箕輪初心:生方▲城№873「彦部家住宅」国重要文化財

平成28年(2016)11月23日 箕輪城郭馬出完成式典を見てから、栁
澤先生と彦部家での山本隆志先生などの「講演会」に出かけた。
彦部家は桐生市広沢町の手臼山の麓にある。室町時代に彦部氏は
足利将軍家に仕えた。戦国時代に桐生市広沢に下向し、金山城主:
由良成繁に仕えた。永禄4年(1561)、広沢の地に屋敷を構えた(伝)。
由良氏が牛久(茨城県牛久市)に移封後も広沢に残って土着した。
手臼山の山裾以外の三方に土塁と堀を設け、北の搦手枡形虎口
に櫓台を築いた中世の縄張りを残している。手臼山の砦を詰め城
としている主屋や長屋門は江戸時代に建てられたものである。
★後北条流の築城術を駆使した縄張りの武家文化→近世の豪農
の館&地泉回遊式庭園の貴族文化の融合させた中世~近世初期
の屋敷であった。栁澤佳雄先生に彦部篤夫先生を紹介していただい
た。
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【1】彦部家の解説
・昭和51年(1976)5月7日 「彦部氏屋敷」群馬県指定史跡
・平成4年(1992)8月10日 「彦部家住宅」国重要文化財。
主屋・長屋門・冬住み・文庫倉・穀倉の5棟と土地20,607.15平方
mが国の重要文化財に指定されている。

土地 =石垣・堀・土塁・水路・井戸・祀社を含む土地(宅地、山林、
田、原野)20,607.15平方mが、建物とともに重要文化財に指定され
ている。
(★ウィキペディア)

□ 中世武士館 彦部家屋敷
彦部館は手臼山を詰めの城とし、館を山麓に配置した典型的な中世
の城の形態を成している。そして 永禄年間以降、城を固めるという
よりも由緒ある家柄に相応しい館として整えられたと考えられる。
屋敷の規模は東西130m、南北110mのほぼ方形でその中の約100m
四方部分が堀と土塁に囲まれた内郭となっている。
虎口(出入口)は南面の大手口(正門)と裏側の東北面の搦め手口(裏門)
の2つである。 敷地内には国重文に指定された主屋・隠居屋(冬住み)
・長屋門・文庫倉・穀倉があり、屋敷北西隅には源義国の勧請と伝
えられる竹ヶ岡八幡宮と稲荷宮が祀られ戦国時代から江戸時代の面影
を今に伝えている。特に庭園は巧みに竹ヶ岡の細流を導き入れ、水・
石橋・滝・池・巨石を配した池泉回遊様式で室町時代の公家文化の
香りを伝えている。
(★彦部篤先生記・Hpより引用)


館内配置図

□ 主な歴史的建造物群
1. 主 屋 主屋は入母屋造り・かやぶき茅葺で、正面約18m・奥行き
約11mあって規模が大きい。
建築年代は江戸前期にさかのぼり、全国的にみても古い遺構であり、
当時の上層農家の姿を伝えている。

2. 長屋門 屋敷の表門で正面16.2m・奥行き3.8mで、
屋根は茅葺・寄棟造りとする細長い建物である。
3. 冬住み 隠居屋であって、正面10.3m・奥行き6m弱で、
屋根は茅葺・寄棟造り、桟瓦葺の下屋おろしがある。
4. 文庫倉 土蔵造り、正面10.9m・奥行き4.7mで、
屋根は鉄板置屋根・切妻造り、江戸時代末期の建築である。
5. 穀 倉 土蔵造り、正面3.8m・奥行き9.4mで
屋根は桟瓦葺置屋根・妻入造り、江戸時代末期の建築である。
6. からめ手口
・やぐら台 16世紀中頃の建造
7. 竹ヶ岡八幡宮 12世紀源義国が石清水八幡宮より観請したと云う。
8. 医務所
・元寄宿舎 昭和初期、機業全盛期の頃の従業員のもの。
9. 庭 園 17世紀中頃の庭園。室町風、地泉回遊式庭園。
□草木染めの実演(毎週日曜日)
屋敷内で植生する草木を素材として用いた作品の制作を行っている
(★彦部篤先生記・Hpより引用)


【2】彦部家住宅の散策
彦部屋敷は中世の豪族の館の名残ろが随所に見られる。
・「手臼山砦」遠望
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・看板

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・彦部家
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・敷地の廻りには掘と土塁を廻らしてある。

・横矢かがりの石垣
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・長屋門・・・江戸時代中期の建築と推定される。
  正面入口に配している。
長屋門(寄棟造、茅葺、桁行き16.2m、梁間3.8m)
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・入館料500円
一般公開は土曜日・日曜日・祝日の午前10時から午後4時までと
  なっている。平日や団体20名以上は予約が必要となる。

・案内板
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・縄張り図
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・主屋=母屋・・・・江戸時代初期に建てられたと推定されている。
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  寄棟入母屋造、茅葺の建物で桁行18m、梁間10.4m
  間取りは東が土間、西が居室となっており、広間・表座敷・奥座敷
  ・裏座敷・納戸で構成されている。
  北の突出部は織物工場として利用されていた。
中世武士の館→近世の豪農の暮らしを伝える貴重なものとして
  国指定重要文化財に指定されている。
・中
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・お宝「足利直義の書状」?
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・冬住み(隠居部屋) ・・・江戸時代中期の建築と推定される。
   (寄棟、茅葺、桁行き10.3m、梁間3.8m)
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・ランチ600円
(栗の強飯&けんちん汁)
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★栁澤先生、ご馳走様でした。
・近代住宅・・・トイレ・ガイドさん控え室

・文庫倉・・・江戸時代後期の建築と推定される。
 (土蔵造、切妻造、鉄板板葺、桁行き10.9m、梁間4.7m)

・穀倉・・・安政3年(1856)に建築された。
(土蔵造、切妻造り、桟瓦葺置屋根、桁行き3.8m、梁間9.4m)
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・医務所

・元寄宿舎 

・工場跡

・庭園
  (17C地泉回遊式庭園)

・竹ヶ岡八幡宮

・搦め手枡形虎口・・・裏側の防御用入口
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・櫓台・・・虎口の一画にある。
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・搦め手枡形虎口
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・裏の堀
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・土塁
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★感想・・・土塁や壕をめぐらした彦部家の縄張りは凄い。
後北条流の築城術を駆使した武家文化→豪農の館&地泉回遊式庭園の
  貴族文化の融合した屋敷であった。


*「第15回 紅葉狩りウィーク」
2016年11月19日(土)~27日(日)
群馬県桐生市広沢町6丁目877番地(〒376-0013)
TEL:0277-52-6596 FAX:0277-52-6598
彦部 篤夫 E-mail:info@hikobeke.jp

彦部篤夫氏と栁澤佳雄氏は大学院には交流はなかった。
同窓会で知り合ったという。
栁澤先生に紹介していただいた。 

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