箕輪初心●佐賀:【吉野ヶ里】=百名城になった理由は?

BC3世紀~AD3世紀までの弥生時代は「稲作文化→定住文化」
が移行した日本の文化の原点ともいえる時代である。弥生時代の遺
跡の中でも吉野ヶ里遺跡は日本最大の遺跡である。弥生時代におけ
る「クニ」の中心的な集落の全貌&弥生時代600年間の変遷を知るこ
とができる。
(★パンフレット)何故、百名城なのかは現地に行って見
ないと分からない。環濠集落=砦なのだ。

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■訪問記・・平成23年(2011)10月9日
○福岡県の久留米城から佐賀県の吉野ヶ里にやってきた。
○東口駐車場に止めた。
歴史センターで入園料を払った。・・・500円
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もぎり→橋を渡った。
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模擬城門
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展示室・・・有柄銅剣やガラス製管玉等の出土品(国重文)の複製品。
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展望台・・・★巻頭写真。
南内郭・・・
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・堀
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・竪穴住居・物見櫓・
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  ガイド「3.5km先は遠浅の海だった。」
  「発掘は阿蘇山の火山ばいに覆われていた。」
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・大人(たいじん:リーダー格)の生活・・・
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・下戸(庶民)の生活
中のムラ
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北内郭
・折れ曲がった入り口・・・★枡形のような入り口
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・二重の環濠・板塀
・主祭殿
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・物見櫓・斎堂・竪穴住居・屋根倉
・高床倉庫・高床住居
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・東祭殿

⑦甕棺・・・露頭
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北墳丘墓・・・・温度・湿度管理
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  (★首飾り)
⑨中のムラ
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⑩倉と市

●夕方のTV・・・「赤米の稲刈り」
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■  《 国作成のパンフレットの構成 》・・・1000円
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はじめに
吉野ヶ里歴史公園・・現代によみがえる弥生の里:吉野ヶ里

第1章 吉野ヶ里遺跡
■弥生の出来事
①米作りの開始  
②金属器の使用
③戦いの始まり
④絹の生産
■古代の流れ・・・600年の流れ
①前期集落・・・BC3~BC2 南部の集落2.5ha
②中期集落・・・BC2~BC1 拡大   20ha
③後期集落・・・AD1~AD2  40ha 1200人
※環濠集落・・濠と城柵(土塁の上に木の柵)に囲まれている

魏志倭人伝に出てくる「邪馬台国」の時代を彷彿とさせる。
 「宮室・楼観・城柵を厳かに設け・・・」
「租武を収むる邸閣あり・・・」
 ①宮室=北内郭  ②楼観=物見櫓 ③城柵=環濠 ④邸閣=倉庫
 
 
■AD3の吉野ヶ里
総延長2.5kmの外環濠&2つの内環濠
中国との関係・・貨泉(新のお金)・ガラス製管玉(中国長沙製)

第二章 吉野ヶ里物語
1)環濠入り口・・・土橋&逆茂木(木を斜めにさす)・乱杭
2)南内郭・・竪穴住居・物見櫓・
大人(たいじん:リーダー格)の生活・・・
下戸(庶民)の生活
3)北内郭・・主祭殿
物見櫓・折れ曲がった入り口・二重の環濠
板塀・斎堂・竪穴住居・屋根倉・高床倉庫
高床住居・東祭殿

4)北墳丘墓
有柄銅剣やガラス製管玉等の出土品(国重文)
墓・祀堂・祭祀土器

5)甕棺墓列

6)中のムラ
養蚕 酒造り 糸紬と機織り 祭器作り

7)倉と市
鉄製品・・・鉄を作り出す技術がなく、鉄板を輸入
ひすい・・・新潟の糸魚川産
貝・・・・・沖縄産の貝。

第3章 よみがえる吉野ヶ里
 復元の仕方

第4章 弥生辞典
Q1「食べ物は?」・・・シジミスープ・マクワウリ・猪の肉
           ・ドングリ&野菜・スズキの焼き魚
Q2「水は?」・・・・・湧き水
Q3「風呂は?」・・・・川で水浴び
Q4「トイレは?」・・・人の寄生虫が出土
Q5「服は?」・・・・・下の身分は麻の横幅衣
            上の身分は絹の貫頭衣  
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Q6「文字・言葉は?」・不明。魏と国交があるので、通訳がいた?
Q7「植物は?」・・・・チガヤ・マクワウリ・樫
Q8「平均気温は?」・・現在より1度低い?
Q9「石包丁は?」・・・稲の穂刈に使用。
Q10「鼠返し?」・・・・高床倉庫の下にある円形の板
Q11「発見は?」・・・・昭和61年~発掘調査
Q12「邪馬台国は?」・・証拠がない。イメージできる。
Q13「人口は?」・・・・約1200人。 くに全体で5400人。
Q14「寿命は?」・・・・40才まで?
Q16「鳥の模型は?」・・悪霊から守るシンボル
Q17「遺構は?」・・・・柱部分は黒い。
Q1「4C後は?」・・・突然、途絶える。
            住む場所を変えた説が通説。

★佐賀城へと急いだ。

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