箕輪初心●群馬【蒼海(おうみ)城 】千葉氏→長尾氏→諏訪氏

平安末期に石上=長野一族(後箕輪城主)が上野国国司の
№2・3として現群馬町国府に在地役人として入ったが、
2年後の「1192造ろう鎌倉幕府」の年には無用の在地官
僚にとなってしまった。鎌倉時代には千葉氏が総社に入
って来たため、長野一族はしかたなく、現高崎市浜川町の
東山道沿いに移住した。鎌倉御家人になり、朝廷の警護
役になった。室町時代には足利の有力家臣:上杉家の家
宰職の長尾一族が入って来た。長野一族と長尾一族は
ライバル関係になっていった。

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■訪問記・・・総社神社北側駐車場に停め境内に入る。
①総社神社・・・元総社町 総社神社も一部
○境内や付近を散策。
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 中心部は宮鍋神社。
 御霊神社付近の土塁が残る。
○西に大きな城郭の看板「蒼海城地図」「歴史」がある。
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「元総社町の大部分が蒼海城である。榛名山の南東麓が
 染谷川と牛池川に挟まれた台地の先端。」 
「城の縄張りは二つの川に挟まれた東西2km、
 南北2kmの範囲。」と分かる。
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②二の丸の西端の櫓。

③三区殿小路に本丸跡が残存。
         (前橋教育委員会)

④郭内・・元同僚の家の前にも行ってみた。
  ★遺構はほとんど分からなかった。
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(★山崎一氏の縄張り図) 
 
◆◆ 蒼海城の歴史 ◆◆
・大化の改新以来・・・・上野国府庁が設置。
・長元元戊辰年(1028) 上総介平忠常が下総国より入国。
          嫡子下総介常重→孫の千葉介常胤。
          千葉常胤が蒼海城として使用。
・治承4年(1180)  源頼朝より加勢依頼の使者
           →千葉常胤が鎌倉に赴任。
           →平家の方の足利太郎俊国に総社の
            民家が焼き払われた。
  千葉介常胤の7人の子
   長男千葉胤正・・・・・総社(前橋市)在住。家督を継
   2男相馬小次郎師常・・高井
   3男武石三郎胤盛・・・武石(現藤岡市立石)
   4男大須賀四郎胤信・・須賀谷(現高崎市旧群馬町菅谷)
   5男国分五郎胤道・・・国分(現高崎市旧群馬町国府)
   6男東六郎胤頼・・・・台村(現高崎市岩鼻町台新田)
   7男・・・・出家。
・???    築城年代は不明。  
       蒼海城は千葉常胤が築城。(伝)
・永享元年(1429)足利直義は、戦功により関八州と伊豆・甲斐
         ・越後の行政権を獲得。
         足利直義家臣の長尾佐衛門景忠が
          上野・越後守護代。
         4男の忠房を上野国府を支配。
         長尾忠房は国府跡を蒼海城を城郭化。
         元の総社神社を今の場所に移築。
     ~~~以後、総社長尾氏の本拠地。
      (★上野国守護代総社長尾景行入城説あり。)
        ※長尾氏は当初は鎌倉姓で景正を祖。
 
・建久元年(1190) 国司の在地官僚の石上氏(→長野氏)
  は、国府から東山道西の長野郷に移住。
  寺ノ内館・・乙業館・・隆業館(=浜川館)・・鷹留城
   ・厩橋城・箕輪城築城し、蒼海城に対抗。

長尾一族
長尾氏は上杉氏(足利尊氏の母:清子の実家)の家臣として
南北朝時代に台頭した。
・延元2年・建武4年(1337) 足利直義の家臣:上杉重能の
家臣:長尾景忠は上野守護代になった。
○長尾景忠の子孫が上野国守護代を世襲した。 
 長尾景忠→長尾景行→
 ①白井城長尾・・・・・・
 ②蒼海城長尾・・・・・・4男:長尾忠房

○長尾景忠の弟:景恒の子孫が越後国の守護代を世襲した。
 長尾景恒の子・・(上野国の長尾景行の従兄弟)
 ③越後春日山城長尾・・・長尾景行の従兄弟:景廉
 ④足利両崖山城長尾・・・長尾景行の従兄弟:景直 
        
 
・永享元年(1429) 上野国守護代総社:長尾景行が入城し、
  以後長尾氏が治めた。
  蒼海城長尾氏は長尾景行→長尾忠房→長尾景棟と続く。
・永享元年(1429)~ 築城年代不明。
 築城者・・長尾景行か長尾忠房

・15C中頃  長尾忠房が石倉城を築城。移住? 
  石倉城が利根川に崩落
  総社長尾氏は蒼海城に戻った。

・文明3年(1471)
山内上杉氏の家宰職には、白井長尾氏が就いていた。
 長尾景信が死亡。
関東管領:上杉顕定は、家宰職に景信の嫡子:景春ではなく、
 景信の弟:総社=惣社長尾氏を継いだ忠景を任じた。
 上杉顕定が白井長尾氏の勢力伸張を警戒したためと言われて
 いる。
・文明8年(1476) 長尾景春の乱
 長尾景信の子:長尾景春は、叔父である:総社の長尾忠景
 山内上杉家宰職を継がせたことに不満を持ち叛逆した。
 ・・・古河公方と組んだ。

○総社長尾氏は、長尾忠景→顕忠→顕方→顕景と続いた。

・大永4年(1524) 長尾顕景(蒼海城)
  が北条氏綱(2代目)に内通(★秋本氏)
  (*北条氏綱が江戸城の奪取)

・大永5年(1525) 上杉憲房(山内上杉家2代)が関東管領に
   なる。
   上杉朝興 VS 北条氏 
  (*長野業政の次男吉業が誕生?)

・大永27年(1527) 長野憲業は、弟の厩橋城主の左衛門大夫方業
   (方斎)とともに惣社長尾顕方が後北条方に通じたことを
    口実に、領土拡大を目論む。
 ①長野方業=方斎(厩橋城=前橋城)が惣社城長尾顕景を攻撃。
 箕輪城長野憲業+厩橋城長野宮内が、総社長尾氏が挟み撃ち。
 ②→蒼海城:長尾顕景+白井城:長尾景誠が応戦。
 ③→越後の長尾為景(=上杉謙信父)に援助要請。
 ④長野方業も長尾為景に仲裁請求。 
     (★群馬県史:近藤氏・峰岸氏)
 (★数少ないの長野氏関係の文書・・・★秋本氏)
 
★実際の仲裁には関東管領:上杉憲房か長年寺・長純寺和尚が
  立ったのでは?

@享禄元年(1528)白井長尾景誠が家臣に殺害された。
  →長尾景誠には男子がないために、跡継ぎ争い。
長尾景誠は長野業政の姉が長尾景英に嫁いで生んだ子で
  長野業政の甥)。

 長野業政のはからいともとれるが・・
長野憲業は白井長尾氏の家督相続に介入。 
→惣社長尾氏から長尾景房(憲景)に白井長尾氏を継がせた。
 白井城長尾景房は惣社城長尾氏とともに山内上杉氏に復帰。
長野憲業・長野業政が両長尾氏の復帰は関東管領:上杉
  憲房を動かしたのでは?

長野憲業は両長尾家に恩を売る形で上に立ったのでは?
長野一族は山内上杉氏の最有力者に台頭したと思われる。 
以後、総社長尾氏は衰えた。


◆◆ 長野方業の説 ◆◆
①厩橋城主:長野方業=箕輪城主:長野信業の弟説 
②厩橋城主:長野方業=箕輪城主:長野憲業の弟説 
箕輪城主:長野方業はだった。
 飯森康広氏の最新有力説・・H24年12月
 長野方業(まさなり)=長野業政(なりまさ)では?
米沢の上杉家文書では、
1)大永7年(1527)11月27日・・
 箕輪の長野左衞門太夫方業、総社長尾顕景・白井長尾景誠
 の排除を徳雲軒と謀る。
2)大永7年(1527)12月16日・・ 
 箕輪の長野左衞門太夫方業、厩橋宮内大輔とともに総社城
 を攻めすすめる。  
3)天文4年(1535)4月
 □(長野方業) 榛名神社に制札を出す。(榛名神社文書)
「長野左衞門太夫方業は箕輪城に在城したことが、上記の
2文書から判明しました。」
つまり、長野方業=長野業政であることが分かった。
  
◆◆ 箕輪初心●【箕輪城№87:飯森康広氏の新説】 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201212/article_2.html


・天文21年(1552)北条氏康の平井城攻撃
  →上杉憲実は長尾景虎:上杉謙信のもとに逃亡。
   ①越後逃亡説・・・従来の通説
②沼田・水上説・・高崎市史の説
③中之条説・・・・新潟県の某市の説(★秋池氏)

・永禄3年(1560)長尾景虎(上杉謙信)は関東遠征。
    拠点を厩橋城に移動。
    惣社蒼海城の長尾景棟は親戚の越後長尾の支配下。
  ※長野業政も小田原遠征に同意。
    関東幕注文には29旗・・・上野の最大武将。

・永禄9年(1566)武田信玄軍と合戦・・
    箕輪城落城
    蒼海城は焼失、落城。            
   染谷川の氾濫は本丸にまで及んで沼状となった。
   このことから蒼海城という名になったそうである。

   (『日本城郭大系』)。
   総社長尾氏は上杉謙信を頼って越後へと退去した。
   その後、蒼海城は荒廃した。

・永禄年間~
石倉城を中心に、武田・上杉の争奪戦が繰り広げ
られた。その上、北条も加わった。
◆◆ 箕輪初心●群馬【石倉城】 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201212/article_21.html

・天正18年(1590)豊臣秀吉の小田原攻め
    →徳川家康の関東支配。
     諏訪安芸守頼忠(諏訪小太郎)が入城。
  天蒼海城には諏訪頼水が入封。      
    (★諏訪高島城のパンフレットでは)
         
    長尾氏は石倉城(蒼海城支城:前橋市)に移封。
         普請開始。
    城地のうしとら(北東)の方に長屋を建て居住。
      (★「上毛伝説雑記拾遺」の「総社記」)
  
・慶長6年(1601)諏訪氏が諏訪高島へ移封
       →秋元長朝が入封。
     ・秋元氏が総社城を築城→蒼海城は廃城。



★明日は、上泉城&上泉伊勢守?

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