 』
http://53922401.at.webry.info/201701/article_10.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政bT【南北朝時代の井伊氏と宗長親王】
http://53922401.at.webry.info/201701/article_11.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政bU『戦国時代の井伊氏』修正版
http://53922401.at.webry.info/201701/article_12.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政bV【第1話『井伊谷の少女』
&「井伊谷・彦根城」
http://53922401.at.webry.info/201701/article_13.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政bW【井伊谷の散策2回】と
『NHKのTV「井伊谷」』
http://53922401.at.webry.info/201701/article_14.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政bX【井伊谷城2回目】
http://53922401.at.webry.info/201701/article_15.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政10【井伊氏館跡・井伊直満の墓】
http://53922401.at.webry.info/201701/article_16.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政11【龍潭寺の『直虎の墓・
直政公の墓・位牌』】
http://53922401.at.webry.info/201701/article_17.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政12【浜松の宿下吉庵で「梅酒:直虎」を飲んだ】http://53922401.at.webry.info/201701/article_18.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政13【許嫁:井伊直親&松源寺:文叔&松岡城:松岡貞利】
http://53922401.at.webry.info/201701/article_19.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政14【第2話:崖っぷちの姫】
&「井殿の塚」
http://53922401.at.webry.info/201701/article_23.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政15【井伊直親の逃走〜2人の子ども
〜井伊谷帰国】資料編
http://53922401.at.webry.info/201701/article_26.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政17『次郎法師&直政の書籍の所持数36』
http://53922401.at.webry.info/201701/article_27.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政18「柴咲コウ・菅田将暉」と「群馬の新聞」
http://53922401.at.webry.info/201701/article_28.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政19『広報はままつ2016年4月号特集
「井伊直虎」
http://53922401.at.webry.info/201701/article_29.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎:直政20【第3話『おとわ危機一髪』】
&「臨済寺」
http://53922401.at.webry.info/201701/article_31.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政21【歴史秘話ヒストリア「おんな城主
:井伊直虎」】http://53922401.at.webry.info/201701/article_32.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政22【井伊直虎って誰?&
「井伊家傳記」の信憑性諸説】
http://53922401.at.webry.info/201701/article_33.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政23【井伊谷・歴史本・
小説・ゲームの中の井伊直虎】
http://53922401.at.webry.info/201701/article_34.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政24『井伊直虎の家臣:井伊谷七人衆』
http://53922401.at.webry.info/201701/article_35.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政25『小野妹子→小野和泉守政直(道高)』
http://53922401.at.webry.info/201701/article_36.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政26『小野政次・小野朝之』
http://53922401.at.webry.info/201701/article_37.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政:27第4話『女にこそあれ次郎法師』
&「龍潭寺」
http://53922401.at.webry.info/201702/article_1.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政28『井伊一族:中野家』
http://53922401.at.webry.info/201702/article_3.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政29【頭陀寺城】と松下之綱と徳川家康と豊臣秀吉
http://53922401.at.webry.info/201702/article_4.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政30【松下清景】前編
http://53922401.at.webry.info/201702/article_5.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政31『松下清景→松下一定子孫』後編
http://53922401.at.webry.info/201702/article_6.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政32『高崎文化協会:箕輪城
・井伊直虎ブース』
http://53922401.at.webry.info/201702/article_8.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政33【第5話『亀之丞帰る』】
&「高森町松源寺」
http://53922401.at.webry.info/201702/article_9.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政34【村の写真展:My井伊家シリーズ】
http://53922401.at.webry.info/201702/article_10.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政35【鈴木重勝→鈴木重時→鈴木重好】
http://53922401.at.webry.info/201702/article_13.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政36【近藤康用→近藤秀用→5近藤】
http://53922401.at.webry.info/201702/article_14.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政36【菅沼忠久→菅沼忠道】
&【菅沼定盈&菅沼定利】
http://53922401.at.webry.info/201702/article_15.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政37【奥山朝利の娘と井伊家家臣団】
http://53922401.at.webry.info/201702/article_16.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政38【6話「初恋の別れ道」】詳細編
http://53922401.at.webry.info/201702/article_18.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政39【新野左馬助親矩と娘婿】
http://53922401.at.webry.info/201702/article_19.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政40▲『奥山朝利の娘:ひよ
→井伊直政の母』
http://53922401.at.webry.info/201702/article_20.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政41【第7話「検地」
&駿河:富士浅間神社
http://53922401.at.webry.info/201702/article_24.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政42【第8話「赤ちゃんはまだか」】
http://53922401.at.webry.info/201702/article_29.html

箕輪初心:初心▲井伊直虎・直政43『井伊谷7人衆:遠江松井一族』
http://53922401.at.webry.info/201703/article_1.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政44『今川義元の生涯&悪夢の永禄3年生害』
http://53922401.at.webry.info/201703/article_5.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政45【第9話「桶狭間」&史実編】&
井伊直盛の墓
http://53922401.at.webry.info/201703/article_6.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政46『奥山朝利殺害2説』
&【10話走れ竜宮小僧】
http://53922401.at.webry.info/201703/article_10.html


箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政47『今川義元と井伊直平の娘素案』
http://53922401.at.webry.info/201703/article_11.html


箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政48『今川家臣:瀬名氏・関口氏
・鵜殿氏』
http://53922401.at.webry.info/201703/article_12.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政49『瀬名姫(=築山殿)と松平信康と亀姫
http://53922401.at.webry.info/201703/article_13.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政50【女戦国大名:今川義元実母:寿桂尼】
http://53922401.at.webry.info/201703/article_14.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政51『おんな城主:織田信長の
叔母:おつやの方』
http://53922401.at.webry.info/201703/article_15.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政52番外編【母:最上の義姫と
子:伊達政宗】
http://53922401.at.webry.info/201703/article_16.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政53番外編
『スーパー女城主:立花ァ千代』
http://53922401.at.webry.info/201703/article_17.html


箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政54【史実編と
第11話「さらば愛しき人よ」】
http://53922401.at.webry.info/201703/article_18.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政55番外編【由良家を存続させた
戦国スーパー御婆様:妙印尼】
http://53922401.at.webry.info/201703/article_20.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政56番外編【由良妙印尼の外孫
:成田甲斐姫」】
http://53922401.at.webry.info/201703/article_21.html

箕輪初心▲井伊直虎・直政57番外編【伊達政宗の叔母:二階堂
大乗院】 
http://53922401.at.webry.info/201703/article_22.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政58番外編『鶴崎城を死守した
女武闘派城主:妙林尼』
http://53922401.at.webry.info/201703/article_23.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政59【井伊家当主の死諸説と第12話
「おんな城主:直虎誕生」】
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箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政60【史実編と第13話「城主はつらいよ」】 城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー・旅行/BIGLOBEウェブリブログ
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