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zoom RSS 箕輪初心■箕輪城シリーズ21「第13代:猪俣邦憲」

<<   作成日時 : 2010/10/18 18:19   >>

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箕輪初心■箕輪城「第11代:猪俣邦憲・・・豊臣秀吉の小田原城攻撃のきっかけ」
■天正15年(1587) 箕輪在番猪俣邦憲(沼田城と兼任)は林に命令
             「真田との戦闘態勢を強化せよ。」(唯一の文書)
      (※写真は、第7回箕輪城祭りの本丸入り口)
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  (※写真は北条氏の時代だと思われる御前曲輪お橋台)
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★猪俣邦憲 「北条氏康の3男北条氏邦の重臣で、上州の歴史における重要な武将」
 北条氏邦が鉢形城藤田氏の婿養子に入った時の
   隣(現在の美里町)の猪俣城・円良田城・白石城の城主。
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   北条家の家臣となった。
   戦功をあげ、氏邦より「邦」の字をもらって、氏邦の右腕として活躍。
 天正10年(1582) 織田信長の死→「神流川の戦い」で、滝川一益より勝利。
           →箕輪城へ入城。西上野を支配。
沼田城主に猪俣邦憲が配置替え。(北条氏邦の真田家対抗策)
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 天正15年(1587) 箕輪城在番城主。
  その後、上野の沼田城の城主も兼任。
  北信濃に勢力を持っていた真田家の名胡桃城+岩櫃城に隣接し紛争状態。
 天正17年(1589) 関白豊臣秀吉の裁定
  ・沼田城を含む沼田領の三分の二が北条氏の領土.。
  ・名胡桃城を含む三分の一が真田氏の領土。 
   11月沼田城主猪俣邦憲は南西の榛名峠城から名胡桃城を奪取。
  猪俣邦憲は独断で真田の名胡桃城を攻撃(名胡桃城事件)し、真田家の領地に侵攻。
  →結果的に秀吉の怒りを買い、豊臣家による北条家侵攻の口実を作ってしまった人物。
  (北条氏邦の指示があったか不明、独断という説が一般的)

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