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zoom RSS 箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政54【史実編と第11話「さらば愛しき人よ」】

<<   作成日時 : 2017/03/23 12:24   >>

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私は井伊直政の甲冑で箕輪城まつり・寄居北條祭りに参加する程の
井伊直政ファンである。昨年の『NHK大河ドラマ:真田丸』では
『井伊直政』は無視だった。関ヶ原の戦い後、真田の2人を命乞い
しなければ、「真田丸」なんてあり得なかったのに、・・・今年の
『NHK大河ドラマ:おんな城主直虎』も、『井伊直政』の箕輪城→
高崎城→佐和山城時代が出てこないようである。寂しい限りである。
第11話「さらば愛しき人よ」では、@起……松平元康は、今川から
独立し、今川に反旗を翻した。今川氏真は瀬名に自害を命じる。次
郎法師が命乞いをする中、石川数正の「人質の交換」で瀬名は助か
る。A承……井伊直親に松平元康からの感状が届き、元康の鷹狩り
への誘いに出向くことにした。B転……新たな元康からの使者が来
たことで、小野政次が出向くが、今川の企てた罠(寿桂尼の先制パ
ンチ)であることが判明する。今川は、井伊直親に駿府へと出向く
よう命ずる。次郎と南渓は元康や瀬名に井伊の後ろ盾となるように
嘆願するが、孤立状態の危機は解消できなかった。C結……井伊直
親は、次郎に別れを告げて、駿府へと向かった。井伊直親は途中で
今川の兵に囲まれた。
画像




【1】史実編
(★拙稿:瀬名姫・信康・亀姫を参照)
(★拙稿:関口氏・瀬名氏・鵜殿氏を参照)
・永禄3年(1560) 5月19日の桶狭間の戦い
今川方の松平元康(=徳川家康)は大高城から出陣した。
  大高城の鵜殿長照2000・松平元康1000で
  →丸根砦への攻撃開始した。
  丸根砦の織田軍:佐久間盛重420+α=約500名は城外で
  白兵戦を展開した。
  結果・・大将:佐久間盛重は討死した。

(伯父の)今川義元が討たれ、松平元康(元信から改名。家康)
 は岡崎に帰還することとなった。

松平元康(家康)が西三河で自立=独立した。

 東三河でも戸田氏・西郷氏などが離反し、松平元康(家康)の傘
 下へ転属していく。

・永禄4年(1561)2月19日 井伊直親の長男:井伊虎松
  (直政)が祝田生まれた。


・永禄4年(1561) 石ヶ瀬川の戦い
永禄元年(1558)〜永禄4年(1561)
織田信長 VS 今川義元
水野信元 VS 松平元康

 松平元康はこの頃は、今川方である振りをしていた。
 織田方に攻め込んでいる。
 松平元康からすれば、三河の旧領回復に努めていることになる。
しかし、次第に松平元康の三河の旧領回復が今川への叛旗
 という形で表面化していくとになった。

石川数正の仲立ちで水野信元と松平元康は同盟を結んだ。
 結果的に、松平元康は織田信長側と手を組んだことになる。
 織田信長からすれば、今川氏真の東からの憂いがなくなること
 と意味している。
 松平元康は今川統治で混乱している三河を平定し、領国化する
 きっかけができ、遠江進出を視野に入れた行動が展開できる
 下準備ができたことを意味する。
 三河の動揺が広がっていった。

 徳川家康や武田信玄は力の弱くなった今川氏の家臣の調略を
 行っていた。
 今川氏真は今川領各地で起きる反乱を鎮めたり、武田や徳川に抵抗
 していた。
   
 東三河の小原氏(吉田城)や朝比奈氏(田原城)は今川氏真の
 家臣であった。
 松平元康は完全に三河を掌握したわけではなかった。

 春〜 今川氏真は三河の松平元康(徳川家康)の領地に攻め込んで
 争うようになった。
宝飯(ほい)郡(現蒲郡市・豊川市の大部分・豊橋市の一部)
・八名郡(現豊橋市や豊川市や新城市の一部)
・設楽郡(現北設楽郡の全域・豊田市の一部・新城市の大部分)
 の松平元康傘下の3ヶ所で戦闘が始まった。
 
 三河の動揺が広がり、遠江に伝播した。
  
◆井伊谷では
井伊直親が松平元康との接近を試みたようである。
「氏真と直親公と不和に成」
「直親公、権現様え御内通なされ候」
(★『井伊家傳記』:第2次史料)
井伊直親は引馬城(曳間城)を貰いたがっている。
井伊直親は鹿狩りと称して、井伊谷の山中から松平元康の
岡崎城に時々足を伸ばしたようである。

・永禄5年(1562)3月 清洲同盟(★事実か不明説あり)
 石川数正は織田信長と交渉を行ない、清洲同盟成立に大きく貢献した。
瀬名姫の夫:松平元康(徳川家康)が、織田信長と同盟を結んだ。

※瀬名姫&松平元康の2人の間には嫡男:松平信康と長女の亀姫の
2児が産まれているが、桶狭間の戦いを機に、夫:徳川家康が
織田信長と手を結んだ事から瀬名姫の人生は変わっていった。
※瀬名姫の父:関口親永が今川氏真の怒りを買い切腹させられた。
瀬名の母も自害した。

・永禄5年(1562) 松平元康(=徳川家康)の上之郷城攻撃
松平好景・松平家忠・本多広孝・久松俊勝など 
  城の守りは堅固だった。
 上ノ郷城はなかなか落城しなかった。

松平元康(=徳川家康)は甲賀衆を用いて城内に
 火を放ち、その混乱の中から攻めた(伝)。
 上之郷城は落城した。
 
 鵜殿長照は自刃した。
  長子:氏長、2男:氏次は捕虜となった。
 石川数正は、今川義元の妹の夫である上ノ郷城城主:
 鵜殿長照の2人の遺児:氏長・氏次(今川義元甥・今川氏真
 従兄弟)と瀬名姫(徳川家康の正室:築山殿)、竹千代(家康
 の嫡男:信康)、亀姫(家康の長女、後奥平信昌の正室)ら
 の人質交換を交渉した。交渉は成立した。
 瀬名姫(築山殿)は子供たちと共に人質交換によって、駿府の
 今川館から徳川家康の根拠地:岡崎に移った。
徳川家康は家族を自分の下に戻す事に成功した。

●大久保彦左衛門忠教「三河物語」
「其より、東三河へ御手を懸けさせ給いて、西之郡之城(上之郷城)
 を忍び取りに取らせ給いて、鵜殿長持を打ち取り、両人之子供
(鵜殿氏長、氏次)を生捕給う。
 然る間、竹千代様(徳川信康)をば,駿河に置きまいらせられて、
御敵にならせ給いければ、竹千代様を『今害死し奉れ』・『後害死
 奉れ』」「今日の」「明日の」とののしれども、関口刑部之輔殿
 (瀬名姫=築山殿の父)の御孫なれば、さながら害死し奉る事
 も無し。然らば、石川伯耆守(石川数正)申しけるは、『いとけ
 なき若君御一人戕害(生害=死ぬ・殺す)させ申さば、御供も申
 すもの無くして、人之見る目にもすごすごとして(しょぼしょぼ
 して)、おわしますべし。然らば、我らが参りて御最後之御供を
 申さん。」とて駿河へ下りけるを、貴賎上下感ぜぬ者もなし。
然る処に、「鵜殿長持子供に人質替えにせん」と申し越しければ、
上下万民喜び申すこと際限なくして、さらばと云いて、替えさせ給
う。其の時、石川伯耆守御供申して、岡崎へ入らせ給う。上下万民、
 続いて御迎えに出でにけるに、石川伯耆守は大髯(口ひげ)を
 くいそらして(ひげの先を反りあがらせて)、若君を頸馬に乗
 せ奉りて、念じ原へ打ち上げて通らせ給う事之見事さ、何たる
  物見にも是に過ぎたる事はあらじとて見物する。
 「氏真は、さてもさても阿呆の人かな。そもそも竹千代様を
  鵜殿に替えるという、方薬(いいかげんなやり方をすること
  =あほう・お馬鹿)かな。」と云いたり。
★石川数正が人質交換を成功させた事で、得意顔で岡崎に帰還し、
 今川氏真を阿呆=馬鹿呼ばわりしていることが書かれている。

徳川家康の母親:於大の方との関係が悪かったため?
瀬名姫(築山殿)は徳川家康の岡崎に戻るが、岡崎城に入ること
は許されなかった。とされる。岡崎城外での生活を強いられた。
岡崎城の外れにある菅生川のほとりの惣持尼寺で、幽閉同然の
生活を強いられた。
築山御前(つきやまごぜん)・築山殿という呼称は、長く岡崎
城郊外の築山に幽閉されていたことによる。





・永禄5年(1562)12月
 井伊直親は「鹿狩」と称して徳川家康の三河領に出かけるこ
 とがあった。小野政次から見れば、井伊直親が徳川家康に内通して
 いると思っても不思議ではないが、・・・・。
 小野政次は駿府城に出かけて
 「直親は徳川・織田に通じている。今川に対して挙兵するつもり
  です。」
 と今川氏真に訴えたといわれている。
今川家は今川氏真が当主となってからは弱体化しており、家臣の謀反が
相次いでいたので密告を信じ、井伊直親を討とうとした。

 今川氏真は井伊谷を攻める準備を始めた。
 しかし、新野左馬助が今川氏真に対して弁明した。 
  今川家の家臣である新野親矩に止められたため
 今川氏真は思いとどまり、挙兵を取りやめた。
 しかし、井伊直親が寝返るのではないかという噂は消えなかった。
 

 新野左馬助の妹が井伊直盛に嫁いでいる。
 新野左馬助の妻は奥山朝利の妹・・・・
 新野左馬助の妻の姪は井伊直親に嫁いでいる。
 新野左馬助の娘の再婚:木俣守勝・娘が産んだ子:庵原朝昌
 ・三浦元貞である。(★この3人は後、井伊家家老で箕輪城・
 高崎城に来ている。)
 
 新野左馬助は今川氏真は今川家臣であったが、井伊家に同情的な
 新野左馬之助よりも、今川家に忠実な小野但馬守政次の言葉を
 信じた。
小野但馬守政次の密告の真偽を問うために井伊直親を駿府へ呼び
 つけた。

・永禄5年(1562)12月14日 井伊直政の父:井伊直親は
 小野の讒言「井伊直親が松平元康(徳川家康)に内通している。」
 の申し開きのため、駿府に向かった。
  
 井伊直政の父:井伊直親ら19名は今川家臣:朝比奈泰朝に
  懸川(掛川)で殺された。

★天文14年(1545)12月 井伊直満が今川義元に誅殺された時から
 17年後の永禄5年(1562)12月14日であった。変な因縁である。



【2】第11話「さらば愛しき人よ」
◆ナレーター
・松平元康は、今川に反旗を翻した。今川氏真は人質である瀬名に
 自害を命じる。次郎は駿府に向かったが、時既に遅し。・・・

●駿河関口館
翌朝、〜
瀬名は気落ちし、ぐったり、・・・
役人が関口館から瀬名を強引に引きずりだそうとする。
次郎法師「まだ、引導を渡しておらぬのじゃ。きちんと念仏を・・・」
と身を挺して守ろうとする。
次郎が転がされた。
そこに騎馬武者が・・・
「道を開けられい。」
次郎が転げながら逃げる。

「松平元康の家臣:石川数正と申す。」
瀬名「かずまさ」
石川数正が「人質の交換」を提案するのだった。
「鵜殿長照の子:氏長、氏次」と「瀬名・竹千代(信康)・亀姫」
 の交換であった。

★石川数正は今川国氏の娘婿家の子孫である。石川数正は
 史実では、松平元信(徳川家康)の世話役の一人だった。
 鵜殿長照が今川氏親の娘の外孫に当たる。
 「鵜殿長照の子:氏長、氏次」と「瀬名・竹千代(信康)・亀姫」
 の交換であった。

●岡崎城
元康は1人で囲碁を打っている。

◆ナレーター
「これは、・・・瀬名の人質交換劇であった。」


〜〜〜ミュージック・役者〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
◆ナレーター
瀬名は、辛くも難を逃れ、岡崎の夫:松平元康のもとへと向かうこと
と相成った。」

次郎と南渓と瀬名・・・
「これからも手紙のやりとりできるかの?」
「次郎様とも敵味方になるんですね。」
佐名「兄上、次郎様・・・此度は誠にありがとうございました。」

佐名と瀬名は、母子で敵味方の関係とななった。
佐名は瀬名に「・・子どもの頃、今川を手に入れたい。と申し
  ておった。・・・幼いながら私の敵を取ろうとしてくれた。
  岡崎に行けば、敵味方になります。なれど、
    迷うことはありません。今度こそ、今川を手に入れな
  さい。それがあなたなら、母は・・・」と言う。

◆ナレーター
「その後、佐名は自害へと追い込まれる。
 これを最後に・・・二度と瀬名に会うことはなかったのじゃ。」
 娘婿の謀反で自害して果てた。

●龍たん寺
こうてんと直親がお経を上げている。

次郎は井伊に戻った。
こうてんは起こる。
直親は笑顔で迎え入れた。
直親は今川の内情を聞くことになる。
「松平元康様は面白いおかたじゃのう。」

直親は「今川は盛り返せぬかもしれんな」
とつぶやく。

●駿河今川館
今川氏真は鞠を蹴る息子を見て
「蹴鞠など、うまくなってもせんない。・・もう鞠を蹴ること
 などないかもしれぬ。」
「よくおわかりで、・・・」
今川氏真は、悪い流れを変えることができないと考えていた。
「やがて、元康は駿河に」
寿桂尼は、松平元康が駿河へと攻め込んでくると考えていた。
「・・・この悪い流れをどこの誰が止められるというのですか?」
寿桂尼は、「事は起こらなければよいのです。
        事が起きる前に握りつぶすのです。」
と策を孫:今川氏真に授ける。




●井伊谷龍たん寺
数日後、次郎のもとに、怪しい山伏が尋ねてきた。
「松平元康様の使いの者です。」
次郎は元康様からという御礼の品と手紙を渡された。
「瀬名様のお命を救っていただいたお礼です。どうぞ、おおさめ
 くださいませ。・・・それからこちらを井伊殿に・・」
瀬名の命を救ったことへの感謝。・・・そして直親宛ての書状。

●井伊館
手紙には鷹狩りへの誘いが書かれていた。
直親は小野政次に相談する。
「かようなものを目付に見せ、どうなさるおつもりで。
 内通するぞと言っておられるようなものではないですか?」
直親は

「だから、最後は政次にきめてもらいたくてな。」
「また、それか?」
「おそらく、今川はもう立ち直れまい。・・・道連れになるのは
 まっぴらじゃ。となれば、どこかで松平と接触せねばの」

政次は「選ぶ余地などないではないか
   ・・・俺とて今川と共倒れなど御免だ。・・・・
 そのかわり、二つお守りください。一つは一切を口外せぬこと、
 どこに今川の間者がいるか分かりません。そしてもう一つは私に
 一切をお教えいただくこと。でなくば、いざという時にお守りで
 きません。ご承知、いただきますか?」
「選ぶ意思などないではないか。」


◆ナレーター
「直親は、元康のもとへと向かったのであった。」
鷹に餌をやるシーン。

●どこかの館
山伏の案内で

だが、出迎えたのは誰?偽者?影武者?
「井伊直親殿でござるか?」
「はっ。」
「それがし、松平元康にございます。」
偽松平元康は井伊直親の手を握り、最深の笑みで
「此度はよくぞ妻子をお守りくださった。・・・次郎法師様がいなければ、
 瀬名たちが殺されていました。今後は、井伊に報いる所存です。・・・」
と言う。


●井戸
直親は政次に手紙を見せる。
「感状までくださった。」
政次は手紙を読み終えた。
「どんな方だった。」
「年の割には恰幅があり、、・・・手に刀傷があった。」

直親は政次に「今川が滅べば、次郎の還俗もできる。そうすれば、
    次郎と一緒になることもできよう。」
政次は「今まで、自由にできなかった分、次郎様のいいように。」
次郎が現れた。久しぶりに3人で顔を合わせる。

●龍たん寺
次郎のもとに山伏がやって来た。
南渓「常慶ではないか?」
★松下常慶の兄は永禄12年に井伊直親の妻の再婚相手の実弟である。
「松平元康様よりのお礼の品をお持ちしました。」
「お礼はいただきました。」
@次郎は今川に謀られたと気づいた。


●井伊館
「直親・・・直親、我らは我らは今川にはめられたのかもしれぬ。」
B直親も今川に謀られたと気づいた。



●駿河井伊館
政次は今川邸に出向く。
寿桂尼「井伊が松平と内通しているという噂を耳にしてな。」
「誠にございますか。それがしは何も聞いていりませんが、
 何故、そのようなことを・・・」
寿桂尼が手紙を取り出す。
「・・実はかような物が持ち込まれた。・・・」

「松平と鷹狩りに行かれたのか?」
「ぞんじあげませんが、・・・」
政次は「殿の字とは異なるようですが・・・」
「そうか?」
手に傷のある男がいる。が〜ん。
A政次は今川に謀られたと気づいた。


●井伊館
南渓「井伊は試されたのじゃ。裏切る前に芽をつんでおけとな」


●駿河井伊館
寿桂尼「もう一度聞く?
     そなたは、目付であったのにこの件に加担して
     おったのではあるまいのう?」
「答えを選ばれよ。」
政次は「選ぶ「余地はございません。
    私は父の代より恩顧を受けました。
    今川様の目付けにございまする」

●井伊館
新野「・・・今川様より書状が届きました。
    駿河に出府せよとありました。」
直親は覚悟をした。   


直親は、元康に書状を送り、今川に対抗する後ろ盾となってもらうこと
を考える。
次郎と南渓は元康に交渉しに行く。
常慶「合力できぬ。」
次郎「・・・助けてやったではないか?・・・」
元康「派兵する余力はない」と断った。
常慶「・・・家臣は今川出の女・・・捨て置かれよ。・・・
   と言ったので、石川殿が苦肉の策をだしたのです。」

次郎は瀬名に嘆願しに行く。
「瀬名様、井伊に起こしください。」
次郎は、瀬名と竹千代を人質に元康の派兵を取り付けようと考えて
いたのだった。

瀬名は「人質になりません。」と断った。
瀬名は「捨ておかれるだけでございます。
「しばし、お待ちを・・・」
と言って、門を閉ざした。   
「井伊に置き去りにされては、今川を手にすることはできませぬ。
  母と約束したのじゃ。」

次郎は諦めることができず、何度も門を叩く。

●駿河井伊館
◆回想編
政次は、父に言われた「お前は儂と同じ道を辿る」との言葉を思い出
していた。
氏真「但馬、井伊が呼び出しに応じぬ。」
「少し、脅されるのがよろしいかと、・・・」

●井伊館
そんな中、今川の兵が押し寄せてきた。
直平は「迎え撃つとするか?」
と決意する。
今村・奥村・新野・南渓 
しかし、直親は「私が申し開きに出向けば済むこと。此度のことは、
  それがしの失態です。それがしが申し開きをすれば済むこと・・」

直平「・・ワシはこれ以上、見送るのはごめんじゃ」
と大声で泣く。


●龍たん寺
南渓「・・・政次は戻らぬのか?」
「殺されたのか? ・・・・」
直親「政次は井伊を守ったのではないか」と考えていた。

直親はしのに
「この子:虎松は井伊を蘇らせる。虎松を頼むぞ。」
そして、虎松に
「覚えておいて欲しいことが一つだけある。生きていれば、必ず
 好機はある。」と伝え、死を覚悟するのだった。
「よい子じゃ、よい子じゃ。」


●井戸
次郎は井伊谷へふらふらで戻った。
直親が声をかける。
直親は、駿府へと旅立つ前に・・・
「約束を守ることができず、すまなかった」
「平穏な井伊を守ることができなかった。」
と詫びた。
「なぜ、謝る。」
次郎は「我が命乞いなどせねば、目をつけられなかった。
    
    我が男子でなければ、駿河に行っていたのに、・・・」
★「だんしと言ったがおのこでしょ。・・・」
直親は「それは困る。おとわが女子でなければ、我の唯一の美しい思い出
    がなくなってしまう。」。

直親は経を読むことを依頼する。
   「川名でやった経を上げてくれ。」
次郎は「断る。あれは死者を悼む物じゃ。」
直親は「戻ったら一緒になってくれ。」
と抱く。
「心得た。」
「ではな。行ってくる。」
次郎は「待っておるからな。待っておるからな。
    何をしても、どんな手をつかっても、戻ってくるの
    じゃ。」

直親は駿府へと旅立った。

◆ナレーター
「直親は、駿府へと向かう。誰もが直親が生きて戻ってこれるとは
  思っていなかった。」

●掛川
直親は間もなくして今川の兵に囲まれる。



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  (★高崎城の畝堀:発掘調査)

箕輪初心★箕輪城140【秋本太郎先生の箕輪城→高崎城+城下町】
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箕輪初心▲箕輪城153【長野氏の箕輪の寺社→井伊直政の
高崎移転の寺社】
http://53922401.at.webry.info/201412/article_15.html

箕輪初心★箕輪城103川野辺寛「高崎誌」&井伊直政
http://53922401.at.webry.info/201310/article_8.html

箕輪初心★西田美英【高崎素奈子】&川野辺寛【高崎志】
http://53922401.at.webry.info/201410/article_14.html

箕輪初心:生方▲【長野堰を語り継ぐ会の絵図展】&
【高崎城の桜】
http://53922401.at.webry.info/201504/article_5.html

箕輪初心:生方★高崎城【井伊直政&高崎城&彦根城の縄張り
担当:早川幸豊】
http://53922401.at.webry.info/201504/article_9.html

箕輪初心:生方▲箕輪城165箕郷龍門寺→高崎竜広寺
【井伊直政供養塔&井伊直弼娘:ワカの墓】
http://53922401.at.webry.info/201507/article_28.html

箕輪初心:生方▲箕輪城174・井伊直政18『箕輪城→高崎城」復刻版
http://53922401.at.webry.info/201510/article_9.html

箕輪初心▲東京【豪徳寺】&「吉良家→井伊家15代」
http://53922401.at.webry.info/201411/article_6.html

箕輪初心●滋賀の城「箕輪城&彦根城の類似性」
http://53922401.at.webry.info/201101/article_10.html

箕輪初心●滋賀bS−1「彦根城2回目」
http://53922401.at.webry.info/201012/article_37.html

箕輪初心:生方▲箕輪城202【真田丸に登場しない井伊直政」
&郭馬出出撃門
http://53922401.at.webry.info/201608/article_25.html

箕輪初心:生方▲2016【高崎の用水路開発&長野堰の歴史】大修正版
http://53922401.at.webry.info/201607/article_1.html

箕輪初心:生方▲201610624~0628世界かんがい遺産候補:長野堰展準備完了
http://53922401.at.webry.info/201606/article_27.html

箕輪初心:生方▲世界灌漑遺産候補【長野堰展2016】6月24日〜28日
at高崎シティギャラリー
http://53922401.at.webry.info/201606/article_25.html

箕輪初心:生方「箕輪城159&【中嶋宏氏主催の長野堰を語りつぐ会
の絵図展】
http://53922401.at.webry.info/201504/article_4.html

箕輪初心:生方▲【長野堰を語り継ぐ会の絵図展】&【高崎城の桜】
http://53922401.at.webry.info/201504/article_5.html

●高崎市の用水路シリーズ:井伊直政関連〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
箕輪初心◆「群馬:高崎の稲作と用水路@」
http://53922401.at.webry.info/201103/article_34.html

箕輪初心◆群馬:高崎市の稲作と用水路A「長野氏の開発@」
http://s.webry.info/sp/53922401.at.webry.info/201104/article_5.html

箕輪初心◆群馬:高崎の用水路B「長野氏の用水路編A」
http://53922401.at.webry.info/201104/article_6.html

箕輪初心◆群馬:高崎の稲作と用水路C「江戸時代」
http://53922401.at.webry.info/201104/article_7.html

箕輪初心★江原源左衛門&滝川用水20131010
http://53922401.at.webry.info/201310/article_11.html

箕輪初心◆高崎の長野堰=西新波堰の歴史
http://53922401.at.webry.info/201310/article_12.html

箕輪初心●箕輪城シリーズK「長野・井伊時代の用水路開発」と現在
http://53922401.at.webry.info/201010/article_17.html

箕輪初心:生方★高崎城&長野堰【井伊直政&秋元長朝&新井喜左衛門】
http://53922401.at.webry.info/201504/article_10.html
★秋元長朝はおそらく高崎城の内堀・用水路・遠構え
 建築に貢献したのだ。

箕輪初心◆長野堰B「染色のまち高崎に流れる長野堰:高崎広報」
http://53922401.at.webry.info/201410/article_13.html

箕輪初心:生方▲主に群馬・長野の【戦国〜江戸の用水新田開発】
http://53922401.at.webry.info/201605/article_34.html


●井伊直虎・直政シリーズ平成29年(2017)〜*************
箕輪初心・生方▲2016井伊直虎・井伊直政bP
『高崎学ソシアス講演会原稿』
http://53922401.at.webry.info/201701/article_1.html

箕輪初心:生方▲箕輪城238『長純寺・石上寺・東向八幡・字輪寺
&信玄家臣:塚越伴七調査』
http://53922401.at.webry.info/201701/article_2.html

箕輪初心:生方▲箕輪城239『長野業政・井伊直政』&長野堰3碑&
世界かんがい施設遺産『長野堰』
http://53922401.at.webry.info/201701/article_3.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政bR【井伊家初代:井伊共保】
http://53922401.at.webry.info/201701/article_9.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政bS【井伊氏系図8】&
『鎌倉時代の井伊氏 』
http://53922401.at.webry.info/201701/article_10.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政bT【南北朝時代の井伊氏と宗長親王】
http://53922401.at.webry.info/201701/article_11.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政bU『戦国時代の井伊氏』修正版
http://53922401.at.webry.info/201701/article_12.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政bV【第1話『井伊谷の少女』
&「井伊谷・彦根城」
http://53922401.at.webry.info/201701/article_13.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政bW【井伊谷の散策2回】と
『NHKのTV「井伊谷」』
http://53922401.at.webry.info/201701/article_14.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政bX【井伊谷城2回目】
http://53922401.at.webry.info/201701/article_15.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政10【井伊氏館跡・井伊直満の墓】
http://53922401.at.webry.info/201701/article_16.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政11【龍潭寺の『直虎の墓・
直政公の墓・位牌』】
http://53922401.at.webry.info/201701/article_17.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政12【浜松の宿下吉庵で「梅酒:直虎」を飲んだ】http://53922401.at.webry.info/201701/article_18.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政13【許嫁:井伊直親&松源寺:文叔&松岡城:松岡貞利】
http://53922401.at.webry.info/201701/article_19.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政14【第2話:崖っぷちの姫】
&「井殿の塚」
http://53922401.at.webry.info/201701/article_23.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政15【井伊直親の逃走〜2人の子ども
〜井伊谷帰国】資料編
http://53922401.at.webry.info/201701/article_26.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政17『次郎法師&直政の書籍の所持数36』
http://53922401.at.webry.info/201701/article_27.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政18「柴咲コウ・菅田将暉」と「群馬の新聞」
http://53922401.at.webry.info/201701/article_28.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政19『広報はままつ2016年4月号特集
「井伊直虎」
http://53922401.at.webry.info/201701/article_29.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎:直政20【第3話『おとわ危機一髪』】
&「臨済寺」
http://53922401.at.webry.info/201701/article_31.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政21【歴史秘話ヒストリア「おんな城主
:井伊直虎」】http://53922401.at.webry.info/201701/article_32.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政22【井伊直虎って誰?&
「井伊家傳記」の信憑性諸説】
http://53922401.at.webry.info/201701/article_33.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政23【井伊谷・歴史本・
小説・ゲームの中の井伊直虎】
http://53922401.at.webry.info/201701/article_34.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政24『井伊直虎の家臣:井伊谷七人衆』
http://53922401.at.webry.info/201701/article_35.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政25『小野妹子→小野和泉守政直(道高)』
http://53922401.at.webry.info/201701/article_36.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政26『小野政次・小野朝之』
http://53922401.at.webry.info/201701/article_37.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政:27第4話『女にこそあれ次郎法師』
&「龍潭寺」
http://53922401.at.webry.info/201702/article_1.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政28『井伊一族:中野家』
http://53922401.at.webry.info/201702/article_3.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政29【頭陀寺城】と松下之綱と徳川家康と豊臣秀吉
http://53922401.at.webry.info/201702/article_4.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政30【松下清景】前編
http://53922401.at.webry.info/201702/article_5.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政31『松下清景→松下一定子孫』後編
http://53922401.at.webry.info/201702/article_6.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政32『高崎文化協会:箕輪城
・井伊直虎ブース』
http://53922401.at.webry.info/201702/article_8.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政33【第5話『亀之丞帰る』】
&「高森町松源寺」
http://53922401.at.webry.info/201702/article_9.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政34【村の写真展:My井伊家シリーズ】
http://53922401.at.webry.info/201702/article_10.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政35【鈴木重勝→鈴木重時→鈴木重好】
http://53922401.at.webry.info/201702/article_13.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政36【近藤康用→近藤秀用→5近藤】
http://53922401.at.webry.info/201702/article_14.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政36【菅沼忠久→菅沼忠道】
&【菅沼定盈&菅沼定利】
http://53922401.at.webry.info/201702/article_15.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政37【奥山朝利の娘と井伊家家臣団】
http://53922401.at.webry.info/201702/article_16.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政38【6話「初恋の別れ道」】詳細編
http://53922401.at.webry.info/201702/article_18.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政39【新野左馬助親矩と娘婿】
http://53922401.at.webry.info/201702/article_19.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政40▲『奥山朝利の娘:ひよ
→井伊直政の母』
http://53922401.at.webry.info/201702/article_20.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政41【第7話「検地」
&駿河:富士浅間神社
http://53922401.at.webry.info/201702/article_24.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政42【第8話「赤ちゃんはまだか」】
http://53922401.at.webry.info/201702/article_29.html

箕輪初心:初心▲井伊直虎・直政43『井伊谷7人衆:遠江松井一族』
http://53922401.at.webry.info/201703/article_1.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政44『今川義元の生涯&悪夢の永禄3年生害』
http://53922401.at.webry.info/201703/article_5.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政45【第9話「桶狭間」&史実編】&
井伊直盛の墓
http://53922401.at.webry.info/201703/article_6.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政46『奥山朝利殺害2説』
&【10話走れ竜宮小僧】
http://53922401.at.webry.info/201703/article_10.html


箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政47『今川義元と井伊直平の娘素案』
http://53922401.at.webry.info/201703/article_11.html


箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政48『今川家臣:瀬名氏・関口氏
・鵜殿氏』
http://53922401.at.webry.info/201703/article_12.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政49『瀬名姫(=築山殿)と松平信康と亀姫
http://53922401.at.webry.info/201703/article_13.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政50【女戦国大名:今川義元実母:寿桂尼】
http://53922401.at.webry.info/201703/article_14.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政51『おんな城主:織田信長の
叔母:おつやの方』
http://53922401.at.webry.info/201703/article_15.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政52番外編【母:最上の義姫と
子:伊達政宗】
http://53922401.at.webry.info/201703/article_16.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政53番外編『スーパー女城主:立花ァ千代』
http://53922401.at.webry.info/201703/article_17.html




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箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政54【史実編と第11話「さらば愛しき人よ」】  城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー・旅行/BIGLOBEウェブリブログ
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