箕輪初心■群馬:榛名神社の見所&パワースポット

今日は御巣鷹山の日航機事故から26年・・・520人の慰霊碑。
最近は、サッカーが凄い。
①なでしこジャパンの世界選手権優勝
②群馬桐生出身の育英高校の松田直樹34歳の死。
③ジャパンの日韓戦3-0の大勝利・・・
そして、健康大学高崎VS横浜高校に6-5でさよなら負けなど。
平成23年(2011)7月28日、榛名神社に行った。
何回も来ているが、いつも何も考えないで本殿まで往復していた。
今回は、ガイドの話&コメントを中心に見所&パワースポットを紹介したい。

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榛名神社の見所・文化財&コメント
「上毛三山・・西から妙義山・榛名山・赤城山である。
三山が神を祀る神社・・・妙義神社・榛名神社・赤城神社である。
榛名神社の現在の主祭神は火の神:火産霊神と土の神:埴山姫神である。
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01「石碑」・・・「川合玉堂」の文字。裏に名前有り。
  ★川合玉堂の作品を島根の足立美術館・岡山の大原美術館で見た。
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02「二之門」・・・塩原太助寄贈。「沼田城下の塩原太助
   「自殺しようとして炭屋に助けられ、材をなした。
   →たくさんの寄進。」・・★榛名天神峠の石灯籠が凄く大きい。
  ★箕輪初心●戦国武将&偉人「塩原太助」を参照あれ。
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03「随神門」・・・国重文
    弘化4年(1847年)の建立。入母屋造、瓦棒銅板葺きの八脚門。 
★神仏混交の名残。★見落としがちなのが、天井の文字なのだ。
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04「みそぎ橋」・・・★パワースポット領域に入った感がある。
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05「鞍掛不動」・・・川向こうの橋状の岩の下
★自然の岩の景観が見事。
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06「円丈院?」・・★知らなかった

07「秋葉社」・・・静岡の秋葉山の火の神を祀っている。
★奧に城砦があるのだ。・・・知らない人が多いのだ。
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08「井上治二郎」・・榛名講で寄進。★江戸から来ているのか?
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09「水琴窟」・・・・★よく響くのだ。

10「塩原太助の大学坊もらった御師(おし)
★江戸へ出る前、願をかけた榛名神社・・・。
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11「三重塔」・・・神仏混交。県内唯一の塔。

12「トマト石」・・・明治時代のトマト作りの村の榛名講。
★お礼参りもあるんだな。霊験灼かな神社だったんだ。
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13「神橋=懺悔橋」・・・★パワースポットの最高の場所。
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14「安藤広重の絵」・・・★来てるんだ。広重。

15「東の塔」・・・・・・★今はない。

16「万年泉の碑」・・・・★昔の清め場所

17「矢立杉」・・・天然記念物(国指定) 矢立スギ
  ★永禄6年(1563) 武田信玄は箕輪城侵攻の際、戦勝祈願を行い
杉の巨木に矢を立てた(伝)。樹齢1000年。高さ55m。
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18「水場」・・・※正しい「清めの作法」
      右手で水をすくい、3分の1でで左手→右手と洗う。
3分の1の水でうがいをする。
残りの3分の1で、持った柄をの部分を流す。

19「瓶子(みすず)の滝」・・・明治41年削った。
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    ★2~3年に1回、冬に結氷するのだ。   
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20「神幸殿」 ・・・・安政6年(1859)の建立。入母屋銅板葺。
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21「??門

22「双龍門&ろうそく岩」 ・・・安政2年(1855)の建立。
  入母屋造銅板葺きの四脚門。・・・★作は隣村の棟梁だった。
  三国志の人物の彫刻
  観音開き戸に龍の彫刻・・★ここから双龍門となった。 
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    ★雪の降った後も情緒がある。
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23「本社・幣殿・拝殿(1棟)」・・・国重文。文化3年(1806)建立。
   春日造本殿&幣殿&入母屋造拝殿の複合社殿。 
   屋根は銅板葺。柱や梁などに彩色と彫刻がある。
   御姿岩の真下に造られた。 
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   ★冬の榛名神社
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24「国祖社及び額殿(1棟)」・・・向かって左に建つ。
  国祖社は元の本地堂・・享保年間(1716 ~1735)の建築。
  額殿・・・・・・・・・文化11年(1814)の建築。 
★神楽の見物席だった。
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25「算額」・・・文化8年(1811)石田玄圭門人奉納 群馬県重文
★枠ができている。

26「鉄燈籠」・・・群馬県重文
★いつしか囲いができている。
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27「神代神楽殿」・・・?
  神楽・・・群馬県重要無形民俗文化財 
★村の末社で、神楽を見た。寄進問題で地区が混乱した。
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28「榛名神社の宿坊」・・・最盛期の慶応4年(1864)には78の宿坊があった。
★榛名講が社家町の発展に繋がったのだ。
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29「赤門般若坊」・・・江戸時代中期の建立。国登録有形文化財。
  長門&赤門で有名。榛名講で宿泊したの数々の人の算額がある。
★大きな宿坊である。★「秋に、そばを食べにこよっ。」と。
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30「榛名町民俗資料館」・・・
★2回目の訪問。意外と寄ってない。
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31「榛名:沼の原のユウスゲ


榛名神社の歴史・綏靖天皇の時代・・・鎮座。
・用明天皇元年(586) 社殿が造営(伝)。
・延長5年(927) 「延喜式神名帳」・・上野国十二社の六ノ宮。
・南北朝時代・・・上野寛永寺下に所属。別当が管理。
・戦国時代・・・・長野業政・上杉謙信・武田信玄・
    北条氏邦(氏康の子)・真田幸隆などの武将に崇敬された。
    特に武田信玄は箕輪城侵攻の際、戦勝祈願を行い杉の巨木
    に矢を立てたという伝説が残っている(矢立の杉)。
   「満行権現」と称され、「元湯彦命」が祭神とされていた。
戦国時代後期・・・座主職も置かれず衰退。
江戸時代・・・・・天海僧正が再興。
慶長19年(1614)「上野国天台宗榛名山巌殿寺法度之事」が発布。
   寛永寺の傘下。
   学頭には中里見光明寺。
   別当には榛名山満行院。
   幕府からも庇護され再隆盛。
江戸時代中期・・榛名神社は「榛名講」と呼ばれる民間信仰も浸透。
   社家は3000坊を超え繁栄を極めた(伝)。
明治・・・神仏分離により仏教色が廃された。元の榛名神社に復帰。
現在  国史・・本社・弊殿・拝殿・国祖社・額殿・双龍門・神楽殿
   ・随神門など。

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    Excerpt: ★平成25年(2013)2月10日、富岡武蔵氏と別れ、余湖さんと 野口さんで、榛名山城に向かった。私は2回目なので、ここは 本当に砦なのか?と疑問を持っている。しかし、榛名神社の山 域に榛名山城.. Weblog: 城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー・旅行 racked: 2013-02-13 06:51