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zoom RSS 箕輪初心▲神奈川箱根【早雲寺】:後北条5代の墓&連歌師:宗祇の碑

<<   作成日時 : 2014/11/26 06:50   >>

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早雲寺は神奈川県足柄下郡箱根町湯本405にある臨済宗大徳
寺派の寺院である。大永元年(1521) 初代:北条早雲の遺言で、
2代:北条氏綱が京都の大徳寺第83世→伊豆香山寺:以天宗
清を招いて創建した。天正18年(1590) 豊臣秀吉の小田原攻撃
で、豊臣秀吉軍の本陣が置かれたが、石垣山一夜城が完成す
ると早雲寺は焼き払われた。寛永4年(1627)菊径宗存により再
建された。慶安元年(1648)、3代将軍:徳川家光から朱印状を
与えられ復興した。早雲寺には後北条5代の墓、連歌師:宗祇
の碑がある。
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箕輪初心★北条早雲の生涯=伊豆・相模国盗り物語
http://53922401.at.webry.info/201309/article_25.html

箕輪初心●神奈川:小田原城=百名城
http://53922401.at.webry.info/201106/article_19.html

箕輪初心▲神奈川【小田原城3回目】写真集前編
http://53922401.at.webry.info/201411/article_24.html

箕輪初心▲神奈川【小田原城3回目】:写真集後編
http://53922401.at.webry.info/201411/article_25.html

箕輪初心▲神奈川平塚 紫雲寺【大森氏頼の居館跡=矢崎城】
http://53922401.at.webry.info/201411/article_22.html


箕輪初心★【連歌師:飯尾宗祇】&関東管領:上杉&長尾
http://53922401.at.webry.info/201404/article_24.html
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◆訪問日・・・平成26年(2014) 8月24日
0)箱根湯本温泉街
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1)山門
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2)本堂(箱根町指定文化財)
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3)庭園・・・北条幻庵作


4)墓
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5)後北条5代の墓=北条早雲・氏綱・氏康・氏政・氏直の墓
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・寛文12年(1672) 韮山城主:北条氏規の子孫で、狭山藩北条家
 5代目当主:北条氏治が、北条早雲命日の8月15日に建立し
  た供養塔である。
 ※2代:北条氏綱墓所は、早雲寺境内の春松院にあった。
 ※3代:北条氏康墓所は、早雲寺境内の大聖院にあった。
 豊臣秀吉に早雲寺が焼かれたため、位置は不明である。

6)連歌師:宗祇の碑
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・文亀元年(1501)
「宗祗老人、年ごろの草庵も物うきにや、都の外のあらまし
 せし年の、春のはじめの発句に、

「 身や今年 都を余所の はるがすみ 」

 その秋の暮、こし路の空におもむき、此のたび帰る山の名
 をだに思はずして、越後の国にしるたよりをもとめて二とせ
 計送られぬと聞きて、文亀はじめの年六月の末、駿河の国よ
 り一歩をすゝめ、足柄山をこえ、富士のねをよそに見て、
 伊豆の海、おきの小島による浪、こゆるぎの磯をつたひ、
 鎌倉を一見せしに、右大将家のそのかみ、また九代の栄えも、
 ただ目の前の心ちして、鶴が岡のなぎさの松、雪の下のいら
 かは、げに岩清水にもたちまさるらんとぞ覚え侍る。
 山々のたゝずまひ、やつやつきしまじまいはゞ筆のうみも
 底見えつべし。
 爰には九年がこのかた、山の内、扇の谷、鉾楯の事出で来て、
 凡八ケ国二かたにわかれて、道行く人もたやすからずとは
 聞こえしかど、こなたかなた知るつてありて、武蔵野をも分
 け過ぎて上野をへて、なが月朔日頃に、越後の国府に至りぬ。」
(★宗祇終焉記:島田宗長)

6月初旬
●京都
●駿河
●足柄山を越え、富士の峯を見ながら・・・
●小田原・・・伊豆の海、沖の島・・・大島
●大磯
●鎌倉の鶴ヶ岡
●武蔵野
●上野國
●越後国府(上越市)

・文亀2年(1502)
宗祇は7度目の越後の国府に上杉氏を訪ねた。
宗祇は越後で体調を崩した。
宗長は宗祇を見舞うため、駿河→鎌倉→(鎌倉上道)・・
 板鼻・・・東山道・・北国街道・・越後国府(上越市)
しかし、宗長が病気になってしまった。
 
2月末
「きさらぎの末つかた、をこたりぬれど、都のあらましは打ち
置きぬ。上野の国草津と云ふ湯に入りて、駿河の国に罷帰らん
のよし、おもひ立ちぬるといへば、宗祗老人、我も此の国にし
てかぎりを待ち侍れど、命だにあやにくにつれなければ、こゝ
らの人々のあはれびも、さのみはいとはづかしく、又都に帰
りのぼらんも物うし。 美濃国にしるべありて、のこるよはひ
のかげかくし所にもと、たびたびふりはへたる文あり。哀とも
なひ待れかし、富士をも今ひとたび見待らんなどありしかば、
うちすて国に帰らんも、つみえがましくいなびがたくて信濃路
にかゝり、ちくま河の石ふみわたり、菅のあら野をしのぎて、
廿六日といふに、草津といふ所につきぬ。

おなじき国に、伊香保といふ名所の湯あり。中風のためによし
など間きて、宗祗はそなたにおもむき、二かたになりぬ。此の
湯にてわづらひそめて、湯におるゝ事もなくて、五月のみじか
夜をしもあかしあびぬるにや、

「 いかにせむ 夕告鳥の しだりをに
  声恨むよの  老のねざめを 」
 
宗祇は弟子の宗長、宗碩らに伴われて越後国府→中野→菅平
  →菅平・(真田の地)・・鳥居峠・・・(吾妻)・・・大津
 宗長は草津へ。
  宗祗は伊香保へ行くことになった。
  宗長は草津温泉で療養=湯治することになった。
  宗祇は伊香保温泉で休憩・・・発病した。

5月下旬
●川越

6月初旬
●江戸の舘=江戸城は太田道灌の後、上杉定正がいた。

「みよし野の里、河越にうつりて十日余りありて、文月の初に
江戸といふ館にして、すでにいまはのやうにありしも、又と
りのべて、連哥にもあひ、気力も出でくるやうにて、鎌倉近き
処にして、廿四目より千句の連哥あり。廿六日にはてぬ。
一座十句十二句など、句数も此ごろよりはあり。おもしろき
句もあまた侍しそかしこの千句の中に、

「 けふのみと 住む世こそ 遠けれ 」

といふ句に、

「八十まで いつかたのみし 暮ならむ
 年のわたりは  ゆく人もなし 」

 老のなみいくかへりせばはてならん
思へば、いまはのとぢめの句にもやと今こそ
 思ひあはせ侍れ。」

6月24日〜
●鎌倉の近くで連歌会
おそらくは船で・・・江戸→鎌倉・・・
宗祇は富士山を見たがっていた。
「富士をも もう一度 見侍らん」
(★宗祇終焉記)
  美濃に向かう途中、箱根湯本の旅館に泊まった。

●箱根湯本
・7月30日 宗祗は箱根湯本で客死した。
  享年82歳。箱根湯本の早雲寺に墓がある。


7)墓
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8)境内
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●H26年(2014)の伊豆旅行2回目
8月23日〜24日の2泊3日

【1】H26年(2014) 8月24日
@小田原城3回目・・・真木氏の解説1時間

A早雲寺
北条5代の墓
宗祇の墓
空堀・・・
B石垣山一夜城2回目

C伊豆の佐奈田神社&「石橋山の戦い」
D土肥城登山口
●伊豆長岡温泉:華の湯泊・・・5000円
●夕食:中じま食堂:海鮮丼+酒=2000円

【2】H26年(2014) 8月24日
  06:30 伊豆長岡温泉
  08:15 雲見
ダイビング3本・・・ 累計720本
@牛着岩
A牛着岩
●昼食・・・わかさ食堂の天丼850円
B牛着岩
ダイビングフィー・・・約21000円
土肥温泉:あさや泊・・
●夕食「地魚料理しま長」:海鮮丼+酒=2500円

【3】H26年(2014) 8月24日
 E狩野茂光館(日向地区)
 F修善寺の墓めぐり
指月院・・・源頼家の墓
13士の墓・・・金窪氏の墓
        源義経の石像
源範頼の墓
安達盛長の墓
修善寺
日枝神社・・・庚申塔:源範頼の自害
 G修善寺城
 H叢林寺&田代砦(田代地区)・・・
   叢林寺住職と10分
   元保存会の方と20分
 I加藤景廉の墓(牧ノ郷地区)・・・
●昼食・・沼津港「千本一」:ぬまず丼+しらす寿司
=1950円
●お土産・・・5000円
沼津から3時間10分で帰れた。



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