箕輪初心●長崎【平戸城】=昭和37年に完成した復興天守閣

佐賀県の武雄温泉に宿泊し、5時に出発。ひたすら長崎県平戸
市を目指した。しかし、佐世保市吉井町で「直谷城」の看板が気に
なり、ついつい立ち寄ってしまった。結局、平戸には8時30分頃
になってしまった。30分の訪問時間があったとしても、3時間のドラ
イブで、平戸に入った。平戸大橋から平戸城が見えた。「もうすぐだ。」
とワクワクしてきた。これで、百名城は80個目かな?
結果、平戸城からの眺めは最高だった。

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■訪問日・・・平成23年(2011)10月11日
○峠=大手口を下り始めて、すぐ右折。
○駐車場・・・
●登城開始・・・
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●二の丸公園
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●種田山頭火の歌碑
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●亀岡神社
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●乾櫓
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●多聞櫓
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●井戸
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●北虎口門・・入城料・・スタッフがいない。
  しばらくして、英語で、平戸城を説明している人&
  外国人が来た。私にも90%くらい解る英語だった。
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●北虎口の櫓・・・農機具置き場
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●北虎口入り口
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●北虎口~多聞櫓
●本丸通路・・・掃除中だった。
●本丸門・・・・・スタッフと話した。
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●枡形
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●本丸・・・本日、登城2番目だった。
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●天守閣・・・
※平戸城下逍遥図・・・100円
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2階・・・遣唐使の航路図などが展示。
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 3階・・・鎧などが展示。
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 4階・・展望
北・・・・向こう側右岸の右端が復元オランダ商館。
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▼下山・・・「平戸城」は梯郭式の平山城である。
  ★たたずむ外国人・・・3番目の客
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●北虎口門・・入場料支払い500円。
  ★やっと客が来始めた。
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●乾門

○平戸オランダ商館上のザビエル公園からの眺め
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平戸城の歴史
・文禄・慶長の役 戦功あり。
・慶長4年(1599)松浦鎮信(法印)が築城
    日之嶽に最初の築城を開始。(現平戸市岩上町)。
・慶長18年(1613)火を放ち、城を破却。
  理由・・・
  ①豊臣氏と親交の厚さを江戸幕府の嫌疑回避するため。
  ②最愛の嗣子:久信の死説
 松浦鎮信は、平戸港北側に「中の館」居館を建造。
○「中の館」居館=現松浦史料博物館。
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・元禄15年(1702)4代藩主松浦鎮信は幕府に築城を願い提出。
・元禄16年(1703)幕府の許可。
  →徳川家との姻戚関係と東シナ海警備の必要性。
・元禄17年(1704)平戸城を山鹿流で再築。
・宝永4年(1707)完成。 天守なしの3重3階の乾櫓が代用。
・明治4年(1871)廃藩置県により廃城。
・昭和37年(1962)模擬天守及び見奏櫓など復興。
・平成18年(2006)日本100名城(90番)に選定。
(★パンフレットより編集)

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