箕輪初心:生方◆2020スキー№1群馬【パルコール嬬恋(含動画)】&温泉№8「まねきの湯」

2月末の論文書きが終わり、3月梅の剪定の継続、26日・27日に 梅の消毒をした。2回目の消毒は10日後かな?新型コロナでなく なった志村けんのNewSを見ながら、私のできるのは、梅の世話と ブログとスキーと登山かなあ。殆ど人に会わないしなどと思った。 令和2年(2020)3月31日、7:30村のもっちゃんと「パルコール嬬恋」 にスキーに行った。もっちゃんのレクサスRX300は快適だ。雪の残 る榛名湖畔~吾妻~岩櫃城・岩下城・三島根小屋城・雁が谷城・林城 ・丸岩城・横壁城・長野原城・羽根尾(羽尾)城・袋倉砦・鎌原城・ 西窪城を遠望しながら~~~。9:00パルコール嬬恋スキー場到着。 火曜日なので車は30台ほど、・・・今日は最終日なので、1日券 1500円で安かった。10:00、雪質は上半分は最高によかった。直ぐに 滑る感を取り戻すと、動画撮影に移った。もっちゃんは滑るのが上 手なので、ついて行くのがやっと、下半分の緩斜面は緩んでいて、 ワックスの効いていない私の板では数100m離された。もちゃん は下半分の雪で足下をすくわれると、12:30で上がった。私は 初滑りなので、後1本行くことにした。しかし、霧はまき、5m先 が見えないホワイトアウト状態。・・・平衡感覚がなくなって、緩 斜面でもバランスとくずす。コースを外さないで、なんとか下まで たどり付いた。長野原の「どさん娘」でLunch定食を食べた。お腹 いっぱいで、もっちゃんも居眠り運転~~コンビニ休憩~~~1…

続きを読む

箕輪初心:生方▲山梨県甲州市【川田館(石和館)13代:武田信昌・14代:信綱】

川田館(石和館)石和温泉のすぐ西で、甲府市川田町にある。 武田氏の居館は、2代:武田信光から16代:武田信虎まで約300年 間にわたって石和の地にあった。寛正6年(1465)頃、13代:武田 信昌が川田館を築城した。信昌→信縄→信虎と三代の守護所であった。 しかし、度々水害に悩まされる土地であったことや防御上の理由から 永正16年(1519)、信虎は甲府躑躅ヶ崎館を築き移った。石和での最 後の居館であった。でも、写真は消滅しているので、写真はない。 【アクセス】 JR中央本線「石和温泉駅」石和温泉駅から南西500mほどのと ころにある。駅より徒歩10分 ・・・ JR石和温泉から県道411号線(城東通り)で甲府方面に進む。 すぐに笛吹市から甲府市になる。平等橋を渡り、200m先 の川田町の信号を右に入る。250m先の路地を左に行く。 ●駐車場・・・なし 【川田館】 ●葡萄畑の中の案内板 「武田信虎の祖父:武田信昌によって築かれた。 館は主に、信縄・信虎の代に使われており、信虎は川田を本拠として 勢力を広げていった。 ・永正16年(1519)、信虎は甲府に躑躅ヶ崎館を築き移った。   川田館は廃された。」 ●案内板東側の旧家敷地が「御所曲輪」と呼ばれている。 ・初代:武田信義(1128-86?) ・2代目:信光(1162-1248?) ・3代目:信政(1196-1265) ・4代目:信時(1220-1289…

続きを読む

箕輪初心:生方▲山梨笛吹市石和【14代:武田信重成就院】&山梨15Cの歴史

12代武田信春の次男:信元(穴山義武養子:穴山満春)→13代 信満の子である信長の子:武田伊豆千代丸、14代武田信重の3人 が館として32年間使用した。 宝徳2年(1450)武田信重は黒坂太郎 信光と交戦中に穴山修理大夫満春に背後を突かれて討死した(伝)。 行っているが、写真は消滅している。 (笛吹市Hpより引用) 【アクセス】 中央自動車道「一宮御坂IC」より車で20分  駐車場 なし 【成就院】 (山梨県笛吹市石和町) 『 六角山成就院 (浄土宗)  当寺院は新羅三郎義光の孫逸見清光が久寿年間(1155頃)開宗した 真言宗の寺で清光院と称した。  応永25年(1418)武田信元が甲斐守護職として入国以来武田伊豆 千代丸続いて武田信重の三代32年の間、甲斐守護職の居館として 周囲に防備を施して使用された。  宝徳2年(1450)、武田信重が黒坂太郎信光と交戦中、穴山修理 大夫満春に背後を衝かれ、寺はその兵火に罹つて全焼し、信重も寺 の附近で自刃した。  翌年宝徳3年(1451)、信重の長子武田信守がこれを再建して、 六角山成就院と改称して臨済宗に改めて父信重の位牌寺とした。  永禄年間(1550頃)、武田信玄が岩窪にこれを移して、瑞岩山 円光寺と改称したので、旧境内は放置されていた 慶長年間(1610頃)僧心誉円通が旧境内地に寺院を再建して六角 山成就院を復興し、宗旨を浄土宗に改めた。円通が再興したので 円通寺とも…

続きを読む

箕輪初心:生方▲山梨甲州市【10代:武田信満】&「天目山栖雲寺の墓」

平成27年(2015)7月21日、栖雲寺に行った。栖雲寺貞和4年(1348) 業海本浄を開山として創建された。開基は10代目:武田信満であった。 ・家臣の墓? ・武田信満の墓 【34】平成27年(2015)7月21日~22日『山梨の城巡り』 ①大善寺 ②近藤勇「柏宿の戦い」 ③鶴瀬宿 ④甲斐大和駅 ⑤四郎作~鳥居坂古戦場 ⑥景徳院:武田勝頼の墓 ⑦土屋惣蔵昌恒「片手切り(伝)」 ⑧栖雲寺&武田信満 ⑨勝沼氏館跡5回目 ⑩浅間神社 ⑪甲斐国分尼寺&国分寺 ⑫甲斐小山城 ⑬早川氏館 ⑭曽根氏館 ⑮風土記の丘&下曽根氏館 ⑯浅利与一の墓&浅利氏館 ⑰一条氏館:歌舞伎文化会館 ⑱石和(武田信光) ⑲石和(武田信重) ●甲府の夜 21 甲府城:舞鶴城3回目 22 金丸氏館:長盛院 23 甘利氏館:大泉寺 ・初代:武田信義(1128-86?) ・2代目:信光(1162-1248?) ・3代目:信政(1196-1265) ・4代目:信時(1220-1289) ・5代目:時綱(1245-1307) ・6代目:信宗(1269-1330) ・7代目:信武(1292?-1359?) ・8代目:信成(?-1394) ・9代目:信春(?-1413) ・10代目:信満(?-1417) ・11代目:信重(1386-1450) ・12代目:信守(?-1455) ・13代目…

続きを読む