箕輪初心:生方▲草津100-91『種田山頭火』紀行文と自由律俳句

草津温泉の湯畑の周りにに訪れた著名人の名前が彫られた石柱がある。
『草津に歩みし百人』である。若山牧水、志賀直哉や・・あれま、
種田山頭火もある。『種田山頭火 昭和11年(1936)来草』とあった。
種田山頭火と言えば、・・・「防府天満宮」に、行った時、防府出身
と分かった。私の行った長崎の平戸城や島原にもゆかりの地があっ
た。愛媛の松山にも種田山頭火の逗留の跡があった。でも、種田山
頭火草津にも来ていたんだ!!温泉好き、酒好き、名水好きの漂浪
の俳人:種田山頭火か? 温泉好き、酒好き、旅と自然好き?の漂
泊の歌人:若山牧水か?、私も温泉好き(今は年20回程、でも多
い時年60回、酒好き(年一升瓶100本~110本)、でも、この
2人には温泉も酒は到底かなわない。山頭火と牧水は温泉・酒をとっ
ても、俳句や短歌が残る。しかし、私には何も残らない。種田山頭火
は44歳の大正15年の4月、『解くすべもない惑ひを背負う』行乞
(ぎょうこつ)の旅に出る。漂泊の俳人の始まりだった。私は種田山
頭火の自由律俳句はあまり好きではないが、暗い人生は少し分かる。
★ブログには、私が行った場所を網羅しようと思う。★印が私と種田
山頭火の接点である。
画像


◆参考書籍
村上 護『山頭火句集』 (ちくま文庫1996)
 アマゾン 395円+送料257円


村上 護『山頭火日記〈1〉』 (山頭火文庫1989)
アマゾン 1円+送料300円

◆参考サイト
青空文庫
、★種田山頭火『行乞記』は、青空文庫
http://www.aozora.gr.jp/)より引用させていただいた。
最近、高田正子という方の短歌をラジオで聴いた。とてもよかった。



◆種田山頭火の生涯**********************
・明治15年(1882) 12月3日 山口県佐波郡西佐波令村(現防府市
 八王子2丁目13)にて大地主:種田家の長男として生まれた。
  「正一」と名づけられた。
父は竹治郎、母はフサ。…子どもは5人。
 種田家は「大種田」と言われるほどであった。

箕輪初心:生方▲山口『紅葉が美しかった防府天満宮』
 http://53922401.at.webry.info/201512/article_13.html 


~~~(略)~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


●種田山頭火の旅が始まった。******************
(★印…私の行った場所
・大正15年(1925) 43歳の時、 同じ自由律俳句を嗜む漂泊の
  尾崎放哉が41歳の若さで死去した。
44歳の時、尾崎放哉の作品世界に共感し、法衣と笠をまとい
  鉄鉢を持って熊本から西日本各地へと旅立った。
  最初に向かったのは宮崎、・・・・大分へ。
 「分け入っても分け入っても青い山」

  雲水姿で西日本を中心に旅し、句作を行い、旅先から『層雲』
  に投稿を続けた。
続いて中国地方を行乞した。

・昭和2年(1927)46歳で四国八十八ヶ所を巡礼を始めた。
 「こころ疲れて 山が海が 美しすぎる」
★私は5~6カ所しか行っていない。

・昭和3年(1928) 小豆島
 
・昭和4年(1929)  
  宇佐(宮崎県)宇佐神宮
  ⇒赤根(大分県)赤根温泉、国見温泉
  ★国東半島…阿弥陀寺⇒安国寺⇒霊山寺

箕輪初心■大分の温泉「①筋湯→②長湯→③別府」&竹田・国東半島
http://53922401.at.webry.info/201109/article_11.html


・昭和5年(1930)
 9月9日 48歳、過去の日記をすべて燃やし、行乞の旅に出た。
  
 種田山頭火はすでに無一文の乞食であったが、乞食俳諧師に落ち
 ぶれた後、克明な日記をつけ続けている。
★熊本⇒八代⇒日奈久温泉(熊本県八代市)
  佐敷⇒・・・球磨川づたいを歩いた。
 
9月14日 ★人吉
  「捨てても捨てても捨てきれないものが乱れ雲のやうに胸中を
   右往左往する悶々とした。
 
箕輪初心■九州④熊本「五木村&人吉」
http://53922401.at.webry.info/201109/article_10.html

●放浪日記『行乞記』を残し始めた。
 「 私もやうやく『行乞記』を書きだすことが出来るやうになつた。――
 
   私はまた旅に出た。
   所詮、乞食坊主以外の何物でもない私だつた、
   愚かな旅人として一生流転せずにはゐられない私だつた、
   浮草のやうに、あの岸からこの岸へ、
   みじめなやすらかさを享楽してゐる私を
   あはれみ且つよろこぶ。

   水は流れる、
   雲は動いて止まない、
   風が吹けば木の葉が散る、
   魚ゆいて魚の如く、鳥とんで鳥に似たり、
   それでは、
   二本の足よ、歩けるだけ歩け、
   行けるところまで行け。
 
   旅のあけくれ、
   かれに触れこれに触れて、
   うつりゆく心の影をありのまゝに写さう。
   私の生涯の記録としてこの行乞記を作る。」
  (★種田山頭火『行乞記(一)』青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)  

  日南海岸青島⇒志布志(宮崎県)  
  ★長湯温泉(大分県)⇒★由布院⇒玖珠⇒耶馬溪⇒中津
  ★関門海峡 下関(山口県)
  ★門司(福岡県)

・昭和6(1931) 大宰府から飯塚へ
12月22日
 私はまた旅に出た。――
 …(略)…
12月27日 ★太宰府天満宮

箕輪初心■福岡【太宰府】天満宮+グルメ+寺+政庁
http://53922401.at.webry.info/201112/article_20.html


・昭和7年(1932年)
 1月19日 ★虹の松原(佐賀県唐津市)

箕輪初心●佐賀【唐津城】=ライトアップされた城
http://53922401.at.webry.info/201112/article_16.html

1月24日 ★名護屋城跡(佐賀県唐津市)

箕輪初心●佐賀【名護屋城】=豊臣秀吉朝鮮出兵の城
http://53922401.at.webry.info/201112/article_15.html


1月28日 ★武雄温泉(佐賀県武雄市)
箕輪初心●北九州4県の旅「城&焼き物&グルメ」
http://53922401.at.webry.info/201110/article_13.html
http://s.webry.info/sp/53922401.at.webry.info/201110/article_13.html


1月31日 井手酒造 ★嬉野温泉(佐賀県嬉野市)

2月2日 ★松原宿⇒★大村町(長崎県大村市)

2月5日 ★浦上天主堂(長崎県長崎市)
2月6日 ★諏訪神社 (長崎県長崎市)
2月8日 日見峠 (長崎県長崎市)
2月10日 小浜温泉(長崎県雲仙市)
2月14日★有家(長崎県南島原市) 

2月13日(追記)
自戒、焼酎は一杯でやめるべし
酒は三杯をかさねるべからず
…(略)…
原城阯を見て歩けなかつたのは残念だつた。
★私は行った。

2月14日(追記)幸福屋(長崎県南島原市)

2月15日 ★布津(長崎県南島原市)

2月16日 ★島原町(長崎県島原市)
「行程三里、島原町、坂本屋
「水を渡つて女買いに行く
  何よりも酒が好きだ。酒は液体だが、女は生きものである。わたし
には女よりも酒の方が向いているらしい。女の肉体はよいと思う。が、
女そのものはどうしても好きになれない。
  女がいなくても、酒があれば、米があれば、炭があれば、石油が
あれば、本があれば、ペンがあれば、それで十分である。
  そうはいっても、さみしい夜がくる。川を渡って、女を買いに
行ったりもする。性は生なり。生きている限り、性欲は絶えない。」

 「分け入っても分け入っても青い山」

2月16日 22日
「島原で休養。
2月23日 いよ/\出立、行程六里、守山、岩永屋

2月27日 ★小長井(長崎県諫早市)

3月5日 ★大隈公園(佐賀県佐賀市)

3月14日 ★嬉野温泉(佐賀県嬉野市)
「湯壺から 桜ふくらんだ 」
 
3月24日 西方寺(長崎県佐世保市)
★私はハウステンボスと城

3月30日 晴、宿酔気味で滞在休養。

「朝の山路で何やら咲いてゐる」
「すみれたんぽゝさいてくれた」
    □
「さくらが咲いて旅人である」

3月31日 ★平戸(長崎県平戸市)
 「晴、行程八里、平戸町、木村屋」

4月3日
 平戸よいとこ 旅路ぢやけれど 旅にあるよな気がしない

「酔ひどれも 踊り疲れてぬくい雨」
*平戸海上ホテル(長崎県平戸市)
 ★亀岡公園=平戸城天守閣や各櫓(長崎県平戸市)


★「種田山頭火と長崎の旅行」については下記に集約した。


4月7日 ★本光寺(佐賀県伊万里市)
 「お地蔵さんもあたたかい涎かけ」
 「何やら咲いている春のかたみに」

箕輪初心★佐賀:有田焼『九州伝統文化館』&『鍋島藩御用窯』
http://53922401.at.webry.info/201112/article_14.html

4月11日 ★虹の松原(佐賀県唐津市)

4月24日 芭蕉翁柳墳

 安国寺(福岡県北九州市)
 「無駄に無駄を重ねたような一生だった、それに酒を
 たえず注いで、そこから句が生まれたような一生だった。」
 
 ★宗像大社

50歳になった時には、かなり肉体的に旅が
  困難となった。
 句友の援助を受けて山口県小郡に「其中庵」を結庵した。
  小さな草庵に入り「其中庵」と命名した。
 句友の援助で出家からの作品をまとめた句集が刊行されていった。

・昭和8年(1933)
 ★筑豊(福岡県)⇒英彦山 (大分県)
 ★山口市(山口県)犬鳴の滝⇒★美祢  

箕輪初心:生方△ラムサール【秋吉台】【秋芳洞】&世界のカルスト/鍾乳洞
http://53922401.at.webry.info/201512/article_26.html


・昭和9年
4月14日 ★清内路峠を越えて上清内路村に一泊した
4月15日 ★飯田
   今宮風越館(現丸山公民館)での歓迎句会に出た。
   句会の席で発熱、肺炎と診断され緊急入院・・・
   一命を取り留めた。
4月28日 桜町駅から電車で山口県に帰った。
      其中庵(山口県小郡駅前)

・昭和10年(1935) 体調不良から来る精神不安定から睡眠薬を多量
に飲み、自殺未遂を起こした。

・昭和11年(1936)
「歩く、飲む、作る、――これが山頭火の三つ物である。
山の中を歩く、――そこから私は身心の平静を与へられる。
酒を飲むよりも水を飲む、酒を飲まずにはゐられない私の
現在ではあるが、酒を飲むやうに水を飲む、いや、水を飲む
やうに酒を飲む、――かういふ境地でありたい。
作るとは無論、俳句を作るのである、そして随筆も書きたい
のである。」

54歳の時、
3月19日 芭蕉堂(京都府京都市)
  芭蕉堂は、俳人:高桑闌更が松尾芭蕉を偲ぶために建てた。
  松尾芭蕉が西行を慕っていたので西行庵の隣を選んで建てられた。
  堂内に高弟森川許六(★彦根長純寺に墓がある。)が彫ったと
  芭蕉の像が祀られている。
3月20日 ★金閣寺(京都府京都市)
3月22日 ★平等院(京都府宇治市)
3月24日 ★津城跡(三重県津市)
3月25日 伊勢神宮(三重県伊勢市)
4月2日  ★浜名湖弁天島
4月3日  ★鎌倉(神奈川県鎌倉市)
4月4日  ★鎌倉光明寺(神奈川県鎌倉市)
4月5日 ★月見寺(本行寺)(東京都荒川区)
  「ほつと 月がある 東京に来てゐる」
4月7日  ★浅草 (東京都台東区)
4月15日 ★本門寺(東京都大田区)
      ★泉岳寺(東京都港区)
4月18日 ★伊東 (静岡県伊東市)
 「湯の町 通りぬける春風 」
 「なみおとの さくらほろほろ」

4月19日 ★伊東⇒★熱海 (静岡県熱海市)
  「はるばるときて 伊豆の山なみ 夕焼くる」

4月20日 ★一碧湖(静岡県伊東市)
      ★熱川温泉(静岡県賀茂郡東伊豆町)
4月21日 ★今井浜(静岡県賀茂郡河津町)
4月22日 ★玉泉寺・泰平寺(静岡県下田市)
    「伊豆は あたたかく 野宿によろしい 波音も」
4月23日 ★下田内港(静岡県下田市)
      ★下賀茂温泉(静岡県賀茂郡南伊豆町)

4月26日 ★築地本願寺(東京都中央区)

5月5日  東京から国鉄中央線で甲府へ向かった。
      ★猿橋(山梨県大月市)

5月7日 雲水姿で山梨県小淵沢から佐久甲州街道を歩いた。
     ★清里で1泊。
 
5月9日 途中、八ケ岳山麓辺りで詠んだ。
 「あるけばかっこういそげばかっこう」
数々の作品を残した。
 ようやく★小海駅から汽車に乗って★岩村田駅に着いた。
  岩村田(長野県佐久市)岩村田の関口江畔(こうはん)宅に行った。
 関口親子は「夢想庵」で山頭火を歓待した。
 関口江畔は蕎麦を打ちご馳走した。
 「こんな蕎麦がうまい浅間のふもとのいる」

5月10日 ★鼻顔稲荷神社(長野県佐久市)
5月11日 ★追分宿(長野県北佐久郡軽井沢町)
   追分宿にある芭蕉の句碑を見た。
     浅間神社(長野県北佐久郡軽井沢町)
 「風かをる しなのの国の 水のよろしさ」
もちろん、酒を飲んだ。

5月12日 ★碓氷峠⇒★松井田へ(★私も2回、歩いた。) 
「晴。
高原の朝のすが/\しさ、しづけさ。
旧道碓氷越――
遊園道路を登る、吊橋、雑木若葉。
ふと右に浅間があらはれる、小鳥合唱。
見晴台、妙義の奇怪なる山容。
峠町、熊野神社、上信国境。
こゝまで半里、遊覧徃復客。



道を踏み違へて(道標が朽ちてゐたので、右へ下るべきを左へ
★霧積温泉道を辿つたのである)、山中彷徨、殆んど一日。

箕輪初心◆2015スキー14【軽井沢】& 『霧積温泉:金湯館』
http://53922401.at.webry.info/201503/article_23.html

箕輪初心★霧積温泉【金湯館】と文人墨客
http://53922401.at.webry.info/201503/article_24.html


山ざくら、山くずれ、落葉ふかく。
すべつてころんで、谷川の水を飲む。

やつと湯の沢といふところへ下つて、杣人と道連れになつて、
★坂本の宿場に急いだ。

★芭蕉句碑(一つぬいで――)。
  ※坂本宿の上の木戸の所にある。



★横川
「横川の牛馬宿に泊る、座蒲団も出してくれ茶菓子も出してくれて
七十銭。
客は私一人、熱い風呂を浴びて爐辺に胡坐をかいて、やれ/\助か
つた! 」

5月13日 ★横川泊⇒★碓氷の関所 
「晴――曇。
早朝出立。
碓氷関所阯マヽ、妙義の裏、霧積川の河鹿、松井田町
(折からのラヂオは赤城の子守唄だつた)、きんぽうげ、桐の花、
★安中原市(群馬県安中市)
「そこの杉並木はすばらしかつた。
途中で巡査に訊門マヽされたりなどして、癪だから理髪する。……」
★高崎(群馬県高崎市)
高崎市の安宿に寄ると、ふしぎや、また例のルンペン君に出会つた、
人生万事如是々々、そして人生はまた一期一会だ(但会一処でも
あるが)、幸にして持合があるので、ビールとビフテキとをおごつて
あげた、彼のよろこび、彼のかなしみ、それは私にもよく解る、
君よ幸福であれ。」

5月14日 ★高崎⇒★安中⇒★松井田
曇――晴。
こゝから引返すことにして、松井田まで歩き、そこから汽車で御代田
まで、また歩いて暮れ方、平原の甘利君の宅に落ちつくことが出来た。
手打蕎麦も酒もうまかつた、よく睡れた。

5月15日 ★御代田(長野県御代田町)
「曇。
附近散歩、小川でふんどしを洗ふ。
甘酒を頂戴するなど。
炬燵に寝そべつて悠々休養。
椋鳥がしきりに啼く、初めて郭公を聞いた、旅情あらたなり。
夜おそくまで閑談。
親子四人の睦まじい家庭。」


5月16日 ★御代田 
「曇、夜は雨。
お早う、椋鳥君、おや鶯も来てゐる。
さようなら、ごきげんよう。
再び江畔居の厄介になる。
午后は岩子鉱泉行、そして平根の粋花居へ、よばれて酔うて夜に
なつて帰る。
比古君黙壺君からの来信ありがたし、ありがたし。」

5月17日 
「雨、曇、そして晴。
稔郎君、粋花君来訪。
終日閑談、悪筆を揮ふ、いつものやうに。――
甲州路。

信濃路。――

「あるけばかつこういそげばかつこう」
   (無相庵)
「のんびり尿するそこら草の芽だらけ」
「浅間をまへにおべんたうは青草の」
「風かをるしのマヽの国の水のよろしさは」
歩々生死、一歩一歩が生であり死である、生死を超越しなければなら
ない。
転身一路、自己の自己となり、自然の自然でなければならない。
自然即自己、自己即自然。
  自問自答
ゆうぜんとして生きてゆけるか
しようようとして死ねるか
どうぢや、どうぢや
山に聴け、水が語るだらう

生の執着があるやうに、死の誘惑もある。
生きたいといふ欲求に死にたいといふ希望が代ることもあらう。」

5月18日 ★懐古園(長野県小諸市)
5月19日
5月20日 ★中山道(長野県佐久市)を歩いた。

5月21日 
「快晴。
いよ/\出立だ、朝早くから郭公がしきりに啼く。
八時、岩村田の街はづれまで江畔老が見送つて下さる、ありがたう。
さよなら、さよなら、ほんたうに関口一家は親切な温和な方々ばかり
であつた、羨ましい家庭であつた。
御代田駅まで歩く、一里半、沓掛まで汽車、それから歩けるだけ歩
いた。
長倉山の頂上、見晴台の見晴らしはすばらしかつた、山また山であ
る、浅間は近く明るく、白馬は遠く白く眺めて来たが、こゝでは高
い山低い山、鋭い山丸い山が層々として重なつてゐる、軽井沢の一望
も近代的風光たるを失はない。
別荘散在、赤いのや青いのや、日本風なのや西洋流なのや。
かつこう、うぐひす、からまつ、みづおと、そしてほとゝぎすが
をり/\啼く、千ヶ滝の水もおいしかつた。
行人稀で、時々自働車。
峯の茶屋で昼飯、こゝを中心にして自働車専用道路がある、私設
の有料である。
こゝからすぐ国界県界、道は何だか荒涼たる六里ヶ原を横ぎる。
浅間村牧場、北軽井沢駅。
白樺が多い、歯朶の芽が興を引く、所有建札が眼に障る。
養狐場が所々にある、銀狐を生育さすのである、狐の食料は人間
よりも贅沢で月二十円位はかゝるさうな、そして一ヶ年の後には毒殺
されて毛皮は数百金に売れるといふ、資金を要する商売であるが、
なか/\儲かるさうな。
吾妻アガツマ駅から電車で草津へ、五里七十四銭は高いやうであるが、
登り登るのだから成程と思ふ、駅で巡査さん駅長さんと雑談する、共
に好人物だつた。
殺風景な山や家がつゞいてゐたが、嬬恋ツマゴヒ三原あたりの眺め
はよかつた。
浅間高原の空気を満喫した。
高く来て肌寒い。

★草津(群馬県草津町)
「六時頃やつと草津着、やうやく富山館といふ宿をたづねあてた、
泊銭七十銭、湯銭十二銭。
同宿は病遍路、おとなしい老人、草津といふところは何となくうる
さい、街も湯もきたならしい、よいとこでもなささうだ、お湯の中
にはどんな花が咲くか解つたものぢやない!
熱い湯にはいつて二三杯ひつかけて、ライスカレーを食べて
(これが宿の夕食だ、変な宿だ)ぐつすり寝た。
夢は何?………… 」

5月22日 晴、曇る。
 朝湯はほんたうによろしいな、朝は共同湯もきれいだつた。
宿の主人は石工、こつこつこつこつ、でもおちついてしづかだ。
病遍路さんは腎臓脚気でよろ/\して軽井沢――の方へ出て行つた。
……
今日一日は休養することにして、ノンキにそこらを歩く。
湯ノ沢といふ場所へ行つた、そこは業病人がうよ/\してゐる、
すまないけれど、嫌な気持になつて、すぐ引き返した、かういふ
場所でかういふ人々に心から接触してゐる宣教師諸君には頭がさがる、
ほんたうに。
白根神社参拝、古風で、派手でないのがうれしい。
草津気分――湯町情調。

何だかうるさいと思つたが、一日二日滞在してゐるうちに何となく好き
になるから妙、しかし何となくきたない。
湯があふれて川となつて流れてゆく、浪費の快感がないでもない。
山の水を縦横に引いて、山の水はつめたくてうまい。
湯の花、そして草津味噌。
○ロクロくる/\椀が出来る盆が出来る。……
昼もレコードがうたひ、三味線が鳴るのは、さすがに草津。
しかし草津シーズンはこれからだ、揉湯、時間湯の光景はめづらしく
おもしろい、そしてかなしい。
草津よいとこかよくないとこか、乞食坊主の私には解らん、お湯の
中に花が咲くかどうか、凡そ縁遠いものです。

午后、宿のおかみさんに案内されて、しづかなきれいななぎの湯と
いふのへゆく、なるほど不便なだけしづかで、紙ぎれや綿きれがち
らばつてゐない、しかしこゝもやつぱり特有の男女混浴だ、男一人
(私に)女五人(二人はダルマ、二人は田舎娘、一人は宿のおかみ
さんだ)、ぶく/\下から湧く、透き通つて底の石が見える。
皈途、一杯また一杯、酔つぱらつて、おしやべり、――それもよか
らうではありませんか!

ぼろ/\
 どろ/\ 」


5月23日 雨、霽れて曇。
滞在、昨夜の今朝で身心おだやかでない。
一切万事落々漠々。
私は何故時々泥酔するのか、泥酔しないではゐられないのか。――
私はほんたうにおちついてゐない、いつも内面では動揺してゐる、
――それもその源因ではあるが、私は自己忘却を敢てしなければ堪
へられないのである、かなしいかな。
私はまだ自己脱却に達してゐないのである、泥酔は自己を忘れさせ
てはくれるが、自己を超越させてはくれない。

生死を生死すれば生死なし。
煩悩を煩悩せずば煩悩なし。


5月24日 
「雨。
昨夜の風雨は高原らしい風雨であつた、雷鳴急雨、それは私の荒み
つゝある身心を鞭つた。
今日も詮方なしに滞在する、私のやうなものでも、それは時間と
旅費との浪費に過ぎなかつた。
よく降る、よく寝る、よく食べる、よく飲める、よく考へる。……

  (草津雑詠)
もめやうたへや湯けむり湯けむり
ふいてあふれて湯烟の青さ澄む

揉湯――時間湯。」


5月25日 ★草津→★草津白根山⇒★万座峠⇒★万座温泉日進館
「行程四里(上り三里、下り一里)。
 からりと晴れてまさに日本晴、身心あらたに出立する、万座温泉
まで四里には近いのだが、七時半から三時までかゝつた、ずゐぶん
難かしい山路だつた。
草津の街を出はづれると落葉松林、それから落葉松山、そして
灌木と熊笹、頂上近くなれば硫黄粘土と岩石ばかり。
白根山は噴煙をふきあげてゐる、荒凉として人生の寂寥を感じた。
涙のない人生、茫漠たる自然。

5月25日(続)
 まことにしづかな道だつた、かつこうもうぐひすもほうじろもよく
啼いてくれたが、雪のあるところはすべるし、解けたところはぬかつ
てゐるし、はふたりころんだり、かなり苦しんだ。
残雪をたべたり、見渡したり、雪解の水音を聴いたり、ぢつと考へ
こんだり。
山、山、山、うつくしい山、好きな山、歩き慣れない雪の山路には
弱つたが、江畔おくるところの杖で大いに助かつた、ありがたし/\。
草津から二里あまり登つて芳ヶ平、ヒユツテーがある、スキーの盛ん
なことだらうなどゝ思ひつゝ歩いた。
○白根山の頂上は何ともいへないさびしさだつた、噴烟、岩石
 (枯木、熊笹は頂上近くまであつたが)、残雪、太陽!
落葉松の老木は尊いすがたである。
やうやく一里あまり下ると、ぷんと谷底から湯の匂ひ、温泉宿らしい
屋根が見える、着いたのは三時だつた、何と手間取つたことだらう、
それだけ愉快だつた。
とりつきの宿――日進館といふ、私にはよすぎる宿に泊る、一泊二飯
で一円。
すべてが古風であることはうれしい、コタツ、ランプ、樋から落ちる
湯(膳部がいかにも貧弱なのはやつぱり佗しかつたが)、何よりも熱い
湯の湧出量が豊富なのはうれしい。
○ぐん/\湧きあがる熱湯が湛へて溢れる湯けむりを見よ。
旅館は並んで二軒、離れて一軒、どれも相当大きい、たゞし今頃は
閑散季で、ゆつくりとしづかである。
自炊式であることはよろしい、給仕してくれないのが私には気楽で
 よろしい。
さつそく洗濯をする、それから鬚を剃り爪を切る、さつぱりする、
あかるくなる。
だん/\曇つてきた、とかく山国は雨になりがちだ、明日もまた降る
かも解らない。
○山国と味噌汁、朝も汁、晩も汁だ、汁はわるくないが、その味噌が
臭くて酸つぱいと弱る。
ねむれないので夜ふけてまた入浴、誰もゐない薄暗い湯壺にずんぶり
ひたつて水音に心を澄ます、……内湯のありがたさ、山の湯のありが
たさである、……よくねむれた。

万座よいとこ、水があふれて湯があふれて。
昔風で、行き届かないやうな、気のきかないやうな昔ぶりがうれしい。
遠慮のない、見得を張らないで済む気安さ。
のんびりとくつろげる。
苦湯ニガユへ下つて一浴びしなかつたことは惜しかつた、その豊富な素朴
な孤独味を知らなかつた(長野で北光君に教へられて残念がつた)。
草津は金持と患者とが入湯するところだらう、万座はしづかに体を養ひ
気を吐くところである、プロでもブルでも。
古来からの有名さと交通の便利さとが草津を享楽郷とし、また療養地
とした、たしかに草津の湯は効く、浴してゐるといかにも効くやうに感
じる。
万座は交通の不便で助かつてゐる、草鞋穿きで杖をつかなければ登つて
行けないところに万座のよさの一つがある。
こん/\と湧いてなみ/\と湛へてそしてどし/\溢れる温泉のあたゝ
かさ。
この湯宿は案外田舎式であるが、そこによいところ好もしいところがあ
る、ヘマなサービスぶりにもかへつて愛嬌がある。
朝の膳に川魚のカツレツが載せてある、ちようど草津の宿で、夕飯と
してカレーライスをどつさり出されたやうなものだ、おかしくもあり、
いやでもあり、珍妙々々。
私が温泉を好むのは、いはゆる湯治のためでもなく遊興のためでも
ない、あふれる熱い湯に浸つて、手足をのび/\と伸ばして、とうぜん
たる気分になりたいからである。
豊富な熱湯、閑静な空気が何よりだ。

   ――(山をうたふ)――
「春の鳥 とんできて とんでいつた(白根越へ)」
「ひとりで 越える残雪を たべては」
「山ふところ 咲いてゐる花は 白くて」
「杖よ どちらへゆかう 芽ぶく山山 」
「墓が一つ こゝでも誰か 死んでゐる」
「山路 しめやかな 馬糞をふむ」
「残雪 ひかる足あとをたどる」
「山路 たま/\ゆきあへば したしい挨拶」
「春の山の そここゝけむり いたゞきから吐く」
「いたゞきの木は みんな枯れてゐる風」
「残雪の誰かの足あとが道しるべ 」
   ――(山をうたふ)――
「山は火を噴く とゞろきの 残雪に立つ 」
「すべつて 杖もいつしよに ころんで]
[残雪を ふんできて あふれる湯の中]
[とつぷり 暮れて音たてて水]
   万座温泉
「水音が ねむらせないおもひでが それからそれへ」
「更けて もう/\と わきあがるもののしゞま」
   万座峠
「霧の底にて啼くは筒鳥」
「山路 なつかしく バツトのカラも」
「ふきのとうも 咲いてほほけて断崖」
「ごろりと 岩が道のまんなかに」
「あんなところに家がある 子供がゐる犬がほえる(追加)」
   内山へ
「霧雨しくしく濡れるもよろしく」
「けふは街へ下る山は雨」
「八重ざくらうつくしく南無観世音菩薩像」
「かつこう啼いて霽れさうなみどりしづくする」 
「こんやの寝床はある若葉あかるい雨」
「このみちがをなごやへ霽れさうもないぬかるみ」
「こゝろおちつかない麦の穂のそよぐや」
「つめたい雨が牡丹に、牡丹くづれる」
「ころびやすうなつたからだがころんだままでしみ/″\」
「明けると かつこう家ちかくかつこう」
「すぐそこでしたしや信濃路のかつこう」
「崖から夢のよな石楠花で」
「ゆふべ啼きしきる郭公を見た」
「観てゐる山へ落ちかゝる陽を見る」 
「これが胡桃といふ花若葉くもる空」
「ちよいちよい 富士がのぞいてまつしろ」
「つかれもなやみもあつい湯にずんぶり(追加)」

5月26日 曇、后雨。
未明起きてすぐ湯にはいる、朝湯の快さは何ともいへない。
さすがに高原、肌寒い、霧雨が降つてゐる、もことしてあたりが暗い。
今朝はしゆくぜん身心の新たなるを覚えた、私はやうやくまた一転
化の機縁が熟してきたことを感じる。
七時出発、長野へ向ふ、身も心も軽い、霧雨しつとり、濡れよとままだ。
万座川の水声、たちのぼる湯けむり、残雪のかゞやき、笹山うぐひす
のうた、巨木のすがた、小草のそよぎ、――ゆつたり歩く。
万座峠(山田峠ともいふ県界)の頂上まで半里、それから山田温泉
まで下り三里。
雪も残つてをり、破損したところもあるけれど、しづかなよい道、
らくな道、好きな道であつた。
岩かゞみ草などがちらほら眼につく、莟はまだ堅い、いろ/\の
小鳥がほがらかにさえづつてゐる、しづかな木立、きよらかな水音、
くづれた炭焼小屋、ふきのとう、わらび、雑木の芽、落葉松の若葉は
こまやかに、白樺の肌は白うかゞやく。
虎杖橋附近の眺望はよかつた、松川谿谷美の一景。
七味橋、それを渡つたところに湯宿一軒、七味温泉と呼んでゐる。
さらにまた五色温泉がある、こゝも宿屋一軒、めづらしいのは河原湯
(野天風呂)である、だんだん里近くなる。
雑木山のうつくしさよ、青葉若葉の青さ、せぐりおちる谷水の白さ、
山つゝじの赤さ。
道は広くてよいけれど、山崩れがあつて道普請が初まつてゐる。
ほどなく山田温泉に着いた、まさに十二時、薬師堂があつて吉野桜が
美しい。
山田温泉場はこぢんまりとして、きれいに掃き清められてゐる、
そこがかへつて物足らないやうにも感じられる。
高井橋といふ吊橋も立派なものである。
バスが通うマヽ、一路坦々としてすべるやうに須坂へ向ふ、道ばたに
蒲公英が咲きみだれてうつくしい。
子安橋、樋沢橋、千曲川が遙かに光つて見える、郭公が啼きつゞける。
途中、酒屋に寄つて一杯また一杯。
須坂まで三里、さらに西風間まで三里、バスも電車も都合よくないの
で歩く。
晴れそうであつたが降つて来た、小雨だから濡れるままに濡れる。
妙高、黒姫、戸穏マヽの山々が好きな姿を見せたり消したりする。
千曲川を渡る、村上橋は堂々たるものである、もう長野は遠くない。
やうやく北光居をおとづれる、すぐ着換へさせて下さる、手織木綿ら
しいぎこちなさが却つて温情と質実とを与へる、やれ/\よかつた/\
ありがたい/\。
(今日は強行で十里近く歩いたのである)
再び信州に入つて上野をふりかへると、そこに多少の感想がある――
上洲マヽから信州へはいつてくると明るくなつたやうだ
(白根から万座峠を下つて)、概して道がよろしい、道標がしんせつに
建てゝある、旅人はよろこぶのである。

青く明るく信濃の国はなつかしきかな

秋山部落の話(北光君から聞く)

平家の残党――秋山美人――
(離れておくれてゐたのが現今では最も新らしい)
――東京へ女給として進出、モダンガール。

   (信濃から越後へ)
・こゝから越後路のまんなかに犬が寝てゐる(関川にて)
・ゆれてゐるかげは何の若葉をふむ
・飲んで食べて寝そべれば蛙の合唱(迂生居即事)
・首だけある仏さまを春ふかき灯に(  〃  )
・ガラス戸へだてて月夜の花が白い(  〃  )
・めづらしく棕梠が咲いてゐて少年の夢(追憶)
・砂丘のをんなはをなごやのをんなで佐渡は見えない(日本海岸)
   柏原にて
・ぐるりとまはつてきてこぼれ菜の花(土蔵)
・若葉かぶさる折からの蛙なく(墓所)
・孫のよな子を抱いて雪も消えた庭に(銀汀に)
・砂丘が砂丘に咲いてゐる草の名は知らない
・とかく言葉が通じにくい旅路になつた
・くもりおもたい空が海が憂欝(日本海)
・みんなかへる家はあるゆうべのゆきき
・なんにもない海へ煙ぼうぼうとして(日本海)
・砂山青白く誰もゐない

●復習***********************
5月21日、軽井沢から草軽軽便鉄道・吾妻駅から電車に乗り
  込み、夕方に草津温泉駅に到着した。
「新軽井沢⇒旧軽井沢⇒三笠⇒鶴留⇒小瀬温泉⇒長日向⇒国境平
(浅間山の中腹:峰ノ茶屋)⇒二度上⇒栗平⇒北軽井沢⇒吾妻
 ⇒小代⇒嬬恋⇒三原⇒湯窪⇒万座温泉口⇒草津前口⇒谷所⇒草津温泉」
「草津温泉駅」は、「草津温泉ホテル東急」の前の「浅間台公園」
 にあった。
 草津温泉には、21日から25日までの4日間滞在した。
 山頭火が「富山館」という旅館に泊まった(廃業)
『しづかなきれいななぎの湯というのへゆくねなるほど不便なだけ
 しづかで、紙ぎれや綿きれがちらばっていない、しかし、ここも
 やっぱり特有の男女混浴だ、男一人(私に)女五人(二人はダルマ、
 二人は田舎娘、一人は宿のおかみさんだ)、ぶくぶく下から湧く、
 透き通って底の石が見える。帰途、一杯、また一杯、酔っ払って
 おしゃべり、それもよかろうではありませんか!ぼろぼろ 
 どろどろ』
 「ちんぽこも おそそも湧いて あふれる湯」
「ちんぽこの 湯気もほんに よい湯で」(京都では)

5月23日は、雨。昨夜の泥酔を反省する。
『滞在、昨夜の今朝で身心がおだやかでない。一切万落々漠々。私は
何故時々泥酔するのか、泥酔しないではいられないのか。…(中略)…
 生死を生死すれば生死なし。煩悩を煩悩せずば煩悩なし。』

5月24日も雨。
『よく降る、よく寝る、よく食べる、よく飲める、よく考える。・・・』
と、草津雑詠として二句を記す。

『もめやうたへや 湯けむり 湯けむり』

  ※草津運動茶屋公園道の駅(群馬県吾妻郡草津町)

『ふいてあふれて 湯けむりの 青さ澄む』


5月25日▲白根山⇒万座峠
 翌25日は快晴。残雪に足を取られながら白根山を越えて万座温泉に
 向かった。行程4里(登り3里、下り1里)の距離を朝7時半から3時
 までかかって万座に。万座温泉では「日進舘」という宿に宿泊。
 一泊二食で1円。
  万座温泉:日進舘に泊まった。

5月26日 7時、霧雨の中を善光寺平へ向かった。
 ★山田温泉2泊(長野県上高井郡高山村)

5月28日西光寺⇒★善光寺(長野県長野市)

5月29日 ★小丸山公園(長野県上水内郡信濃町)

5月30日 ★長岡(新潟県長岡市)

6月2日 ★出雲崎

     ★良寛と夕日の丘公園(新潟県三島郡出雲崎町)

6月10日 ★瀬波温泉(新潟県村上市)

その後、東北地方を旅した。
6月14日 湯田川温泉(山形県鶴岡市)

6月23日★青葉城(宮城県仙台市)

6月25日★鹽竈神社(宮城県塩竈市)
      ★五大堂(宮城県宮城郡松島町)

6月26日 ★日和山公園(宮城県石巻市)

6月26日 ★毛越寺(岩手県西磐井郡平泉町)
      ★中尊寺(岩手県西磐井郡平泉町)

7月4日 ★永平寺(福井県吉田郡永平寺町)


・昭和12年(1937) 55歳の時、無銭飲食の上、泥酔し警察署に
  5日間留置された。

・昭和13年(1938) 「其中庵」は朽ち果て壁も崩れた。
  ★山口市湯田温泉
  山口市の湯田温泉街に四畳一間を借り結庵し、「風来居」
  と名付ける。

・昭和14年(1939)  
 ★渥美半島⇒伊良湖岬⇒伊那谷(天竜峡、権兵衛峠)
 
5月2日 静岡県水窪町から長野県に入った
5月3日 電車で伊那をめざし、天竜峡で途中下車した。
     井上井月の墓
5月5日 権兵衛峠を越えて木曽路へ出た。
 山頭火の句碑は 
  ①飯田市今宮町に1基
  ②清内路村七平に1基
  ③清内路村平瀬橋に4基(2基自筆)
   合計…6基
「飲みたい水が音たててゐた」
「山ふかく蕗(ふき)のたうなら咲いてゐる」
「山しづかなれば笠ぬいでゆく」
「山なみ遠く信濃の国の山羊がなく」
「山ふかく白い花」

★木曽路
 木曽福島:興禅寺

四国遍路:佐喜浜⇒室戸岬⇒大宝寺⇒三坂峠
 愛媛県松山市に移住し「一草庵」を結庵した。
★護国神社
  ★道後温泉


・昭和15年(1940) 10月10日の夜、一草庵で句会が行われた。

 種田山頭火は隣室で横になっていた。
仲間は酔っ払って眠りこけていると思っていたが、実は脳溢血で
 倒れていた。
10月11日、早朝に句仲間が戻ってみると、既に他界していた。
 脳溢血のため一草庵で生涯を閉じた。享年58。

辞世の句となった。
「もりもり盛りあがる 雲へあゆむ」

酒好きの種田山頭火!酒を注いで作られた8万4千句もの
自由律俳句か?
季語や五・七・五の俳句の約束事を無視した「自由律俳句」
の種田山頭火か?



★明日は未定?

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック