箕輪初心★高崎「新町紡績所」:官営工場

高崎市新町の紡績所は明治時代に内務省勧業寮屑糸紡績所として
開設された官営模範工場である。平成25年(2013)9月に亡くなられた
近藤義雄先生が「富岡製糸関連の世界遺産に新町紡績所も含める
べき・・。」とおっしゃっていた。その位、価値のある遺産であったので
あろう。明治10年(1877)旧内務省勧業寮屑糸紡績所は建設された。
木造煉瓦造で、設計・施工は佐々木長淳・グレーフェン・山添喜三郎
であった。現在でも、旧製品倉庫が残っている。でも、見学したことが
ない。各駅停車の車窓から見たことことと、バスで18号線を通った時
に遠目から見たことしかない。
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※官営新町紡績所のレンガ倉庫に気づいたのはJR高崎線に乗って
時だった。在来線の車窓から沿線の風景や建物をしっかり見えた。
特に下りの各駅停車の電車が新町駅を出て間もなく、右手に赤レ
ンガの倉庫の建物が民家の間から数秒見えた。でも、興味はなか
った。・・・

※ガトーフェスタ・はらだの見学帰りに時々車窓から見た。
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【1】新町紡績所プロローグ
・明治3年(1870 )
 ※渋沢栄一は官営富岡製糸場の設置主任となった。
 ※妻千代の兄:尾高惇忠は工事のまとめ役となった。
  民部省→大蔵省勧業掛の富岡製糸場掛となった。

・明治5年(1872) 官営富岡製糸場が建設された。
ブリューナーの設計で、・・・10人のフランス人
バスチャンなど


・明治6年(1873)オーストリアのウィーン博覧会
 ※佐々木長淳は内藤新宿試験場の養蚕試験係長だった。
 ※佐々木長淳はウィーン博で日本館建設に棟梁として携わって
 いた。
 明治政府はヨーロッパでの屑糸製糸の技術調査を佐々木長淳に
指示した。
 佐々木長淳はイタリアのツリヤノ、スイスのバーゼル、ルツ
 ェルンを訪れた。
 佐々木長淳は屑繭からの製糸技術をスイスで学んだ。

・明治8年(1875)佐々木長淳が帰国・・・
12月 内務省の屑糸工場の建設決定。
   佐々木長淳は屑糸紡績所新築係になった。
   
建設地探訪・・・長野・群馬・埼玉・東京・山梨など
★温井川の水を用いてタービン水車の動力が利用できる新町
  に工場を建設を決定した。水田より、高さ3,64mしか
なかったのだ。
工場建築はウィーン万博で渡欧し西欧建築を身につけて帰
 国した新潟出身の大工:山添喜三郎が設計から施工までを
 担当した。佐々木長淳は山添喜三郎とともに、森町屑糸紡
 績所の建設計画を練った。

・明治9年(1876)
 2月 佐々木長淳は工事を開始した。
    基本的な設備はスイスとドイツから輸入した。
  ※日本人技術者の手によって洋式工場をつくりあげる
 までになったのだ。
   佐々木長淳は技師・教師を招聘した。
紡績技師:へール(スイス)
動力技師:マルチン(ドイツ)
  建築技師:グレーフェン(ドイツ)
・・開成学校(東大)・鉱山学の数学教師として来日
月給250円
  などは補助的な役目であった。
  

 
 


【2】新町紡績所の歴史
・明治10年(1877) 旧内務省勧業寮屑糸紡績所は建設された。
木造煉瓦造で、ドイツ人技師グレーフェンの補佐で、設計・施工
は佐々木長淳・グレーフェン・山添喜三郎であった。
7月1日 操業を開始した。
 官営新町紡績所は、繭から生糸を取った後の屑糸や屑繭を原料
とし、生糸とほぼ同じ製品を作る屑糸紡績工場としてスタートした。
富岡製糸場などの製糸工場から出た屑糸を活用したのだ。

10月20日 大久保利通、伊藤博文、大隈重信など政府首脳がほ
 とんど出席して開所式が挙行された。


・明治11年(1878) 明治天皇が行幸した。
 ※国の期待を負った工場だったのだ。
 天皇は自ら紡績機械を運転して確かめたという記録もある。
 ※明治天皇の宿舎としてつくられた新町行在所も新町の工場近く
  に保存されている。


 官営工場としてはじまった。~~~
 内務省から農商務省に所管が移った。

・明治20年(1887) 「内務省勧業寮屑糸紡績所」は
「新町三越紡績所」となった。 
 三井財閥の三越得右衛門に払い下げられた。

・明治35年(1902) 紡績5社と三井の合併した。


・明治44年(1911) 鐘淵紡績株式会社の所有となった。
(現・クラシエホールディングス)に譲渡された。
紡績絹糸の評判が高まり、地元伊勢崎の伊勢崎銘仙の
  原料などとしてひろく使われた。

・大正6年(1917) 工場の大拡張が行われた。

・大正~昭和時代 業績を伸ばした。
        製糸工場なども併設された。

・昭和18年(1943) 第二次世界大戦で一時的に生産が落ち
込んだ。

・昭和20年(1945) 合成繊維の分野にも進出した。
   最盛期には約5万坪の敷地に3000人以上の従業員の
   働く一大工場となった。

・昭和45年(1970) ~ 繊維産業の業界は全体の退潮期を
   迎えた。

・昭和50年(1975) 絹糸紡績は廃止された。
          製糸、合繊も廃止となっていった。
・昭和55年(1980)頃 ~  「旧紬糸工場」は建物内部に新たに
  食品工場が作られた。
  食品工場に転用された。
  工場規模は年々縮小された。

・平成時代 親会社のクラシエは企業再建を経て化粧品部門が
  カネボウ化粧品として独立した。
  
・平成16年(2004) 旧カネボウフーズは工場、倉庫として使用
   していた。

 (株)カネボウ・フーズ新町工場
アイスクリーム・カップ麺などの食品を製造・・・。
 (株)カネボウ・アグリテック新町事業所
    
・現在 クラシエフーズ  
  クラシエの所有している約2万坪の敷地内には、
①創業時の工場・・・山添喜三郎が設計した創業時の工場
   木造平屋は約500坪で、一部に改造はあるものの、建設
  当初の構造がほぼそのまま完全に残っている。
  屋根もほぼ全部が残っている。
②明治30年代のレンガ倉庫
③明治40年代の木造のこぎり屋根工場
&コの字形の建物の中庭に拡張工事による増築部分。
④大正~昭和期の鉄筋コンクリートののこぎり型屋根工場、
  変電室
 
※貴重な近代化遺産を守るため、住民の保存運動が開始され
 活発な活動が行われている
 富岡製糸場に比べると、建物は見劣りするが、歴史的価値
 は富岡製糸場に勝るとも劣らない。  

※群馬県多野郡新町2330 
 現カネボウフーズ株式会社新町工場内


◆参考資料
・青い目の旅人たち:みやま文庫・丸山知良文責



◆参考サイト
・高崎新聞

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箕輪初心★【渋沢栄一の生涯】:「日本資本主義の父」
http://53922401.at.webry.info/201409/article_14.html

箕輪初心★埼玉深谷【尾高惇忠】初代富岡製糸場長:
富岡製糸場6-⑦
http://53922401.at.webry.info/201409/article_15.html

◆◆ 箕輪初心★小栗上野介⑤「横須賀造船所」 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201107/article_2.html

◆◆ 箕輪初心★富岡製糸場&絹遺産 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201108/article_10.html

箕輪初心■『富岡製糸場』6-①「世界遺産への疑問点」
http://53922401.at.webry.info/201209/article_24.html

◆◆ 箕輪初心■富岡製糸場②「5回目の訪問」 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201209/article_25.html

箕輪初心■富岡製糸場6-③「富岡製糸場・県立博物館の展示内容」
http://53922401.at.webry.info/201209/article_26.html

箕輪初心■富岡製糸場6-④『扇風機の歴史&群馬養蚕スポット』
http://53922401.at.webry.info/201209/article_27.html

箕輪初心■富岡製糸場6-⑤「上毛カルタ&群馬の養蚕の歴史」
http://53922401.at.webry.info/201209/article_28.html

箕輪初心★富岡製糸場6-⑥「日本絹の里」の展示内容
http://53922401.at.webry.info/201210/article_2.html




箕輪初心■群馬【下仁田町の特産品&山&名所・観光地】
http://53922401.at.webry.info/201204/article_20.html

箕輪初心★群馬『田島弥平宅』=世界遺産候補
http://53922401.at.webry.info/201303/article_28.html

箕輪初心◆神奈川『横浜開港物語』
http://53922401.at.webry.info/201210/article_8.html

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http://53922401.at.webry.info/201210/article_8.html

箕輪初心★梶取素彦=群馬県令。吉田松陰の2人の
妹:寿&文が妻。
http://53922401.at.webry.info/201401/article_31.html
http://s.webry.info/sp/53922401.at.webry.info/201401/article_31.html

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★明日も高崎関係かな?

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