箕輪初心★小栗上野介⑫「大隈重信妻綾子」&「三野村利左衛門」

平成24年(2012)5月27日に『小栗祭り』が、小栗
 上野介が西軍により斬首された高崎市旧倉渕村の墓の
ある東善寺&倉渕小学校で催し物が開催される。

小栗上野介研究の第一人者:東善寺の村上泰賢先生が
 中心になって『小栗祭り』をすすめられていらっしゃる。
★今回は、①東善寺、②小栗上野介従兄弟:大隈重信妻:綾子
の文献情報。
小栗上野介の妻&息子を助けた
三井家大番頭:三野村利左衛門の住んでいた場所

昨日、オープンで22万人が訪れたという東京スカイツリー近くの
江東区清澄町2丁目を紹介しようと思う。
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 (★東善寺写真・・・大隈重信&妻綾子の墓参り)


■東善寺9回目
東善寺Hp     http://tozenzi.cside.com/

平成24年(2012)5月19日、東善寺に9回目の訪問を
  した。奧様より、写真掲載の許可もいただいた。

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◆◆ 小栗上野介の従姉妹:三枝綾子 ◆◆
●慶応 4年 (1868) 閏4月4日★小栗上野介の斬首42歳
★★★★★ 小栗上野介の功績 ~~~~
中小坂鉄山(群馬県下仁田)の開発・・・鉄の供給。
 横浜製鉄所・・・鉄鉱石→製鉄

横須賀製鉄所=造船所・鉄
   →ネジなどの鉄製品・船などの製造。
  戦艦「三笠」の東郷平八郎も小栗を絶賛・・・
  「勝てたのは、小栗さんがいたからだ。」と食事に招待。

日本初の株式会社:兵庫商社(鴻ノ池など22人)
   日本初の洋式トイレ付きの築地ホテル。

洋式陸軍制度の導入・・・・
日本初のフランス語学校の設立
★★★★★ 提案事
ガス灯 
郵便・電信制度 
新聞 
鉄道敷設 
森林保護 
中央銀行 
商工会
生きていれば、もっと凄い活躍できただろうに~~
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○明治元年(1868 ) 大隈重信は明治政府に出仕・・
三枝綾子は没落した実家を助けるために芸妓になっていた
  った(伝)。井上馨夫人:武子とは同僚だった(伝)。

    http://kingendaikeizu.net/oguritadamasa.htm
と書いたが、ブログの投稿の方から、「幕末維新懐古談」
高村光雲著のは、大隈綾子芸妓説は嘘である。というご指摘
がありましたので、ありがたく訂正したい。


◆◆ 「幕末維新懐古談」高村光雲著の概略 ◆◆
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「実は、先日来、大隈未亡人綾子刀自が御重体であると新聞紙
上で承り、昔、お見知りの人のことで、陰ながらお案じして
いた次第であったが、今朝(大正12年4月29日)の新聞を
見ると、おなくなりになったそうで、誠に御愁傷のことであ
る。~~~(略)~~~
旧旗本で三枝竜之介という方がありました。この方の屋敷は
御徒町にありました。7~800石です。・・・
この三枝家が、私の師匠東雲師の仕事先、~~~屋敷はいら
なくなったので、三枝家から材木を買い取り、家を建てた。
師匠の姉:お悦さんの家であります。お悦さんは私の養母で
あって、~~~」
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「師匠が三枝家の大黒様ができあがった頃、妹御のあ綾さん
が、時の大臣:大隈重信という人の処に貰われて大変出世
された。これは、大黒様の御利益だと言って、三枝家の親戚
が~~~」

「お綾さんの母親は~~~
ある時、師匠宅に来て、
「~~~良い縁があれば、どうか、おたのみします。~~~」
(私はまだ小僧の時代でしたが~~)

師匠の得意先で神田和泉橋に辻屋という糸屋がありました。
ここの次男が柏木稲葉の養子になっていて、柏木貨一郎と
名乗っていました。~~~
師匠はこの方にと柏木家に縁談を申し込んだのでありました。

柏木家と三枝家は諏訪町河岸の「坊主そば」で見合いをし
ました。私は師匠のお供で参ったのでした。

しかし、柏木家の母親がヒステリックな方らしく~~
綾子さんには難しかろうということになったのでした。

この後、お綾さんが~~間もなく、大隈さんに貰われることに
なったのですが、この関係は私にはわかりません。
ある日、三枝未亡人が師匠宅に来られて、
「・・・実は綾のことですが、今度お国のお侍で大隈という人
から是非欲しいというので、遣わすことに承諾しましたのです
が、まるで娘をさらわれるような具合で~~~。」
と愚痴混じりで~~~。
一方は西国大名の中でも荒い評判の鍋島藩中のお国侍、大隈八
太郎といって非常な論客で、政治に熱狂していた志士の1人。
その時は、既に大官を得て、出世しているとはいえ、万事が
粗野放胆で婚儀のことなど礼節にかかわらず、妻を娶るは品
物のやり方くらいにしか思っていたであろうから、~~~
三枝未亡人を驚かしたも無理ならぬと思われます。
~~~~
三枝未亡人は
「でもねえ、私は不安なんですよ。~~~」
師匠は
「いやあ。御隠居様。そういう男が役に立つのでございます
 よ。」
と、話しておられました。

~~~幾日かして、三枝未亡人は~~~
お綾さんの書いた(写経)を持って来ました。
「処分してください。」
~~~師匠は、私に隅田川の吾妻橋から流すように言いい
ました。私は、2~3時間かかって、流したのでした。

噂に聞けば、大隈夫人綾子という人は大層できた人だと評判
あるが、娘時代からあれだけの辛抱をして心を練っておられ
ただけあって、今日1,2と言われる政治家夫人になっても
やはりその妻として役儀を立派にしおおせるということは、
心がけがまた別なものであるか感心したことでありました。

私が綾子刀自についてしっていることはこれだけですが~~

刀自の素性について世間の噂が全く違って、とんでもない
悪名をつける有様になって、女中であるとか、芸妓をしてい
たとか、はなはだしきは、他人の妾であったとか、とりとめ
もない噂を立てられるのを耳にし、また、目にするにつけ、
~~~~立派に輿入れされ、また清く元の身のまま里に帰さ
れ、~~~大隈家へ貰われてお出になった当時の事実を知り
ながら、黙っているより、今日を好機会として、話しておく
ことは、間違いをただし、嘘を取り消すよすががともなうと
存じて~~~話したしだいであります。

また、~~~私が大隈邸に招かれたとき、~~~
玄関であった方が、三枝竜之介氏であったと記憶しています。


●明治2年(1869)春、小栗道子夫人&国子は会津→東京→静岡。
 静岡に徳川慶喜に従って、小栗又一の実家の旗本:駒井家や
 道子夫人の妹:はつがとついだ蜷川家が神田から移住して
 いたからである。
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 (★東善寺の写真・・・駒井氏など)
 でも、小栗の夫人らはすぐに東京に戻った。
 ※三井家大番頭:三野村利左衛門の保護を受けた。
 三野村は若い頃、小栗家で中間奉公をていた。その後、神田
 に店を出した。小栗上野介の紹介で三井組に採用された。
 三井も三野村によって幕府崩壊の際に生き延びたのだ。
 だから、義理深い三野村は危険を犯してまでも小栗の家族の
 面倒を死ぬまでみることにしたのだ。・・・8年間も。

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 (★東善寺の三野村利左衛門の写真)
三野村利左衛門の家・・
 
 現東京都江東区清澄町2丁目である。  
 ★深川稲荷神社の石碑の碑文から分かった。
 つまり、小栗道子夫人はとお嬢さんはここにいたこと
 になる。
 発見は深川の松尾芭蕉散策の時だった。
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 小栗上野介の妻&娘を助けた三井の創始者の土地
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・明治2年 (1869 )
   大隈重信は32 歳で、三枝綾子と結婚。
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   大隈重信は築地に転居→築地梁山泊
   大蔵大輔となった。
    ①鉄道敷設を推進。・・・★小栗の計画推進。
    
    ②財政改革を推進。
         
  「版籍奉還・箱館戦争」

・明治3 年(1870 ) 大隈重信は参議。
         「全国一致之論議」提出。

・明治5 年(1872)大隈が博覧会事務局総裁(博覧会・共進会)
         「鉄道開通」・・・★小栗の実践化。
         「太陽暦採用」

・明治6年(1873) 大隈重信は参議兼大蔵卿に就任。
         「征韓論で西郷らが下野」

・明治7年(1874) 台湾蕃地事務局長官を兼務・
         民撰議院建白 
         佐賀の乱・・・・江藤俊平死刑。

●明治10年(1877)2月21日 三野村利左衛門が死亡。

 ※大隈重信は、三井組の総支配人:三野村利左衛門から、
  臨終時に小栗の未亡人:道子と遺児の国子の保護を託さ
  れた。大隈の保護下で遺児:国子は嫁ぐまでの9年間、
  三野村家の助情金で育てられた。

 
★大隈重信の妻が小栗上野介の従兄妹:綾子という理由
だけではない。三野村は大隈とも表裏で繋がっていた
のではないかと推測できる。東善寺には、小栗の大隈重
信の墓参り写真があるのだ。
 大隈重信は「日本の近代化は小栗上野介の2番煎じに
 すぎない。」ようなことを言っている。


村上泰賢先生、がんばって下さい。
  皆さん、群馬県旧倉渕村の東善寺に行って、幕末の本当の
  偉人=小栗上野介を知りたくありませんか?
  現在も間違った薩長の歴史観に惑わされることが分かるで
  しょう。勝海舟よりも、坂本龍馬より私は凄い人間だと
  思っています。


◆◆ 箕輪初心★小栗上野介 VS 勝海舟 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201108/article_17.html

★明日は、安中自性寺焼かな?

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