箕輪初心★栃木【益子焼】=笠間焼+安中自性寺焼「須藤」→濱田庄司・島岡達三などへ

嘉永年間(1848~1854 )常陸国笠間藩(現笠間市)で修行した大塚
啓三郎が益子に窯を築いたことにより始まった(伝)。当初は水がめ・
火鉢・壺などの日用品が主に製作されていた。明治初期には上野国
の安中自性寺焼の陶工「須藤一族」などが移住した。私の興味は、
ここである。昭和2年(1927)濱田庄司によって花器・茶器などの民芸品が
日本全国に知られることとなった。また、イギリスの陶芸家バーナ
ード・リーチなどの普及活動もあった。現在、窯元は約260、陶
器店は50程あるそうである。春と秋には陶器市が開かれる。

私は、4回、益子焼を訪問ねている。
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◆◆ 群馬県安中市の自性寺焼:青木昇先生の作品
http://www002.upp.so-net.ne.jp/jisyojiyaki/page006.html
青木先生が、益子焼の日向窯&須藤窯のことを教えて
教えて下さったので、Hpを参考に加筆した。H25・1月13日
青木先生、ありがとうございます。


~~~栃木県シリーズ~~~~~~~~~~~~~~
箕輪初心●栃木県【益子城】&益子そば祭り
http://53922401.at.webry.info/201401/article_9.html

箕輪初心●栃木『板東20番:西明寺』&【西明寺城】=益子氏の詰め城
http://53922401.at.webry.info/201401/article_10.html

箕輪初心●栃木【茂木城】=佐竹についた宇都宮一族
http://53922401.at.webry.info/201401/article_11.html

箕輪初心●栃木【真岡城=芳賀城】=後北条氏と戦った芳賀氏の城
http://53922401.at.webry.info/201312/article_21.html

箕輪初心●足利氏館跡:足利尊氏を輩出した城&100名城
http://53922401.at.webry.info/201311/article_5.html

箕輪初心◆【足利初代~8代足利尊氏】&栃木:足利氏館3回目
http://53922401.at.webry.info/201312/article_6.html

箕輪初心★足利8代目:足利尊氏=室町幕府を開幕
http://53922401.at.webry.info/201312/article_7.html

箕輪初心●栃木【唐沢山城】佐野氏→上杉謙信→北条氏→佐野氏
http://53922401.at.webry.info/201312/article_8.html

箕輪初心●栃木【佐野城】&佐野厄除け大師&佐野信吉
http://53922401.at.webry.info/201312/article_9.html

箕輪初心◆栃木:【例幣使街道の宿場町&水運蔵の街:栃木】&レイテ島
http://53922401.at.webry.info/201312/article_16.html

箕輪初心◆下野:古代都市【①琵琶塚古墳・③国府跡・⑤国分尼寺等】
http://53922401.at.webry.info/201312/article_17.html

箕輪初心★栃木【祇園城=小山城】&小山一族の栄枯盛衰の歴史  
http://53922401.at.webry.info/201312/article_10.html
  
箕輪初心○栃木[小山氏城跡②]=【鷲城】&小山義政
http://53922401.at.webry.info/201312/article_11.html

箕輪初心●栃木小山【中久喜城】=鉄道で真っ二つの城
http://53922401.at.webry.info/201312/article_12.html

箕輪初心●栃木【壬生城】=小田原で滅亡した壬生5代の城 
http://53922401.at.webry.info/201312/article_18.html

箕輪初心●栃木【児山城】=宇都宮氏の南を守る城
http://53922401.at.webry.info/201312/article_19.html

箕輪初心●栃木【上三川城】=近世城郭のような中世古城
http://53922401.at.webry.info/201312/article_20.html

箕輪初心●栃木【飛山城】=宇都宮一族の芳賀氏築城
http://53922401.at.webry.info/201312/article_22.html

箕輪初心●栃木:『宇都宮一族の歴史』&【宇都宮城&多気山城】
http://53922401.at.webry.info/201312/article_23.html

箕輪初心●栃木【中村城】:伊達政宗の先祖が築いた城
http://53922401.at.webry.info/201312/article_25.html



【1】平成9年(1997)11月23日
 職場の若者ツアー



【2】平成15年(2003)4月12・13日群馬県自性寺焼青木昇ツアー
  「板谷破山&笠間焼&那珂湊泊→益子焼」(2003年春旅行)
1)陶芸メッセ

2)浜田庄司の移築家屋
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3)浜田庄司の住んでいた家
 ①浜田庄司の家海外からの焼き物もたくさんあった。

濱田庄司は海外文化財をこんなに日本に持って
  きたのか?ペルシャの陶器やガラス器が多くあった。
現代は、政府が許可しない国宝級の遺品ばかりである。



私も世界各国70ヶ国程の骨董品集めている。
  ・・・陶器&民族楽器である。・・・・
陶器の浜田庄司のコレクションには
 ペルシャの超一級品があるのだ。
ほとんどの方は行かないので、知らないであろう。
 
3)どこかな?

濱田庄司:民芸運動を推進した陶芸家。
「京都で道をみつけ、英国で始まり、沖縄で学び、
 益子で育った」 と書き残した。
昭和30年(1955)第1回無形文化財保持者。
昭和43年(1968)文化勲章受賞。

島岡達三:「縄文象嵌」の世界を築いた陶芸家。
昭和21年(1946) 濱田庄司の門下。
平成08年(1996) 重要無形文化財保持者。
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 (★買ってきた本)
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4)明石先生宅
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5)町散策


6)陶芸組合・・土&釉薬の購入



【3】平成20年(2008)11月23日益子焼

1)酒屋
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2)フリー散策
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3)浜田庄司移築民家
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3)町散策
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【4】平成21年(2009)11月8日 益子焼
●フリー散策「ツカモト」
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◆◆ 益子焼の歴史 ◆◆
・江戸時代中頃  常陸の国の笠間焼の影響を受けて、開始。

・嘉永年間(1848~1854 )嘉常陸国笠間藩(現笠間市)で
  修行した大塚啓三郎が益子に窯を築いたことにより始
  まった(伝)。  
 
戦国時代には、須田一族の先祖は新島襄の実家の群馬県
 安中市の生涯教育センターの南の上にある城祉に住んでい
 たが、長篠の戦いで、安中忠成の家臣として、長篠の戦い
 に出向いて、死亡したという。その子孫は、安中板鼻の番
 所勤めをしたという。おそらく、「須藤金兵衛」&「須藤
 勇次郎」はこの須藤一族の末裔でであろう。同一人物かも
 しれないが・・・・



・江戸末期~明治 「須藤勇次郎が益子町道祖土(さやど)
  に職人を連れて移り住み窯を築いた。
 (★Hpより)

・明治10年(1888)頃  上野国の安中自性寺焼の陶工
  「須田金兵衛」が真岡市道祖土に移住。
 「須田金兵衛」は高松窯=道祖土窯で陶工として働いていた。
 (★http://blog.livedoor.jp/jackie7/tag/%E7%A9%B4%E7%AA%AF

・明治16年(1894)大塚亀次郎の窯に須藤金兵衛が在住した。
「明治一六年二月八日には城内(益子町)の大塚亀次郎方に
  附籍した。」(★益子町史)

・明治20年(1898)須藤金五郎が大羽「須藤窯」を創業開始。
◆◆ 益子焼・・大羽【須藤窯】
http://blog.livedoor.jp/jackie7/tag/%E7%A9%B4%E7%AA%AF
この須藤氏の子孫「須藤窯」の方が、私の陶芸師匠の安中
の自性寺焼青木昇先生の宅を訪れている。


・明治中頃 「日向窯」=須藤勇次郎の窯は2代目:須藤
  安太郎に受け継がれたのであろう。そして、
 多くの職人を抱える有数の窯元に成長したのであろう。


・大正13年(1424) 濱田庄司が益子で作家活動開始。
 「用の美」に着目した柳宗悦らと共に 民芸運動を推めた。
 →陶工達に大きな影響。
 「日向窯」の3代目:須藤武雄が、濱田庄司の子息と同
 級生でもあったので、濱田庄司を師事することになった。
 3代目須藤武雄は濱田庄司の誘いで、工房を筋向いに
 窯を築いた。現益子参考館前である。
 濱田庄司の確立した新しい益子焼の技法と伝統を忠実に
 受け継いだ民芸運動にも携わり、陶器を作っていった。
 (★日向窯Hpより)

・昭和2年(1927) 濱田庄司によって花器・茶器などの民芸
  品が作られるようになり、日本全国に知られた。
 益子焼は 「芸術品」としての価値が引き上げられた。
=益子焼は雑器から美術品へと変わっていった。

・昭和54年(1979) 通商産業省(現経済産業省)より、伝統的
工芸品に指定された。



・現在 窯元は約260。陶器店は50。陶工・陶芸家約500人。
   卓用品や花を生ける器等が作陶されている。
   若手からベテランまでここに窯を構える陶芸家も多く、
   作風は多種多様である。春と秋には陶器市が開かれる。
意外と若手女性陶芸家・・創造性のあふれるかわいい感じ
の1000円~2000円程度の作品が人気があるようだ。
※「日向窯」は四代目:田上勇→五代目:田上宗利&宗利
 の妹:田上晃子が民芸の受け継いで、伝統と柿釉をベース
 に益子焼を作陶しているそうである。
 
★参考サイト
◆◆ 益子焼【日向窯】◆◆ 
http://hinata-touki.jimdo.com/

※「須藤窯」田上宗利氏の窯
http://www15.ocn.ne.jp/~machiya/hinatagama-sakutouten2.html

◆◆ 益子焼・・大羽【須藤窯】
http://blog.livedoor.jp/jackie7/tag/%E7%A9%B4%E7%AA%AF
2009年7月21日に群馬県の安中:自性寺焼
 青木先生宅に須藤窯のルーツを調べに見えた
 方だった。



◆◆ 群馬県安中市の自性寺焼:青木昇先生の作品
http://www002.upp.so-net.ne.jp/jisyojiyaki/page006.html



★これから、タイ:プーケットからスミランクルーズに
行くのだ。5時40分出発である。

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