城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー・旅行

アクセスカウンタ

zoom RSS 箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政97『第37話:武田が来たりて…』元亀年間の武田・徳川の動向

<<   作成日時 : 2017/09/19 08:33   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

今回、一番面白かったシーンは、三方ヶ原の戦い後、浜松城
で、徳川家康が@脱糞する伝説、Aしかみ像の逸話をドラマ
として、取り上げたことである。酒井忠勝の演技もよかった。
落ちは石川数正の「やけくそ」だった。
@起…直虎は還俗し、百姓になっていた。
A承…方久はあやめと結婚することになった。
B転…龍雲丸に娘が会いに来た。境の中村屋からの誘いであった。
C結…そんな折、武田信玄が攻め来るという。
・浜松城の博物館
画像


画像

画像

画像

・岡崎公園


【1】おんな城主 直虎「第37話:武田が来たりて火を放つ」

●隠れ家・・・復習編
直虎「我は井伊家を再興するつもりはない。」
中野直之は目をぱちくり・・・

◆ナレーター
「・・・・・井伊家の人々はそれぞれの道を歩き始めた。」

●岡崎城
◆ナレーター
「一方、家康は勝手に今川と和睦をしたため、武田の怒りを
 買うことになってしもうた。」

●躑躅が崎
武田「今にみておれ、・・・」


〜〜〜〜ミュージック〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

◆ナレーター
「元亀3年秋、井伊谷は近藤の元、長閑な日々が続いておった。
 高瀬や直之は近藤に仕え。・・・」

●井伊谷館
高瀬は近藤の面倒を見ていた。
中野直之の

●龍たん寺
◆「祐椿尼は龍たん寺に身をよせ、・・・方久は薬の行商を初めて
 おった。」
方久「かーん、かーん、あの子の刺繍はどなたが?・・・」

●瀬戸村
◆ナレーター
「そして、直虎は還俗し、百姓として働いておった。」
牛を畑に入れて耕している。

★直虎が井伊家の再興をあきらめてから3年の時が経った。
 直虎は、還俗して名前を次郎法師から「とわ」に戻しした。

直虎は綿を収穫してきた。
村人が綿を紡いだ。
「おとわ樣」
「おとわでよい。なんじゃ、皆寄り集まって・・・」
村人は近藤の綿の一括納めの代わりの年貢免除の約束を破ろうと
していた。
「年貢をおさめろと」
「水堀を造れと言ったらどうかのう?」
直虎は日々の生活は農作業をしながら、・・・・

南渓・傑山がやって来た。

「頭、頭・・・」
「おかえり、・・・」
龍雲丸と一緒に心落ち着く平和な日々を暮らしていた。


「方久があやめ殿と一緒になるらしいゾ。」
龍雲丸は夕飯の「ごった煮=雑炊」を椀に盛り付けた。
あやめの縁談は驚きの結果となった。

◆龍たん寺
瀬戸方久があやめの刺しゅうの能力を見て惚れ込んでしまった。
方久「あやめ殿、・・・」
かけより・・・
ペンペンとミュージック・・・
「それがしを貰とうていただけませぬか?」
「なんですって」
「それがしを婿に・・・」

「あやめ殿、方久の吉祥天女・・・吉祥天女・・・」
と手を握る。

●瀬戸村の新居?あばら屋
「そいう訳での・・」
と楽しそうに飯を食いながら、話す。

「方久にとって、銭を生み出す女子は神と同じ。・・・」

方久は気賀城主を追われたお金が無くなった後に、昊天に薬の作り方を
教えてもらって行商していたが、さらに儲けの手づるが見つかった。

「きいてるか?」
「方久は刺繍も売り歩くつもりなのか?」
「金持ちの客も出てきた。」

直虎は、銭の犬の方久が相手ということで心配をしたが、
ほっとした。当人同士がよければ幸せならば・・・
と嬉しそうに話した。
龍雲丸は何か気になることがあるようだ。。

●村人
「頭も商売でもすたくにゃーたのじゃあねんか?
 元々・・・」
「そうかのう」
と綿を干す。
「頭はなんでここにおるの?」
「堀川城で仲間が死んでしまって、・・・」
「堀川城って、」
「もう、4年前かの・・・」
・・・・・
「炭ばっか焼いておっても・・・」


●龍たん寺
祐椿尼に娘が現れた。

●瀬戸村の家
直虎「畑かあ。出るかの?」
と。でっかい大根を持ってくる。

娘が現れた。
直虎は隠れた。
龍雲丸は娘の髪の手を分けてやる。
直虎「何じゃ、あの女子は・・・」
娘は龍雲丸に抱きついた。
「あっ」
ぶっぷぷ? シッラソ・・・をミュージック。
龍雲丸のしっかり抱いて、頭をなでる。
直虎は目がまん丸になった。

・・・・・・
●家の中
直虎は窓から覗く。
ソシ♭ラーソラシ♭ドレー
龍雲丸は手紙を読んでいる。

直虎は居直って家の中に入った。
龍雲丸は手紙を隠した。
「今、何を隠した。」
・・・
「出せ、」
大根で龍雲丸を叩く。
しかし、龍雲丸が身を庇うだけ・・・
「あいた、た・・・」
直虎は手紙を取り上げた。
「これは恋文ではないではないか?」
龍雲丸が笑う。
「先ほど、抱き合っていたではないか?」
「・・・あーーーあれは、たまきだ。龍雲党にいた。
 おぼえてねか?・・・あん時は子どもだった。」

龍雲丸に届いた手紙は、気賀で一緒に商いした中村屋からで
あった。娘が中村屋に匿われていたのだ。
中村屋は、「堺で新しく商売を一緒にしないか。」
と誘ってきたのであった。

◆回想・・・アジトで頭の元にいた孤児の少女だった。
「中村屋の船で逃げおうせて、所帯をもったんだって・・・
 そらあ。こうもなろうな。」
と抱きついて、振り払われる。
「堺ってすごいとそろ何だろう?」
「気賀と同じで商人の町・・・気賀の何倍もでけえとこで・・
 異人までいて、商人達は海の向こうまで行く・・・って
 話でさあね。」
「海の向こう?・・・」
「どんなとこかと思うよな。」
向き直って
「お宝を探しておりもうした。あてどもねえ旅でごぜーますよ。」
「なんだ。」
「覚えておらぬか?頭は最初におうたころ、そう申しておった
 のじゃ。」
・・・・・
「頭の性におうた話じゃと思うぞ。」
・・・・
龍雲丸は「とわも一緒にいかないか。供に堺に・・」
と誘う。・・・
直虎は「行けるわけがなかろう。家を潰し、皆の菩提を弔う。
 出家でもするところを還俗し、この上、井伊を出ていくなど
 ・・・罰当たりにも程がある。」
と断る。
「どうせもう、罰当たりなんだから、・・・よくねえか?
 多少取り繕ったところで、仏様はお見通しだろう。・・」
「しかし、・・・」
「もうここでやることもねえじゃねえか?」
「しかし、・・・力也・ごくうが訪ねてきたときに・・」
「堺におると、龍たん寺にことづてておけばいいじゃねえか。」
「理屈はそうじゃが、・・負い目は感じぬのか?」
「気賀があんあことになってか?」
「ないわけじゃないけど、・・ここで炭をやいてからって、・・・
仏様があいつ等を戻してくれるわけじゃねえ・・・
ってことが、分かってきた。あんたがここで百姓をしてたからって
 但馬様が生き返るわけじゃねえ。・・・」
「そんなこと分かっておる。」
と言って、位牌のところに行く。

●井伊谷館
高瀬「・・・おいしい。」
弥吉「近藤様もおやさしいのう。」

そこへ・・・武田の隠密が・・・
高瀬はどきっとしった。
ジャーンと小さな銅鑼のバックミュージック・・・
隠密は品物を並べる。
「近いうち、武田が攻め込んでくる。」
「しかし、井伊はもう潰れてしまいまいした。」

「分かっておる。」
「故に、今の城主を殺してほしい。」
「近藤様を?」
「そうじゃ。しくじれば、命がないと思えよ。」
とにこにこしながら、高瀬毒を渡す。・・・


●瀬田村
母が直虎に会いきた。
まんじゅうが美味しかった。
「龍雲丸は息災ですか?堺へはいついくのですか?」
「何故、知っているのですか?」
「中村屋の者が寺を訪ねてきた故、・・・」
・・・
「で、そなたは供にいくのですか?」
「いきませんよ。」
「私に出見るわけありません。」
「何故?」
「母上、お戯れがすぎます。・・」
「私は供にいってほしですがねえ。例え、罰当たりと言われようとも」
「とわ、・・母には野望があるのです。」
「野望・・?」
「そなたの孫と抱くことです。」
★あれ、子どもじゃないの??????????
「母は孫を抱きたいのです。そなたもそうとう年、・・・
 今度、頭を逃したら、相手などみつかりますまい。二度と
 間違いなく、・・・」
祐椿尼は最後のチャンス・・・と説明する。
「故に、ここは母のために頭と行ってくれませぬかねえ。
母は一緒に堺に行くようにと進めるのだった。
と促した。
「なれど、なれど、・・・堺に行ったら、抱けません。」
「たまに顔をみせにくるだけでも、・・・」
「この年で、子宝に恵まれるこどなど、よほどのことがない限り
 無理かもしれません。」
「朝に夕なに世継ぎ観音にお願いします。」
直虎は母の気持ちに心は揺らぐ。

●瀬田村の家
龍雲丸は手紙を読み直す。
「断るか?此度は・・・」
と手紙をまき直す。

直虎が戻った。
「頭・・・」
「お帰り。」
「供に行く。」
「えっ。」
「よいのか。誠に・・」
「母上が孫の顔が見たいと・・」
「孫?」
「故に、いけとゆうてくださった。」
「そうか?」

●龍たん寺
2人は祐椿尼を訪ねた。
龍雲丸は「祐椿尼樣、此度は誠にかたじけのう存じます。」
「こちらこそ、かような娘ですが、・・・何とぞ。」
といって、お互い頭を深々と下げ合う。
「なんだ。このやりとりは?」
「して、いつ・・・」
「これから、中村屋と・・
 年明けになりますかな?」

 高瀬は本堂に来て本尊をおがんでいた。
 ◆回想・・・近藤は高瀬に優しくしてしてくれ、感謝していた

 中野直之は来て
 「殿、武田が遠江に攻め入りましてございます。」


近藤康用が統治していた井伊谷は、平穏な日々から一転し※井伊谷に
 再び戦火がやってきたてしまいことになった。

●どこかの戦場
「かかれ・・」
武田信玄の軍勢が徳川領の遠江を一気に侵略してくる。
*****************************
★やたらめったら赤備え・・・
 赤備え・・・武田の赤は『甲陽軍鑑』によれば
武田家中では山県昌景・小幡信貞:浅利信種は
赤備えとして編成され総勢千騎だったという。
  @死んだ兄:飯富兵部(永禄10年義信事件で死亡)・・・
  告げ口した弟:山県昌景の部隊・・・1000騎
小幡信貞(信実)の部隊・・・・500騎
浅利信種(永禄10年死亡)・・200騎?
 →土屋昌恒部隊・曽根昌世部隊に引き継がれた。
★私の計算だと1
長篠の戦いで山県昌景の死後、徳川家康の重臣:井伊直政
 (★山県昌景の家臣:広瀬・三科・孕石・石原が井伊家家老になっ
  ている。
天正12年、井伊直政は初期段階の小牧長久手の戦いでは飯富兵部
 の赤備えでで出陣している、(龍たん寺所蔵)
  慶長14年、真田昌幸の次男:真田信繁も赤備えにした。
**********************
◆ナレーター
「武田信玄は信濃・駿河の2方面より、徳川領に
 攻め入った。」

●浜松城
「武田が攻め入っただと・・」
家康が尻餅をつく。
常慶「・・織田領内にも攻め入ったとのこです。」
本多「織田が負けただと・・・」
 「織田と武田は上手くやっておったのではないか?」
常慶「織田も武田に一杯食わされた。と言っておられました
  ということではございまんでしょうか?」
家康がへなへなとなる。・・・
榊原「織田の援軍も期待できないか?」
酒井「上杉は・・・」
常慶「一向一揆に手間取っているようです。」
石川・・・笑いだしながら
「では、丸裸ではないか?」
家康は碁を打とうとする。



●龍たん寺
南渓は「武田が来た。」
傑山・昊天・・・
中野・直虎・・・
入り口に龍雲丸・・★偉くなったなあ。座敷に通して貰っている。
直之「なんの前触れもなく、攻め込まれた。・・
 近藤殿も城の守りをかためるよう・・・
と話をする。
◆回想・・
近藤は、武田軍を迎え撃つように準備を進めた。

南渓「頭・おとわ・・そなたらはすぐ堺に発て・・」
「お待ちください。武田が攻めてくると言う「¥時に」
昊天「そなたは井伊谷の殿ではない。」
傑山「・・・なんの義理もない?」
南渓「母上の願いを叶えてやればよいではないか?」
龍雲丸「俺もいきたくはないです。無理矢理、連れて行っても
 帰ってきてしまう。それに、ここが戦場になってしまうって
 こでしょうし・・・だったら、皆を無事に逃がしてやりてえ。」
南渓「之の字、其方はどうする?」
場合によっては我らは近藤殿にはむかうやもしれぬ。」
直之「・・・それがしが近藤に仕えているのは井伊の民を守る
 ためです。」
直虎「之の字、・・・」
直之はうなづく。
南渓「我らのすべきことは武田と徳川の雲行きをみることじゃ。」
昊天「逃げるのが得策か?戦うのが得策かということですか?」
南渓「徳川が有利なら、近藤殿任せておけばよいだろう。
  じゃが、・・・最も難しいのは・・・近藤殿が武田に帰順を 
  することじゃ。」
直虎「近藤殿が帰順をするように進めるということですね。」
◆ナレーター
「井伊の面々が知恵を絞る。・・・」
戦が起こらないようにと望むが、なかなかいい案が思いつかない。
「※武田軍は鬼神のような強さで・・・
  (破竹の勢いで)次々と遠江の城を攻め落とし、井伊谷
 に近づいてきておった。」
 武田信玄は薄笑いを浮かべている。

●浜松城
「飯田城も落ちました。」
「・・・」
常慶「二俣城は武田の軍に囲まれ、水の手を断たれた由に
   ございます。数は2万を超えております。」
石川「倍かあ。」
??「織田からの援軍も来ない・」
家康は碁を並べていた。
酒井「殿は何をしておられる。」
家康は碁をぐちゃぐちゃにし、
「武田と和睦を結ぶ。そして、遠江を割譲する。」
酒井「何もそこまでしなくても・・・」
榊原「まだ、戦う方法があるのでは・・・」
本多「今度は勝手に武田と和睦したと言われる。」
家康「かような、後ろ向きなことでは・・・
   武田は織田をも滅ぼそうとしていいると聞く。
   西国の大名も武田に手を結ぶ者もあるという。
   ならば、織田をきり・・武田に付く方がよいのでは」
酒井「さようなことが織田にきこえたら、・・・」
家康「武田に事情を伏せてもらえば済む。・・・」

配下「申しあげます。織田様からの援軍が到着しました。」
家康「何?」

佐久間信盛であった。
 挨拶をし、口上を伝える。

でも、皆唖然としている。
「何か?」
石川・酒井が慌てて取りなしをする。

石川「もう、戦うしかございませんなあ」

◆ナレーター
「こうして、徳川は撃って出るしかなくなり、・・・」

三方ヶ原の戦い
家康が倒れ込んだ。
ぶー・・・・味噌が出た。

「殿、よう無事で・・」
酒井が「うん?」
うんこの臭いをかぎつけた。
「うん、殿、まさか?」
画像

鼻をつまむ。
石川は「酒井殿・・」と首を横にふる。

家康「これは味噌じゃ。焼き味噌が落ちたのじゃ。」
酒井が臭いとばかり顔をしかめる。
テレポーズ・・・・しかみ顔
画像



★糞漏らし伝説を使っている。
石川「やけ糞かあ。」
と苦笑いをする。

酒井「篝火をたけえ・・・。」
と怒鳴り、太鼓を打つ。

◆ナレーター
「家康は脱糞をするほど、大敗北をきっしたのじゃ。」

●龍たん寺
直之「三方原で徳川が・・・圧勝・・・」
傑山「武田は強い。」
南渓「之の字、近藤殿は武田に寝返る気はないのか?」
直之「城を枕に討ち死にする覚悟のようで・・・」
・・・・・
「やりますか?」
「是非もあるまい。」

●農家
龍雲丸が「お願いできますか?」

近藤の手下が来ると、村人は誰もいない。
逃散のようである。

●龍たん寺
近藤「井伊はおるか?井伊の尼は?」
南渓「何か、ありましたか?」
「・・・村はだれもおらぬ。兵糧がない。・・・」
「武田は破竹のいきおいですからな。逃散したのかも
 しれませぬ。」

「近藤殿、武田にいっそう組してはいかがかのう。
 武田はそこまできています。百姓を連れ戻すいとまは
 ございますまい。」

近藤は走り寄って、傑山の弓をつかむ。
「弓の空打ちは怪我をするぞ。」
と帰って行った。
「無茶じゃのう。」


◆ナレーター
「直虎は百姓が逃散することで、近藤に戦を思いとどませようとした。」


●隠れ場
百姓は隠れ家に米などを運び入れた。
「では、仕上げに戻ろうか?」
「高瀬様をみませんでしたか」
「高瀬が」


◆ナレーター
「武田が目前まできておった」
●井伊谷館
高瀬は井伊谷館に来ていた。
「高瀬、そなたはにげなかったのか?」
「せめて、私だけでも・・・」

夜、荷車が来た。
直之は「荷を改める。」
直虎は顔を見せ。「近藤殿はまだ戦うきか?」

「そのようで、・・・」
「やるしかあるまい。」
「高瀬はいなかったか?」

高瀬は毒を盛った。
「食事をお持ちしました。」
「気持ちは嬉しいが、ここを去った方がいい。」
「いえ・」
「礼をいう。」

「申しあげます。武田がこちらに向かってきます。」
「ざっと、2万・・・」

直虎「それでも戦いますいか?」
「おのれ、どこから入った。」
直之は後ろから近藤を掴み、首に刀を突きつける。
「近藤殿、此度は勝てません。命を無駄にしては・・・」
「そなたが小細工せねば、勝ち目はあった。」
「ございませぬ。井伊の兵は500。・・二俣城は2000
 の兵で守りましたが、落とされました。・・・
 それとも、井伊にだけは奇跡が起こると?・・・」

直虎は片膝をついて
「どうか、武田にお使者をおつかわしください。その
 お命、我や寺が救うたもの・・・
 何卒、大事にしていたがけないでしょうか?」

「三十六計、逃げるにしかず、か。」
・・・・
「よかろう。逃げよう。但し、帰順はせぬ。城を燃やせ。
 これ以上は譲らぬ。・・・」

近藤は城を燃やした。
「我らも逃げましょう。」
「高瀬を探してくる。之の字は近藤殿を隠し里へ・・・」

頭は高瀬を救った。

◆ナレーター
「井伊の城は落ちた。しかし、1人の死人はでなかったという。」

◆予告編


【2】ゆかりの地「三方ヶ原」
・古戦場跡

・根洗町・・・信玄の本陣跡(伝)

・祝田の坂・・・決戦の分かれ道

・浜松八幡宮・・・くもくすの木
隠れた場所伝説




【3】元亀年間の武田・徳川・織田の動向
●永禄12年(1568)龍潭寺に匿われた井伊直政
 の生母=実母:奥山朝利の娘は今川家臣:松下源太郎清景
 (浜松頭陀寺城)と再婚した。

★@松下清景の姉は松平元康(徳川家康)家老:松下之綱であった。
  井伊家が今川氏から独立した松平元康との関係を模索した。
と考えられる。松下清景の弟:松下常慶のコネもあった。
★A松下清景は虎松(井伊直政)井伊直政の養父となった。
★B新野親矩の妻は奥山朝利の娘
★C鈴木重好の母は奥山朝利の娘 
・・・新野・鈴木・松下は親戚関係
鈴木重好と井伊直政は5親等である。
★D木俣守勝・E三浦・F庵原、H狩野主膳の妻は新野親矩
 の4人娘である。狩野主膳の子は木俣守安である。

●永禄13年(1570)4月23日(5月27日) 永禄から元亀に改元。
●元亀元年(1570)
6月28日(7月30日) ▲姉川の戦い
織田信長 VS 浅井長政
8月26日   野田城・福島城の戦い
     織田信長 VS  石山本願寺
      10年余に亘る抗争の発端となった。

・元亀元年(1569) 徳川家康は本拠を岡崎城から引間城に移した。
 岡崎城には長男:徳川信康を置いた。


●元亀2年(1571)
室町幕府15代将軍:足利義昭は織田信長討伐令を出した。
足利義昭は織田信長の影響力を弱めようとして、浅井長政・朝倉
敏景・三好氏・・六角氏・石山本願寺・延暦寺・武田信玄らに
御内書を下しはじめた。
第2次信長包囲網である。

2月、織田信長は浅井長政の重臣:磯野員昌を調略して佐和山城
 を降した。近江南部の支配を手にした。
5月 織田信長が伊勢長島の一向一揆を攻めた。
9月12日 織田信長が延暦寺を焼き討ちにする。(元亀の法難)。
織田信長は反織田勢力の鎮圧に努めた。

※2月から4月 武田信玄による大規模な三河・遠江侵攻
 菅沼定盈は 野田城の仮城:大野田城)武田信玄家臣:山県昌景・
  小笠原信嶺らの攻撃により、大野田城は炎上した。
(★天正3年(1575年)の長篠の戦いの前哨戦説が有力説と
なりつつある。)

10月 武田信玄が遠江へ侵攻した。
信濃国から南下する別働隊の山県昌景によって三河国八名郡に
 あった鈴木重好の居城:柿本城を攻略された。
叔父:鈴木出雲守が守備する遠江井伊谷の小屋山城へ退いた。
 しかし、ここも山県勢に陥落させられた。

 井伊谷3人衆は開城した。

 鈴木重好達は徳川家康の本拠であった浜松城に退いた。


12月、菅沼定盈は修築中の野田城を再び本拠としたという。

12月17日   甲相同盟の回復。



●元亀3年(1572)
7月  織田信長は近江の小谷城:浅井長政を攻めた。
9月、武田信玄は西上作戦を発動した。
  三河の徳川領を北・東の2方面から同時侵攻した。
 
 徳川家康の所領:遠江及び三河に30,000の軍勢を率いて攻め
  込んだ。

12月22日 ▲三方ヶ原の戦い
   武田信玄軍 VS 徳川・織田連合軍
   武田の大勝。
 
   徳川家康は三方ヶ原の戦いで武田勢に大敗した。 

  徳川家康は大敗を喫した。
@うんこ漏らし伝説
 A、『顰像』(しかみぞう)
『徳川家康三方ヶ原戦役画像』(徳川美術館所蔵)。
 昭和時代に「徳川家康が、三方ヶ原での敗戦直後に像を自戒の
 ため描かせた。」創作・形成された 
「徳川家康が、自身の慢心を戒めるために自身の姿を描かせ、自戒の
 ために座右に置いた」という逸話・伝承であり、史料的根拠は存在
 しない。しかし、教訓性が多くの日本人から共感・支持された。

12月22日〜正月始めまで 武田軍25000が井伊谷に滞在した。
  武田信玄は遠江国浜名湖北岸の形部村に滞在し越年した。

●元亀4年( 1573)
1月10日 武田軍は刑部村を発った。
1月 武田軍が井伊谷に侵攻し、神社・仏閣・民家を焼き払った。

 武田軍は宇利峠から三河へ進入した。
  豊川を渡河した。
 ▲野田城の戦い。
  武田信玄は徳川方の菅沼定盈の野田城を包囲した。
菅沼定盈と援軍合わせて500名程度であった。
  菅沼定盈は設楽貞通らと共に防備を強化した野田城に立て籠
  って抵抗した
  野田城は河岸段丘の地形を利用していて攻め口が限られていた。
  武田の大軍を相手にするには有利な構造となっていた。

  武田信玄は兵力30,000であった。
  武田信玄は力攻めは行わず、甲斐の金掘衆を呼び寄せて地下道を
  掘り、水の手を断ち切ることにした。
  武田軍に水の手を断たれても野田城は1ヶ月持ちこたえた。
 
 2月16日 菅沼定盈は城兵の助命を条件に開城降伏した。
  菅沼定盈は捕虜として武田軍に連行された。

  徳川家康は、三方ヶ原の戦いの大敗によって後詰のしにくい状態
  であった。
  武田信玄は野田城を攻めた後、具合は悪くなり、度々喀血していた。
  武田軍は西上作戦停止した。

 3月 菅沼定盈は徳川家康・武田勝頼との人質交換で、再び徳川家康
   帰参した。
 武田信玄は長篠城で療養していた。
 近習・一門衆の軍議で帰国は決定した。
 4月初旬 武田信玄は西上作戦の途上で
   武田軍は三河から撤退し甲斐に帰国した。
 
 4月12日 武田信玄は甲斐に引き返す三河街道上で死去した。
  武田信玄は信濃伊那郡駒場において病死した。享年53。
  武田氏では武田信玄の死を秘匿し、2男の武田勝頼が家督を
  継いだ。(正式には諏訪勝頼の息子であった。)    

7月  織田信長は足利義昭を放逐・・・室町幕府の滅亡。

●元亀4年/天正元年7月28日(8月25日) 天正に改元。

◆参考文献・資料
『三方ヶ原の戦いと小幡赤武者隊』:岩井良平著
『三方ヶ原の戦い』小和田哲男著
『戦国の群像』小和田哲男文責
『検証・三方ヶ原合戦』小楠和正著
『武田氏家臣団人名辞典』「秋山虎繁」「山県昌景」丸島和洋文責
  柴辻俊六・平山優・黒田基樹・丸島和洋編:東京堂出版
「徳川家康三方ヶ原戦役画像の謎」原史彦
「浜松城」博物館展示
 「井伊直虎」関係の本約30冊等
 「徳川家康の本」
など多数・・・・・


箕輪初心:生方▲遠江:『三方ヶ原の戦い』徳川家康VS武田信玄
http://s.webry.info/sp/53922401.at.webry.info/201610/article_8.html

〜〜〜徳川家康シリーズ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
箕輪初心●愛知【岡崎城】=「徳川家康が生まれた城」
http://53922401.at.webry.info/201212/article_7.html

箕輪初心:生方▲遠江『曳馬城=引馬城(浜松城の前身)』&歴史
http://53922401.at.webry.info/201610/article_6.html

箕輪初心:生方▲遠江『浜松城』:徳川家康が17年住んだ居城&歴史
http://53922401.at.webry.info/201610/article_7.html

箕輪初心★小幡一族&熊井土一族&三方原の戦
http://53922401.at.webry.info/201304/article_10.html

◆◆ 箕輪初心◎長篠の戦い前編 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201211/article_25.html

箕輪初心◎長篠の戦い後編:設楽原の激闘&上野国関係者
http://53922401.at.webry.info/201211/article_27.html

◆◆ 箕輪初心●愛知【長篠城】 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201211/article_24.html

◆◆ 箕輪初心★【奥平一族は群馬出身】 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201211/article_24.html

◆◆ 箕輪初心●愛知【長篠城】=菅沼→奥平の城へ ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201211/article_24.html

箕輪初心:生方▲遠江『掛川城』:復元木造天守閣が凄すぎる城
http://53922401.at.webry.info/201610/article_3.html

箕輪初心:生方▲遠江【高天神城】前編:縄張りが複雑怪奇な凄い山城
http://53922401.at.webry.info/201610/article_2.html

箕輪初心:生方▲遠江【高天神城】後編「本丸→三の丸」
&『歴史:今川→徳川→武田→徳川の城』
http://53922401.at.webry.info/201610/article_4.html

箕輪初心●静岡【駿府城】=徳川家康3回在住の城
http://53922401.at.webry.info/201111/article_21.html

箕輪初心●静岡【駿府城】@徳川家康3回在城〜徳川家康の死
http://53922401.at.webry.info/201609/article_42.html

箕輪初心:生方▲山梨【獅子吼城】:徳川家康VS北条氏政
http://53922401.at.webry.info/201505/article_1.html

箕輪初心▲神奈川【小田原城の歴史詳細】:大森氏→北条氏5代
http://53922401.at.webry.info/201411/article_26.html

箕輪初心▲神奈川箱根【早雲寺】:後北条5代の墓
&連歌師:宗祇の碑
http://53922401.at.webry.info/201411/article_27.html

箕輪初心●神奈川【石垣山一夜城】=秀吉の天下統一の城 
http://53922401.at.webry.info/201106/article_18.html

箕輪初心▲神奈川【石垣山一夜城A】豊臣秀吉の天下統一への陣城
http://53922401.at.webry.info/201411/article_29.html

箕輪初心◆『徳川家康の関東移封&家臣配置』復刻版2
http://53922401.at.webry.info/201410/article_36.html

箕輪初心★東京【江戸城】=日本最大の城域
http://53922401.at.webry.info/201111/article_19.html

箕輪初心◆豊臣秀吉の死〜徳川家康の小山評定〜関ヶ原の戦いへ
http://53922401.at.webry.info/201312/article_14.html



★明日は?

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政97『第37話:武田が来たりて…』元亀年間の武田・徳川の動向 城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー・旅行/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる