箕輪初心:生方▲草津100ー37「ベルツ博士」復刻版「5ヶ所のベルツ」

明治11年 (1878) 夏、エルウィン・フォン・ベルツ博士が草津温泉に
研究のために来た。花と結婚後も草津に来た。草津に来たりし100
人には「27.E.V.ベルツ:高温質、時間湯の効能を世界に発表。「明
治国家」と「草津」の発展に貢献。」「ベルツ博士は、近代医学の父と
いわれています。草津温泉の特異な泉質、時間湯、美しい自然に魅せ
られ、度々来草し、優れた湯治効果を研究。効能ゆたかな Kusatsuの
名を国内外に広めました。「土地を購入して理想的な温泉郷を形成し
よう」と思い描いていたことからも、その執心ぶりがうかがえます。
西の河原公園には、ベルツの功績を讃えた碑が建てられています。」
.「28.ベルツ花:夫の偉業を支え、日本とドイツ、交流の架け橋に。」
草津にはベルツの碑・ベルツの胸像・ベルツ通りがある。温泉図書
館には、「草津温泉誌」・「ベルツの日記」なども所蔵している。

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【1】???? 西の河原で「ベルツの胸像」を見た。

【2】???? 天狗山スキーの後に「ベルツの湯」入った。
  現在、営業していない。
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【3】平成26年 (2014)2月11日 「ベルツ通りを」
「草津白根山」登山の帰り、「望雲」風呂に入るため、
旧六合村方面に向かった。
草津には「ベルツ通り」があることに気づいた。


【4】平成30年(2018)3月7日 「ベルツ通りを歩いた。」
白根神社脇に車を駐め、神社で、「松尾芭蕉の句碑」・「高村光
太郎の碑」を見た。湯畑の「草津に来たりし百人」の石碑の
写真を撮った。湯畑の脇の「月乃井」でランチを味わい、「山
本館」の風呂に入った。
湯畑からお土産屋・饅頭屋などが並び観光客でにぎわう「西の
河原通り」の緩やかな坂道を登った。変形4差路がある。
左上に登れは、10回以上は入った「望雲」である。
「片岡鶴太郎美術館溶」の所に出る。右に上がって行くのが
「ベルツ通り」である。
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【5】平成30年(2018)4月21日
渋峠・横手山(志賀)にスキーに行った。家からは1時間50分で
渋峠に着いた。午前券2700円で4時間滑った。
腰が痛くなくなった。やっぱり、パソコンが腰痛に悪い。
草津天狗山スキー場の前の廃止になったベルツ記念館のある。
「ベルツこども園」だけ生き残っているようである。六合村
方面に向かう道は「ベルツ通り」である。
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「中沢ヴィレッジ」を越えた。

T字路のに「ベルツ通り」とある。
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左折し、T字路に出る。
駐車場・白根神社の信号である。六合村方面に行かず、
右折する。2つ目の「ベルツ通り」の表示がある。
500m程北へ下る。父が村人達と2泊3日を20年くらい泊ま
った安宿「おおるり」がある。草津ホテルもある。
片岡鶴太郎美術館・西の河原公園入り口が「ベルツ通り」で
あるようだ。

白根神社のトイレ脇に車を駐めた。
白根神社で高村光太郎の碑と十返舎一九の碑を確認した。
湯畑にでた。
「飛龍」950円の中華丼を食べた。1550のランチにすればよかった。
2階からの景色はよかった。
草津にきたりし100人の写真を撮った。
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湯畑の廻りのホテル・食堂・レストランなども撮った。
光泉寺に行った。小林一茶の句碑があった。
「白畑源泉」で、ガイドの説明を盗み聞きした。
バスターミナルの「温泉図書館」に行った。
「ベルツ日記」もあった。
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スタッフが親切だった。

「日新館」さんの風呂に入りたかった。
「今日はは客が多いので、・・・。」
風呂にははいれなかった。
「江戸時代、明治・大正に来た文人墨客には、河東碧梧桐・
 尾崎行雄・竹久夢二などが泊まったようですが、見せて
 いただけませんか?」
「普通は泊まり客だけなのですが、・・・」
と許可してくださった。
「ありがとうございます。」
オーナーに「湯本安兵衛とおっしゃる方はご先祖様ですか。」
と聞いた。
「そうです。」
食堂にて・・・
パンフレットには「竹久夢二の作品」掲載されている。
竹久夢二・河東碧梧桐・ベルツ博士の初版本なとがあった。
写真の許可もいただいたが、
「掲載はしないでください。」
とおっしゃった。
15分ほど、堪能した。
「湯本家は鎌倉時代から草津にいたそうですね。真田幸綱・昌幸
・信之に仕えていたと言われていますが、5代:信利の代にも
家臣だったのですか?そういえば、長篠の戦いで本家筋の方が
戦死なさいましたですよね。」
「いつの時代か分かりませんが、本家の子孫であることは間違い
 ありません。」
「湯元館の姓は湯本ですか?」
「市川さんです。」
「信濃善光寺の向こう側の市川一族かなあ?南牧の市川では
 ないだろうな。」
「そこまでは分かりません。湯本は3家に分かれました。」
「ここと、テグス屋?と???。もう旅館はやっていません。」
「ありがとうございました。」

「一井ホテル」さんで、文人墨客を聞いたが、分からなかった。
3階から、湯畑の景色を堪能した。

「益成屋」さんで、1000円の風呂に入ることにした。
100引きの割引き券を利用した。
客は私一人だった。ゆっくり入った。

西の河原通りを行った。
まんじゅうを配っていた。
500円のまんじゅうを買った。

「西の河原公園」でベルツの胸像・ベルツの碑の写真を撮った。
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草津ホテルで「ベルツ通り」を確認した。
風呂も4時までなら日帰り温泉可能であった。
帰りに「ベルツ通り」を歩いた。



★明日は?






【1】Erwin Von Balz の生涯******************
・嘉永2年(1849) 1月13日 ヴュルテンベルク王国のビーティヒ
  ハイム・ビッシンゲンで生まれる。
   5歳で小学校入学
   自然科学・歴史
   趣味はハイキング・体操・スケート等
1866年、テュービンゲン大学医学部に入学。
1869年、ライプツィヒ大学医学部に転学、
  カール・アウグスト・ヴンダーリヒ教授の下で内科を修める。
1870年、軍医として普仏戦争に従軍。
1872年、ライプツィヒ大学医学部卒業。
1875年、ライプツィヒ大学病院に入院中の日本人留学生・相良玄貞
   を治療することになり、日本との縁が生まれる。
   相良玄貞の紹介で日本に来ることになった。
・明治9年(1876) お雇い外国人として東京医学校(現東京大学医学部)
の教師に招かれる
4月 ドイツ出発⇒
    6月7日 横浜港
    6月10日 東京医学校で講義を開始。(29年間)
      生理学・薬種学
▲ 7月10日~9月11日 夏、休暇・研究のため新潟旅行
   友人:ショルツェと一緒だった。
  「ツツガムシ病の研究」が目的であった。
  (★最初の群馬? 伊香保温泉・草津温泉か?)
ベルツ博士は
「草津は狭い盆地にある。
 初めてこの地を訪れた者には、日本の町というよりは、むしろ
 チロール地方の村落が念頭に浮かぶ。風雨で黒ずんだ二階屋、
 周囲に縁側を廻らし、往来に面して正真正銘の波風(・・・)
 があり、張り出した屋根。屋根板のおもしなど、一般にこの国
 では、珍しい風景を呈している。町の真ん中(ドイツでは「
  中央広場」に相当する場所)には、湯気を立てて猛烈に臭う
 硫黄を含んだ熱湯の大噴煙がある。」
  さらに、草津には無比の温泉以外に、日本で最上の山の空気
 と、全く理想的な飲料水がある。もし、こんな土地がヨーロッパ
 にあったとしたら、カルロヴィ・ヴァリ(カルロスバード:ビバ
 リー:チェコにあるヨーロッパ一のリゾート温泉)よりも賑わう
  ことだろう」 (★『ベルツの日記』岩波文庫)
 と、草津温泉の恵まれた自然と良質の水などについて高く評価し
 た。
また、ベルツ博士は、内科医の立場から、草津独自の文化であ
 る時間湯を研究した論文「熱水浴療論」をまとめた。草津温泉の
 優れた効能を世界に紹介した。
 12通りの入浴法と「時間湯」など
 時間湯は梅毒は「時間湯」治療法であるとした。



・明治10年(1877) 東京大学医学部

●明治11年 (1878)
7月、箱根温泉 富士屋ホテルに宿泊。
      ベルツは女中の「あかぎれ」に薬を処方した。
       (ベルツの水=グリセリンカリ液として登録された。)
 夏、新潟旅行
 エルウィン・フォン・ベルツ博士が
   草津温泉・伊香保温泉に来た。
  ※コース不明
 ★高崎⇒三国街道・野田宿⇒伊香保温泉⇒中之条 
  「明治11年書留帳」(中之条町所蔵)
  「旅行免状」 「8月1日 二宮平八方二宿ス」
  草津温泉となる。



・明治12年(1789)
既に、伊香保温泉も度々訪れていたのであろう。
    
 12月26日~31日 熱海温泉・箱根温泉 


・明治13年(1880) 日本鉱泉論
 6月21日 内務省で細川局長と温泉場改革関する
        提案をした。
例として、熱海と伊香保を出した。
「伊香保温泉の土地改良論」である。

6月23日 「この国には高地の気候療養所がない。・・・
  ・・・箱根・草津・伊香保でよいのだか、医者がいない。」


ベルツ博士にとって温泉研究はライフワークの一つとなって
 いた。研究成果を発表していた。
  しかし、当時の草津温泉はベルツの意図するものではなかった。
 「先ず、新しい草津を今の町の外に造る必要がある。・・・
 来年帰国するのでなければ、療養所を建てるのだが・・・」
  (★『ベルツの日記』)

ベルツはこの時産婦人科医であった。助手は櫻井郁二郎であった。
   櫻井は磯部温泉・伊香保温泉は「子宝の湯」と考えた。
 
 8月14日~17日 伊香保温泉に逗留した

 いつか不詳 川中温泉
  「低温の長時間療養も効果的・・・」
 
ベルツは花と同居した。

・明治14年(1881)、東海道御油宿(愛知県豊川市御油町)
    戸田屋のハナコ(荒井花)と結婚した。
(※14年説「ベルツに嫁ぎし頃」・20年説)
 
 2週間の伊香保温泉滞在 
8月5日  伊香保温泉
「せつ(癪)とリュウマチに効くと考えた。」
  「木暮金太夫」に宿泊
  ★金太夫「ベルツの湯」
  (木暮八郎の「御得意様方御姓名帳)
「いつものように歓迎された。」
  ★つまり、伊香保には以前にも来ていた。


8月15日 伊香保温泉
「湯元に通じる道、榛名湖に通じる道を整備して・・・
   芸者や笑婦(娼婦)たちをむら外れに追放して・・・」
  (★『ベルツの日記』)



・明治15年(1882) 9月 ベルツは白根火山に登った。


・明治16年(1883) 川中温泉(東吾妻町)に入った。
「此浴場ノ所有者ハ七十歳ノ老爺ニシテ・・・・」

ベルツは県令:楫取素彦と会った。

ドイツ帰国

・明治17年(1884) 12月 帰国した。

・明治20年(1887)  意見書の提出
  「皇国の模範となるべき一大温泉場設立の意見書」

・明治22年(1889) 10月 
   伊香保に献納額はM19年7月に出されたが、御料地
   答申が出された。



・明治23年(1900)
初頭   宮内省侍医(天皇の医者)

 10月14日 「・・・草津付近の白根山の火口で、発見した
   塩酸泉(鉄・明礬)は優れた医薬となるらしい。・・・
10月15日 「近藤を通じて、草津で5700坪と温泉を
    買って貰った。・・・コレラは急速に減少している。」

  ベルツの進言で、伊香保と葉山に御用邸が造られることに
  なった。 




・明治24年
 ●ベルツは草津温泉について
「性病治療」だけでなく、・・・
 ベルツは近藤医師を通じて、3万3000㎡の土地購入した。
 ベルツはヨーロッパ型温泉保養地=国際観光リゾートを
 夢見たのであろう。
 ベルツは明治の時代に温泉改革を唱えた。
 「草津温泉は、「世界第1級の温泉保養地(リゾート)」として、
 紹介されたが、当時の日本人には理解しがたかった。


・明治25年  東大医学部名誉教授

・明治26年(1893) 伊香保御用邸が建てられた。

・明治29年 ウタ早世
『熱水浴療論』をドイツで発表した。

 
●草津町議会はベルツの温泉引湯を許可しなかった。


・明治33年(1900) 勲一等瑞宝章を受章。
ベルツの定宿は「一井」であった。
 ベルツは一井の市川善三郎に土地購入の委任状を送った。
  委任状は徳之助後見人:荒井ハナ(印)とある。
  ベルツは10850坪の国有地払い下げを市川に依頼した。


・明治35年(1902) 東京帝国大学退官
宮内省侍医。


・明治37年(1904) 温泉旅行しまくり。
  9月16日~25日 草津温泉に最後の旅行に来た。
  
  9月22日 土地検分をした。
  「自分之計画に従えば、草津は将来、欧米からさえもはるばる
   痛風患者が訪ねてくる世界的な温泉場になるだろう。」

・明治38年(1905)
1月3日 同僚:スクリバ(24年間)が死んだ。
       ベルツは弔辞を読んだ。
勲一等旭日大綬章を受章。
 花夫人とともにドイツへ帰国。
  長男:トク16歳と再会。
   
   
  トリエステ・ダルマチア・
・明治39年(1906) エジプト・シリアに研究旅行
・明治40年(1907) 熱帯医学会会長、人類学会東洋部長などを務める。
・明治41年(1908)、伊藤博文の皇太子の病気対策の要請で再度来日。
  ミラノでシーボルトにあってから来日。
東大にベルツ・スクリバの像が建立された。

皇帝より宝冠章が授与され、貴族となった。

・大正2年(1913) ドイツ帝国のシュトゥットガルトにて心臓病の
ため死去(64歳没)。



・昭和3年(1928) ベルツの伝記:ショットレンダー著
・昭和5年(1930) 「ベルツの日記::令息トク(徳之助)著
・昭和7年(1932) 英訳本
・昭和9年(1934) 西の河原にベルツ博士の顕彰碑を建立した。
 博士の生地:ビーティッヒハイム・ビッシンゲン市と姉妹提携を
  結んだ。


・昭和14年(1939) 「ベルツの日記」が刊行された。

・昭和60年(1985) 伊香保の「日本温泉資料館」と「ベルツの湯」
  が建てられた。
・昭和61年(1986) 伊香保に胸像が建てられた。


【2】ベルツ・花(妻・戸田花子・荒井ハナコ (1864-1937)。
・神田明神下で生まれる。
   父の熊吉は御油宿の宿屋「戸田屋」の子孫だが、没落して一家
   離散した。 
   江戸の荒井家に養子に入り、小売商を営んだ。

・明治13年(1880) ベルツと同居を始めた。
・明治14年(1881) ベルツと花が結婚した。

・明治17年?37年(1904)? 正式な入籍をした。

・明治38年(1905) ベルツと花がドイツに帰国した。
著書に『欧洲大戦当時の独逸』がある。
・大正2年(1913) ベルツが心臓病のため死去(64歳没)。
   
   花はベルツ没後も10年ほど滞独した。
   しかし、ドイツ国籍が認められず、日本へ帰国した。
晩年はベルツの友人で24年間一緒に勤めたユリウス・スクリバ
  家の日本人嫁が介護した。

・???? 日本で没した。






【3】ベルツの子孫
 トク(徳)とへレーネが結婚
  長男:ハット

  次男:クノー

  長女:ゲルヒルトの夫:トーマ  
    子ども:ペーター 物理学博士・BMW社
        ハンスウルリッヒ
ヴォルグガング
        長女:ウタ

 3男:ディッツ (戦死)
 4男:ゲッツ  (戦死)


(★『ベルツ博士と群馬の温泉』 :木暮金太夫・中沢ちょう三
    編集:上毛新聞社:平成2年)


『草津に歩みし100人』のブログ一覧**************

◆1)草津温泉・・・・20回以上?
◆◆ 箕輪初心▲草津白根山&蟷螂の湯 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201107/article_4.html

箕輪初心◆2014スキー№9【草津】& 『草津温泉:望雲』
http://53922401.at.webry.info/201402/article_13.html

箕輪初心▲群馬:日本百名山:草津白根山&草津温泉
http://53922401.at.webry.info/201107/article_4.html

箕輪初心▲群馬百名山②№26~50草津白根山・皇海山など
http://53922401.at.webry.info/201206/article_29.html

箕輪初心■群馬草津の松尾芭蕉句碑:ゴリラ50ccでGo
http://53922401.at.webry.info/201209/article_4.html

箕輪初心■プラドでGo【群馬の4湯巡り】 
http://53922401.at.webry.info/201206/article_26.html

箕輪初心:生方▲2018スキー№7『草津コース動画&昼食:月乃井
&温泉:山本館』
http://53922401.at.webry.info/201803/article_7.html




●草津温泉に来た有名人シリーズ*****************
★説明がちがっているかもしれません。
 巴御前と静御前を勘違いしています。










箕輪初心:生方▲『草津温泉に歩みし百人』①「日本武尊:開湯伝説」
http://53922401.at.webry.info/201709/article_23.html

箕輪初心:生方▲『草津に歩みし100人』②「行基:開湯伝説」
http://53922401.at.webry.info/201709/article_24.html

箕輪初心:生方▲『草津に歩みし100人』③「源頼朝:開湯伝説」
http://53922401.at.webry.info/201709/article_25.html

箕輪初心:生方▲『草津に歩みし100人』④木曾義仲・⑤巴御前
http://53922401.at.webry.info/201709/article_26.html

箕輪初心:生方▲『草津に歩みし100人』⑥蓮如と番外編「孫:顕如」
http://53922401.at.webry.info/201709/article_27.html

箕輪初心:生方▲『草津に歩みし100人』「番外編:堯恵」
http://53922401.at.webry.info/201709/article_28.html

箕輪初心:生方▲『草津に歩みし100人』⑦「長野業尚:榛名鷹留城主」
http://53922401.at.webry.info/201709/article_30.html

箕輪初心:生方▲草津に歩みし100人⑧長尾為景:上杉謙信の父
http://53922401.at.webry.info/201710/article_1.html

箕輪初心:生方▲草津に歩みし100人⑨大光宗猷禅師=曇英恵応:林泉寺創建
http://53922401.at.webry.info/201710/article_2.html

箕輪初心:生方▲『草津に歩みし100人』番外編:万里集九『梅花無尽蔵』
http://53922401.at.webry.info/201710/article_3.html

箕輪初心:生方▲『草津に歩みし100人』№10『横瀬成繁』太田金山城主
http://53922401.at.webry.info/201710/article_8.html

箕輪初心:生方▲草津に歩みし100人:連歌師『⑪宗祇』&番外編『宗長』
http://53922401.at.webry.info/201710/article_9.html

箕輪初心:生方▲草津に歩みし100人『草津管理人:湯本善太夫』
と『真田ブログ一覧』
http://53922401.at.webry.info/201710/article_10.html

箕輪初心:生方▲草津に歩みし100人ー№12『甘楽国峰城主:小幡信貞』
http://53922401.at.webry.info/201710/article_11.html

箕輪初心:生方:▲草津に歩みし100人:『戦国時代の草津温泉ブーム創作編』
http://53922401.at.webry.info/201710/article_12.html

箕輪初心:生方▲草津に歩みし100人【織田信長家臣→豊臣秀吉家臣⑬丹羽長秀】
http://53922401.at.webry.info/201710/article_13.html

箕輪初心:生方▲草津に歩みし100人【織田信長家臣→豊臣秀吉家臣⑭堀秀政】
http://53922401.at.webry.info/201710/article_14.html

箕輪初心:生方▲草津に歩みし100人【織田信長家臣→豊臣秀吉家臣⑮多賀常則】
http://53922401.at.webry.info/201710/article_15.html

箕輪初心:生方▲草津100人『№16(近衛晴嗣→前嗣→前久→)近衛龍山
http://53922401.at.webry.info/201803/article_9.html

箕輪初心:生方▲草津100人『№17朝日姫・№18豊臣秀次・
幻の豊臣秀吉&井伊直政』
http://53922401.at.webry.info/201803/article_10.html

箕輪初心:生方▲草津に歩みし100人№19『依田(松平)康国』
:豊臣秀次の饗応役
http://53922401.at.webry.info/201803/article_11.html

箕輪初心:生方▲草津温泉100人№20『真田幸繁親戚:大谷吉継
とハンセン氏病療養』
http://53922401.at.webry.info/201803/article_12.html

箕輪初心:生方▲草津100人『№21:前田利家』死の予感?
http://53922401.at.webry.info/201803/article_13.html

箕輪初心:生方▲草津100人『№22真田支配116年』&真田ブログ一覧
http://53922401.at.webry.info/201803/article_14.html

箕輪初心:生方▲草津100人№23『徳川将軍への「御汲湯」の歴史』
http://53922401.at.webry.info/201803/article_15.html

箕輪初心:生方▲『草津100人№24林羅山』三名泉
http://53922401.at.webry.info/201803/article_18.html

箕輪初心:生方▲草津100ー25『小林一茶』と「草津:望雲」と「上州」
http://53922401.at.webry.info/201803/article_19.html

箕輪初心:生方▲草津100-№26『十返舎一九と草津温泉:望雲』
http://53922401.at.webry.info/201803/article_23.html

箕輪初心:生方▲草津100--№27『清水浜臣』:高崎に移住した国学者
http://53922401.at.webry.info/201803/article_31.html

箕輪初心:生方▲草津100人-28『良寛』:
http://53922401.at.webry.info/201803/article_32.html

箕輪初心:生方▲草津100ー29『高野長英と上州の弟子たち』
http://53922401.at.webry.info/201804/article_1.html

箕輪初心:生方▲草津100ー30【田川鳳朗・一夏庵坂上竹烟&松尾芭蕉句碑】
http://53922401.at.webry.info/201804/article_2.html

箕輪初心:生方▲草津100人ー31『安積艮斎(ごんさい)』
&小栗上野介のブログ一覧
http://53922401.at.webry.info/201804/article_8.html

箕輪初心:生方▲草津100人ー32『佐久間象山』:目的は火薬づくり?
http://53922401.at.webry.info/201804/article_9.html

箕輪初心:生方▲草津100人ー33『藤田東湖』:『西郷どんに登場しなかった。』
http://53922401.at.webry.info/201804/article_10.html

箕輪初心:生方▲草津100人ー34『堀秀成』:草津繁昌記著者
http://53922401.at.webry.info/201804/article_11.html

箕輪初心:生方▲草津温泉の日帰り温泉の割引き券の話
http://53922401.at.webry.info/201804/article_15.html


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