箕輪初心●群馬:岩櫃城③岩櫃城跡探検隊に参加

箕輪初心●群馬:岩櫃城③岩櫃城跡探検隊に参加
 「戦国真田の岩櫃城跡探検隊 第2弾 全山紅葉 秋の陣!!」に参加
 「岩櫃城&郷原城&潜竜院」&「講談&講演会」
★群馬県吾妻郡東吾妻町の岩櫃山802m・・・
 岩の西端が岩下城・・真ん中下が潜竜院・郷原城・・岩の東端が岩櫃城
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●羽鳥氏の情報→開催要項のHP→11月2日申し込み。斉藤さんにも連絡。

●「戦国真田の岩櫃城跡探検隊」の開催要項
・開催日時  平成22年11月3日(文化の日)8:30集合~16:00解散。
 ・集合場所  ホテル コニファーいわびつ 1階ロビー
 ・参加対象  小学生以上(小学生は成人引率者が必要)
 ・参 加 料  1,500円(昼食代込み)午後参加は800円(当日受付)
・服  装  ハイキングが出来るような服装
・日  程  午前:バス移動→潜竜院跡、郷原城跡、岩櫃城跡→ホテル
        午後:ホテル内
          ①講談 「岩櫃城と嵩山城」 板端三山師
          ②歴史講話「岩櫃城と岩下城」 唐沢定市先生
・申 込 先 ホテル コニファーいわびつ ℡0279-68-5338
        〒377-0801 群馬県吾妻郡東吾妻町原町4399  
            Fax 0279-68-5417
・申込方法  電話・ファックス・はがきで10月27日(水)まで
 ※定員100名になりしだい締め切り。
・申込内容  氏名、住所、連絡先、人数、参加日程
・送  迎  群馬原町駅からの送迎あり。
※主催者   あざみの会(東吾妻町地域興しの会) 代表 根津光儀

●コニファーいわびつで受付 67番箕輪初心 68番斉藤○○○さん
  1500円・・・昼食込み   ★箕輪初心感想「安すぎる。」
  1000円・・・岩櫃城発掘調査報告書・・
           ★箕輪初心感想「国史になれなかったのは、残念。」
  ①町長挨拶・・・天狗丸を真田氏が造成。 
  ② あざみの会会長:根津光儀氏挨拶「1992年の発掘調査報告書を・・」 
  ③コニファーいわびつ支配人挨拶「ここも、城の一部です。」
④副会長:本間泉氏「諸注意」

○バス移動・・・本間氏や祢津氏た富沢スタッフの近くに斉藤さんと座った
●柳沢城遠望・・・1回目に散策。
※本間泉氏「1回目は、対岸の柳沢城に登った。岩櫃城と対の城である。」
※富沢美昭氏「ガイド・・・今回の冊子を作成した。」
※本間氏「コニファーいわひつなど3ヶ所に薬研堀が発掘された。
  私は、測量屋なので、城の縄張りもよく頼まれる。
   箕輪城・松井田城も調査した。~~~。」
★箕輪初心「群馬TV取材・・・おいら、写っているかな?」
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●1)潜竜院跡(富沢朗氏の解説文&本間氏説明)
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 ・天正12年(1582)2月 織田軍の猛攻に、武田勝頼は軍議を開いた。
  真田昌幸は「岩櫃城は、東に沼田城・南に箕輪城・西に砥石城&小諸城
     北には上越の山々が自然の城砦をなし、本城は天険の要塞である。
     三千の兵、3~4年の兵糧は十分にある。それがしは旗本となり、
     忠信を尽くし、一度御運を回復いたしましょう。(加沢記)
  と、岩櫃城に来るように促した。
  真田昌幸は、御殿を現潜竜院の有る場所に急造した。
※でも、真田昌幸は北条氏とも密約を交わしていた。
  3月 しかし、武田勝頼は天目山で、自刃した。
    御殿は潜竜院として、祢津潜竜斎昌月がもらい受け、山伏寺とした。
  ★箕輪初心私見「祢津氏は滋野氏の分家で、真田氏と同族である。
   従って、真田の有力家臣である。スパイ=草=忍者の修行場として、
使うことにしたのだと思われる。出浦対馬守が真田忍軍の頭領では
あるが、個人的にスパイ組織を養成した可能性がある。   
※本間氏「右に飛び出した尾根&郷原城・左にも飛び出した尾根がある。」
  ※根津光儀氏「家は潜竜院の使い走り・・・。
   古文書がたくさんある。①修験免許 ②2代遺言書 
    ⑤帯戸のとってもいいのがある。」
古文書の写真掲載は、教育委員会がまだ調査してないので、出さないで
 くれ・・・と言われたので、勘弁して下さい。と言われた。
※斉藤さん「真田信之も幸村も修行したと言われています。」
○根津家と折田家の墓

●2)郷原城跡(富沢氏説明)・・・城の発見者でもある。
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※富沢氏「真田太平記の司馬遼太郎先生が来た時、初めて説明。
   本丸~したへ、郭が4つほど、大きな堀切がある。」
★箕輪初心「富沢氏は真田家の家老である。岩下城城代である。子孫かも?」

▲岩櫃山802mへ
モミタケを採りながら、岩櫃城に向かった。途中で山頂へ
分岐から急いで登った。
11:00 山頂
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       手古丸城を望む・・手前のとがった山
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11:30 合流
●3)岩櫃城跡(東吾妻町教育委員会高橋氏)
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※高橋氏「我々の解釈では、本丸の表示は見張り台である。下は竪堀
 真田氏がここを欲しがったのは
   ①鉄砲の火薬・・・白根の硫黄+寺の硝石だと思われる。
真田軍3000は人数の割に鉄砲が多い。
  ★箕輪初心感想「前田利家が、五箇の庄(世界遺産)に硝石を作らせた
    のと同様だなあ。」
②岩島の麻・・・産地として有名。
 嵩山城が見えた。
※本間氏「北東の薬師山?&???山・・砦・
     手前に「町割の松がある。」
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○竪堀したから見ると、二段の急勾配がある下は、堀もあり10m
 上も10mある。竪堀を通れば、確実に弓・鉄砲にやられる・  
この落差では、40kgの鎧をしょって上がれない。
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○竪堀&横堀
○中城(現栗林&篠藪)・・・ここも、攻撃用の仕掛けがある。
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○竪堀&横堀
○天狗丸前・・・案内板 
■天狗丸・・・岩櫃城紅葉祭り
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○昼食・・コニファーいわびつで豪華弁当+ナメコの味噌汁
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●①講談 「岩櫃城と嵩山城」 板端三山師
その1・・吾妻太郎
その2・・戦国時代初期の吾妻
その3・・真田氏の調略
その4・・岩櫃城落城
その5・・嵩山の合戦
その6・・嵩山城落城
★箕輪初心感想「最高に楽しかった。」

●②歴史講話「岩櫃城と岩下城」 唐沢定市先生
その1・・文献資料の信憑性
その2・・吾妻太郎の出自・・・養和2年(1182)
吾妻太郎の活躍・・・建久6年(1195)・承元元年(1207)
その3・・後吾妻氏&飽間斉藤氏
 新田義貞の鎌倉攻めで戦死3名
里見氏 VS 斉藤氏
★箕輪初心感想「岩櫃城の第一人者は凄いです。
    写真を許可していただいた。
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●コニファーいわびつの天然温泉
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この記事へのコメント

こんにちは
2010年11月09日 15:17
語り部の齊藤です。先日は大変お世話になり、ありがとうございました。とても充実した探検会でした。

ブログ開設おめでとうございます。
箕輪初心さんの深い知識をいつでも閲覧できるようになり、感激しています。

ところで、以前お話しさせて頂いた出浦城のことについてですが、説明不足だったため改めてさせて下さい。
以下は「続・山城紀行/清水長久著」
という長野の郷土史家の先生の本からの情報です。

出浦城(一般的には「いでうら」と読まれていることが多い)は、村上氏の重臣出浦氏の城と推定され、坂城町役場から千曲川の対岸力石地区南西のきれいな三角形の山で、地図には「岩井堂山」もしくは「自生山」と表記されています。
山頂が城跡であるらしく、私は未確認ですが、遺構は山崩れで消失しているという話です。
狐落城はテクノさかき駅から千曲川対岸南西方向にある山で、出浦城とは別物のようです。

文字数制限のため、連投申し訳ありません。
その2
2010年11月09日 15:17
参考までに、真田家臣の出浦について…
すでにご存知でしたら申し訳ありません。

武田により村上が越後に追われた後武田に降った出浦ですが、その後岩櫃城代の役目もこなし(明徳寺城等も預かっている)、対北条上杉の最前線で真田氏の吾妻支配の重きをなし、現在も交差点に残る巨木「槻木」を基準に原町を創設。
原町「顕徳寺」の開祖であり、ここに妻(側室?)の墓塔を建立。←※(「真田忍者と中之条町」中之条町教育委員会・歴史民俗資料館発行)
「吾妻記」にある、戦友の割田下総を郡代としてやむを得ず討伐する逸話は心に残ります。
その後も重臣として代々松代真田家に仕えたようで、真田信之の発給文書にしばしば出浦の宛名が登場します。(「真田家文書」米山一政編)

また、坂城に村上義清の供養塔がありますが、そこは出浦氏代々の墓地内であり、江戸時代の坂木奉行長谷川安左衛門が施主となり出浦氏に呼び掛け建立したとのこと。
ですがこちらの出浦は真田家に仕えた出浦とは別のような気がします。

以上、お目汚しすみませんでした。
余談ですが、出浦城に行かれる際はマツタケの生えてない時期をオススメいたします。(笑)
語り部さいとう
2010年11月09日 15:20
↑ニックネームのところをタイトルと間違えてしましました。申し訳ありません。
さいとう
2010年11月09日 15:27
誤字発見。
「×自生山」「○自性山」
ほんとすみません・・・
富澤豊前守
2010年12月25日 05:57
 岩櫃城跡探検隊にご参加ありがとうございます。私もこの第二回からスタッフとして参加したのですがいかがでしたでしょうか?このイベントもまだまだ続けたいとあざみの会会員一同意気込んでおります。コメントが遅くなって申し訳なかったのですが、初心三のブログを最近知りました。この間語り部の斉藤さんの紹介で箕輪城へあざみの会として見学して参りました。語り部の会長さん初め皆さんの親切な解説をいただき、箕輪城について少し理解できたと思います。
 私の生涯のライフワークは、吾妻の城郭の探索ですが、特に岩櫃城については近いこともあり何度も出かけて調べたいと思っております。12月23日に箕輪城跡見学会とあざみの会の忘年会を致しました。その翌日半日時間が空きましたので、岩櫃城跡の居館から切沢沿いに下の旧吾妻街道まで下ってみました。詳細は私のサイトに載せました。今後もご指導の程よろしく御願い致します。
箕輪初心から斉藤さんへ
2010年12月31日 15:01
返事が書けず、すみません。やり方が分からなかったのです。普通のメールからは返事が書けない?書いても届かないと説明があり、返事を書けませんでした。
出浦は上田から旧青木村へ行く途中にあるようですね。
箕輪初心から富澤豊前守様へ
2010年12月31日 15:04
 岩櫃城の見学会は、大変有意義でした。次回も行ければ、参加させていただきたいと思います。ありがとうございました。

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