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zoom RSS 箕輪初心:生方▲真田丸 57「第8話『調略』のあらすじ&川中島

<<   作成日時 : 2016/02/29 19:56   >>

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上野国を支配していた滝川一益を神流川の戦いで破り、信濃まで攻め込
もうとする北条氏直。信濃国:海津城に入城し、信濃での領土拡大を
目指す上杉景勝。北条の勢いに驚異を覚えながら、甲斐進出を考え始め
る徳川家康。「天正壬午の乱」の3つ巴の戦いが始まろうとしていた。

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 (★小諸城)


【1】史実編 『北条氏直&真田昌幸 VS 上杉景勝 』
6月2日、本能寺の変
6月18・19日 神流川の戦い 
  滝川一益が北条氏直に敗れた。
  滝川一益は箕輪城(高崎市箕郷町)にう撤退した。
夜、宴を催した。(北条五代記)

6月19日 北条氏直は埴科郡の出浦対馬守昌相と小県の室賀兵部正武
 に、「川中島が手に入らば、水内・更級郡は2人に与える。」
 ことを約束した書状を送った。

6月20日 滝川一益は箕輪城から碓氷峠?(入山峠)を越えて
 家臣:道家正栄の守る小諸城に入った。
 ※6月21日に小諸城へ入城する説もある。

6月21日 徳川家康の配下となっていた佐久郡春日城主:
 依田信蕃(よだのぶしげ)が小諸城において一益と面会した
 説もある。

 6月22日 依田信蕃は滝川一益と対面し佐久・小県郡の人質を集め、
 滝川一益に引き渡した。
 @依田信蕃の人質説
   嫡子:依田康国や真田昌幸の老母が含まれていた説。
A真田丸の人質説
  真田昌幸の老母は沼田城からの人質説
 
滝川一益は木曽郡の木曽義昌と人質を連れて交渉した。
6月27日 滝川一益は依田信蕃に小諸城を明け渡して旅立った。
  ※21日に与えた説もある。
6月28日 滝川一益は諏訪から木曽谷に入り、佐久・小県郡の人質
 を木曽義昌に渡した。

7月1日 滝川一益は伊勢長島に帰還した。
B唐沢定一説・芝辻俊六説・・・真田昌幸・和田信業(跡部勝資の
 子ども)・倉賀野秀景・木部高成などが諏訪まで送って行った
 としている。
黒田基樹説・平山優説では・・・否定しているようだ。


黒田基樹説・平山優説からすると、
 北条氏政?氏直は6月21日〜6月25日頃までには上野国の
 旧武田遺臣を傘下にした。と思われる。
 旧武田遺臣:内藤昌月(保科正俊の次男)・和田信業(跡部勝資の
 子ども)・倉賀野秀景・木部高成など上野国の有力武将

6月26日 北条氏直は信濃佐久郡の旧武田遺臣を臣従させた。
佐久郡・・・伴野信守・相木昌朝(依田一族)・大井行吉
   ・依田(依田信蕃以外の依田)・望月・平尾などが傘下
    に入っていた。

6月28日 北条氏邦・大導寺政繁を先方軍として送り込んだ。

7月9日  真田昌幸が北条氏直に臣従した。
上野吾妻の有力者:真田昌幸がついたことにより、
      背後の憂いがなくなった。
※真田丸・・・北条は真田昌幸など気にしていなかったが・・

7月10日 北条氏直は上野にいた主力部隊を碓氷峠(入山峠)
       から信濃国佐久郡へと進軍させることにした。
      真田昌幸を先方として北条主力軍4万3000を
      進軍させた説もある。

7月12日 北条軍は碓氷峠?入山峠?を越えて佐久に入った
 依田信蕃は小諸城を放棄し、「蘆田小屋」=春日城?へ退いて
 籠城した。

 依田信蕃はゲリラ戦を展開し、北条軍の補給線を寸断した。
寸断した場所・・・碓氷峠説・長窪付近の説

7月14日 依田信蕃は徳川家康の援軍:芝田康忠、辻弥兵衛
 と合流した。

その後、野沢城の伴野信是を攻撃した。

*************************
6月下旬
 諏訪頼忠が河尻秀隆の郡代弓削重蔵を駆逐し、諏訪高島城(旧城)
 入城した。諏訪頼忠は北条氏政に書状を送った。
 北条氏直は、諏訪頼忠・木曾義昌に所領安堵状を与え、背後の憂い
 を絶ち、主力部隊を川中島・海津城に向かわせた。

 北条氏直軍は真田昌幸・室賀正武・出浦昌相ら信濃の諸将の手助け
 もあって川中島まで進軍した。

7月12日 北条氏直軍は川中島に着陣した説
 (★『上杉家御年譜』)
  北条氏直 VS 上杉景勝
上野衆・信濃衆など氏直軍は3万を超える大軍であった。
  海津城に拠る上杉景勝は7000〜8000であった。

7月13日 
真田昌幸ら信濃衆13人が北条氏直に出仕した説もある。


7月13日 
 春日信達は真田昌幸や北条氏直らと内通したことが発覚して、
 上杉景勝によって誅殺された。
 既に森長可により、春日信達の息子が殺されており、高坂氏嫡流は
 滅亡した。

真田丸・・・真田信伊が春日信達を殺したことになっている。

7月20日頃?

@北条氏直は上杉と徳川の挟み撃ちは避けたい。徳川の甲斐侵攻は
気になっている。徳川家康家臣:依田信蕃の補給路を断つゲリラ
 作戦も気になっていた。

A上杉景勝は蘆名・伊達と結んだ新発田重家への憂いがあった。
 御の乱で上杉景勝についたが、恩賞が少なかったので、
 新発田重家は反乱を起こしていた。
 揚北衆:本庄繁長・色部長真に重家対策を任せることとした。
 ★城は夏頃、紹介できるかなあ。
 6月2日、本能寺の変で織田信長が死んだ。上杉景勝にすれば、ラッキー
 織田軍が撤退し始めた。
 北陸からの柴田勝家・前田利家等・・海津城からの森長可の春日山攻撃
 、厩橋城・沼田城からの滝川一益からの脅威は取り除かれた。しかし、
 上杉景勝は森長可を追わなかったが、休む間もなく信濃川中島で北条
 氏直と対陣していた。
 上杉景勝は新発田重家&バックにいる蘆名・伊達の動きも気になったいた

7月末
 北条氏直&上杉景勝の思惑が合致し、講和が結ばれた。
 @北条は上杉の北部4郡の所領化を認めた。
 A上杉は川中島以南へ出兵しない。
 A北信濃を除く中信濃・南信濃は北条の切り取り次第とした。



【2】真田丸〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


●北条氏直 VS 上杉景勝
信濃国を賭けた両者の対立は武田信玄と上杉謙信が対決した因縁の地
・・・・川中島において始まろうとしていた。そして、真田昌幸は、
どう対処するのか?・・・北条の大軍が信濃へ侵攻してきた。

●浜松城?
徳川家康は神流川の戦いで滝川一益の軍を破り勢いに乗る北条氏に怯え
きっていた。阿茶が宥めても落ち着かない。

そこで、本多正信は、
「北条が北上している今こそ甲斐攻略の好機でござる。」
とチャンス到来を説いた。
家康はようやく落ち着きを取り戻した。
家康は、今後の作戦を冷静に考え始める。


●真田屋敷
真田昌幸は、表向きは上杉景勝に取り入り、北条氏直と戦うそぶりを
見せている。しかし、内心は上杉を裏切り、北条に寝返る考えであった。
そのことを知らない真田信幸は
「北条攻めに行かないのですか?」
とせかした。

昌幸は、弟:信尹と信繁とを上杉に送りこむことにした。
「春日信達を調略し、北条への手土産にするのだ。」


●海津城
真田信伊は
「春日信達は天下に名高い豪傑として有名であるが、上杉景勝からは
海津城の守りしか任せてもらえていないことにに不満をもっているこ
とをつかんでいた。」
真田信繁は父:真田昌幸から、上杉景勝家臣:春日信達の北条家への
寝返り工作を依頼されていた。真田信繁は、叔父:真田信尹とともに
上杉軍の海津城の真っ只中にいる。

真田信繁は父の言いつけ通り、春日信達を北条へと寝返りさせるべく
調略を行うつもりだった。
叔父:真田信尹の言葉により真の恐怖を覚えることになる。
「真田信繁はわしの3男:信春じゃあ。・・」
と紹介した。


〜〜〜海津城〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
・弘治2年(1556) 武田信玄は真田幸隆に「尼巌城(あまがざり)を
 早く攻め落とせ。」と命令した。真田幸綱(幸隆)は東条(ひがし
じょう)氏を破り、城代となった。現地案内板では「春日弾正」
・永禄2年(1559)〜永禄3年(1560) 山本勘助が縄張りして海津城が
築城された。海津城は尼飾城とともに上杉謙信への最前線基地とな
った。
・永禄4年(1561) 9月 第四次川中島の戦い(八幡原の戦い)
上杉謙信がが川中島へ侵攻すると城代の春日虎綱(高坂昌信)は海津
城において籠城した。上杉謙信は妻女山に登った。武田信玄本隊が
茶臼山に到着した。「べんせいしゅくしゅく、夜川を渡る。・・・
八幡原において両軍の決戦が行われた。一騎打ちは嘘?本当?
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・天正10年(1582)3月 武田氏滅亡後、信濃川中島四郡は織田信長
家臣:森長可(ながよし:蘭丸兄)の居城となった。森長可は海津
城に旧武田遺臣の子息などの人質を集めて住まわせた。6月2日、
本能寺の変が起こった。森長可は上杉謙信の春日山城の近くに陣を
はっていた。信濃を放棄して退却することを決断し、海津城の人質
を盾にした。養子にした春日信達の子も人質とした。旧武田遺臣は
反乱を起こしたので、松本で殺してた。木曽義仲の木曽福島城を
襲い、木曽義昌の息子を人質にして、美濃へと退却した。海津城は
放置された。空白地帯となった信濃へと侵入した上杉景勝の支配と
なった。上杉景勝は海津城に入り、春日信達を海津城代、東条信広
を尼飾城代にした。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

酒を酌み交わした。・・・・


信達は
「わしは海津城の守り役じゃあ。戦に連れて行ってもらえぬ。」
と不満をもらした。
そこで信尹は、
「春日殿が武田に縁の深い者じゃから、景勝は心を許していないの
じゃ。」
と指摘する。
鋭い指摘に信達の心は乱れ始めた。
信伊は
「・・信達殿はその気になれば、一国一城の主になれる器じゃあ。」
と持ち上げた。
・・・・さらに信尹は、
「真田は北条氏に寝返えりもうした。 」
と伝えた。
「上杉は既に・・死んでいる。・・・沈みかけた船からは、早く逃げる
に限る。・・・北条につかれよ。・・・」
「馬鹿な。・・・」
「どうじゃな。・・・春日殿も北条方につきなさらんか?。
しかし、信達は
「だめだ。・・・」
と誘いをきっぱりと断った。
春日信達は部屋を出て行った。

手痛く断られたかに見えたが、信尹は脈ありと考えていた。

「春日殿にその気がないならこうもあっさりと断らない。」
 話を受けたふりをして、景勝に密告するはずだ。
信尹が
「調略までもうひと押しだ。」
と言うと、信繁は
「そのひと押しをやらせてください。」
と志願した。

真田信繁は父・昌幸の恐るべき謀略を知るのであった。
・・・父は北条を攻めると言っていたのに、上杉を裏切り、北条に
寝返る考えに気づいたのであった。その裏に隠された父:昌幸と
叔父:信尹の真の策略に気づいたのだった。

信繁の調略がどうなるのか?
真田信繁は
「私は昌幸の次男です。・・・」
信達
「わしは上杉には恩がある。・・父、亡き後、なんとか春日の家を
まもろうと励んできた。武田が滅んだとき、織田についた。・・・
途方に暮れていたとき、上杉景勝様だわしを拾ってくださったのだ。」
信繁は
「そもそも上杉は春日様を守ってくれた訳ではありません。・・・
上杉は織田が手放した北信濃を運良く手に入れただけではありませんか?
今は地の利を得ているあなたを駒として敵の目の前に置いているに
すぎません。・・・」

「・・・」
信達の気持ちは変わらなかった。

真田信繁は理詰めで信達を説得にかかったが、裏目に出た。
信伊は
「人は理屈では動かぬ。・・・」
と信繁を諭した。
理詰めで論じすぎた為に、逆に信達の心を閉ざしてしまう結果となって
しまったのだ。

●小諸城
 北条氏は戦支度を整え、川中島・海津城へ兵を進める準備をしていた。
画像


●真田屋敷

真田信繁の春日信達調略には、真田昌幸の恐るべき陰謀が隠されていた
息子:信繁にも明かされない陰謀であった。
裏の裏の裏まであるような・・・・



昌幸はしびれを切らした。
昌幸は、
「北条に会いにいく。手土産を持って・・・」
信達の調略を待たずに、北条氏直に会いに行くことを決める。

●岩櫃城
真田信幸は何も知らされていないので、真田家は上杉氏に属し、自分も
北条と一戦交えるものと思いこんでいる。

ところが、
「上杉を見限って北条につくことになった。」
という知らせが舞いこんだ。
真田信幸は唖然とする。

●小諸城?
真田昌幸は、予定よりも大幅に遅れて北条氏直の元にやってきた。
北条氏直はさっさと北条につかなかった真田に不快感を持っていた。
北条氏直は、昌幸を相手にせず、
「室賀正武の後方に控えるように・・・」。
とあしらった。

昌幸は遅れたこと詫びた。
「お詫びとして、春日信達を北条に引き入れました。」

もちろん、ハッタリ。まだ、信繁&信伊は調略できていなかった。
信繁と信尹はまだ調略にてこずっており、信達は北条氏につく意向
をまだ示してはいなかった。

氏直
「北条を侮るか? 春日ごときの力を借りずとも、上杉を蹴散らす
だけの力を我らは持っておるわ。そのような土産はいらぬ。」
しかし、氏直は興味を示さなかった。


そこへ、氏直の父:氏政がやってきた。
★史実では、北条氏政は小田原にいたはず。

昌幸
「お初におめにかかります。真田安房守でございまする。」

北条氏政は昌幸に気づくと
「何、真田???・・・武田にその人ありと言われた真田殿か?
・・・皆の者、真田殿が加勢してくださるぞ。百万の味方を得たも
同然じゃあ。・・・」
と大げさに昌幸を褒めはじめた。

流石の昌幸も恐縮する。しかし、チャンス・・・・
昌幸は、すかさず
「春日信達を北条に引き入れました。」
と氏政に猛アピールした。

氏直は
「そんな小細工せずとも・・・勝算がある。」
と強気の態度を示した。
氏政は
「戦は、楽に終わるならそれに越したことはない。春日が上杉を裏切
ってくれれば、それだけ無駄に兵を失わずに済む。」
とたしなめられた。

昌幸は、
「信達に海津城を与えることを約束する手紙を書いていただきたい。」
と氏政に願い出た。
氏政は了承した。

昌幸をたいそう評価しているように見えた氏政だったが、・・・
実は昌幸のことなどたいして知らなかった。

氏政
「氏直がすぐに天狗になるため、少し懲らしめておこうと思い、
昌幸を利用したのだ。」

一方、昌幸は一連のやり取りで氏直の性格をつかんだ。
「氏直は天邪鬼な性格だ。・・・。」
とやんちゃな面を見抜いた。




◆7月14日。
北条軍は3万近い大軍で、上杉の海津城に侵攻を開始した。
対する上杉景勝は七千の軍勢で、海津城に本陣を構えた。


●海津城
ほどなくして、真田昌幸が上杉を裏切り北条についたという知らせが
上杉景勝の元に届き、信尹は厳しく責められる。

景勝
「何を考えているのだ。そなたの兄は許しがたい裏切りじゃ!」

信尹
「御屋形様、兄と弟・・・もう私も兄には愛想がつきました。」

信伊の3男になりすましている信繁も
「上杉に尽くすします。」
と信尹と信繁は、越後に骨をうずめる覚悟だと宣言し景勝を
喜ばせる。
信尹を信じ込む景勝とは対照的に、側近の直江兼続は信尹を
疑っていた。・・・こやつ、危険人物?


信尹は、信達への調略を急いだ。
北条氏政がこの戦いに勝てば信達に海津城を返すと約束したことを
伝える。
※海津城は春日信達の父・香坂弾正が守ってきた城だった。

信尹
「上杉の元ではどんなに働いても城代止まり。お主にもそれが分かって
いるはず。・・・北条を勝利に導き海津城を取り戻せ。亡き父もそれを
お望みのはずじゃあ。」
信達
「・・・今で、武田さえ滅んでいなければ・・・
 武田信玄公はいかに大きかったか・・・・あの方がお亡くなりになった
時、我らも死んだのだ。」
信繁
「いえ、死んではおりませぬ・・。真田は沼田・岩櫃の城を必死で取り返
しました。春日様も海津城を取り戻し、武田の無念を晴らしてください。
・・・・」

信尹・信繁の説得で、ついに信達も首を縦に振った。


●川中島
こうして、信濃最大の抵抗勢力だった真田家を味方につけた北条氏は、
邪魔だてなくすんなり川中島に陣をしいた。

北条氏直 VS 上杉景勝

北条軍と上杉軍は千曲川をはさんで向かいあった。

上杉軍の後方には、海津城がある。
北条に寝返った信達の兵とで挟み撃ちにする作戦だ。

ところが、北条陣は余裕の勝利かと思われたが、・・・
地元の猟師から
「上杉の兵が7千ではなく、1万〜2万もいる。」
と予想より大幅に多いと言う目撃情報が氏直の元に届いた。
「7000との予想を大きく覆し、2倍3倍はいるというではないか。」

実は、その猟師は変装した佐助だった。
真田昌幸の情報攪乱作戦だった。
しかし、室賀正武も佐助と気づかず、情報を信じて不安を募らせる。

さらに、千曲川の対岸には磔にされる春日信達の姿が・・・・。
昌幸は、
「信達の寝返りが上杉に悟られてしまったのかもしれぬ。」
と弁明した。

氏直は信達の裏切りを前提とした挟み撃ち作戦が出来なくなったこと
に慌てているが、
昌幸は
「ここはこのまま、攻めるしかありませぬな。・・・
 戦には勢いというものがござる。今なら、策を弄せずとも、
勝利は我らのもの・・・・。」

「こちらには上杉を圧倒する3万の軍勢がおるではありませぬか」

しかし、氏直は、
「徳川軍が甲斐に入ったという知らせが届いておる。もし、上杉に
てこずり、甲斐を取られたら、なんとする。・・ここは兵をする。」
昌幸の提言を却下した。
そして、告げ去っていった。

昌幸を嫌う室賀は、調略に失敗した昌幸をあざ笑った。


★昌幸のシナリオ通りだった。〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
実は、春日信達を殺したのは真田信尹。
裏切り者の汚名を着せたまま信達を殺すことで、景勝に恩を売るの
が狙いで、昌幸は氏直の性分を逆手に取り、まんまと北条氏を信濃
から追い出したのだ。
上杉景勝も家臣:新発田重家の起こした反乱を鎮圧するために越後
に戻っていった。

こうして昌幸の思惑通り進み、北条氏とも上杉氏とも戦わずして信濃
を守ったのだった。


●真田屋敷
昌幸の野望
昌幸は、上機嫌で真田屋敷に戻っってきた。

岩櫃城から呼び寄せた信幸、海津城から戻った信繁に、策略を
話した。
「ここまで狙い通りになると逆に気味が悪いのう。」
と・・・。
信幸
「しかし、分からぬ。一体、父上は何をなさりたいのですか?」

「一体どこまでが狙いだったのですか。」
と信幸が訪ねると、昌幸は
「すべてじゃ。すべて計略のうちじゃ」
と答えた。
信繁
「・・・信濃は空っぽです。」



昌幸は宣言する。

昌幸
「これより信濃はわれら信濃の国衆が治める。
・・・一人では無理だが、国衆が集まれば、・・・
上杉がなんじゃ。北条がなんじゃ。
大名などいらぬ。・・・我らだけの国を作るのだ。・・・」

しかし、昌幸の前に大きな壁が立ちはだかる。
後・・・・真田家の宿敵となる徳川家康であった。



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の狼煙台?
http://53922401.at.webry.info/201601/article_32.html

箕輪初心:生方▲真田丸28【榛名:鷹留城】真田昌幸の侵攻
http://53922401.at.webry.info/201601/article_33.html

箕輪初心:生方▲真田丸29【TV第4話「真田昌幸VS徳川初対決
〜本能寺】
http://53922401.at.webry.info/201602/article_1.html

箕輪初心:生方▲真田丸30【真田昌幸と滝川一益との腐れ縁:友情】
http://53922401.at.webry.info/201602/article_2.html

箕輪初心:生方▲真田丸31【真田幸隆の知恵:徳川家康を利用して
造った上田城】
http://53922401.at.webry.info/201602/article_3.html

箕輪初心:生方▲真田丸32【真田昌幸:空城の計&第一次上田合戦】
http://53922401.at.webry.info/201602/article_4.html

箕輪初心:生方▲真田丸33【真田ゆかりの地:上野国編詳細16市町村】
http://53922401.at.webry.info/201602/article_5.html

箕輪初心:生方◆真田丸34「沼田街道」&2016スキーbT&bU
【岩鞍スキー】
http://53922401.at.webry.info/201602/article_6.html

箕輪初心:生方▲真田丸35【松尾古城】角間館の詰め城
http://53922401.at.webry.info/201602/article_8.html

箕輪初心:生方▲真田丸36:第5話【織田信長の死→窮地】
http://53922401.at.webry.info/201602/article_9.html

箕輪初心:生方▲真田丸37【真田天白城】真田昌幸長男
:真田信綱の築城?
http://53922401.at.webry.info/201602/article_10.html

箕輪初心:生方▲真田丸38【矢沢城】&真田昌幸の叔父:矢沢頼綱の生涯
http://53922401.at.webry.info/201602/article_11.html

箕輪初心:生方▲真田丸39【真田:洗馬(せば)城】:横尾氏の詰め城
→真田氏の城
http://53922401.at.webry.info/201602/article_12.html

箕輪初心:生方▲真田丸40【真田根小屋城】:真田氏の支城
http://53922401.at.webry.info/201602/article_14.html

箕輪初心:生方▲真田丸41【米山城・戸石城・本城・枡形城】
真田幸隆乗取&真田兄弟対決
http://53922401.at.webry.info/201602/article_15.html

箕輪初心:生方▲真田丸42真田の里【真田氏館&真田本城
&支城群一覧】
http://53922401.at.webry.info/201602/article_18.html

箕輪初心:生方▲真田丸43:第6話【迷走】のあらすじ
&「森長可の撤退」
http://53922401.at.webry.info/201602/article_19.html

箕輪初心:生方▲真田●44【佐久内山城】真田幸隆&大井貞清
http://53922401.at.webry.info/201602/article_20.html

箕輪初心:生方▲真田○45:【諏訪の上原城】&板垣信方と真田幸綱
http://53922401.at.webry.info/201602/article_21.html

箕輪初心:生方▲真田●46【長窪城】と真田幸綱(幸隆)
http://53922401.at.webry.info/201602/article_22.html

箕輪初心:生方▲真田丸47【芦田城】芦田氏と真田氏
http://53922401.at.webry.info/201602/article_23.html

箕輪初心:生方▲真田丸48【佐久:春日城】依田信蕃と真田昌幸
http://53922401.at.webry.info/201602/article_24.html

箕輪初心:生方▲真田丸49【望月城】望月氏&真田氏
http://53922401.at.webry.info/201602/article_25.html

箕輪初心:生方▲真田丸50第7話『滝川一益の逃亡』
箕輪城→小諸城へ
http://53922401.at.webry.info/201602/article_26.html

箕輪初心:生方▲真田丸51【海ノ口城】武田信玄初陣
&184「箕輪城」武田勝頼&真田幸繁の初陣
http://53922401.at.webry.info/201602/article_27.html

箕輪初心:生方▲真田●52『伴野氏館=野沢城』&伴野氏の歴史前編
http://53922401.at.webry.info/201602/article_28.html

箕輪初心:生方▲真田●53『前山城』&伴野氏の歴史後編
http://53922401.at.webry.info/201602/article_29.html

箕輪初心:生方▲真田●54【佐久稲荷山城:勝間城】
http://53922401.at.webry.info/201602/article_30.html

箕輪初心生方▲真田丸56【佐久田口城】&相木氏&伴野貞長の最後
http://53922401.at.webry.info/201602/article_31.html

箕輪初心生方▲真田丸56【佐久田口城】&相木氏&伴野貞長の最後
http://53922401.at.webry.info/201602/article_31.html

〜〜〜★真田3代〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
箕輪初心●「滋野一族→海野一族の歴史」
http://53922401.at.webry.info/201111/article_25.html

箕輪初心●真田3代@「実田→真田幸隆の出自
http://53922401.at.webry.info/201111/article_26.html

箕輪初心●真田3代A幸隆の箕輪城居候1541〜旧領奪回1551
http://53922401.at.webry.info/201111/article_27.html

箕輪初心●真田3代B『川中島の戦い&真田の上野国進出』
http://53922401.at.webry.info/201111/article_28.html

箕輪初心●真田3代C『真田信綱→真田昌幸の時代』
http://53922401.at.webry.info/201111/article_29.html

箕輪初心●真田3代D『5回主家を変えた真田昌幸』
http://53922401.at.webry.info/201111/article_30.html

箕輪初心●真田3代E『小田原攻撃〜第2次上田戦争
〜大阪の陣』
http://53922401.at.webry.info/201112/article_1.html




〜〜〜真田&信濃国(長野県)〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
箕輪初心■長野:第21回海野宿ふれあい祭&グルメ
http://53922401.at.webry.info/201111/article_24.html

箕輪初心;生方▲2015信濃【真田の里:上田巡り1回目】
http://53922401.at.webry.info/201511/article_18.html

箕輪初心:生方▲2015真田の里:上田巡り2回目
http://53922401.at.webry.info/201511/article_19.html

箕輪初心●長野:海津城=松代城:川中島の戦いでの信玄の拠点
http://s.webry.info/sp/53922401.at.webry.info/201309/article_14.html
 
箕輪初心◆長野:松代藩真田家藩士の家巡り ●● 
http://53922401.at.webry.info/201309/article_13.html

箕輪初心▲長野:松代▲大室城前→奇妙山砦&尼飾山城ハイキング
http://53922401.at.webry.info/201412/article_17.html





★明日は佐久:平賀城かな?

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箕輪初心:生方▲真田丸 57「第8話『調略』のあらすじ&川中島 城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー・旅行/BIGLOBEウェブリブログ
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