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zoom RSS 箕輪初心★箕輪城126【奈佐勝皐の「山吹日記」の中の箕輪城】

<<   作成日時 : 2014/04/27 06:43   >>

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天明6年(1787)4月16日〜5月23日まで、奈佐勝皋
(かつたか)は江戸〜武蔵・上野・下野の三国を旅した。
「山吹日記」は名所旧跡の見学・探訪・調査を記した旅
日記である。5月12日には箕輪城を訪れた。西門=大手
虎蹈門から、おそらくは鍛冶曲輪→三の郭下の腰郭→三の
丸→木俣→椿山砦→下田邸→保渡田の西光寺を巡った。

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 (★脇屋真一著:あさを社)


*****秋本太郎先生シリーズ***************************
箕輪初心★箕輪城125【最新パンフレット】&近くのお薦め
レストラン
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箕輪初心●箕輪城110 :秋本太郎先生@
「本丸西虎口&郭馬出」
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箕輪初心★箕輪城123【秋本太郎先生現地説明会】20140326
http://53922401.at.webry.info/201403/article_29.html

****最近の箕輪城シリーズ****************************

箕輪初心●箕輪城124【桜満開の二の丸〜大手丸戸張】&『箕輪亭ランチ』
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箕輪初心★箕輪城121【金龍寺】=長野業政の鉄砲方:
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&井伊直政手作り甲冑A
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箕輪初心●箕輪城115【赤備え】&北条三鱗会の井伊直政
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http://53922401.at.webry.info/201310/article_28.html
箕輪初心★箕輪城117【長野家侍大将:安藤九郎左衞門】
http://53922401.at.webry.info/201402/article_12.html

箕輪初心★箕輪城113川野辺寛「高崎誌」&井伊直政
http://53922401.at.webry.info/201310/article_8.html

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http://s.webry.info/sp/53922401.at.webry.info/201306/article_9.html

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箕輪初心:箕輪城102「2013箕郷狐の嫁入り&農大二高」
http://53922401.at.webry.info/201310/article_7.html


箕輪初心★箕輪城101「長野氏」の研究:近藤・山崎
・飯森・久保田
http://53922401.at.webry.info/201310/article_6.html

箕輪初心●箕輪城94『岡田氏』『多胡氏』『久保田氏』『関口氏』
http://53922401.at.webry.info/201212/article_25.html


****井伊直政シリーズ*******************************
◆◆ 箕輪初心●箕輪城「井伊直政」 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201010/article_40.html

http://53922401.at.webry.info/201011/article_25.html

◆◆ 箕輪初心●井の国千年物語前編 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201212/article_3.html

◆◆ 箕輪初心●井の国後編:「井伊直政」 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201212/article_4.html

◆◆ 箕輪初心●井伊直政の箕輪城時代の家臣団 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201212/article_15.html

◆◆ 箕輪初心●静岡:井伊直政の井伊谷城 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201212/article_5.html

◆◆ 箕輪初心●井伊直政の造った町:高崎&彦根 ◆◆
高崎高校 VS 近江高校
http://53922401.at.webry.info/201203/article_28.html

◆◆ 箕輪初心●中村達夫氏の「井伊軍志」 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201212/article_14.html

◆◆ 箕輪初心●小和田哲夫氏の「井伊直政」 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201212/article_13.html
***************************************************

箕輪初心●箕輪城シリーズI「長野業盛」
http://53922401.at.webry.info/201010/article_14.html

箕輪初心●箕輪城シリーズ55「長野一族の歴史」
http://s.webry.info/sp/53922401.at.webry.info/201011/article_36.html

箕輪初心●箕輪城シリーズ44「砦群」A箕郷地区
http://53922401.at.webry.info/201011/article_11.html





5月12日
※渋川市金島の「華蔵寺」から出発
●「乙卯 風少し吹きて空隅なく晴れぬ。・・・・・・
・・・・(中略)・・・・


 「いざさらばといへばうち連れて出づ。
荒井(渋川市新井)・広馬場(榛東村)・柏木(高崎市
箕郷町)などを過ぎぬべし。」

★高崎市箕郷町柏木沢・・・

● 「矢原はいとも高きところにありて、高崎あたりは更に
も言はず、江戸の方まで見遣りぬべし。」

★高崎市箕郷町矢原・・・

● 「玄冲この村の名主がり伴なひ行きてこの導きせさす。」 
★高崎市箕郷町矢原(原中)・・・

●「右の方に龍門寺あり。これは在五中将の流浪(さすら)
 へきまして、住みたまひしところなり。在五中将は在原業
 平ことである。」
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★@在原業は平旧高崎の長野地区の北部:浜川道場と行力、
 そして、箕郷の下芝地区・・・簡単にいうと、現高崎市箕郷
 町のカインズホームを中心とした半径1km?の地域で
 「青木庄」と呼ばれている地域である。
 しかし、在原業平が高崎に来た情報は全くない。
 現在では、「青木庄」自体あったか不明である。
 伊勢から〜〜〜旅をしたのでしょうかねえ?
★A龍門寺は箕輪長野氏3〜4代の鬼門の寺である。
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★B長野業政の侍大将:安藤家の菩提寺である。
***************************************************
箕輪初心★箕輪城117【長野家侍大将:安藤九郎左衞門】
http://53922401.at.webry.info/201402/article_12.html

★C井伊直政の母の再婚相手:松下家3代の墓がある。
ちなみに、松下家は木下藤吉郎=豊臣秀吉が一番先に
仕えた主君である。
★D龍門寺の白あんは、慶長3年(1598)井伊直政が箕輪城
から高崎城に移る際に
 「松ヶ崎という名前では、松が枯れるので、高崎にしまし
 ょうね。」
 といった和尚様である
★E小栗上野介の殺害し、いい加減に申告し、岩鼻県初代県令
 になった人物であるが、近江小谷の出身なのに、3年間
 も龍門寺に居候をしていた。



●「箕輪の城主長野氏はこの人の末なりと言ふなりも
 方々由あり。」

★現在16の家系図がある。・・みんな自分の家が宗家
 だと言う。

●「名主が言う。『ここなる寺に平将門の鞍てふもの
 ありなんある。おわしして。』と案内す。
★平将門は「染谷川の戦いをしているので、
 高崎市旧群馬町国府までやってきているが、
箕輪初心●茨城坂東市【逆井城】&『平将門の乱』  
http://53922401.at.webry.info/201403/article_9.html

「これは万松山とて曹洞の梵院なり。折しも座主はあり
 ざりけれど、名主沙汰し、出して見せぬ。黒塗にていと
 大きやかなる鞍の前後の輪ことに高く、居木のみは今の
 と異なたねども、そり深く、雉股の形のなべてのとはの
 違ひて珍らかになん見ゆる。げにきのありぬべきののの
 様なり。」


「箕輪の城に至る畠中に男一人ゐたり。これなむよく
 知りたりとて、それに案内させす。この男こまやかに
 さへずる。そがいふままに・・・に西門の跡よりぞ
 登る。」
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★道具屋敷=どうぎと呼ばれる地区から行ったのであろう。
 大手虎蹈門に当たる場所であろう。


「いと高く、三重なる上に今一つ廻れるところあり。」
★鍛冶曲輪→三の丸下の腰郭→三の丸→二の丸に
 行ったのであろう。
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「おおよそ武蔵なる深谷の城ばかりやあらん。」
★奈佐は4月20日に深谷の城=菅谷城に行っている。



このあと、二の丸→大堀切りの土橋→郭馬出を
通ったのであろう。

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「近き世の事なれば、矢倉の台などの土などまだ崩れず、
 なほ在りしながらに家士の住まひせし跡もありありと
 その姿のこれる。」

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★慶長3年(1598)に高崎城へ・・天明6年(1787)だから、
 189年後かな?
矢倉の台とは、木俣の出っ張り部分では
 ないだろうか?
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家士の住まひせし跡・・井伊直政の第1家老:木俣守
 勝の住居あとであろう。


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*******************************************
箕輪初心●箕輪城シリーズ57「木俣守勝=箕郷・高崎
・彦根の発展に寄与」

http://53922401.at.webry.info/201012/article_1.html

「西南の方は壁を立てたりやうにて登るべくも見えぬ
 高き上の並たてる木々こがくれに、かほどりのうら
 なきをるも何となく心ありがほに聞きなされぬ。」

★榛名白川の河岸段丘は高さ10m程の直角の崖である。
★脇屋真一先生は「郭公かっこう」のことであるという。


「見下ろす下に山河のめぐり流るる甚(いみ)じう早し。
水のひんがしに流るるを見ゆ。とうちすして、たに」

★榛名白川から引いた祭戸用水のことであろう。


「内郭の間に二つ石あり。かの男がいう。
 『先つ頃、高崎の殿の仰せありて庭の立て石にせんと
  運びし給ひけるに、一夜のうちにまた帰りきたれば、
 さは惜しみ給ふよとてその後かくて候ふなり。』とぞ。」
★箕輪城内に古墳が2つある。
 一つ目は法峯寺の東付近にあるが、藪が凄く未だ行っ
 ていない。
 二つ目は椿名山にあった石かもしれない。
 木俣からは椿名がよく見え、先に関東平野の広がりが
 よく見える。


「この城の固めに思ふに、さしも猛き甲斐勢の攻めあ
ぐみたるも理とみゆ。されど、東の方なる道は思ひのほ
 かになだらかにおりくるもいと易し。藤井豊後守友忠
 見すとて沼のあたりをめぐりしとある。いづくにかあ
 りけん。今は沼もなし。もしはこの下の方、法峯寺の
 あたりに昔ありけん。」
★武田信玄はこの城を落とそうと考えてから9年かかった。
蓑輪軍記・・・長野右京進(長野氏業=長野業盛)が老臣
藤井豊後守友忠物見より出かける。勝頼少年18歳、藤井
目がけ、榛名山の沼端まで追っかけ大音上げ、只今見えし
は豊後守友忠、返し合わせ勝負せよ。武田勝頼なり。・・
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「長野左衞門業正は上杉の家に仕えし人なり。彼の家管
領職を失ひたる後、なほまめまめしうのみ物して、武蔵の
岩付なる太田三楽斎とむげにうらなく互いに助けあひたり。
さはいえど、その子左京亮業盛が時、永禄6年2月22日
つひに甲斐の信玄の手に城落ちて、十あまりの城みな降り
従ひぬとかや。」

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★長野左衞門業正・・
★太田三楽斎・・・・太田道灌の孫
★箕輪城の落城は現在では、永禄9年9月29日が通説
 である。

「この城は榛名明神の山の峯先を切りて築き構えたり。
その形は箕の手に似たれば名付けたる由、箕輪記、兵乱記
などに言へり。」


「ひんがしの方より望み見れば、げにさる姿に美ゆめり。
彼の山より5〜6里ばかりへだたれど、なおその峯さきな
りけり。さるを関東兵乱記に椿名といへるは書き違えたる
ならんと思へど、延喜式にも椿名のやしろあり。頭注の説
もて思へば、一つの山のことと聞こゆども、 この少し東
にの方に椿山ありと聞けば、猶あふどかにもえすぐさで殊
さらに詣でぬるは、わが例のこの方におもりかならぬひた
たけさなめりかし。」

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★関東兵乱記・・「箕の手に似たればとて、箕輪と名づく。」
★箕輪軍記・・・「榛名山の尾崎掘り切りを築きたる城の
南表は蓑に似たるとて、蓑輪と名付けたり。」
★頭注の説・・・吉田兼好の父:吉田兼俱は「榛名神社」
と記した。


「山伝ひをしつつ7〜8町ばかりや来なん。城の方より
やや低く木立のしげりあひたる中に、伊勢大明神と申して
祠あり。新殿に一座おわします。その下に例の石室にてや
あらんとおぼえて、端のくづれより、はつか石なん顕はれ
見ゆる。もし誠にさるもなならば、人をいさめし所なるべ
し。石室造りてし昔の世は式社などは別きていかめしうて
おはしけんを、いかにぞや葬(はなむけ)などすべきあら
んやは。しかのみならず、是ははななか城山のをさきなる
ものを、よしやそれを城を攻むるとて多く切り崩して今は
かくれなれぬきか。されど名におふ山を武田軍の一つちか
らもて、かくまでいかでかはせむ。或るはこの辺りの山に
もとおはしたるを、近き頃ここに移したりけるやらん。或
るは彼の石室のごと見ゆる、さはあらぬにやあらん。とに
かくにつけて大方は榛名の方にまされるに似たり。矢原の
主はこれより帰りぬ。」

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★山が2コブあって、椿山の古墳→法華寺?であろう。
 もう一つが津波岐那神社(←椿山)であろう。現在は
 東向神社の社領になっている。
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●井伊直政が箕輪城→高崎城・高崎城下町に移した物
○「松ヶ崎」は松が枯れるので縁起が悪いと龍門寺の白庵
 和尚に言われ、高崎に改称。
@箕輪城大手門・・・→高崎城の槻木(つきのき)門
A11の寺+3寺・・石上寺・正法寺(現在妙福寺)
 ・慈上寺(長野業政時代の修験道の寺=スパイ)
 ・大雲寺・法華寺(椿名)・慧徳寺・安国寺・大信寺
  (後徳川忠長の墓)・金剛寺・龍広寺・延養寺
B5の神社・・津波岐那神社(←椿山)
   ・布留明神(←石上寺)
   ・八幡宮(←真応寺)・上諏訪神社・下諏訪神社
C家臣団(約5000の武士団の家族/工業系の職人/商家/民家)
D町名・・・・・・連雀町・田町・紺屋町・鍛治町
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(★南より眺める椿山・・・西明屋で矢原の南)
 

● 「明屋といふは箕輪の町なり。」
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★高崎市箕郷町には東明屋・西明屋の町名があるが、
 「空き屋」が転化した呼び名であると言われている。
 現在でも城下町の風情が残っている。

● 「酒商ふ下田喜左衞門といふ。この頃井を掘りけるに
あやしき物見つとて2つ取う出て黒みたる男の髭こちたく
生ひたるがひらひらきゐて事の由語る。一つは武蔵の月よ
り出でたると違ひなし。今一つは目なれぬ形なり。この
男は箕輪の郎従下田大膳昌勝と聞えしが後にて、今国の
内に名を得たる。焼太刀の稜(かど)打ち放つますらたけ
をなりとぞ。」子健つらつらうち見つつ、『誰か不平のこと
あらん。』と戯れ口遊めれば、『なでふ、こどごとしや。』
とて笑ふ。

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★現在の箕郷支所&中央公民館の場所は全て下田
 家の土地であった。下田邸の庭園は堀部安兵衛
 作と言われている。
箕輪初心★高崎の【堀部安兵衛】ゆかりの地&安兵衛の生涯
http://s.webry.info/sp/53922401.at.webry.info/201211/article_5.html


★長野業政の家老衆
@第1家老・・・藤井豊後守友忠
A第2家老・・・下田大膳昌勝
B第3家老・・・長塩(★長野業政の親戚)
C第4家老・・・矢島久右ヱ門
★永禄元年(1558) の箕輪城着到帳
【一ノ執権】
藤井豊後守友忠(浜川城主)(★長野業政の叔父)
【家老四家城詰衆】
下田大膳太夫正勝
内田因幡守頼信
大熊備中守高忠
八木原下総守信忠(★長野業政の親戚)

★下田家は江戸時代には安房勝山藩の酒井家の飛び地
 現高崎市箕郷町白川陣屋の代官だった。
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● 「今日も風吹きたり。生原をいでてふたたび保渡田の
西光寺にゆく。往時の法師今日も箕輪にと聞ゆる。あや
にくなりや、いかさまにかほせん。いでこの名主には
かりてんとて道士と葛西氏を打つつれてゆく。その間に
子健石棺の形更によく写さんと聞ゆ。この名主さへに
物へ行きたりとてその子をゐて来たり。人を走らせて
和尚呼びかへしてんといふ。それもあまりことごとし、
道士今宵極楽院がり明日更に来てと聞ゆれども、又の
一日しを延ばへてんが侘びしさに、『今はさておはせ。』
と言ひてやみぬ。」

★生原→善龍寺前→保渡田城の中→西光寺で
 あろう。西光寺は保渡田古墳群の一つ:薬師塚
 古墳である。現土屋文明記念文学館の西隣に
 ある。
極楽院は現高崎市箕郷町和田山にある。
 武田信玄に攻められ、自刃した長野業盛=
 氏業の子:亀寿丸の落ち延び先である。
 武田信玄も徳川家康も庇護した寺である。

★関係ないけど、西光寺の先々代は父方の遠い親戚
 である。母の産まれた家から150mしか離れていない。



★いつかまた、奈佐勝皐の山吹日記のコースを紹介
したい。 

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