箕輪初心:生方▲伊香保№105小寺菊子『初秋の空』M43?「木暮泊」

令和2年(2020)5月7日、「GWが終わって、5月7日、伊香保温泉は 44軒中、5軒が営業を再開・・・群馬県と国の狭間で、・・・」 大正8年出版の『伊香保みやげ』の中に小寺菊子『初秋の空』がある。 「10年程前」とあるので、計算上、明治43年頃、9月末~10月末 まで伊香保温泉「木暮」に 泊まった。尾島菊子は明治17年(1884)富 山県富山市旅籠町の薬舗・尾島家に生まれた。明治34年(1901)17歳 の頃、尾島家は一家離散。菊子は上京し、東京第一高女中退。東京府 教員養成所を卒業し、小学校教師、タイピストなど務めるかたわら 作家を志し「少女界」に投稿していた。  明治35年(1902)7月?徳田秋声がお手伝いに来ていた小沢はまに手を 出し、足を出し、あそこも出し、H関係も持ち出来ちゃった婚の生活が 始まった。尾島菊子は徳田秋声に師事していたが、徳田秋声には犯され なかったと思われる。明治41年(1908)「妹の縁」で文壇デビューした。 明治42年(1909)の私小説(妻はまとのエロ小説」)の徳田秋声は短編 集『出産』を発刊した。尾島菊子は少女小説『御殿桜』を発刊した。 明治43年(1910)、徳田秋声は妻:はまをモデルに『足迹(そくせき)』 を発表し、自然主義文学の第一人者になった。 尾島菊子は『文子乃涙』 を発刊した。9月末~尾島菊子は1ヶ月、伊香保温泉に滞在した。 明治44年(1911)、第一次世界大戦、小寺菊子は徳田秋声の自然主義の 影響で、実…

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