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zoom RSS 箕輪初心■東京&群馬:小栗上野介C「権田村での隠遁生活」

<<   作成日時 : 2011/07/01 06:20   >>

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■小栗上野介
・慶応 3年 (1867) 10月14日大政奉還が行われた。
 ※西郷隆盛は江戸の放火を命令→相良総三など500人が放火・強盗。 
 12月25日 ●小栗は薩摩藩邸への焼き討ちを決行
→鳥羽伏見の戦いの火種に発展
★さらに、薩摩の恨みを買った。→倉渕で斬首へ発展。
 ※新田官軍(太田市の平安時代末期の新田一族)の動き
  ・大将・・・・・岩松俊純
  ・副大将・・・大館謙三郎
   新田官軍総帥達は相良総三と懇意で、幕府側:小栗の薩摩藩邸
   襲撃で、山形に敗走。
   ★新田官軍・相良総三の逃げ延び先は清河八郎の家かも
    しれない。ち
   ★勝海舟は相良総三の相棒:益満休之助と昵懇であった。

・慶応 4 (1868)年 42歳
 1月3日 ※鳥羽伏見の戦い・・・旧幕府軍が敗退。
 1月12日  ※徳川慶喜が京都から海路で横浜入り。
 1月15日  異国との抗戦論&薩長根への主戦論を主張→罷免。
※小栗上野介&榎本武揚は主戦論
●小栗の秘策・・「薩長軍を箱根峠で待ち伏せ、
洋式軍隊で攻撃。後続部隊を駿河湾から
新鋭艦8隻で攻撃・・・。」
※勝海舟は薩長に恭順の考え→徳川慶喜も恭順の意
    ●徳川慶喜の袖をつかんで説得した小栗だが→罷免。
※大村益次郎「実行されていたら、我らの首はなかった。」

※勝海舟と西郷隆盛が、江戸の洗足池の勝邸で密談
 西郷「幕府の金はどげんしたのか?」
     勝「わからない。小栗が隠したかもしれん。」
★★→勝海舟の安易な回答が、埋蔵金騒ぎに繋がった。
※江戸城の無血開城
1月28日●小栗・・幕府に、土着願い提出
2月 ●上野彰義隊の渋沢喜作(渋沢栄一従姉妹の訪問
小栗は官軍との交戦依頼を断った。
「大義名文はたたない。もうし群雄割拠なら、・・・」
     

●●【権田村での隠遁生活の時代】〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
知行所上野国権田村に移住
   @初代:小栗??・・系図では、徳川家康の祖父の弟?。
   「安詳譜代」・・古くからの譜代で徳川の特権階級
領地・・2500石+200石=2700石 
      上総の稲葉村
下総の五反田村・堀内村・大川村・田辺村
下野の高橋村・大沼田村
上野の倉渕村375石・下斉田村・与六部村
◆東善寺・・5代:小栗政信が現在の地に建立
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 2月28日 江戸出発・・桶川泊・・・深谷泊・・高崎泊
(旧暦のままのため)
総勢・・家族5人+家臣8人+権田足軽16人
 3月 1日  権田村に土着。

       東善寺を仮住まいとして居住。
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  3月 2日 打ち壊し暴徒博徒:鬼定・鬼権が江戸から追従。
箕輪・金古・引間・有馬・渋川・などを襲撃。
「徳川の持参金・埋蔵金めあて」だったらしい。
家臣:大井は「500両は預かった。」と鬼定に伝えた。
3月 4日  暴徒7000人来襲(★群馬郡誌のみ)
        暴徒2000人来襲(★ほとんどの資料)
     →洋式の鉄砲・軍隊で約20人+村人で撃退。
       塚越家から避難していた妻:道子達が帰って来た。  
       ※先導者:金井荘助・・・西郷隆盛の雇われ大将説あり。
  ※勝海舟・・・・熊谷まで出向いて、東山道総督:岩倉に面会
    「関東には官軍に従わない不心得な旗本がいる。」
   と、わざわざ告げ口に行った。その後、板垣は近藤勇の
   甲陽鎮撫隊を撃破した。→江戸に向かった。
   勝海舟の情報提供による可能性が高い。・・・
   ★勝海舟はわざわざ、板倉退助に
   「官軍の敵は、小栗上野介&近藤勇である。」と知らせたのでは? 
  
 3月 5日 ●小栗「権田村から太政大臣を出すぞ。
 東善寺に勉強に来なさい。」と言ったとか?
3月 6日  ●観音山の邸宅予定地を下見。
   ※熊谷次郎直実の愛馬:権田栗毛を祀った観音堂の上
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     (★マス重・・・これはおいしい)
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     (邸宅の入り口は、マス重の看板の反対から)
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     (邸宅は、群馬県前橋市総社町の都丸邸に移築)
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     (浅間隠山を望む)
 3月 11日 ●邸宅の測量開始・・・フランス式
小栗又一と荒川祐蔵が測量・設計か?
       ●小高用水着手。※小栗は完成を見ないで斬首。
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      ●アラビア馬で散策。
●「サンキュー」と度々使っていた。
●服装も西洋式だった。靴も履いていた。
       ★以外と西洋かぶれだった。

4月22日  東山道総督が高崎藩・安中藩・吉井藩に小栗の追補命令。  ※東山道総督:岩倉具定(具視の子17歳)
東山道福総督:岩倉具経(具視の子16歳)
参謀:板垣退助 & 伊知地正治・・・実質的な指令。 
「小栗上野介・・陣屋を厳重に相構え・・・。」

4月29日  東山道総督の命  神山宿で大井・沓掛が面会。
      →三藩は追補兵を三ノ倉に宿陣(全透院)。
閏4月 1日  三藩は観音山等を検分。
       逆謀私心無き事を知り、銃5挺などを押収。
閏4月 2日  養子又一、用人塚本真彦、沓掛藤五郎、多田金之助を
       随員として高崎藩へ 無実弁明のため出向いた。
閏4月 3日 妻の脱出計画。・・・後。会津へ。
閏4月 4日 ※東山道鎮撫総督府軍監副巡察使:原保太郎・豊永貫一郎
「小栗上野介は大罪人であるから、追補せよ。」と激怒。
「従わない場合は、3藩に保証はない。」と脅迫。
巡察使:大音龍太郎の意向もあった
。(★村上氏)
※大音龍太郎・・・近江伊香郡木之本村大音(小谷城近く)
の出身で、勤王浪人・・・箕輪村龍門寺(井伊直政建立の
鬼門の寺)に2年程滞在・・巡察使・・初代:岩鼻県知事)

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    (龍門寺19世に大音は世話になった。上野通なのだ。)

閏4月 5日 3藩の兵が東善寺裏山より侵入。
       小栗上野介らを捕縛→三ノ倉の陣屋(戸塚宅)に連行。
閏4月 6日  取り調べなく、水沼川原で家臣とともに斬殺。
大井礒十郎・渡辺太三郎・荒川祐蔵・・斬首。
小栗上野介を斬首。
・・安中藩徒目付:浅田五郎作が原に命じられ、斬首。
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閏4月 7日  高崎藩牢屋敷処刑場で
       養子:小栗又一・用人:塚本真彦、
       沓掛藤五郎、多田金之助を斬首。
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   ※勝海舟の陰謀説もあるが、不明である。
   ★でも、勝海舟は小栗が嫌いで、陰険な男で
     性格であった可能性も大いにある。
    つまり、幕府の中に、小栗の敵がいたことになる。

●=〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


4月   大音龍太郎の届け出 
「小栗上野介は松平容保・小笠原壱岐守と結託し、碓氷峠で
   官軍の待ち伏せを計画するため、権田村に引き込んだ。
   百姓が蜂起すると、罪のない百姓を殴打した。
   官軍たりとも我が地に踏み込んだ者は取ってやる・・・
   そこで、高崎・安中・吉井の3藩を・・差し向けたところ
   機械を隠し・・・「中略」・・・鉄砲数十挺を土の中に・・
   上野介父子並家来六人を斬罪にしました。・・・」

   ★捏造だった。

●小栗道子・母:くに子・養女:よさ子・塚本家族の動向
  権田村・・・二度上峠経夕コース&大戸コース ・須賀尾に別れて・・
  六合村・・・(現野反湖)・・・1200年前の新田系里見一族の
  コース・・・・秋山郷・妻有・・・十日町・・・小千谷・・・新潟・・
  中条・・・会津へ
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■東善寺の墓&遺品
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  ※栗本鋤雲の像
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■供養碑・・・・・・・「偉人小栗上野介罪なくして此所に切られる」
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★小栗上野介忠順・・幕末期、徳川幕府は、幕藩体制の疲弊&欧米列強
からの圧力に、崩壊寸前であった。世界一周の旅から帰った小栗は、
日本近代化の政策を打ち出した。造船所建設・株式会社の設立・軍政
改革などである。・・・しかし、この動乱の時代に、江戸幕府と運命を
ともにした。輝かしい功績も、明治政府の「薩長史観」のため、歴史
からは、抹殺された。★小栗の残した物の規模が凄すぎる。
勝海舟・坂本龍馬だけでなく、小栗上野介を正当に評価し、歴史に取り
上げるべきだ と思う。日本人の薩長史観から逸脱しよう。 ・・・・



★参考文献・資料
@『小栗上野介』市川光一・村上泰賢・小板橋良平共著 
   みやま文庫(県立図書館内)

A「遣米使節三船」東善寺住職村上泰賢著 \300円 
 
B週刊:日本の100人番外編「小栗忠順」  \560円

C「上州風」 29号 上毛新聞社
  特集「もっと小栗上野介を知りたい」 \840円 

D月刊「上州路」2003(平成15)年10月号
 特集「時空を超えて甦るー『小栗上野介と高井鴻山の夢』」
 小栗上野介と高井鴻山の「船会社」 村上泰賢
 波乱の幕末〜新しい日本に夢をかける高井鴻山 山嵜 實
 ※小布施の豪農:商高井鴻山は
  小栗上野介の日本最初の株式会社の「船会社」に大出資者。
 小布施の北斎館・・・北斎はたくさんの絵を残した。

E上州路344 復刻版  700円(税込み)  あさを社
  「上州倉渕村に眠る偉人
   ・小栗上野介忠順と小栗騒動   小板橋良平
   ・佐藤勘兵衛のアメリカ土産から 塚越真一
   ・埋もれ木をほる        市川八十夫
   ・小栗上野介略年表

F上州路346  700円(税込み) あさを社
  特集「小栗上野介史跡めぐり」

G『郷土に光をかがげた人々 U巻』 群馬県教育委員会
 「開国の先覚者」外国奉行 小栗上野介」

●小栗上野介企画展・・明治大学博物館 2008年4月 
  小栗上野介の業績を再評価。

●小栗まつり・・・2008年5月

H市川光一先生の講演会の資料(箕郷公民館) 2009年?月
 市川光一先生の講演会の資料(かみつけの里)2010年6月26日

I「小栗上野介と幕末維新の高崎」高崎市歴史民俗資料館
2010年10月1日〜11月24日

●倉渕の小栗散策             2010年5月

●「ヴェルニーと横須賀」&ヴェルニー博物館 2010年7月訪問

J小栗上野介展・・・高崎シティギャラリー 
2010年12月4日〜12月14日

K「小栗上野介」村上泰賢著 2011年1月

L島田先生:小栗ボランティアの資料2011年5月24日

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