箕輪初心★松尾芭蕉27『奧の細道⑯』【秋田:象潟】&▲鳥海山日記

松尾芭蕉は、元禄2年(1689)6月16日、
『奧の細道』の北端となる象潟に到着。平安時代に
「象潟」で歌を詠んだ能因法師や西行法師に思いをはせた。
松尾芭蕉にとって象潟は松島や平泉と並んで旅のメイン
ポイントであった。

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 (★蚶満寺の松尾芭蕉の像)

◆◆ 箕輪初心★松尾芭蕉25『奧の細道15』【鶴岡・酒田・三崎】 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201208/article_10.html

■6月16日=太陽暦8月1日
見事に晴
○吹浦発
○「有耶無耶の関」という関所跡があった?
▲三崎峠=山形と秋田の境
○石畳の道が続く。
○小砂川宿・・・・・・・・2009年8月6日
○小砂川海水浴場・・・
松尾芭蕉はこのふきんの漁師小屋に休憩した。
○小砂川の松本旅館(泊)・2009年8月5日


●●塩越(=象潟の町)へ到着。・・・昼頃
6月16日、昼頃、能登屋孫左エ門を訪ねた。
宿泊する予定だったが、熊野神社の祭で、女客が
泊まっていたので、向屋へ一泊した。



『奧の細道』
【其朝天能霽て、朝日花やかにさし出る程に、
 象潟に舟をうかぶ。
先能因島に舟をよせて、三年幽居の跡をとぶらひ、
むかふの岸に舟をあがれば、
「花の上こぐ」とよまれし桜の老木、西行法師の
 記念をのこす。
江上に御陵あり。
神功皇宮の御墓と云。】芭蕉

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松尾芭蕉は元禄2年(1689)に訪問したのだ。
 「松島」を小型にしたような光景だった。
2012-1689=323・・・323年前だ。
文化元年(1804)の大地震で土地が180cm~240cm
隆起した。
2012-1804=208・・・208年前だ。
松尾芭蕉が訪れたのは1804-1689で115年前である。
★潟が干上がり陸地になり、水田に変貌していった。
現在、蚶満寺の東に『九十九島』の遊歩道がある。
田んぼの中にある島々を巡って歩くことができる。
つまり、水田になっている部分がかつては海だったのだ。

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能因島・・・
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○「舟をよせて、三年幽居の跡をとぶらひ:
能因法師がこの島に三年間隠れ住んだ(伝)。
「世の中は かくても経けり 象潟の海
     士の苫屋を わが宿にして」 能因法師


○「花の上こぐ」
 そして、西行を確認。
「象潟の 桜は波に埋れて 花の上
      漕ぐ海士の 釣り舟」 西行法師


○「江上に御陵あり。神功皇宮の御墓」
神功皇后が象潟で死亡?嘘だあ
・・・・神話でしかないのだ。


②干満珠寺(かんまんじゅじ)=蚶満寺(かんまんじ)
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「寺を干満珠寺と云。
此処に行幸ありし事いまだ聞ず。
いかなる事にや。

★干満珠寺:慈覚大師の創建(伝)。
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●『奧の細道』
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【この寺の方丈に座して簾を捲ば、風景一眼の中に尽て、
南に鳥海、天をさゝえ、其陰うつりて江にあり。
西はむやむやの関、路をかぎり、東に堤を築て、
秋田にかよふ道遙に、海北にかまえて、浪打入る所
 を汐こしと云。
江の縦横一里ばかり、俤松島にかよひて、又異なり。
松島は笑ふが如く、象潟はうらむがごとし。
寂しさに悲しみをくはえて、地勢魂をなやますに似たり。】


★方丈=本堂に座って、眺めを堪能した。
※南・・・鳥海山。
※西・・・むやむやの関=「有耶無耶の関」
  小砂川宿先の三崎峠の秋田県側である。
※東・・・・堤を築いて、秋田に行く。
※浪打入る所=浅瀬の湾・・汐こし
※松島・・笑ふが如く
※象潟・・うらむがごとし。「憾む」は悲しむの意味。
※松島の『東の松島』に対して、象潟は、島々が点在し、
 『西の松島』と言われた名勝だった。

「象潟や 雨に西施が ねぶの花」
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14) 『 象潟や 雨に西施が ねぶの花 』
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○「中国の呉王は、絶世の美女西施に惑わされ・・・
 松尾芭蕉は、松島にもひけをとらない象潟を
  もじった。」と現地の説明板にあった。

★意味・・・美しい象潟よ。雨の濡れた合歓の花は中国
の美女「西施」のように、とってもきれいだよ。
でも、なんか変????・・・う~ん。
前文に「象潟はうらむがごとし。寂しさに悲し
みをくはえて、地勢魂をなやますに似たり。」がある。
もしかしたら、寂しく悲しい象潟は、呉王:夫差のもとに
密偵として送り込まれた美女「西施」ように、岸で雨に煙
る合歓の花が憂い悲しみを奥底に秘めている美しさだった。
のでは?と解釈した。また、勝手な解釈をしてしまった。

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西施=絶世の美女~~~~。
春秋時代末期、呉と越は争っていた。戦争に敗れた越王:
勾践は、好色な呉王:夫差のもとに美女を送りこむことにした。
家臣が、薪売りの美しい西施をみつけてきた。礼儀作法や
諸芸を教えて、夫差のもとに送り込んだ。夫差はすぐに夢
中になって、家臣の戒め・箴言に耳を貸さないばかりか、
国政を顧みなくなった。そして、呉は滅亡した。

 (三国史)
平成24年8月17日~24日まで、「三国史」の故郷に
いって来るよ~ん。九寨溝・峨眉山など。バイバイ。

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舟で、能因島や干満珠寺(かんまんじゅじ)
・・・象潟の景を堪能した松尾芭蕉であった。
「西行法師も同じ景色を見たんだな。」
 とセンチになった。たぶん???

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③蕉風荘:シーサイドホテル前の湾
「汐越や 鶴はぎぬれて 海涼し」
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「 腰長(たけ)や 鶴脛(はぎ)ぬれて 海涼し」
    ↓ 5年後、変更バージョン
『 汐越(しおこし)や 鶴はぎぬれて 海涼し 』 
★意味・・汐越の浅瀬に鶴がいる。鶴のすねが濡れて
 見え、いかにも涼しげな海である。
 浅瀬は、「腰長」とか「汐越し」などの言葉が使われる。


「祭礼」
★熊野神社の祭り・・

「象潟や 料理何くふ 神祭」 曾良
★熊野神社の祭だった。何を食べたらいいのかな?
私には、ご馳走がありすぎるのか、全くないのか不明。

「蜑の家や 戸板を敷て 夕涼」 美濃の国商人 低耳
★意味・・猟師小屋の戸板を浜辺に引っ張り出してきて、
それに腰かけて暑さを凌いて人々は夕涼みした。
日本海の凪は暑い。フェーン現象で日本の記録は
酒田である。1933年7月25日午後3時ごろ,山形測候
所の最高気温計が40.8度を記録した。今は岐阜県。
※低耳=宮部弥三郎・・・岐阜の商人。
 奥の細道の北陸道の旅のアドバイスをしたらしい。


「波こえぬ 契ありてや みさごの巣」 曾良
★高波もここまでは来ないという約束があってのこと
だろうか?ミサゴの夫婦は波がかかりそうな岩場に巣を
作っているよ。仲がいいけど、心配だな。
http://www.nationalgeographic.co.jp/animals/birds/osprey.html
※みさご・・猛禽類 ワシタカ目の鳥。ウオタカ、スドリ。
体長・・・58 cm
翼長・・・1.8 m
体重・・・・2 kg
ミサゴは漁の名人である。高さ10~30mの高さから
急降下し、水面にダイビングして獲物を捕らえる。足にはすべり
止めの突起があるので、かぎ爪で水中から魚をつかみ上げる。   
(★鳥の図鑑より)

○象潟泊・・・向屋で一泊。


6月17日=太陽暦8月2日

●能登屋泊



6月18日=太陽暦8月3日
象潟は『奥の細道』最北の地。
 芭蕉は「より北へ」との思いもあったが、
 曽谷に言われて引き返すことにした。

 
以後は日本海沿いに南下。


◆◆ 箕輪初心の象潟訪問記 ◆◆
象潟1回目・・・2008年7月22日 
①三崎
②かん満寺
○九十九島
「もともとは 海に浮かんだ 島々と 
    頭に描きし 夏の象潟」
箕輪初心
 
③蕉風荘・シーサイドホテル(泊)
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  ★米が美味しかった。
  ★もちろん、牡蠣も旨かった。
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④象潟海岸・・・渚百選
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⑤道の駅
 

象潟2回目・・・2009年8月6日 
8月5日、鳥海山に登った。
小砂川宿の「松本旅館」に泊まった。
ブランド品のアワビ&牡蠣が最高だった。
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偶然、蕉風荘に米を卸している米屋に話しかけ、
米を5kg購入することになった。旨い米である。
05:30奥の細道の散策2時間
①小砂川・・・(港近くで野糞)・・
②三崎(秋田県指定史跡)
・石畳を行く。・・・三崎峠・・・戻る。
07:30 朝食
08:40
③象潟のかん満寺・・・新しい句碑+西施像
 「中国の呉王は、絶世の美女西施に惑わされ・・・
  松尾芭蕉は、松島にもひけをとらない象潟を
  もじった。」と説明にあった。
 西施像と説明
 70年後、造られた句碑

09:40  
④象潟道の駅・・・土産・生牡蠣2個500円
「道の駅」象潟・ねむの丘・・★結構、いい。
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「象潟の 名物知らず 芭蕉さん 
       蚶満寺よりも 生牡蠣鮑 」
箕輪初心
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10:30 象潟発・・・酒屋で2本=「潟の松風・鳥海山」



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番外編:奧の寄り道【鳥海山】
http://53922401.at.webry.info/201205/article_10.html

▲▲ 鳥海山(№50)2236m1回目 ▲▲ 
①2005年8月2日・・・佐渡小木ダイブ・鳥海山・月山登山  
06:00  小木→赤泊・・・高速船1時間10分・・・寺泊 
07:30  新潟の寺泊・・・高速・・・・秋田に直行。
14:00 鉾立で、宿泊のTELがOK
14:30 鉾立1158m出発・・・・舗装の登山道・・・展望台
      ここから、象潟の展望は最高。
      賽の河原→御浜小屋→鳥海湖
      七五三掛・・・遠回りのコースに行ってしまった。
「 固有種の チョウカイフスマを 期待して
    探し当てれば ただの雑草 」
 箕輪初心
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      文殊岳2005m・伏拝岳・行者岳2159m
      大物忌神社
17:30  御室小屋 
18:00  夕食
19:00 鳥海山山頂2236m
「午後の二時 依頼し宿へ 急ぎて登る 
               暑き鳥海 山頂七時 」
 箕輪初心
    ・象潟の町明かりの夜景  
    山頂泊(単独)
翌日06:00 発
「鳥海山 登ればはるか 日本海 
満足の後に 雪渓のわな 」
箕輪初心
 ★雪渓で転倒して、右手が広範囲に血が滲んだ。
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▲▲ 鳥海山2回目・・
②2009年8月5日・・(№50)2236m 
「鳥海の 長きアプローチ 雪渓と 
     岩山登山 我に感謝 」
 箕輪初心 
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15分休憩 アブラゼミの変色体を発見
アブラゼミ&ミンミンゼミの合体
   スマホの佐々木希の宣伝みたい。

「岩山の 震える手先に 黄金蝉 
      道案内に 燃えつきる夏」
 箕輪初心  
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  鳥海山山頂   
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★松尾芭蕉は山形の酒田・大山・加茂・由良と日本海側
 を越後に向かった。

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