城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー・旅行

アクセスカウンタ

zoom RSS 箕輪初心:生方▲富山bR【越中瀬戸焼:陶農館】&加藤先生・北村先生・釈長先生

<<   作成日時 : 2017/04/20 11:12   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

平成29年(2017)4月15日、自性寺焼里秋窯旅行で【越中瀬戸焼】
を見に行った。研修旅行なので、「焼き物の里」がメインである。
文禄3年(1594)4月、加賀藩主の前田利長が尾張国瀬戸より陶工:
彦右衛門を招いて越中焼かせたのが始まりといわれている。7月、
前田利家が一向宗(浄土真宗)の活動を許可した。最盛期には120
人の陶工がいたので、瀬戸村となった。
8月、伏見城が完成し、
豊臣秀吉が入城。翌年、井伊直政の息子:井伊直孝は安中北野寺で
萩原図書について、お勉強開始。・・・この頃か、【越中瀬戸焼】は、・・・
尾張瀬戸村と遠江井伊谷瀬戸村は違うんだな?
現在は釈永由紀夫先生・釈永陽先生父娘、加藤聡明先生・北村風巳
先生・吉野香岳先生の4窯・5人が活動しておられる。釈永由紀夫
先生の息子:釈永岳先生は五箇山岩瀬で越中瀬戸焼を続けていらっ
しゃる。
画像

(★釈永先生・田村先生・青木先生・加藤先生at陶農館)




【0】コース予定
1)4月15日(土))
06:00 安中市秋間==松井田妙義IC====湯ノ丸SA
名立谷浜SA====富山IC
11:00〜11:50 @ますのすしミュージアム
12:20〜15:20 A越中瀬戸焼「陶農館」〜窯元
====立山IC===小杉IC=====
16:40 B 氷見温泉:磯波館
1)4月16日(日)
07:30 朝食
08:00 発
08:30〜09:10 C道の駅「ひみ番屋街」
09:30〜10:40 D高岡瑞龍寺
11:20〜12:20 E井波 八日町通り・瑞泉寺・・・・
12:20〜   いなみ木彫りの里「創遊館」
13:20〜   井波彫刻会館
13:50=====砺波IC====朝日IC===
16:10〜15:30 ヒスイ海岸
====親不知IC===妙高SA===東部湯の丸SA===
19:30安中・・・




【1】 「越中瀬戸焼」のHp引用
 文禄3年4月に、加賀藩主の前田利長が尾張国瀬戸より陶工:
彦右衛門を招いて焼かせたのが始まりといわれる。藩の御用窯と
して栄え、越中国随一の磁器産地として名を馳せた。最盛期には
120近くの窯場を数えたという。そして、尾張の磁器産地「瀬戸」
に因み、産地一帯が瀬戸村と名付けられた。

しかし近世に入り幕府の保護がなくなり、衰退した。加えて鉄道
の開通によって瀬戸や有田から安価な陶器が流入したことにより、
競争力を失い存続の危機を迎え、大正年間に遂に廃絶の憂き目を
見た。しかし、昭和18年になって地元の有志らの手によって廃窯
となっていた窯場を研究、昭和33年に釈永庄二郎が庄楽窯を開窯
し、漸く再興に漕ぎ着けた。2006年現在は庄楽窯、千寿窯など
4つの窯場が伝統的な技法を継承している。

 越中瀬戸焼の特徴は多彩な釉薬であり、藁灰や木灰を原料とする。
大胆な施釉が特徴で、釉薬を掛け流した後、高温で焼成する。
 
 立山連峰のふもとの雄大な自然の中に陶農館がございます。陶農
館は四百年以上の伝統をもつ越中瀬戸焼と農業の「陶農一体」とす
る文化を伝えることを目的とした施設です。ここは天賦の土から焼
き物やおいしいお米が生まれるたいへん肥沃な大地です。
 どうぞみなさまこの「大地」に触れにお越し下さい。





【2】 「陶農館」
画像

画像

画像

画像

画像


1)戦国時代〜江戸時代初期の陶片
画像

画像

画像




1)加藤 聡明(としあき)先生の説明

特徴@・・・地元の土を使用。白土〜陶土〜鉄分の土。
        昔は田んぼから・・・標高200m前後。
特徴A・・・雑木・・・1000℃〜赤松で焼く。
  特徴B・・・釉薬は自分で作る。
特徴C・・・特徴がないのが特徴かもしれません。各自の創意です。
越中瀬戸焼は、430年の歴史を今に継ぐ古い伝統的な窯です。
  尾張瀬戸から陶工が移り住み、「越中の国内で良土をみつけて瀬戸焼
  を始めよ」という加賀の前田家からのお達しから越中瀬戸焼という
  名前がつきました。
 「かなくれ会というのを発足させ、5年経ちます。」
 「かなくれ」とは失敗した陶片・捨てた陶片のことをいいます。
  先人の努力が偲ばれるとても良い名を付けられたと思いました。

2)見学
・釈永先生→加藤先生
画像


・釈永先生→吉野先生の黄瀬戸



3)釋永由紀夫先生がお見えになられた。
「富山では有名ではありません。でも、石川では有名です。
歴史は古く桃山時代文禄・慶長年間まで遡ります。
 越中瀬戸焼に関する最初の記録は、加賀藩2代藩主前田利長公の保護
 を受けた尾張瀬戸の陶工小二郎宛ての書簡から見ることが出来ます。
 天正18年から越中国の新川郡を治めていた前田五郎兵衛安勝が
 差出人です。 宛先は「上すえ村百姓」です。
 その主な内容は「他国からの転住者である小二郎に御用窯を築き白土
 を独占的に採取させる特権を与えたから、他の者には採らせないこと」
 また「小二郎が薪を入手することについて、特別の便宜を図ること」
 などです。
 藩の保護の下、尾張瀬戸から移住してきた小二郎が、上末村で始めた
 焼き物です。
 “越中瀬戸焼”と呼ばれる由縁は、移り住んだ陶工の数が増えて
 新たに瀬戸村が村立てされたからではないかと推測されています。
 ★一説には120人とも・・・
 江戸時代後期までは、彦右エ門・小二郎・孫市・市右エ門・長八など
 30を超える窯元が 作陶を続けていましたが、磁器製品の流通などに
 より多くの窯元が瓦業へと転じてしまいました。

 明治・大正時代には地区全体として窯元が廃業してしまいます。
 昭和4年、釋永庄次郎(祖父)が瓦業の傍ら越中瀬戸焼の復興を志し
 再び、上末の地に登り窯を築きます。
2ギガで、動画が映せなかった。
   

4)展示¥作品販売

■陶歴(★Hpよりコピー)
●釋永 由紀夫−庄楽窯−
画像

昭和29年 富山県立山町に生まれる
昭和50年 釋永庄次郎より 庄楽窯を継承
昭和51年 備前・金重素山氏に師事する
昭和54年〜 韓国の利川窯・聞慶窯・清州窯にて作陶
平成8年 スティーブ・ジョブズ氏と出会い、以後、制作依頼を受ける
画像

画像

画像



●加藤 聡明−四郎八窯−
画像

昭和36年 富山県立山町に生まれる
昭和53年 石川県の九谷焼東製陶所にて東邦昭のもとで修行に入る
昭和60年 富山に帰り、家業の四郎八窯にて作陶に入る
昭和63年 自ら、登り窯を築窯
平成7年 いってこい窯を築窯
平成16年 越中陶の里「陶農館」の講師となる


●吉野香岳−千寿窯−
画像

昭和45年 富山県立山町に生まれる
平成4年 京都精華大学 造形学科陶芸部 卒業
平成5年 滋賀県立 信楽「陶芸の森」研修生
平成6年 京都市工業窯業試験所 研修生
平成7年 富山県に戻り家業を手伝う
平成22年 三代目香岳襲名

 ★2ギガが終了。バスにほかの2ギガを取りに
   行ったが、北村先生の窯に行くことになって
  動画紹介ができなかった。

●北村風巳−枯芒ノ窯−

画像


昭和52年 富山県富山市に生まれる
平成12年 越中陶の里「陶農館」にて作陶開始
平成14年 江戸時代の越中瀬戸焼に感銘を受ける
平成18年 唐津焼 中里太郎右衛門窯にて修行
平成22年 立山町に穴窯を築窯
平成23年 枯芒ノ窯と命名し、初窯を焚く




●釋永陽−庄楽窯−
画像

昭和51年 富山県立山町で由紀夫の長女として生まれる
平成8年 京都府立陶工高等技術専門校 修了
平成13年 個展活動を開始
富山、金沢、京都で開催
平成21年 柿傳ギャラリー(東京)にて個展
平成22年 第1回金沢・世界工芸 トリエンナーレ出品
画像



6)共同の窯
画像

画像







【3】窯元@ 北村 風巳先生−枯芒ノ窯−

1)土を掘る

2)土を砕く
画像


3)陶土を作る
画像


4)作陶する。
5)焼く・・・・唐津の窯を参考に造りました。
焼成には速くて5時間・・・遅くても7時間で・・・
画像

6)売る
画像

・書き落とし象眼
画像



【4】釋永 由紀夫先生−庄楽窯−
1)土を掘る
画像

 ★白い土・・・耐火度1300℃

2)土を砕く

3)陶土を作る

○)赤松を割る。
画像



4)作陶する。

5)焼く。
画像

穴窯+登り釜を連結した独自の窯である。
「庄楽窯の由来は「庄次郎が楽しむ窯」から命名されました。
 でも、今より大きかったのです。・・・
 現在は私と(釈永由紀夫)と娘(釈永陽)が作陶を続けています。
 平成16年には登り窯を一新しました。50歳であったので、
 息子と娘を使って造ろうと考えて造りました。
 大口の部分は穴窯です。・・・上は登り窯になっています・
画像




6)売る
「ギャラリー」
画像

画像

・イカリソウ
画像

画像

画像

画像


「韓国の窯は殆ど行っています。」
 と話しておられた。
・雑誌
画像

画像


・息子「釋永岳先生」・・・富山の五箇山岩瀬にて陶芸を続けている。
 





【4】加藤 聡明先生−四郎八窯−
 個人で見に行った。
画像

画像

画像






小杉焼栄一窯(0766-55-2625)・・・今回も行っていない。
 小杉ICをおりて5分程・・・でも行っていない。
※小杉焼栄一窯は、越中を代表する窯の一つである。
 長らく途絶えていた小杉焼を池上栄一氏が再び築窯した。




★明日は「氷見の話」かな?

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
箕輪初心:生方▲富山bR【越中瀬戸焼:陶農館】&加藤先生・北村先生・釈長先生 城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー・旅行/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる