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zoom RSS 箕輪初心★松尾芭蕉22『奧の細道』J【平泉】&▲岩手3山

<<   作成日時 : 2012/08/09 07:38   >>

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★ 『 夏草や 兵どもが 夢の跡 』
5月13日、松尾芭蕉&曾良は源義経の死から500年後、平泉を
訪れた。高館の義経堂を参詣した。戦場の跡は草むらと化して
いた。夏草の山河をしばし眺めた。杜甫の詩に「国破れて山河
あり(国は滅んでも山河は昔のまま)城春にして草木深し」
の世界だった。

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 (★若い頃に買った中尊寺の本より)

◆◆ 箕輪初心★松尾芭蕉21奧の細道【松島】 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201208/article_5.html

◆◆ 箕輪初心★西行:前編 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201203/article_18.html

◆◆ 箕輪初心★西行:後編 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201203/article_19.html


5月12日=太陽歴6月28日
○一関宿泊・・・宿が見つからず、難儀。
 言葉が通じない、・・・東北弁?


5月13日=太陽歴6月29日
*平泉日帰り旅行
【5月13日。一関を発つ。天気晴。11時頃平泉に到着。
高館・衣川・衣の関・中尊寺・光堂・泉城・桜川・桜山
・秀衡屋敷などを見る。午後4時ごろ一関の宿に帰る。
夜、入浴。】 曽良


○平泉・・(一関から往復約20Kmの道のり)
○高館=義経堂
○衣川
○衣の関(中尊寺入り口付近=藤原泰衡の屋敷跡など)
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○中尊寺
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○中尊寺光堂
○和泉城=和泉三郎屋敷
○桜川
○桜山
○秀衡屋敷=無量光院跡隣?

@【三代の栄耀一睡の中にして、大門の跡は一里こなたに有り。
秀衡が跡は田野に成て、金鶏山のみ形を残す。先高館にのぼ
れば、北上川南部より流るる大河なり。衣川は和泉が城をめ
ぐりて、高館の下にて大河に落入。泰衡らが旧跡は、衣が関を
隔てて、南部口をさし堅め、夷をふせぐと見えたり。さても
義臣すぐつて此城にこもり、功名一時の叢(くさむら)と
なる。「国破れて山河あり、城春にして草青みたり」と、
笠打敷て、時のうつるまで泪を落し侍りぬ。】

★意味・・・奥州藤原三代(藤原清衡→基衡→秀衡)の繁栄
も夢と同じで一瞬の間に消え去った。南大門の跡は1里=4
kmほど離れた手前にあった。藤原秀衡の館跡は今は田畑に
なって、金鶏山(★現世界遺産)だけが昔の形をとどめてい
る。
まず、源義経の居館であった高館にのぼってみれば、北上川
は南部から流れてくる大河である。衣川は和泉三郎(秀衡3
男)の城を取り巻いて、高館の下で北上川と合流する。
泰衡等の居城跡は、衣ヶ関(現中尊寺表参道入り口付近)を
隔てて、南部口をしっかり固め蝦夷からの侵入を防ぐものだ
と思える。
そうしての義臣(=弁慶や兼房など)選りすぐって、この城に
立て籠もって戦ったが、その功名も一時の夢と消え、草むらに
埋もれてしまった。「国破れて山河あり、城春にして草木深し
」。旅笠を置いて、時の移るのを忘れて長いこと涙を落として
いたのだった。

A 『 夏草や 兵どもが 夢の跡 』
★意味・・夏草で草ボウボウ。強い武者の栄枯盛衰が
夏の夢のごときもので、儚い物だった。悲しいのう。

◆◆ 《兵ども》についての解釈=箕輪初心の疑問 ◆◆
A、高舘で読んだのならば、源義経の最後を歌った
 俳句なのかな?
 源義経・弁慶・兼房など8名・・

B、衣の関(中尊寺入り口付近=藤原泰衡の屋敷跡など)
 で、詠んだのであれば、
 源義経・弁慶・兼房など8名・・&源頼朝側になったが、
 源頼朝に殺された藤原秀衡の2男:泰衡をも含める考え・・。

C、中尊寺で詠んだのであれば、・・
 奥州藤原3代の栄枯盛衰&源義経や弁慶など
 さらに、拡大解釈して、
 奥州藤原3代の栄枯盛衰&源義経や弁慶など+
 陸奥国に花開いた文化も含めて???

 
と、解釈していいもかもしれない。
 私には分からない。「奧の細道」の
「夏草や 兵(つはもの)どもが 夢の跡」
★意味・・・今は夏草が生い茂るだけの平泉の地は、英雄達が
 志=夢半ばに敗れ去った場所なのだ。あるいは、夢に殉じた
 跡なのだ。平泉は藤原3代・源義経の絶頂期の栄華の面影も
 なかったのだ。げげっ。〜〜〜。儀を重んじた人間は素晴ら
 しいな。
松尾芭蕉は、造化の世界に生きたいと思っていたのだ。
 でも、どうしても儀を貫く人間の方が、自然の美しさを越え
 てしまうようだ。何て、松尾芭蕉は俗人なのだろうか?
 中途半端な人間で、我々と変わらず、人間の儀への慟哭を
 訴えたのではないだろうか。・・
 

★ 『奥の細道』での最終地点は、平泉がだったかもしれない。
平泉は松尾芭蕉にとって
1)奥州藤原3代の栄耀栄華の地
2)藤原義清=西行の奥州同族の築いた文化の地
3)源義経への忠誠・義の重んじた人間の悲劇の地
4)体力的な限界
5)経済的な限界・・スポンサーがいないかもね。




 「 卯の花に 兼房みゆる 白毛かな 」 曾良
★意味・・・白い卯の花を見ていると、66歳の白髪の兼房が
槍をふるって戦っている姿が心に浮かんでくることだ。
「兼房」は源義経の最後を看取った猛将である。
『義経記』に詳しく掲載されている。
 

B【兼て耳驚したる二堂開帳す。経堂は三将の像をのこし、光堂
は三代の棺を納め、三尊の仏を安置す。七宝散うせて、珠の扉
風にやぶれ、金の柱霜雪に朽て、既頽廃空虚の叢と成べきを、
四面新に囲て、甍を覆て風雨を凌。暫時千歳の記念とはなれり。】

★意味・・かねてからその美しさについて耳にして驚いてもいた
中尊寺の光堂と経堂を拝観することができた。経堂には(清衡
・基衡・秀衡の)3人の像を納め、光堂には3人の棺、阿弥陀
三尊像が安置されている。
金・銀・瑠璃・珊瑚(★見た現物&現地パンフレット)などの
七宝は散り失せて、珠?(★螺鈿・瑠璃玉がちりばめられてい
た気がするが・・・)を散りばめた扉は風に破れ、金の柱は霜
や雪の朽ち果てて、すべてが退廃し空虚=ボロボロとなるはず
だったが、四方を新しく囲み、甍のある瓦屋根を覆って雨風を
凌いだ。しばらくは千年は残る記念物とはなったのである。
・・・★1000年位残るだろうって。木造の覆堂=鞘堂が?
無理ではないのかな。
 

・中尊寺経堂
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 @文殊菩薩=清衡
 A優填王 =基衡
 B善財童子=秀衡



・中尊寺光堂
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 (★パンフレットより)
『 五月雨や 年々降りて 五百たび 』
★意味・・・五月雨が毎年降って500年。
 それでも、阿弥陀様は輝き続けているのだ。

『 五月雨や 年々降るも 五百たび 』
★意味・・光堂が建てられて500年。毎年降る五月雨が
 光堂だけが、降り残したのであろうか?
 ※鞘堂=覆堂が既にあった。・・建立してすぐだった。
光堂の阿弥陀様は、なんと輝いているのだろう。
★覆堂があったので、廃墟となっていなかった。

C『 五月雨の 降りのこしてや 光堂 』
★意味・・光堂は五月雨が毎年降るのも関わらず、その
 輝きを失っていないのだ。まるで、光堂だけ、雨が降っ
 ていないかのようだ。
う〜ん。阿弥陀様の御加護なのだ。
 そこまでは言ってしないかもしれない。

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○無量光院跡
 「夏草や つわものどもが 夢の跡 」句碑 
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○毛越寺&庭園 
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『 蛍火の 昼は消えつつ 柱かな 』
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●厳美渓

群馬県高崎市箕郷町の箕輪城の芭蕉句碑
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★幕末期に安田某が建立。

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◆◆ 箕輪初心:平泉に3回 ◆◆
@1975年?
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A1977年・・・
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*俺は「わんこそば」を食べたが、芭蕉は何食ったんだろう?
「わんこそば 腹一杯の 平泉 
    芭蕉は肉の 俳句夏旅 」
 箕輪初心

「夏木立 何が光るか 金色堂 
   檻の奥には 拝観料」
  箕輪初心  
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*2008年7月10日世界遺産の認定ならず。
*2011年7月世界遺産

B平成23年(2011)11月12日・・・
「五月雨の 千歳の風雨 さらされず
  光堂鞘  二重の覆い 」 
箕輪初心


「 参道に 紅葉に映えて 光堂
   阿弥陀様より 世界遺産かな 」
  箕輪初心
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 (★パンフレットより)


○一関宿泊



5月14日=太陽歴6月30日
5月14日。天気晴。
一関を出発して宮城県栗原市内(三迫・栗駒・一迫・金成)を
経て宮城県大崎市岩出山町へ。
雷雨あり。その後晴れるが、再び曇って小雨あり。




▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
【1】岩手山
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▲▲  箕輪初心▲岩手山 ▲▲
http://53922401.at.webry.info/201205/article_11.html


【2】早池峰山
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 (★ハヤチネウスユキソウ・・・蛇紋岩の固有種)
▲▲  箕輪初心▲早池峰山 ▲▲
http://53922401.at.webry.info/201205/article_13.html


【3】栗駒山1627,7m
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 2002年10月13日
  荻原健司父母も一緒「キリマンジェロへ・・・70万円。」
  7:30昭和湖・・・
「雲海の 上にそびえし 栗駒山 
     朝日をあびて 生える紅葉」
 箕輪初心

  8:05・・・9:00栗駒山山頂1627,7m
  9:20 「青い空 白い雲海 朝露の赤黄緑の 栗駒山」      
  9:40分岐・・・10:35秣岳11:15・・・13:15駐車場・・
  13:45須川(岩手県)・・・(秋田県)・・・宮城県        
  14:45温湯温泉
       (中2階の女風呂から見られる男風呂)
*2008年6月の栗駒大地震で大被害

▲▲  箕輪初心▲栗駒山 ▲▲
http://53922401.at.webry.info/201205/article_14.html




★明日も続く。

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箕輪初心★松尾芭蕉23『奧の細道』K【岩出山〜封人の家】
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