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zoom RSS 箕輪初心■大分:【日田豆田町】&【高山彦九郎&広瀬淡窓】

<<   作成日時 : 2011/10/17 05:52   >>

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日田豆田町の伝統的建造物建物群保存地区に行った。
日田豆田町が重伝建に選定されていたなんて知らなかった。
大分県の日田豆田町が、江戸時代に九州の政治・経済・学問の
中心として栄えた場所だったことを改めて認識した。

高山彦九郎は「広瀬淡窓」の父:広瀬桃秋の噂を聞き、日田
に2回逗留している。そして、淡窓を讃える和歌を詠んだ。

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  (★日田の咸宜園)

高山彦九郎★・・・上野国(群馬県)太田市細谷出身。
江戸末期、尊皇論者第一号であり、吉田松陰にも影響を与えた
人物である。北海道・沖縄以外はほとんど旅をした。江戸だけ
でなく、当時の有名な儒学者や藩校の学者には、必ずといって
いいほど会っている。先祖は秩父氏系の高山氏で、太田金山城
の岩松氏の家老職であった。太平記を読み、新田義貞にあこが
れ、尊皇論者になった。

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1)高山彦九郎の2回の訪問・・・
寛政4年(1793)
「筑紫日記A」7月12日〜8月26日 
 8月26日〜10月半ば  豊後:日田  
 豊後(大分)日田の「広瀬淡窓」父の広瀬桃秋を訪問。
 ★おそらく、1ヶ月半広瀬桃秋の家にやっかいになった?  
 広瀬淡窓は12歳の時に高山彦九郎に出会った。
寛政3奇人の1人:高山彦九郎 が博多屋を訪れた時、
 寅之助(淡窓の幼名)に会っている。寅之助が1日に100首の
 漢詩を作ったことを久留米で知らされた高山彦九郎は
  「大和には 聞(きく)もめずらし玉を 聯(つら)ね 
    一日(ひとひ)に 百(もも)の 唐歌(からうた)のこゑ」

  という和歌を贈っている。

http://www.e-obs.com/heo/heodata/n608.htm
 10月19・20日  豊前:竹田・・・
 11月15日    佐伯・・臼杵・・???・・佐賀関・・
           ・?????・・・府内(大分市)・・・
 12月?日     小浦
 12月28日    中津・・???・・豊前中津に滞留80日?
 ※5月  江戸幕府、「海国兵談」を絶版。林子平が蟄居。
2)寛政5年(1793)  
1月   豊前中津に滞留80日?
 3月   ?????
 4月 豊後(大分)日田の「広瀬淡窓」父の広瀬桃秋を訪問。
    5回目の九州山脈横断を敢行し、日田に再来。  
 九州総監:日田代官に不審を招き、逐電。

 ・これ以降、・・・高山彦九郎は身の危急を感じたのか。
  (※肥後北部からこの日記までの8ヶ月の日記は不明。)
 最終的には、久留米で自殺する。
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■平成23年10月8日
★日田地方の繁栄は、幕府の直轄地=天領に制定されたことに始まる。
小さな盆地=天領日田に全国各地の大名や商人たちが流れ込んた。
日田豆田町は商家町として急速に発展していったという。
全国から集まった商人たちが居を構えた豆田町には天領時代の人々の
暮らしをうかがわせる町並みが残っている。
江戸時代の町割り・町道・用水路・蔵屋敷など……。
カフェや菓子店などの店をはじめた店が蔵づくりの商家や土壁の長屋
建築に結構、マッチして、女性好みのレトロ感を醸し出している。
小京都として人気もある日田城下町:豆田町は、味噌や醤油、造り酒屋
など当時から続く蔵造りの建物や商家がそのまま残っている。
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雛御殿・・・・・・・×
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味噌屋
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天領日田資料館・・・×
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○駐車場・・・
○「草野本家」(国重文)・・築300年を越える県内最古の商家である。
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 草野家は平安時代から続く筑後の豪族である。豊臣秀吉の時代には、
 製蝋(ろう)を生業に大阪まで事業を拡大した(伝)。
『草野本家』の武家屋敷の意匠を取り入れた「なまこ壁」や不審者の
 侵入を妨げる「しのび返し」から、豪商の暮らしがうかがえる。
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用水路・・・★江戸時代は生活用水だったのであろう。
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○路地裏に入ると、お雛さま。
 商家が贅を競った豪華な雛人形は日田の名物である。
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○軒下につるされた乾物。店先に飾られた竹のかご
 暮らしが江戸から続く建物で営まれる生活が伝わってくる。
○魔よけとして玄関先に飾られる造花「パイパイ」
広瀬資料館=広瀬淡窓生家。
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 ★父が凄かった。
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 公開されてない年賀状の版木を学芸員が見せてくれた。
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○町の西側を縦断する上町通り
○ 『伏見屋岩尾古雲堂』(現在岩尾薬局)・・県内最古の薬局。
 伏見屋岩尾古雲堂は明治20年(1887)開店。
 全ての病に効く特効薬として漢方薬「日本丸」は爆発的にヒット。
 莫大な富を得た店主は展望楼を作った。
 当時の町民は「豆田の天守閣」と呼んだそうだ。
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薫長酒館
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B広瀬淡窓&咸宜園(国史)・・日田市淡窓2-2-13
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 儒学者で「休道の詩」を歌った詩人の廣瀬淡窓が設立。
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私塾の名称「咸宜」とは、「みなよろし」という意味だそうである。
淡窓は「身分や男女にかかわらず学べばいい」と説いた。
高野長英や大村益次郎などを輩出。門下生は4617人。
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※高野長英・・・群馬県吾妻郡六合村赤岩に匿った湯本家がある。
※大村益次郎・・日本初の万年筆使用人物(★子供の頃のTV記憶)
  小栗上野介の西軍の東征の迎撃作戦・・
   駿河湾で4隻の船で待ち伏せし、船から攻撃。・・・
   もし、勝海舟が阻止しなければ、東海道軍の江戸への
   侵略は難しかったかもしれない。」と言った人物である。
天ヶ瀬温泉に、「大村益次郎の湯」がある。
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  (★日田のポスターより)
日田祇園山鉾会館(国重文)・・・×

※日田駅の観光案内所・・・宿泊の確定

C小鹿田(おんた)焼・・大分県日田市小野源栄町皿山 0973-22-8210 ‎
10軒の一子相伝の陶芸

○日田のビジネスホテル「日田サンラインホテル」

日田温泉通り・・・川岸から屋形船
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  (★日田温泉のポスター)
 山水館・みくまホテル・枇杷の樹・よろずや・亀山亭・山陽館
日隈城=亀山城の遠望
日田温泉「小松軒」・・・結構、いい温泉。素泊まり5000円
原次郎左衛門味噌・・・・
居酒屋「うおのめ」・・・酒・鰤かま焼・刺身盛り合わせなど

○日田のビジネスホテル「日田サンラインホテル」睡眠

【2日目】2日目・・・平成23年(2011)10月9日
日隈城=亀山城を止め、日田城に向かった。
D日田城・・大分県日田市北豆田字高城604-628
      日田市北豆田慈眼山公園にある。

日田のグルメ
@鰻・・・・・・・日田まぶし千屋
A鮎・・・・・・・梁
Bやきそば・・・・宝華
Cひたん寿司=高菜巻など・・・寿司屋へ
Dホルモン・・・
Dカボス・・・・
F酒屋・・・・・・いいちこ焼酎・薫長

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