箕輪初心:生方▲草津100ー82「斎藤茂吉S8」と短歌

西の河原、中ほどに一番大きな円形の足湯の湯川沿いの東屋の上に
歌碑が建てられた。碑には「いづこにも 湯が噴きいでて 流れゐる 
谷間を行けば 身はあたたかし」という歌が刻まれている。隣の
「斎藤茂吉」の説明板には「精神医学者・歌人として優れた業績を
残した斉藤茂吉は何度も来草。昭和8年(1933) 斎藤茂吉は輝子夫
人と草津温泉の「望雲」を訪れ、2泊し、窓から見える白根山のス
ケッチを残した。」草津温泉観光協会のHpには 「万葉に学び、歌
に生命を映す。大正・昭和期を代表する歌人。」また、「斎藤茂吉
は来草の折り、以前から続く腹痛を伴いながらも、温泉に浸かった
り、散歩に興じたりした。」とあった。「草津小吟」『白桃』と題し、
草津滞在の時に詠んだ短歌を選録した。草津、そしてベルツへの思
いを詠っている。 短歌を作っていた私の母の大好きな人物である。

①斎藤茂吉の歌碑
『いずこにも湯が噴きいでて流れゐる 谷間を行けば身はあたたかし』
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②斎藤茂吉の説明板
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◆斎藤茂吉*********************


・明治15年(1882) 守谷伝右衛門熊次郎の3男として、山形県
  南村山郡金瓶(かなかめ)村(現上山市金瓶)に生まれた。
(戸籍上は届出は7月27日)

箕輪初心●山形【上山城】&武家屋敷
http://53922401.at.webry.info/201307/article_6.html
★でも、斎藤茂吉記念館には行っていない。


守谷家は隣接する時宗(のち浄土宗)宝泉寺の檀家であった。
 守谷茂吉は住職・佐原窿応の薫陶を受けていた。

・明治29年(1896) 15歳、上山尋常高等小学校高等科を卒業した。
恩師佐原窿応の紹介と東京浅草の親戚の医師斎藤紀一の勧めで
 医者を志した。
 守谷家には、守谷茂吉が小学校卒業後に進学するだけの経済的
 余裕がなく、守谷茂吉は、画家になるか寺に弟子入りしようか
 と考えた。
 東京・浅草で医院を開業するも跡継ぎのなかった同郷の精神科医、
 斎藤紀一の家に養子候補として厄介になることとなった。
 

 8月 東京浅草の親戚の医師斎藤紀一斎藤方に寄寓した。
 9月  東京府開成中学校(現開成高校)に編入した。

・明治31年(1898) 歌を詠むようになる。
幸田露伴、森鴎外などを愛読した。

・明治34年(1901) 開成中学校を卒業した。
  7月~ 開成中学校補習科、正則中学校(現正則学園高校)
     に通った。

・明治35年(1902)第一高等学校(現東京大学教養学部)第三部
に入学した。

・明治38年(1905) 正岡子規遺稿第一篇『竹の里歌』を読んだ。
   第一高等学校卒業し、東京帝国大学医科大学に入学。
1斎藤家に婿養子として正式に入籍した。
  当時、妻となる輝子は9歳であった。

・明治39年(1906) 伊藤左千夫の門下となった。

・明治40年(1907) 伊藤左千夫の門下:古泉千樫と交流した。

・明治41年(1908)雑誌「馬酔木」廃刊となり、「アララギ」が創刊
  された。斎藤茂吉は「アララギ」に短歌を発表するようになった。
   中村憲吉、土屋文明と同人になった。

・明治42年(1909) 森鴎外の観潮楼歌会に初めて出席した。
  与謝野鉄幹、北原白秋、石川啄木、上田敏、佐佐木信綱などの
  歌人を知った。
  チフスに罹り卒業を一年延期した。

・明治43年(1910) 東京帝国大学医科大学(現東大医学部)医学科
を卒業した。

・明治44年(1911) 東大医科大学副手となった。
   精神病学を学ぶかたわら付属病院に勤務した。
   東京府巣鴨病院の勤務となった。
  「死に近き 狂人を守る はかなさに
     己が身すらを  愛(は)しとなげけり」

・明治44年(1911)~「アララギ」の編集を担当した。(大正3年まで)
島木赤彦を知る

・明治45年/大正元年 (1912) 「麻痺性痴呆とワッセルマン反応」
の研究報告を学会で発表した。東大医科大学助手となった。

・大正2年(1913)
4月、連作「おひろ」を「アララギ」に発表。
 5月、生母:いく死去。
    連作「死にたまふ母」を発表。
 7月、師・伊藤左千夫が死去した。
  「ひた走る わが道暗し しんしんと
      怺へかねたる  わが道暗し」
 
 10月 歌集「赤光」を刊行した。
  
「はるばると 母は戦を 思ひたまふ
    桑の木の実の   熟める畑に 」
「 蚕の部屋に 放ちし蛍  あかねさす
    昼なりしかば 首すぢあかし 」 
「 高ひかる 日の母を恋ひ 地の廻り
    廻り極まりて  天新たなり 」
「墓はらの とほき森より ほろほろと
   上るけむりに   行かむとおもふ 」
「生きてゐる 汝がすがたの ありありと
      何に今頃  見えきたるかや 」
「 死に近き 母に添寢の しんしんと
   遠田のかはづ  天に聞ゆる 」
「 のど赤き 玄鳥(つばくらめふたつ 屋梁(はり)にゐて
   垂乳根の母は  死にたまふなり 」
歌壇・文壇内外に大きな反響を巻き起こした。

・大正3年(1914) 4月、斎藤茂吉31歳の時、13歳年下の斎藤
  紀一の娘:齋藤輝子(19歳)と結婚した。
  浅草の斎藤家の婿養子に完全になった。
しかし、輝子は東京のお嬢さん育ちであった。輝子は派手好き
  な女性で、律儀な茂吉とは価値観や性格があわなかった。
  輝子は「臭い」とかいって、茂吉を馬鹿にしたこともある。
  輝子の男性問題もあって、別居していたこともある。



・大正6年(1917)
1月、医科大学助手・付属病院・巣鴨病院を辞職した。

官立長崎医学専門学校(現長崎大学医学部)精神病科第2代
 教授となった。
斎藤茂吉は1月から3年3ヶ月長崎に住んだ。

 長崎の興禅寺の斉藤茂吉の歌碑
 「長崎の昼しづかなる唐寺や 
思ひいづれば白きさるすべりの花」
山門を入ると正面の石垣したすぐ木立の中にたっている
 斎藤茂吉が、人けも絶えた夏の午後の静かな唐寺の趣きを歌った
 ものだそうである。
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・大正8年(1919) 歌論集「童馬漫語」を刊行した。
     長崎を訪れた芥川龍之介、菊池寛と知り合った。

・大正9年(1920) 「短歌における写生の説」を「アララギ」に
連載した。
 6月 斎藤茂吉は喀血し県立長崎病院に入院した
 7月 退院後、九州各地に転地療養。
 9月27日 七級俸下賜された。

・大正10年(1921) 歌集「あらたま」を刊行した。
「 あかあかと 一本の道と ほりたりた
    まきはる我が  命なりけり 」

  医学論文「緊張患者のえるごぐらむニ就キテ」を完成。
 
 10月下旬、精神病学研究のため欧州留学に出発した。

 11月1日 神戸を出航した。
  香港⇒シンガポール⇒マラッカ⇒コロンボ⇒スエズ⇒(陸路カイロ
   往復)⇒マルセイユ⇒パリ
 12月20日 ベルリンに到着した。

・大正11年(1922) ウィーン大学神経学研究所に入る。
「ドウナウの 流れの寒さ 一めんに
    雪を浮べて 流るるそのおと」
11月論文「植物中枢神経のホルモンによる昂奮性について」が
   完成した。

・大正12年(1923)
学位論文「麻痺性痴呆者の脳図」が完成した。
 「誰ひとり 此処にゐざれば 論文の
   頁を閉ぢて  涙ぐみたり」
  イタリア旅行
 7月、ミュンヘン大学に転学した。
  実父:守谷伝衛門が死去した。

 11月、アドルフ・ヒトラーのミュンヘン一揆に遭遇した。
  「行進の 歌ごゑきこゆ  Hitlerの
    演説すでに 果てたるころか」
  「ヒツトラの こゑ聞きしとき 何か悲し
    前行したりし 樂も悲しも 」
「 時として ベルリン郊外の ワン・ゼエにも
    心の及ぶ  老人(おいびと)われは」

箕輪初心★【のだめ上野樹里&My海外音楽鑑賞紀行】
http://53922401.at.webry.info/201104/article_27.html
★ベルリン・ボン・ドレスデン・ミュンヘン・ウィーン(4回)
 などに行った。

箕輪初心◆海外スキー編③【オーストリア:インスブルック】
http://53922401.at.webry.info/201101/article_40.html
★オーストリア:シュツーバイ氷河・ザンクトアントン・キュツヴェール
 で滑った。

・大正13年(1924)
5月「家兎の大脳皮質における壊死、軟化及組織化に就ての
   実験的研究」が完成した。
 10月、医学博士の学位を得て帰国の途に就く。
 12月、「青山脳病院全焼」の電報を船上で受け取る。
 「もの呆けし ごとくになりし 吾と妻と
     食卓に少しの 蕎麦を食ひたり」

・大正14年(1925) 1月、帰国。
病院の焼け跡に行った。
 ヨーロッパで買い集めて送った膨大な書物が焼失していた。
  「とどろきて すさまじき火を ものがたるを
   さなごのかうべ われは撫でたり」
  
  青山脳病院病院の再建に奔走した。

・大正15年(1926)
3月、「アララギ」の編集に携わった島木赤彦死去。
  4月、世田谷区松原に青山脳病院が再建した。
  5月、再び「アララギ」の編集発行人となった。

・昭和2年(1927)
4月、養父:斎藤紀一が引退し、青山脳病院院長を継いだ。
  5月、次男:宗吉(北杜夫)が誕生した。
  7月 芥川龍之介が斎藤茂吉にもらった睡眠薬を飲み自殺
    した。大きな衝撃を受けた。

・昭和3年(1928) 11月、養父:斎藤紀一が死去した。
  斎藤茂吉は病院経営を負うこととなった。
 「おしなべて つひに貧しく 生きたりし
    ものぐるひ等は ここに起臥す 」

・昭和4年(1929) 11月、朝日新聞社機コメット102号機で
  東京、箱根等の上空を約2時間飛翔した。
 
・昭和5年(1930)
10月、満鉄の招きで満州、北支方面を2ヶ月旅行した。

・昭和6年(1931) 「正岡子規」/「明治大正和歌史」を執筆した。

・昭和7年(1932) 「源実朝」「近世歌人評伝」執筆。
8月、次兄:富太郎を訪ね、北海道旅行をした。

・昭和8年(1933) 「柿本人麿研究」の執筆開始。
(山陰、四国、大和などをしばしば訪れ、最終的に3000枚の大作
となった。)

昭和8年(1933) 斎藤茂吉は輝子夫人と草津温泉の「望雲」を訪れ、
 2泊し、窓から見える白根山のスケッチを残した。
「いづこにも 湯が噴きいでて 流れゐる 
    谷間を行けば 身はあたたかし」
斎藤茂吉は来草の折り、以前から続く腹痛を伴いながらも、温泉に
 浸かったり、散歩に興じたりした。
 「草津小吟」『白桃』と題し、草津滞在の時に詠んだ短歌を選録した。

・昭和10年(1935) 「アララギ」に「童馬山房夜話」の連載を開始
  した。(~昭和20年頃まで)

・昭和12年(1937) 帝国芸術院会員となった。
  日中戦争勃発以後数多くの愛国歌を詠むようになる。
「 直心(ただごころ) こぞれる今か いかづちの
   炎と燃えて 打ちてしやまむ」

・昭和13年(1938) 「万葉秀歌」を刊行した。
   文部省の委嘱により国民歌「国土」を作る。


・昭和15年(1940)
 3月、歌集「寒雲」を刊行した。
 5月、『柿本人麿』の業績により帝国学士院賞受賞。
 6月、昭和10年・11年の歌を集めた歌集「暁光」を刊行した。

・ 昭和16年(1941) 12月8日、開戦翌日の「茂吉日記」
『昨日、日曜ヨリ帝国ハ米英二国ニタイシテ戦闘ヲ開始シタ。
 老生 ( と言っても59歳でした ) ノ紅血躍動!…(略)…
・神田一橋図書館、鰻、
 ・午後四時十五分明治神宮参拝ス、東条首相、海軍大臣ニ会フ
 ・道玄坂 ( にある鰻屋で ) 鰻、
 ・皇軍大捷、ハワイ攻撃!! 戦ハ日曜ナリ
 ・宣戦大詔煥発』
 「茂吉日記『斎藤茂吉全集』全36巻中の4巻 岩波書店)
  (林谷廣『茂吉とウナギ』(短歌新聞社、昭和56 年)
  (国会デジタル)
  鰻を 902回、食べた。

林谷廣氏は、斎藤茂吉記念館の運営に尽力。斎藤茂吉研究
  会会長、アララギ会員。
(『里見真三「賢者の食欲」(文芸春秋社、平成12年1月第1刷 )
   鰻を876回、食べた。
★歌人斎藤茂吉は鰻好きだった。
◆参考サイト
日本一の鰻好き・斎藤茂吉の鰻人生――平松洋子の「この味」 
https://www.excite.co.jp/News/column_g/20170803/Bunshun_3547.html

「はかなごと われは思へり 今までに
  食ひたきものは  大方くひぬ 」(「たかはら」昭和4年)
★斎藤茂吉はグルメだった。

・昭和17年(1942)
2月、昭和9年・10年の歌を収めた歌集「白桃」を刊行。
 
 ●「草津小吟」(昭和8年)『白桃』
 「作歌四十年」を執筆した。
 「伊藤左千夫」を刊行した。

・昭和18年(1943) 歌集「のぼり路」を刊行した。

・昭和20年(1945) 太平洋戦争⇒病院の経営破綻。
  病院をを東京都に移譲した。院長職を辞職した。
 4月、郷里:山形県上ノ山町金瓶(かなかめ)に疎開した。

 5月、青山脳病院・東京の自宅が、アメリカ軍の東京大空襲に
  より全焼した。
 「のがれ来し 吾を思はば うしろぐらし
   心は痛し 子等し思ほゆ」

・昭和21年(1946) 2月、山形県大石田町に移った。
 「最上川の 上空にして 残れるは
   いまだうつくしき  虹の断片」
箕輪初心★松尾芭蕉25『奧の細道』⑭【最上川下り~▲羽黒山
・月山・湯殿山】
http://53922401.at.webry.info/201208/article_9.html

 8月、歌集「つゆじも」を刊行した。

・昭和22年(1947) ~歌会始の選者に選ばれた。(~昭和26年まで)

8月、ウィーン留学中の歌を収めた「遠遊」を刊行した。

 11月、大石田から東京の世田谷区代田に移った。



・昭和23年(1948) 朝日新聞歌壇の選者となった。
ミュンヘン滞在中の歌を収めた「遍歴」を刊行した。
  青山脳病院院長を引退した。

・昭和24年(1949) 金瓶疎開中の歌を収めた「小園」を刊行した。
  日本芸術会員となる。
  8月、大石田時代の歌を収めた「白き山」を刊行した。
 「陸奥を ふたわけざまに 聳えたまふ
    蔵王の山の 雲の中に立つ」

・昭和25年(1950)
1月、歌集「ともしび」(帰朝後から昭和4年までの歌)を刊行
   した。
  ⇒第1回読売文学賞詩歌賞受賞。
  6月、昭和4年・5年の歌を収めた「たかはら」を刊行した。
 11月、昭和5年の満州旅行の歌を収めた「連山」を刊行した。
   新宿区大京町の新居に移った

・昭和26年(1951)
6月、昭和7年の北海道旅行の歌を収めた「石泉」を刊行した。
 11月、文化勲章受章。
 12月、昭和16年・17,年)の歌を収めた「霜」を刊行した。

・昭和27年(1952) 「斎藤茂吉全集」(岩波書店)配本を開始した。
   全56巻(~昭和32年)。
   痴呆が進み創作活動が衰退し始めた。

・昭和28年(1953) 2月25日、心臓喘息のため新宿区大京町の
   自宅で死去した
  3月2日築地本願寺にて葬儀及び告別式。
  戒名は自分で作っておいた「赤光院仁誉遊阿暁寂清居士」。
  墓地は青山霊園にある。

  斎藤輝子は茂吉の死を契機に世界各地を旅行した。

・昭和49年(1974) 斎藤輝子は79歳で南極にでかけた。

・昭和59年(1984) 12月16日死去。89歳。
(★ウィキペディアより加筆)


・現在
1)小学校の教科書(斎藤茂吉)            
「みちのくの 母の命を 一目見ん 
    一目みんとぞ ただにいそげり」
                 斎藤 茂吉

説明①:「みちのく?はどこのこと?
東北6県のこと。
  
説明②「斎藤茂吉はどこの出身。母はどこに住んでるの?」
斎藤茂吉は東京
    母は・・・山形で、農業「養蚕」をしている。
    父は小さい時に死んでいる。
★状況を考えるとよいかもしれない。

説明③「母の命ってあるけれど、母の命は見えますか?」
   見えないけど、死んじゃいそう。・・・・

説明④「一目見ん」と「一目みん」の違いはなんですか?
  A「一目見ん」=「一目見る」…母を見る・会う・・・・ 
  B「一目みん」…確かめる。めんどうをみる。世話をする。 
 

説明⑤「ぞ」という文字は?
  強調している。
  「命を 一目見ん 一目みんとぞ」が強調されている。

説明⑥一目会って何をしたいのでしょうか。
★母の命…斎藤茂吉は母に会って、医者なので、母を患者と
   して診るということになるのかなあ?
   看病・親孝行

説明⑦「ただにいそげり」とは?
   「ただに」とは・・・只・徒・直・・・

  「いそげり」…意味は「急いでいる。」
 作者は今どこにいますか。
  駅・電車の中なんだろうな。

      
2)中学校2年の教科書(斎藤茂吉)
「のど赤き 玄鳥ふたつ 屋梁にゐて
    足乳根の母は 死にたまふなり 」

「死に近き 母に添寝の しんしんと
     遠田のかはづ   天に聞ゆる 」

「最上川 逆白波の たつまでに
    ふぶくゆふべと  なりにけるかも 」

中学2年 短歌の世界(九首)
斎藤茂吉(みちのくの~~~~) (★三省堂)
斎藤茂吉(蚊帳のなかに~~~~~)(★光村出版)


3)高校の教科書(斎藤茂吉)
「あかあかと  一本の道 とほりたり
   たまきはる我が 命なりけり 」

「星のゐる 夜ぞらのもとに 赤々と
   ははそはの母は 燃えゆきにけり 」

「我が母よ 死にたまひゆく 我が母よ
   我を生まし乳 足らひし母よ 」

など。







【1】草津温泉・・・・20回以上入湯?
◆◆ 箕輪初心▲草津白根山&蟷螂の湯 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201107/article_4.html
 ★蟷螂の湯は無料

箕輪初心◆2014スキー№9【草津】& 『草津温泉:望雲』
http://53922401.at.webry.info/201402/article_13.html
 ★望雲10回以上

箕輪初心▲群馬:日本百名山:草津白根山&草津温泉
http://53922401.at.webry.info/201107/article_4.html

箕輪初心▲群馬百名山②№26~50草津白根山・皇海山など
http://53922401.at.webry.info/201206/article_29.html

箕輪初心■群馬草津の松尾芭蕉句碑:ゴリラ50ccでGo
http://53922401.at.webry.info/201209/article_4.html

箕輪初心■プラドでGo【群馬の4湯巡り】 
http://53922401.at.webry.info/201206/article_26.html
★大滝の湯

箕輪初心:生方▲群馬:吾妻2-2『八ッ場ダム→浅間酒造
→草津温泉風呂巡り』
http://53922401.at.webry.info/201709/article_7.html
 ★2017年9月6日無料の公共の湯:3ヶ所めぐり

箕輪初心:生方▲2018スキー№7『草津コース動画&昼食:月乃井
&温泉:山本館』
http://53922401.at.webry.info/201803/article_7.html

箕輪初心:生方▲2018スキー№17【渋峠・横手山】&草津「ランチ:飛龍」
・「温泉:益成屋」
http://53922401.at.webry.info/201804/article_28.html

箕輪初心:生方▲2018草津今年2回目①「湯畑付近の散策」
http://53922401.at.webry.info/201804/article_29.html

箕輪初心:生方▲草津:今年2回目②「西の河原通り」2回の風景」
http://53922401.at.webry.info/201804/article_30.html

箕輪初心:生方▲2018草津今年2回目③「西の河原公園散策」
http://53922401.at.webry.info/201804/article_31.html

箕輪初心:生方▲2018草津今年2回目④「草津に来たりし100人情報:前半」
http://53922401.at.webry.info/201804/article_32.html

箕輪初心:生方▲2018草津今年2回目⑤「草津に来たりし100人情報:後半」
http://53922401.at.webry.info/201804/article_34.html

箕輪初心:生方▲2018GW今年3回目の草津『旧遠州屋(現平野屋)で昼食・風呂』
http://53922401.at.webry.info/201805/article_7.html

箕輪初心:生方▲2018GW今年3回目の草津『草津に歩みし100人の動画』
http://53922401.at.webry.info/201805/article_8.html

箕輪初心:生方▲2018今年3回目の草津『草津の歴史』
http://53922401.at.webry.info/201805/article_10.html




【2】私の入った草津温泉で入った湯
●草津温泉に来た有名人シリーズ*****************
 巴御前と静御前を勘違いしています。










●『草津に来たりし100人を動画で説明』




箕輪初心:生方▲『草津温泉に歩みし百人』①「日本武尊:開湯伝説」
http://53922401.at.webry.info/201709/article_23.html

箕輪初心:生方▲『草津に歩みし100人』②「行基:開湯伝説」
http://53922401.at.webry.info/201709/article_24.html

箕輪初心:生方▲『草津に歩みし100人』③「源頼朝:開湯伝説」
http://53922401.at.webry.info/201709/article_25.html

箕輪初心:生方▲『草津に歩みし100人』④木曾義仲・⑤巴御前
http://53922401.at.webry.info/201709/article_26.html

箕輪初心:生方▲『草津に歩みし100人』⑥蓮如と番外編「孫:顕如」
http://53922401.at.webry.info/201709/article_27.html

箕輪初心:生方▲『草津に歩みし100人』「番外編:堯恵」
http://53922401.at.webry.info/201709/article_28.html

箕輪初心:生方▲『草津に歩みし100人』⑦「長野業尚:榛名鷹留城主」
http://53922401.at.webry.info/201709/article_30.html

箕輪初心:生方▲草津に歩みし100人⑧長尾為景:上杉謙信の父
http://53922401.at.webry.info/201710/article_1.html

箕輪初心:生方▲草津に歩みし100人⑨大光宗猷禅師=曇英恵応:林泉寺創建
http://53922401.at.webry.info/201710/article_2.html

箕輪初心:生方▲『草津に歩みし100人』番外編:万里集九『梅花無尽蔵』
http://53922401.at.webry.info/201710/article_3.html

箕輪初心:生方▲『草津に歩みし100人』№10『横瀬成繁』太田金山城主
http://53922401.at.webry.info/201710/article_8.html

箕輪初心:生方▲草津に歩みし100人:連歌師『⑪宗祇』&番外編『宗長』
http://53922401.at.webry.info/201710/article_9.html

箕輪初心:生方▲草津に歩みし100人『草津管理人:湯本善太夫』
と『真田ブログ一覧』
http://53922401.at.webry.info/201710/article_10.html

箕輪初心:生方▲草津に歩みし100人ー№12『甘楽国峰城主:小幡信貞』
http://53922401.at.webry.info/201710/article_11.html

箕輪初心:生方:▲草津に歩みし100人:『戦国時代の草津温泉ブーム創作編』
http://53922401.at.webry.info/201710/article_12.html

箕輪初心:生方▲草津に歩みし100人【織田信長家臣→豊臣秀吉家臣⑬丹羽長秀】
http://53922401.at.webry.info/201710/article_13.html

箕輪初心:生方▲草津に歩みし100人【織田信長家臣→豊臣秀吉家臣⑭堀秀政】
http://53922401.at.webry.info/201710/article_14.html

箕輪初心:生方▲草津に歩みし100人【織田信長家臣→豊臣秀吉家臣⑮多賀常則】
http://53922401.at.webry.info/201710/article_15.html

箕輪初心:生方▲草津100人『№16(近衛晴嗣→前嗣→前久→)近衛龍山
http://53922401.at.webry.info/201803/article_9.html

箕輪初心:生方▲草津100人『№17朝日姫・№18豊臣秀次・
幻の豊臣秀吉&井伊直政』
http://53922401.at.webry.info/201803/article_10.html

箕輪初心:生方▲草津に歩みし100人№19『依田(松平)康国』
:豊臣秀次の饗応役
http://53922401.at.webry.info/201803/article_11.html

箕輪初心:生方▲草津温泉100人№20『真田幸繁親戚:大谷吉継
とハンセン氏病療養』
http://53922401.at.webry.info/201803/article_12.html

箕輪初心:生方▲草津100人『№21:前田利家』死の予感?
http://53922401.at.webry.info/201803/article_13.html

箕輪初心:生方▲草津100人『№22真田支配116年』&真田ブログ一覧
http://53922401.at.webry.info/201803/article_14.html

箕輪初心:生方▲草津100人№23『徳川将軍への「御汲湯」の歴史』
http://53922401.at.webry.info/201803/article_15.html

箕輪初心:生方▲『草津100人№24林羅山』三名泉
http://53922401.at.webry.info/201803/article_18.html

箕輪初心:生方▲草津100ー25『小林一茶』と「草津:望雲」と「上州」
http://53922401.at.webry.info/201803/article_19.html

箕輪初心:生方▲草津100-№26『十返舎一九と草津温泉:望雲』
http://53922401.at.webry.info/201803/article_23.html

箕輪初心:生方▲草津100--№27『清水浜臣』:高崎に移住した国学者
http://53922401.at.webry.info/201803/article_31.html

箕輪初心:生方▲草津100人-28『良寛』:
http://53922401.at.webry.info/201803/article_32.html

箕輪初心:生方▲草津100ー29『高野長英と上州の弟子たち』
http://53922401.at.webry.info/201804/article_1.html

箕輪初心:生方▲草津100ー30【田川鳳朗・一夏庵坂上竹烟&松尾芭蕉句碑】
http://53922401.at.webry.info/201804/article_2.html

箕輪初心:生方▲草津100人ー31『安積艮斎(ごんさい)』
&小栗上野介のブログ一覧
http://53922401.at.webry.info/201804/article_8.html

箕輪初心:生方▲草津100人ー32『佐久間象山』:目的は火薬づくり?
http://53922401.at.webry.info/201804/article_9.html

箕輪初心:生方▲草津100人ー33『藤田東湖』:『西郷どんに登場しなかった。』
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箕輪初心:生方▲草津100人ー34『堀秀成』:草津繁昌記著者
http://53922401.at.webry.info/201804/article_11.html

箕輪初心:生方▲草津温泉の日帰り温泉の割引き券の話
http://53922401.at.webry.info/201804/article_15.html

箕輪初心:生方▲草津100人ー35『清河八郎』:将軍を守る浪士隊⇒尊皇攘夷論者
http://53922401.at.webry.info/201804/article_17.html

箕輪初心:生方▲草津100-36『平沢旭山』:漢学者・国学者
http://53922401.at.webry.info/201804/article_18.html

箕輪初心:生方▲草津100ー40番外編『鈴木牧之』:「北越雪譜」著者
http://53922401.at.webry.info/201804/article_19.html


●明治時代********************
箕輪初心:生方▲草津100ー41『尾崎行雄:咢堂(がくどう)』:憲政の神様
M5、S15

箕輪初心:生方▲草津100ー42番外編『デシャルム大尉』フランス軍人:M6
http://53922401.at.webry.info/201804/article_21.html

箕輪初心:生方▲草津100ー番外編『43マーシャル教授』
『44ディヴァバーズ教授』 M8
http://53922401.at.webry.info/201804/article_23.html

箕輪初心:生方▲草津100ー44番外編『テオドール・ホフマン』
:ドイツ人医師M8?
http://53922401.at.webry.info/201804/article_24.html

箕輪初心:生方▲草津100ー46:アーネストサトウ:イギリスM10,M15
http://53922401.at.webry.info/201804/article_26.html

箕輪初心:生方▲草津100ー47「大槻文彦」M12&『言海』の編集の困難さ
http://53922401.at.webry.info/201804/article_37.html

箕輪初心:生方▲草津100ー番外編45ウォルトン教授:米人医師M12
と「草津温泉図書館」
http://53922401.at.webry.info/201804/article_25.html

箕輪初心:生方▲草津100ー46「小野湖山」M10:尊皇攘夷論者
http://53922401.at.webry.info/201804/article_36.html

箕輪初心:生方▲草津100ー『37ベルツ博士と38ベルツ花』M12~度々
と群馬の温泉
http://53922401.at.webry.info/201804/article_16.html

箕輪初心:生方▲草津100ー37「ベルツ博士」復刻版「5ヶ所のベルツ」M12
http://53922401.at.webry.info/201804/article_27.html

箕輪初心:生方▲草津100ー41『スクリバ』:ベルツと共同研究:M24
http://53922401.at.webry.info/201804/article_20.html

箕輪初心:生方▲草津100-49ノルデンショルド:北極圏⇒横浜⇒草津M12
http://53922401.at.webry.info/201805/article_1.html

箕輪初心:生方▲草津100-50『E・ナウマン』地質学者M15
&「フォッサマグナ」
http://53922401.at.webry.info/201805/article_2.html

箕輪初心:生方▲草津100-51『松浦武四郎』M19
&「蝦夷地探検とロシアとの外交史」
http://53922401.at.webry.info/201805/article_3.html

箕輪初心:生方▲草津100ー52番外編「H・S・パーマーM19」英国人将校
&水道工事
http://53922401.at.webry.info/201805/article_4.html

箕輪初心:生方▲草津100-53【田山花袋:M26・M30・T7】
変態小説家?・紀行作家
http://53922401.at.webry.info/201805/article_13.html

箕輪初心:生方▲草津100ー54「長塚節(たかし)M30」&短命の中で?
http://53922401.at.webry.info/201805/article_9.html

箕輪初心:生方▲草津100-56『大町桂月M41』旅・山・温泉を愛す
酒仙文学者・番外編57『下屋学』
http://53922401.at.webry.info/201805/article_11.html

草津100ー番外編58『坪谷水哉(すいさい)M39』「草津入浴記」著
http://53922401.at.webry.info/201805/article_12.html

箕輪初心:生方▲草津100-59「シュタイニッツアーM44」ドイツ人
登山家・紀行作家
http://53922401.at.webry.info/201805/article_14.html

箕輪初心:生方▲草津100-60『前田青邨T3せがい出し梁』:「頼朝の洞窟」
と源頼朝ブログ
http://53922401.at.webry.info/201805/article_16.html

箕輪初心:生方▲草津100-61『横山大観T4』:日本画の巨匠
http://53922401.at.webry.info/201805/article_17.html

箕輪初心:生方▲草津100ー62「C、コリーT4~」:救ライ
(ハンセン氏病)の聖女
http://53922401.at.webry.info/201805/article_19.html

箕輪初心:生方▲草津100-63「川端龍子T5」:『霊泉由来』の謎
http://53922401.at.webry.info/201805/article_20.html

箕輪初心:生方▲草津100-64「犬養木堂(犬養毅)T6」「話せば分かる」
http://53922401.at.webry.info/201805/article_21.html

箕輪初心:生方▲草津100ー65『平井晩村T5と草津節T7』
http://53922401.at.webry.info/201805/article_22.html

箕輪初心:生方▲草津100-66「水野仙子T7」:T8年32歳、草津で死亡
http://53922401.at.webry.info/201805/article_23.html

箕輪初心:生方▲草津100ー67「嘉納治五郎T8」柔道家・教育者・国際人
http://53922401.at.webry.info/201805/article_24.html

箕輪初心:生方▲草津100ー68『富田常雄T8』:「姿三四郎」
&『私の好きな柔道漫画』
http://53922401.at.webry.info/201805/article_25.html

箕輪初心:生方▲草津100ー69「 河東碧梧桐」T10?・S4旅行好き
の俳人・書家
http://53922401.at.webry.info/201805/article_26.html

箕輪初心:生方▲草津100ー70【若山牧水T9・T11】「みなかみ紀行:草津編」
http://53922401.at.webry.info/201805/article_27.html

★おまけ
箕輪初心:生方▲草津100ー70【若山牧水T11】続編「湯宿温泉:金田屋」
http://53922401.at.webry.info/201805/article_29.html

箕輪初心:生方▲草津100ー70『若山牧水T11:群馬』と
「My若山牧水ブログ一覧」
http://53922401.at.webry.info/201805/article_30.html

箕輪初心:生方▲草津100ー71『志賀直哉M37・T11・S12?』②「矢島抑堂」
http://53922401.at.webry.info/201805/article_31.html

箕輪初心:生方▲草津100-72『徳富蘇峰T14』新島襄から洗礼
http://53922401.at.webry.info/201805/article_33.html

箕輪初心:生方▲草津温泉100-73「高村光太郎S2.S5,S8」と尾崎喜八
http://53922401.at.webry.info/201805/article_34.html

箕輪初心:生方▲草津100-74「賀川豊彦T15/S2 」ライ病救援者
http://53922401.at.webry.info/201805/article_35.html

箕輪初心:生方▲草津100ー77「中山晋平S3」:草津小唄作曲
http://53922401.at.webry.info/201806/article_1.html

箕輪初心:生方▲草津100ー75「相馬御風S3」と『草津小唄』
http://53922401.at.webry.info/201806/article_2.html

箕輪初心:生方▲草津100-76「野口雨情S3」と野口泰彦先生
の家は車で1分
http://53922401.at.webry.info/201806/article_3.html

箕輪初心:生方▲草津100ー79「竹久夢二S4日新館」と群馬
http://53922401.at.webry.info/201806/article_4.html

箕輪初心:生方▲草津100-80「尾崎喜八S4」と「旅と滞在/温泉」
http://53922401.at.webry.info/201806/article_5.html

箕輪初心:生方▲草津100ー81『西條(条)八十S5』と霧積温泉
http://53922401.at.webry.info/201806/article_6.html





★明日も草津関係かな?








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