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zoom RSS 箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政68【木綿の歴史】&『第16話:綿毛の案』

<<   作成日時 : 2017/04/26 22:53   >>

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テーマは『赤毛のアン』L・M・モンゴメリ著のパクリか?かつ
ての同僚がグリーンランドを訪ねて3000里。今回の疑問点は、
A,「井伊直虎は本当に綿栽培と綿布生産をさせたの?」
B,「井伊直虎は本当に永禄8年(1565)に種子島銃を見たの?」
@起……瀬戸方久は井伊直虎に綿の生産→木綿販売を提案する。
直虎は綿の栽培は人手不足で困難だと知る。
A承……百姓を借りたいと鈴木重時などに頼むが、断られる。
B転……直虎は龍雲丸に「人が足りぬなら、買ってくればいい。」
と言われ、戦場で人を買ってくることを考える。戦は近くで起こ
ってはいなかった。小野政次は、「百姓の耳に届くように、噂を
流してみてはどうか。」と提案する。直虎・直之・宗久は宗久茶
屋で即興のアドリブ芸で噂を流した。C結……瀬戸村に土地を求
めて他地区の百姓が押し寄せた。人手不足は水田耕作・換金作物:
綿の栽培に進展を見せた。★やっぱり、但馬は味方なのだろうか?
画像




【1】木綿の栽培の歴史

・古代
  庶民が身につけていた素材はおもに麻であった。

・奈良時代 「木綿」の例は除く中古
  庶民が身につけていた素材は主に麻、絹であった。
@麻の原料となる植物は苧麻(ちょま)=カラムシと呼ばれ、
   イラクサ科に属する多年草である。
  山野に自生し、至る所で手に入った。
  カラムシを畑に植えて栽培し、主要な衣料原料としていた。
(★上杉謙信は苧麻(ちょま)=カラムシで作った麻と同じ
  ような繊維を京のの都に販売していた。春日山城にも
 たくさん自制している。上杉景勝も米沢に持ち込んでいる。)
A「綿」・「真綿」とは絹糸のことを指していた。
「木綿(ゆふ)」は絹糸のことである説もある。
 B藤、葛、楮(こうぞ)などからとった繊維もあった。
『日本書紀』などの古代の文献に「木綿(ゆふ)」とあるのは、
  現在の木綿ではなく、楮からとった糸と考えられている。
(★ミャンマーの奥地では現在も楮(こうぞ)から採った
繊維が紙だけでなく、楮の織物にも利用されていた。)

●延暦18年(799) 「蛮船」が三河に漂着して綿種を伝えた。
  三河国に漂着した崑崙人(現インド)によって、綿の栽培が
 開始されたが、1年で途切れたという。崑崙人は各地を廻り、
 栽培法を伝えた。
(★『日本後紀』
 愛知県西尾市天竹町(てんじく=天竺)の天竹神社の伝わったと
  される。
 (★『NHK大河ドラマ』
 翌年に朝廷は綿の種子を紀伊などの国々に配り、試植させた。
(★『類聚国史』)
・寛平4年(892) 菅原道真の編纂によりに『類聚国史』が完成した。
『類聚国史』は六国史(日本書紀、続日本紀、日本後紀、
  続日本後紀、日本文徳天皇実録、日本三代実録)の記載を
  中国の類書にならい分類再編集したものである。

箕輪初心:生方▲2015高崎『万葉集東歌:エロい伊香保9首』
http://53922401.at.webry.info/201509/article_9.html
★『 伊香保ろの 沿ひ(岨)の榛原 我が衣(きぬ)に
    着(つ)きよらしも ひたへと思へば 』 
衣=絹である。でも、カラムシであったであろう。
 箕輪城にもカラムシはたくさん生えている。


・平安時代
麻・絹の衣が普通であった。

・鎌倉時代
・建仁4年・元久元年(1204)
高野山金剛峯寺関係の記録では。寺院や寺僧関係が使用した
  繊維品の中に、木綿が用いられるようになった。
  しかし、「木綿」が木綿か絹か楮か不明である。

・南北朝時代
  日本に木綿製品が伝来した。
  中国は唐の時代にはインドから木綿の栽培と綿布の生産が始まって
  いたが、本格的に始まったのは14世紀末から15世紀初頃であった
  ようである。
  朝鮮半島に木綿の種子が伝来したのは、14世紀後半の高麗末期で
  あったようである。高麗の恭愍王(1352〜1374在位)の13年、
  元朝に送られた使者が、帰路、中国で木綿を見てその種子を持ち
   帰ったのが発端となった。10年程朝鮮国内に広まったといわ
  れている。
 (★『新・木綿以前のこと』永原慶二著)

・室町時代
  木綿はすべて輸入品であった。

・応永13年(1406) 室町幕府:足利義満が朝鮮国王に派遣した使節
 たちに与えられた賜物の中にも、青木綿や綿子がある。
 朝鮮木綿に対する日本の関心と需要が急速に高まっていった。


・室町時代中頃
  綿は明や朝鮮からの輸入に頼っていた。
   長い間高級品であった。 

・戦国時代
日本の木綿需要が急激に高まりだしたのは、木綿の暖かさだけでは
 なく、兵衣として機能性が重要視されるようになったからであると
 考えられている。
 木綿が身近な衣料素材として普及した。

・応仁の乱(1467〜1477年)足利幕府をはじめ戦国大名たちは朝鮮
 から木綿を輸入するようになった。
 朝鮮で木綿が品不足になると、中国からの輸入を始めた。
 木綿が衣料素材としてというより、軍事用の兵衣、幟旗・幕、火縄など
 として急速に広まっていったと考えられる。
  
・戦国時代後半
国産の木綿が作られるようになった。 
  しかし、どこから綿作がはじまったのかについては不明である。
  一般には「NHK大河ドラマ」のように三河発祥地説が有名である。
  史料的にも三河地方は早くに綿作が行われていた。
  戦国時代後期からは全国的に綿布の使用が普及し、三河などで綿花
  の栽培も始まったのであろう。
  実際には広く各地で綿栽培が行われるようになったのではないか
  と考えられる。
西は九州から東は関東に至るまで、ほとんどの地域で綿栽培、
  木綿織は普及していったと考えられる。
  今川にも木綿が献上された。

・江戸時代
  綿作、綿織物の国内生産は東北の一部をのぞいてほぼ全国に広まり、
 自給的目的による栽培とともに、商品作物としての栽培が行われる
 ようになっていった。
  各地に綿花の大生産地帯が形成された。
 特に畿内の大阪近郊などにおいて生産が盛んになった。
 木綿問屋も形成され、綿花産業は大きな産業となり、綿を染める染料
 の藍や綿花栽培に欠かせない肥料となる干鰯や鰊粕製造などの関連
 産業も盛んとなった。


◆参考サイト・・・部分的に引用させていただいた。
「綿の歴史 | HAMA木綿庵(ゆうあん)」
http://hamayuan.com/cotton/history/





【2】 16話『綿毛の案』あらすじ
●井伊谷から

◆ナレーター(前回のあさらい)
「井伊直虎は、正式に虎松の後見として認められ、城主となった。
直虎は無事に井伊谷に戻った。」


●方久の家
瀬戸方久「良く無事でお戻りで、・・・」
直虎「・・・なんとか戻れたぞ。」
直之はじっと黙って、方久を見ている。
「己の才覚で戻って来られると思っておりました。」
「よく言うのう。」
「いいえ、よい話もご用意させていただいています。」
画像@綿の実=種
画像

画像A綿
画像

画像B木綿の反物
画像

「この布はなんじゃ?」
「木綿です。」
直之「麻より温かいのう。」
画像


直虎に「木綿の布が今後は飛ぶように売れるでしょう。
  そこで、ドン・・」
ぱっ・・
手のひらに綿・・・
「綿の実を井伊で作ってはいかがかと・・・」
「方久・・・そなたは、まっこと素晴らしいのう。・・・」
「もったいなきお言葉。・・」
「何という銭の犬じゃ。」

直虎は綿の実を作る提案に乗った。

〜〜〜ミュージック・スタッフ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

直虎は井伊家の財政を立て直すため、綿の実の栽培に乗り出した。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
★方久の店先にに韓国青磁も飾ってある。しかも、道の通りに置いて
 ある。こんな所におくしろもんじゃねえのに・・・うそだあ。
 韓国青磁は秀吉の韓国出兵以降だよ。嘘過ぎる。なんだ、この
 時代考証は?一体たれが買えるんだ?輸入物を・・・
 あ〜あ、見るの嫌になった。

方久の屋敷で瀬戸村の百姓:甚兵衛に相談した。」
「売るほど作るには人手が足りません。」

●瀬戸村
  この土地も耕せません。」
と言った。
直之「詰まるとこと人手が足らんということですか?」

直之「戦の場合、人手不足であれば、人を借りる。」
と言った。
「人をか?」
「ええ、他家に頼んだり、・・・。」
「借りてくればいいのか?」
「あくまで、戦の話であって、・・・」
と呆れる。
「やって見ねば、わからんであろう。」

●井伊館
直虎は六佐の親戚:鈴木家の仲立ちを頼んだ。
六佐はコーチン持って渋るが、押し切られてしまう。

●鈴木館
「お知らせ下されば、こちらから・・・」」
直虎は、鈴木重時に
「実は百姓を少しばかり申し受けたい。」
と申し出る。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
だが、鈴木も
「当方、人手が足りておませんので・・・。」
と断られてしまった。

夕食を食べる。
鉄鍋のはずが新品の金ぴかのスチール鍋・・・嘘だあ。
それに、茶碗・巨大とっくりはいらほの釉薬の陶器・・・
 黄瀬戸ではないようだ。・・・嘘だあ。

直虎は、「但馬の手前もあり、
「井伊に合力したくないということかもしれぬ。」
六佐「あの、但馬殿に・・・」
「あやつの手など借りたくはない。」
「目付は3人、おるであろう。・・・」
直虎は他の目付けにも声をかけることにする。

●井伊谷
政次は手紙をしのに返す。
「・・・一筆いただいたのに・・・」
しのは「そなたのしくじりのせいで、あの女のやりたい放題
  ということですね。」
「あまり、あちらこちらにかみつかれますと頼りをうしないますぞ。」


●小野館
「兄上様」
なつは、政次の家に戻った。
「なつ、亥之助、これは・・・」
なつ、亥之助は座って挨拶をする。
「お留守の間に勝手なことをして申しわけありませぬ。」
と謝る。
「できますれば、亥之助を育った家でと思いまして、新野の家を下か
 らせていただきました。」
違うじゃん。なつは奥山の娘なのに、、、、嘘だあ。

「邪魔ならば、・・・」
「亥之助(朝之)は虎松様と遊んでいたのではないか?」
小野亥之助=小野朝之は井伊家家老として箕輪城に来ている。
「亥之助は遊びにいきます。」
政次はにこりと笑う。
なつは亥之助を下がらせた。
政次は、「しかし、ここに戻ると、風当たりもきつかろう」
と心配する。
なつは「さようなこと、もとよりではございませんか」
と答える。
「もっときつくなるかもしれぬ。」
「お役目も励みあいがあるということですね。
 では。」

「似ておらぬ姉妹じゃのう。」
と感慨深い。?・・・・

●瀬戸村
六佐は瓶をしょってきた。亀ではない。
嘘だあ。あれま、常滑焼きの瓶ですがね?・・・
 織田の領地の瓶?
 

瀬戸村では、狭い範囲の田畑ながら、綿の種を植える作業が始まった。
嘘だあ。種を陶器に入れて蒔く人は普通はいない。
嘘ッだあ。一場所に3個の種を蒔くのかい。大根等間引きするのは
 なら分かるが、間引きタイプではない綿の種を米のように蒔くのは
 変である。

●井伊館
直之が家来衆に剣術の稽古をつけている。
政次「中野殿、おしさしゅうございます。」
「続けておけ。」
「殿は?」
「奥山に物見遊山にでかけた。」
「奥山殿とですか?」

「では、お戻りになられましたら、但馬が駿府より戻りましたと
 お伝え下さい。」

●蜂前神社
政次は、の禰宜に直虎が綿の実栽培のため、人手を借りに動いている
ことを知る。
「昨今、流行のあれかあ。」
「方久殿の策で、井伊で綿を作ろうとしているようです。」

嘘ッだあ。花瓶がくすんだ水色の釉薬?当時はないであろう。
うっそだあ。和ろうそく、あんな立派な物、井伊谷にあるわけ
 ない。あっても菜種でしょう。
「六佐・・・鈴木のところでも・・・」
「まさか、戦でもないのに・・・」
「そのまさかを考えるのはあのおなごの恐いところ・・・」



●井伊谷
「近藤と菅沼もまわられたのですか?」
「鈴木殿に断られたので、・・・次は・・・」

六佐「領主になんの得もない話ですから、人手を貸してはくれない
   のです。」と指摘する。
直之「百姓は領主にとって大事な飯の種・・・」

「珍妙な話・・・」
・・・
呆れた。
六左は、「但馬に頼んでみてはどうですか」
と提案する。
・・・・・・
「どうせなら、肥え太らせてから、後見をねらう。・・・
 確かに」

しかし、直虎は拒否する。
「いやじゃ。但馬だから」
「これだからおなごは・・・」
★ワンピースの声みたい。



●瀬戸村
「土地が合わぬのではないか?」
綿の実の種を植えてみたものの、芽が出なかった。

直虎は、ほかの村にも栽培を頼むことにした。

◆ナレーター
「・・・どこの村でも余っている人手は見つからなかった。」

断られ続けてしまう。

●途中で
直之は呆れて休みたがる。
直之は何かを取り出してしゃぶった。


「ははは〜の・・・・」
直虎は長朱ふんどしの水浴びをする若い男に出会う。

「うん。」
「少し水を汲むだけなので・・・」

「おいらがお汲みしましょう。」
朱柄のかぶき者スタイルで、直虎を脅してみる。
「は〜」と躍り出る。
「何をやっておるのじゃ?」
「あの〜、おのこじゃ、ございませんよね?」
と顔を近づける。
「そう見えるか?・・尼じゃ。」
「あま?」
「なんで、このようなところへ」
「村を回っておるだけじゃ」

「そなたはどこの村の者じゃ。」
「おいらはここの村の者じゃございません。
  旅を・・・」
「「人が足りぬ。・・・・どこかに余ってはおらぬか?」」
「人など、買えばいいのではないですかあ。たまにうっとりたり
 してますよ。」
「人を・・買う?」


「よいことを聞いた。礼をいうぞ。」
と言って走り出した。

★龍雲丸は旅人である

直之が待っている。
「すぐ出かけるぞ。先に行くぞ。」
「はいはい、分かりましたよ。」


●瀬戸村
直虎は方久に相談しようとする。
綿の種が芽吹いていた。
「めがでているではないか?何故、かような」
「暖かくなってきたからでねえかと・・・。」
直虎は喜ぶ。

「銭の香りがしてまいりましたのう?」
村人も喜ぶ。

●井伊館
政次「殿は?」
六佐「中野殿と物見遊山に・・・」


●方久の館
方久は、直虎に「人の売り買いが出やすいのは、戦場です」
と言う。
「まさか、いくさばまでいくつもりではあるますまいな?」
「だって、・・・角達の・・・」
「私の茶屋に行ってみますか」

※戦場の情報が手に入りやすいのである。

●茶屋
「いろんな人がいるのう。」
「・・・ここで商いを考えるのです。・・・」

戦の情報が手に入ったが、遠かった。
「美濃で?」
★うそ・・・奥に常滑焼きの瓶。この時代、こんな大きな水瓶は
 まだ造っていないのだ。

「遠すぎると申しておるのです。」


「噂を流されてはいかがか?」
政次だ。突然、直虎の前に現れる。
「何故、ここに・・・」

方久「噂を流すとは?」
「お三方は・・領主にとってなんお旨味もない。・・・
 だが、この話は困っておる百姓には旨味がある。・・・
 ・・ならば、百姓の耳に、直に届くよう、噂を流してみてが、
 井伊に来る者もおると、私なら思うが・・・」


直虎は、政次の案であるため、あまり乗り気ではない。
「ほう、噂を流す・・拾うのではなく・・」
直之「兵法にござる。間者などを使い・・・わざと嘘や噂を流すので
 ござる。敵を欺きまどわせたり、罠をしかけたり・・・。」
「・・・かような話、聞いたこともないわ」
「直虎様は、聞いたこと話はやってみようと思われるお方のはず
 ・・・
 村の心意気に答えてやるのではなかったのですか?」
と中野に背中を押されて・・・

「知っておるか?井伊では只で土地が貰えるそうじゃ。」
と切り出す。そして、方久に小声で合図する。
「へええ・・・へえ。誠にございますか?」
「己で耕せば、自分のものになる。しかも3年もお年貢がなしじゃ
 そうじゃ。」
「そりゃまた、気前のいい話でございますなあ。誠の話なので
 ございますか?」
「嘘と思うなら、瀬戸村という所を訪ねればよい。」
「瀬戸村・・瀬戸村・・瀬戸村でございますか?」
直之は、噂を流す。
迷っていた直虎も加わった。
「その瀬戸村とやらは・・・どうやっていけばよい。」
「この街道を抜け、山を一つ越えた所でござる。」

うそだあ。修行僧の持っている茶碗は今時の美濃焼の安物・・

方久は、「客に、今日はお代はいただきませぬ。この噂をゆく先々で
 お話なさっていただくと・・・これ幸いに〜ございまする〜〜」
「お侍様、もう一度、お話くださいませ。」

直之「聞いた話だが、井伊では土地が貰えるらしいぞ。・・・」
「かかかか・・・なんとも銭の臭いがいたしまする。いったい
 いかなるからくりで・・」

直虎は拍子をとる。
直虎はぽんぽん♪♪♪う・・と動作で指示したが。
鼓で、ぽんぽん、うぽぽんで方久がリズムを刻んだ。

3人の語呂合わせ即興アドリブのお囃子が始まった。
直虎も乗りまくった。・・・

★小野がしらじらした顔で去った。


●井伊館
直虎は声が枯れた。過労がたたって倒れてしまった。

●駿河今川館
 一方 寿桂尼が時を同じくして倒れた。


●井伊館
翌朝、
直之「正直、おれはぞっとするのだ。・・戦がはじまったら、とても
  殿をお守りできるきがしないのだ。・・・」
六佐「それも考えていきましょうよ。皆で・・・」

直虎が目覚めると、
「はて・・」
多くの人々が詰めかけていた。
「これは・・・」
・・・・
家来が家族名を書く。
・・・
中野、六左は「やりましたな」と声をかけた。

直虎は喜ぶ。

●井戸
南渓谷「人もきたし・・・」
「呼び込んだのは政次です。」
「政次の策が労をすくなくして実を結んだ。・・・
 とてもかないませぬ。政次が領主をやる方が、実は幸せなのでは
 ・・・」
と思い悩んでいたのだ。

直虎は、「我にもっと知恵があれば、・・・皆、幸せになれるのじゃ。」
とつぶやく。
南渓和尚は「足りぬ知恵なら、借りてくればいい。政次に借りればいい。」
と言うのだった。
「足下をすくわれる。」
「それが領主としての腕のみせどころではないかのう。」
「自信がございません。」
「ゆっくり考えればよい」

「それはおれとして、寺も殿のお役に立ちたいと思いましての。
 ・・・」
「虎松の世話を始めてよいかの」
「是非もなし。」

直虎は、「政次を使う」とを考え始める。


●小野館

●寺
虎松は習字を始めた。
しの「手習いはまだ少し早いきだするのですが?」
・・
「では、・・・よろしく・・・」


●井伊館
六左は、「これより人が入ることを但馬殿に報告をしてもよろしい
 でしょうか」
と直虎に訊ねる。直虎は、
「好きにせよ」
と告げる。

●奥山館
六左は、政次に報告しようとするが、
まつ「(政次が駿府へ)いつものご挨拶に・・・」
「そうか。」

●駿河今川館
「太子様の様子はいかがでしたか?」
菅沼忠久「大方様(寿桂尼)が倒れたそうだ。」
と知らされた。
・・・・
「幸い、一命はとりとめられたようですが、どうなりますことやら。」
画像


菅沼忠久も箕輪城に来た。

●井伊館
直虎は、中野に「種子島」という銃を見せられる。




◆西尾・・天竹神社と綿の栽培
駿府でも・・・・
旧こうじ屋・・・

木綿文化・・・豊かな生活に


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『高崎学ソシアス講演会原稿』
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箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政bT【南北朝時代の井伊氏と宗長親王】
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http://53922401.at.webry.info/201701/article_37.html

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&「龍潭寺」
http://53922401.at.webry.info/201702/article_1.html

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http://53922401.at.webry.info/201702/article_3.html

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http://53922401.at.webry.info/201702/article_4.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政30【松下清景】前編
http://53922401.at.webry.info/201702/article_5.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政31『松下清景→松下一定子孫』後編
http://53922401.at.webry.info/201702/article_6.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政32『高崎文化協会:箕輪城
・井伊直虎ブース』
http://53922401.at.webry.info/201702/article_8.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政33【第5話『亀之丞帰る』】
&「高森町松源寺」
http://53922401.at.webry.info/201702/article_9.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政34【村の写真展:My井伊家シリーズ】
http://53922401.at.webry.info/201702/article_10.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政35【鈴木重勝→鈴木重時→鈴木重好】
http://53922401.at.webry.info/201702/article_13.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政36【近藤康用→近藤秀用→5近藤】
http://53922401.at.webry.info/201702/article_14.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政36【菅沼忠久→菅沼忠道】
&【菅沼定盈&菅沼定利】
http://53922401.at.webry.info/201702/article_15.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政37【奥山朝利の娘と井伊家家臣団】
http://53922401.at.webry.info/201702/article_16.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政38【6話「初恋の別れ道」】詳細編
http://53922401.at.webry.info/201702/article_18.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政39【新野左馬助親矩と娘婿】
http://53922401.at.webry.info/201702/article_19.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政40▲『奥山朝利の娘:ひよ
→井伊直政の母』
http://53922401.at.webry.info/201702/article_20.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政41【第7話「検地」
&駿河:富士浅間神社
http://53922401.at.webry.info/201702/article_24.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政42【第8話「赤ちゃんはまだか」】
http://53922401.at.webry.info/201702/article_29.html

箕輪初心:初心▲井伊直虎・直政43『井伊谷7人衆:遠江松井一族』
http://53922401.at.webry.info/201703/article_1.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政44『今川義元の生涯&悪夢の永禄3年生害』
http://53922401.at.webry.info/201703/article_5.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政45【第9話「桶狭間」&史実編】&
井伊直盛の墓
http://53922401.at.webry.info/201703/article_6.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政46『奥山朝利殺害2説』
&【10話走れ竜宮小僧】
http://53922401.at.webry.info/201703/article_10.html


箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政47『今川義元と井伊直平の娘素案』
http://53922401.at.webry.info/201703/article_11.html


箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政48『今川家臣:瀬名氏・関口氏
・鵜殿氏』
http://53922401.at.webry.info/201703/article_12.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政49『瀬名姫(=築山殿)と松平信康と亀姫
http://53922401.at.webry.info/201703/article_13.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政50【女戦国大名:今川義元実母:寿桂尼】
http://53922401.at.webry.info/201703/article_14.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政51『おんな城主:織田信長の
叔母:おつやの方』
http://53922401.at.webry.info/201703/article_15.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政52番外編【母:最上の義姫と
子:伊達政宗】
http://53922401.at.webry.info/201703/article_16.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政53番外編
『スーパー女城主:立花ァ千代』
http://53922401.at.webry.info/201703/article_17.html


箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政54【史実編と
第11話「さらば愛しき人よ」】
http://53922401.at.webry.info/201703/article_18.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政55番外編【由良家を存続させた
戦国スーパー御婆様:妙印尼】
http://53922401.at.webry.info/201703/article_20.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政56番外編【由良妙印尼の外孫
:成田甲斐姫」】
http://53922401.at.webry.info/201703/article_21.html

箕輪初心▲井伊直虎・直政57番外編【伊達政宗の叔母:二階堂
大乗院】 
http://53922401.at.webry.info/201703/article_22.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政58番外編『鶴崎城を死守した
女武闘派城主:妙林尼』
http://53922401.at.webry.info/201703/article_23.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政59【井伊家当主の死諸説と第12話
「おんな城主:直虎誕生」】
http://53922401.at.webry.info/201703/article_24.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政60【史実編と
第13話「城主はつらいよ」】
http://53922401.at.webry.info/201704/article_7.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政61【瀬戸方久と井伊家】
https://bblog.sso.biglobe.ne.jp/ap/tool/submitnewswrite.do

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政62『引馬城→浜松城の歴史:復刻版』
http://53922401.at.webry.info/201704/article_9.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政63番外編『おんな曳馬城主:椿姫=お田鶴の方』
http://53922401.at.webry.info/201704/article_10.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政64▲徳政令の歴史&第14話「徳政令の行方」
http://53922401.at.webry.info/201704/article_11.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政65 【井伊家の借金と戦国大名の給料】
http://53922401.at.webry.info/201704/article_14.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政66番外編【前田利家の正室:まつ】
http://53922401.at.webry.info/201704/article_15.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政67『第16話:おんな城主VSおんな大名』
http://53922401.at.webry.info/201704/article_16.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政68【木綿の歴史】
&『第16話:綿毛の案』
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