城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー・旅行

アクセスカウンタ

zoom RSS 箕輪初心:生方▲『草津100人23林羅山』三名泉

<<   作成日時 : 2018/03/16 07:08   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

室町時代、京都五山相国寺の詩僧:万里集九の詩文集「梅花無尽蔵」
に3つの温泉が記載されていることを受けて、「三名泉」は徳川家康に
仕えた儒学者:林羅山が有馬温泉で作った詩集:詩文に由来している
そうである。、詩は
「諸州多有温泉、其最著者、摂津之有馬、下野之草津、飛騨之湯島
(下呂)是三処也」
読み下し文・・・「諸州に温泉を多く有す。その最も著しいものは、
 摂津の有馬、 下野(上州)の草津、飛騨の湯島、この三箇所なり」)
※兵庫の有馬温泉、群馬の草津温泉、岐阜の下呂温泉である。
ということで、林羅山は草津温泉には来ていないかもしれないが、
草津来たりし100人として、湯畑に名前が記載されている。
画像



【1】万里集九

箕輪初心:生方▲『草津に歩みし100人』番外編:万里集九『梅花無尽蔵』
http://53922401.at.webry.info/201710/article_3.html

●文亀2年(1502)3月? 万里集九は草津温泉・有馬温泉・下呂温泉
 を日本三名泉と呼んだ。
 「 日本三名泉」という言葉が生まれた。

・永正3年(1506)
漢詩文集の東国旅行記『梅花無尽蔵』7巻が完成と言われる。
 


【2】林羅山 (1583年〜1657年)
・天正11年(1583) 京都四条新町において生まれた。
父は加賀国の郷士の末裔で浪人だったと伝わる。
  伯父のもとに養子に出された。

・文禄4年(1595) 京都・建仁寺で仏教を学んだ。
  建仁寺大統庵の古澗慈稽および建仁寺十如院の英甫永雄(雄長老)
に師事した。
松永貞徳から文学の刺激を受けた。
  
・慶長2年(1597) 僧籍に入ること(出家)は拒否し、家に戻った。
儒書に親しみ、南宋の朱熹(朱子)の章句、集注(四書の注釈)
  を研究した。朱子学(宋学)に熱中していった。

・慶長9年(1604) 藤原惺窩(せいか)と出会った。
  藤原惺窩の影響を受けることになった。
 師のもとで儒学ことに朱子学を学んだ。
 藤原惺窩は、傑出した英才:林羅山が門下に加わったことを喜び、
 林羅山に儒服を贈った。
 林羅山が読んだ書物を整理して目録を作ると四百四十余部に上った。
 林羅山は本を読むのに、「五行倶に下る」といい、一目で五行ずつ
  読んでいきすべて覚えているという。
門弟の中で特に林羅山・那波活所・松永尺五・堀杏庵の4人は惺門
 四天王と称された。藤原惺窩は和歌や日本の古典にも通じていた

・慶長9年(1604) 藤原惺窩は徳川家康に儒学を講義した。

・慶長10年(1605) 藤原惺窩は仕官することを要請されたが辞退し、
  門弟の林羅山を推挙した。
  林羅山が徳川家康に謁見したのは京都二条城においてであった。
  徳川家康は林羅山を手元に置いていくこととした。
  林羅山は才を認められ、23歳の若さで徳川家康のブレーンの一人と
 なった。

・慶長11年(1606) 林羅山はイエズス会の日本人修道士:イルマ
 ン・ハビアンと「地球論争」を行った。
  林羅山は地動説と地球球体説を断固として受け入れなかった。

・慶長12年(1607) 江戸に赴き2代将軍徳川秀忠に講書を行った。
   長崎で本草綱目を入手し、駿府の徳川家康に献上している。

・慶長19年(1614) 方広寺鐘銘事件
 林羅山は方広寺の梵鐘に刻された京都南禅寺の禅僧:文英清韓による
  銘文中の「国家安康」「君臣豊楽」の文言の件で、徳川家を呪詛す
 るものとして問題視する意見を献じた。
 「右僕射源朝臣家康」(右僕射は右大臣の唐名)を「家康を射る」
 ものであると無理にこじつけた見解を表明している。
 ⇒大坂冬の陣
 ★難癖をつけた張本人であった。


・寛永元年(1624) 3代将軍:徳川家光の侍講となり、幕府政治に
  深く関与していくことになる。
 『寛永諸家系図伝』『本朝通鑑』などの伝記・歴史の編纂・校訂、
  古書・古記録の採集、
 「武家諸法度」「諸士法度」「御定書百箇条」などの撰定、
 外交文書の起草、
 朝鮮通信使の応接など多岐にわたっている。

**************************
・慶長12年(1607) (宣祖:李・ソンゲ 40年)第1回
  徳川秀忠 呂祐吉 回答兼刷還使
          日朝国交回復、捕虜返還

・元和3年(1617)(光海君:クァン・へグン9年)  第2回
   徳川秀忠 呉允謙 回答兼刷還使
         大坂の役による国内平定祝賀、捕虜返還

・寛永元年(1624) (仁祖2年)第3回
 徳川家光 鄭ャ 回答兼刷還使 家光襲封祝賀、捕虜返還

〜〜〜ここから朝鮮通信使〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
・寛永13年(1636) (仁祖14年)第4回朝鮮通信使 
  徳川家光 任絖 朝鮮通信使

・寛永20年(1643) (仁祖21年)第5回朝鮮通信使
  徳川家光 尹順之 朝鮮通信使 家綱誕生祝賀、日光東照宮落成祝賀

・明暦元年(1655) (孝宗6年)第6回朝鮮通信使
  徳川家綱 趙珩 朝鮮通信使 家綱襲封祝賀

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
◆韓国ドラマ…「宣祖:李・ソンゲ」と「光海君:クァン・へグン」
日本では、豊臣秀吉の朝鮮出兵=倭寇を題材に

1)『火の女神ジョンイ』
箕輪初心:生方▲真田丸104【第30回「黄昏」】秀吉のボ
&韓国D「火の女神ジョンイ」
http://53922401.at.webry.info/201608/article_5.html

箕輪初心:生方▲「全46話火の女神ジョンイ」のあらすじ1〜15
&「ちょっと自分の陶芸作品」
http://53922401.at.webry.info/201608/article_36.html

箕輪初心:生方▲「火の女神ジョンイ全46話」3−Aあらすじ16話〜32話
http://53922401.at.webry.info/201608/article_37.html

箕輪初心:生方▲「火の女神ジョンイ全46話」3−B30話〜46話
&「豊臣秀吉関連」
http://53922401.at.webry.info/201608/article_38.html
★伊万里焼の女性陶芸家になる。


2)『華政(ファジョン)』
李氏朝鮮第14代王:宣祖と仁穆大妃の間に生まれた嫡流の王女と
過酷な運命に翻弄された貞明公主(ジョンミョンコンジュ)の生涯
を描いている。

3)『六龍が飛ぶ』
腐敗した高麗(こりょ)に革命を起こし、理想国家を建てる
 ため立ち上がった6人の英雄の生き様を描いている。
豊臣秀吉の朝鮮侵略もある。
★プ二役:シン・セギョンとヨニ役チョン・ユミの女優が可愛い。
★主役:李(い)・ヴァンオン⇒暴君:光海君?になるのであろう。
★剣の戦闘シーンはとても面白い。
  タンセ役とムヒュル役が格好いい。
 Killテミ・Killソンミ役もいい。女剣士:サグァン役も面白い。
 観光映画らしいネチネチ感が少なく、展開が面白い。
 土地搾取の貴族の国  VS 共産主義的な考えの儒者の国
 ⇒結局、李王朝に戻ってしまう。
 

********************************

・寛永7年(1630) 林羅山は将軍:家光から江戸上野忍岡に土地を
  与えられた。

・寛永9年(1632) 林羅山は江戸上野忍岡に私塾(学問所)・文庫と
  孔子廟を建てた。「先聖殿」と称した。

・寛永12年(1635) 林羅山武家諸法度を起草した。

・寛永13年(1636) 伊勢神宮参拝典礼にあたっている。

  林羅山は徳川家康・秀忠・家光・家綱の将軍4代に仕えた
 林羅山は様々な制度、儀礼などのルールを定めていった。
  学問上では、儒学・神道以外の全てを排し、朱子学の発展と
  儒学の官学化に貢献した。
  紀行書を著すなど文人としての活躍ぶりも多彩である。
  林羅山は僧侶の資格で仕えながら、仏教批判をおこなっている。


・正保元年(1644)林羅山が編纂した『本朝編年録』は上梓された。

・晩年は幕府より910石を給せられた。

・明暦2年(1656) 最愛の妻を亡くした。

・明暦3年(1657) 明暦の大火
林羅山は邸宅と書庫を焼失した。
  4日後、死去した。享年75。

・寛文10年(1670) 本朝通鑑が完成した。全326巻。
「本朝通鑑」など多くの著書があり、国文学や史学などの研究
でも業績を残した。 
箕輪初心:生方▲箕輪城236長野方業と『戦国のコミュニケーション』
:山田邦明著
http://53922401.at.webry.info/201612/article_10.html
★『続本朝通鑑(しょくほんちょうつがん)』


・戦国時代**************************
戦国時代以降、草津温泉は、各地の武将が湯治に訪れた。
記録が残っている。
06●文明4年(1472)−蓮如(本願寺・吉崎御坊住職)
○○○文明18年(1486)−堯恵(二条家歌学を継ぐ天台宗常光院流の歌僧)
○○○長禄2年(1488) 万里集九は草津には来ていないようである。
  詩文集『梅花無尽蔵』の中で
 「本邦六十余州、毎州有霊湯、其最者下野之草津、津陽之有馬、
 飛州之湯島三処也」
 意味…我が国の六十余州毎に霊湯:名湯がある。其の内最もよい
 のは下野(上野国の誤り)の草津、摂津の有馬、飛騨の湯之島の
 三か所である。
 「日本三名泉」は、万里集九 → 林羅山によって言葉が生まれた。

07▲延徳2年 (1490) −長野業尚 (榛名鷹留城主)
   ★文亀3年(1503) 長野業尚が死亡なので草津の大永6年(1526)
  の年号は間違っている。     
08▲延徳2年(1490)−長尾為景 (越後国守護代)
   ★長尾為景が2歳?
09▲延徳2年(1490)−大光宗猷禅師(曇英恵応:越後林泉寺&榛名長年寺)
   ★大永6年(1526)まで生きていなかった。
10●明応4年(1495)−横瀬成繁(太田金山城主)
11●文亀4年(1502)−飯尾宗祇(連歌師)
★宗祇は越後の帰りに伊香保に行っちゃったので来ていない。
○○○文亀 2年 (1502) 3月 連歌師:宗長が越後より草津に来る。
○○○永正 6年 (1509) 9月 連歌師宗長、駿河より草津に来る。
※永正6年(1509)の「東路の津登」が有名である。
◆◆◆戦国時代     湯本善太夫は草津温泉を支配していた。
12●永禄 3年 (1560)−小幡重貞(→信貞→信実:国峰城主)
 ★「関東古戦録」がベースなので、信憑性は疑わしい。
13●天正10年(1582)−丹羽長秀(織田信長家臣)
14●天正10年(1582)−堀秀政(織田信長家臣)
15●天正10年(1582)−多賀新左衛門常則(織田信長家臣)
○○○天正15年(1587)−光佐・光寿・佐起(本願寺座主と2人の息子)
16●天正15年(1587)−朝日姫(豊臣秀吉の妹:徳川家康の正室)
  豊臣秀吉の妹である朝日姫は、徳川家康の正室であり病気療養
 のために草津を訪れたとされている。
17●天正16年(1588)−豊臣秀次(関白:豊臣秀吉の甥:養子)
   豊臣秀吉の異父兄弟:豊臣秀次も来ている。
18●天正16年(1588)−松平(依田)康国(小諸城主)
19●文禄3年(1594)−大谷吉継(豊臣秀吉家臣:石田三成親友)
20●慶長3年(1598)−前田利家(豊臣秀吉親友:加賀100万石)
  前田利家なども遠路はるばる草津の地を訪れて、温泉に入湯した
という記録が残っている。
△△△徳川家康は、草津を訪れたことはないものの、草津の湯を江戸城へ
 運ばせて入浴していた。

********************************




『草津に歩みし100人』のブログ一覧**************

◆1)草津温泉・・・・20回以上?
箕輪初心◆2014スキーbX【草津】& 『草津温泉:望雲』
http://53922401.at.webry.info/201402/article_13.html

箕輪初心▲群馬:日本百名山:草津白根山&草津温泉
http://53922401.at.webry.info/201107/article_4.html

箕輪初心▲群馬百名山A26〜50草津白根山・皇海山など
http://53922401.at.webry.info/201206/article_29.html

箕輪初心■群馬草津の松尾芭蕉句碑:ゴリラ50ccでGo
http://53922401.at.webry.info/201209/article_4.html

箕輪初心■プラドでGo【群馬の4湯巡り】 
http://53922401.at.webry.info/201206/article_26.html

箕輪初心:生方▲2018スキーbV『草津コース動画&昼食:月乃井
&温泉:山本館』
http://53922401.at.webry.info/201803/article_7.html




●草津温泉に来た有名人シリーズ*****************
箕輪初心:生方▲『草津温泉に歩みし百人』@「日本武尊:開湯伝説」
http://53922401.at.webry.info/201709/article_23.html

箕輪初心:生方▲『草津に歩みし100人』A「行基:開湯伝説」
http://53922401.at.webry.info/201709/article_24.html

箕輪初心:生方▲『草津に歩みし100人』B「源頼朝:開湯伝説」
http://53922401.at.webry.info/201709/article_25.html

箕輪初心:生方▲『草津に歩みし100人』C木曾義仲・D巴御前
http://53922401.at.webry.info/201709/article_26.html

箕輪初心:生方▲『草津に歩みし100人』E蓮如と番外編「孫:顕如」
http://53922401.at.webry.info/201709/article_27.html

箕輪初心:生方▲『草津に歩みし100人』「番外編:堯恵」
http://53922401.at.webry.info/201709/article_28.html

箕輪初心:生方▲『草津に歩みし100人』F「長野業尚:榛名鷹留城主」
http://53922401.at.webry.info/201709/article_30.html

箕輪初心:生方▲草津に歩みし100人G長尾為景:上杉謙信の父
http://53922401.at.webry.info/201710/article_1.html

箕輪初心:生方▲草津に歩みし100人H大光宗猷禅師=曇英恵応:林泉寺創建
http://53922401.at.webry.info/201710/article_2.html

箕輪初心:生方▲『草津に歩みし100人』番外編:万里集九『梅花無尽蔵』
http://53922401.at.webry.info/201710/article_3.html

箕輪初心:生方▲『草津に歩みし100人』10『横瀬成繁』太田金山城主
http://53922401.at.webry.info/201710/article_8.html

箕輪初心:生方▲草津に歩みし100人:連歌師『J宗祇』&番外編『宗長』
http://53922401.at.webry.info/201710/article_9.html

箕輪初心:生方▲草津に歩みし100人『草津管理人:湯本善太夫』
と『真田ブログ一覧』
http://53922401.at.webry.info/201710/article_10.html

箕輪初心:生方▲草津に歩みし100人ー12『甘楽国峰城主:小幡信貞』
http://53922401.at.webry.info/201710/article_11.html

箕輪初心:生方:▲草津に歩みし100人:『戦国時代の草津温泉ブーム創作編』
http://53922401.at.webry.info/201710/article_12.html

箕輪初心:生方▲草津に歩みし100人【織田信長家臣→豊臣秀吉家臣L丹鋳キ秀】
http://53922401.at.webry.info/201710/article_13.html

箕輪初心:生方▲草津に歩みし100人【織田信長家臣→豊臣秀吉家臣M堀秀政】
http://53922401.at.webry.info/201710/article_14.html

箕輪初心:生方▲草津に歩みし100人【織田信長家臣→豊臣秀吉家臣N多賀常則】
http://53922401.at.webry.info/201710/article_15.html

箕輪初心:生方▲草津100人『16(近衛晴嗣→前嗣→前久→)近衛龍山
http://53922401.at.webry.info/201803/article_9.html

箕輪初心:生方▲草津100人『17朝日姫・18豊臣秀次・
幻の豊臣秀吉&井伊直政』
http://53922401.at.webry.info/201803/article_10.html

箕輪初心:生方▲草津に歩みし100人19『依田(松平)康国』
:豊臣秀次の饗応役
http://53922401.at.webry.info/201803/article_11.html

箕輪初心:生方▲草津温泉100人20『真田幸繁親戚:大谷吉継
とハンセン氏病療養』
http://53922401.at.webry.info/201803/article_12.html

箕輪初心:生方▲草津100人『21:前田利家』死の予感?
http://53922401.at.webry.info/201803/article_13.html




★説明がちがっているかもしれません。
 巴御前と静御前を勘違いしています。











江戸時代の温泉番付「諸国温泉功能鑑」
西の大関は「摂津有馬」。

東の大関は「上州草津」=草津温泉。
(大関は当時の最高位である。横綱はない。)

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
箕輪初心:生方▲『草津100人23林羅山』三名泉 城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー・旅行/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる