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zoom RSS 井伊直虎・直政33【第5話『亀之丞帰る』】&「高森町松源寺」

<<   作成日時 : 2017/02/07 07:54   >>

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@起・・・天文23年(1554)、おとわは次郎法師としての修行を
 積んでいた。ある日、小野政直は、嫡男:政次に奥山朝利の
 娘を妻にし、できた子を井伊家の後継にしようとした。
A承・・・小野政直が亡くなった。甲相駿三国同盟が結ばれ、
 武田は伊那に侵攻する。井伊家は「武田の戦火を逃れるため、
 信濃から戻ってきた。」ということにして、亀之丞を呼び戻す
 ことにする。
B転・・・・次郎法師は、亀之丞の帰還に「煩悩の徒」になって
 しまった。山ごもり・瀧業をして煩悩を払拭しようとする。や
 がて、亀之丞が信濃から帰ってきた。井伊直平、直盛は大喜だ。
C結・・・次郎法師は、「亀之丞様、父上の子となり、井伊を助け
 て欲しい。妻を娶り、子供を多く作って欲しい。私は、竜宮小僧
 になる」と言う。亀之丞は「還俗すればいい。」と言う。
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【1】史実編
・天文4年(1535) 井伊直親(井伊直政の父)が生まれた。
・天文5年(1536) 井伊直虎(井伊直政の養母)が生まれた。
 (★小和田哲男説では2人とも、天文5年(1536)頃説)
母:新野親矩の妹
井伊宗家21代井伊直平→22代井伊直宗→23代井伊直盛→
姫が生まれた。

・天文5年(1536) 今川義元が家督を継いだ。
井伊氏と今川氏で和議が結ばれた。
今川義元の西進が始まった。


・天文11年(1542)▲三河田原城攻撃 姫の祖父:井伊直平の子:
  14代(19代)井伊直宗が野伏により討死した。

・天文11年(1542) 松岡貞利は80騎の武将であった。
 約500人の家臣がいた。
(★『長野県高森町史』)

・天文12年(1543) 頃
姫の許嫁は姫の父:井伊直盛の従兄弟:井伊直親と決まった。

・天文13年(1544)
12月14日 連歌師:宗牧が井伊谷の小野和泉守政直宅に
 訪れた。井伊次郎宅ではない。
 「姪直盛いまだに年若しと雖、末々子なきにをいては、直満
 が男直親を嗣とせむことを契約せしところ、直盛が家臣小野
 和泉某もとより直満と不和なりしかば、これをきらひて今川
 義元に讒し、直満・直義兄弟逆意ありと訴ふ。義元これを信じ
 天文十三年十二月、兄弟を駿府にめして、糾問す。直満申解
 と雖も、和泉様々に讒言をかまへ、二十三日つゐに冊第せらる。」
(★『東国日記』連歌師:宗牧著)

12月23日
「天文十三年十二月二十三日 (井伊直宗の子)井伊彦二郎直満・
 同平次郎直義が小野和泉守の讒言により、今川義元のため生害
 (自害)された。」
 (★『井伊家伝記』)
理由は 1)「養子之儀二付遺恨」
   2)「両人私之軍謀相企」
  
 @井伊家・・・武田信玄の家臣によって井伊領が横領されるのを
防ぐため。『井伊家伝記』には無理がある。
説@通説・・・小野家は形式上では井伊家筆頭家老であった。
  小和田説では、小野和泉守政直は仕切っていて、ほかの家老
  親戚衆・引き付け衆を仕切っていた説であるが、・・・
井伊家乗っ取りを企んだ。
 (TVも2回目でそうに解説している。)
新野左馬助の目付と別に、今川からの第2の目付的な要素があった。
説A・・・井伊氏が鈴木重時と結ぼうとしていた説
説B・・・北条氏綱が奥平貞昌に井伊を取ったら500貫あげるね説。
裏で井伊直満が動いていた。
説C・・・井伊直満が井伊直盛にかわって井伊家の主導権を握ろう
  とした説である。北条ろ小野和泉守は井伊直満の謀反を防ぐために
  今川家に訴えたとことになる。
  TVでも、「井伊直盛がそれらしいことを言って、井伊直平の小野の
   手打ちを止めさせている。・・何の証拠もありません。
★何れにしても
「井伊直満を死に追いやったと思われているにも関わらず井伊家が
 処分しないのはおかしいが、今川からの回し者要素があるので、
 今川を無視して勝手に井伊家が家老の小野和泉守を裁くことが
 できなかったのあろう。」


●『井伊家伝記』「亀之丞信州落ちの件并今村籐七郎に忠節の事」
(井伊直平の子:直満(井伊直政祖父)・直義が今川氏に殺害された。
井伊直宗の弟直満・直義が殺された後、小野和泉守が駿河より
 帰国した。「直満の実子亀之丞を殺すように」との今川義元の
 命令を伝えてきたので、
 亀之丞(井伊直親:井伊直政父)にも追ってがかかり、井伊直満の
 家老:今村藤七郎正実は亀之丞を叺(かます)に隠した。
 それを背負って黒田に逃れた。小野和泉守が探索したので、近所に
 隠すことは困難と判断し、龍潭寺の南渓和尚と相談し、信濃の伊那郡
 市田郷の松源寺に隠すことにした。松源寺は南渓和尚の師だった
 黙宗和尚ゆかりの寺だったからである。南渓和尚から手紙が行き、
 亀之丞は松源寺で生活することになった。

●『井伊家遠州渋川村古跡事』
・天文13年(1544) 12月29日 黒田から渋川郷の東光院に逃れた。
・天文14年(1545) 1月3日夜、亀之丞は東光院住持能仲の案内
  で信濃にむかった。

★伊那郡市田村(現高森町)の松源寺へ逃れた。
 信濃伊那の松源寺は井伊直親の叔父:南渓禅師の師:文叔禅師のいる寺
 であった。

*******************************
●井伊直親の伊那での息子
@『亀之丞と飯田井伊氏』:木村昌之著
 「亀之丞は島田村の代官:塩沢氏の女との間に一子:吉直を設け、
 帰国の際、一振りの短刀を託した。吉直はこの地に留まって、
 塩沢家で養育されたが、・・・数代後、飯田城下に出て、麹屋を
 創業した。旧井伊氏を名乗り、吉右衛門を世襲し、島田屋を屋号と
した。家紋が「丸○に橘」である。」
(『亀之丞と飯田井伊氏』:木村昌之著)

A「剣と紅」戦国の女領主・井伊直虎〜高殿円著 文春文庫
直親が信濃に逃げていた時にに、出会ったきぬも魅力的に表現され
ている。直親ときぬの間に息子ができた。

B「井伊直虎〜その謎と魅力」石田雅彦著
井伊直親の失踪
井伊直満の一子、直親は龍潭寺開山以来縁を結ぶ松岡家の庇護を受
け、長野県下伊那郡高森町の松源寺での10年にも及ぶ隠棲を余儀
無くされ、隠棲先の島田村の代官塩沢氏の娘との間に井伊直政の兄
や姉に当たる一男一女を儲けている。
井伊直親の結婚は、井伊直親の失踪を悲しんだ許嫁:井伊直虎が出
家をしたと言う知らせを聞いたからということのようであるが、史料
は違うようである。

ちなみに、井伊直政の姉:高瀬姫は、川手主水の正室となった。
箕輪城・高崎城で留守居役を務めた、関ヶ原の戦いでは井伊直政の
居城:高崎城で徳川秀忠20000の面倒を3日間みた。川手主水は彦根
藩の家老となっている。高瀬姫は春光院と呼ばれた。
川出主水の墓しらないが、高瀬姫の墓は彦根長純寺にある。

******************************

●『寛政重修諸家譜』
「女子 直親が婚を約すと雖も、直満害せられ、直親信濃国の走り
 数年にしてかへらざれば、尼になり、次郎法師と号す。」
●『井伊家伝記』「次郎法師と申名の事」
「直盛には娘が1人あった。両親の考えでは、ゆくゆくは亀之丞を
 養子に迎え、夫婦にする約束でいた。ところが、信濃に落ちてい
 ってしまったため、彼女は菩提の心深く、南渓和尚の弟子になっ
 て、剃髪し、出家してしまった両親は嘆き、『一度は亀之丞を夫婦
 と思っていたのに、このようになってしまって』。と、尼の名はつ
 けさせたくない』と南渓に申し出た。一方、彼女の方は。『出家し
 たのだから、是非、尼の名前をつけて欲しい』ろ、親子で意見が
分かれてしまった。そこで、南渓和尚が考えたのは次郎法師という
 名前であった。」
・?年 姫は許嫁:井伊直親が殺害されたと思っていた。
 姫は祖父の弟:南渓禅師から「次郎(井伊家跡継ぎ長男名)法師」を名乗
 ることが許された。井伊直政が幼年であったため、井伊家家督となり、
 地頭職を嗣いだ。」  
 (★享保15年(1730)『井伊家伝記』龍潭寺所蔵:2次史料)

●『井伊家伝記の史料的性格』野田浩子著
「私的感情では主家は認められない。・・婿が出家したので、出家し
た。」と考えるのが妥当である。


・天文年間 井伊直盛が二宮神社を再建した。
 
◆天文23年(1554)小野和泉守が没した。
   龍泰寺(現龍潭寺)に埋葬した。
龍谷山正泉寺が開創された。開山は慧湛和尚である。

跡は子の小野但馬守政次(道好)が継いだ。
※TV鶴丸:小野但馬守政次も井伊家筆頭家老になっている。
※江戸時代の資料「寛政重修諸家譜」では小野道好となっている。
 当時の資料では但馬守とだけ書かれている。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
◆天文23年(1554)武田晴信の伊那に侵攻した。

7月 武田信玄が伊那に侵攻した際、小笠原氏とともに抵抗した。
 
武田信玄が南伊那に侵攻し、軍門に降りた。
大田切城→赤穂城→飯島城→赤須城→大草城→船山城
 →上穂城→大島城・・・・・
武田信玄の伊那進攻で片切諸氏と飯島氏が武田氏に起請文を
 差入れ武田方に降りた。
片桐氏・赤須氏・飯島氏・大島氏・上穂氏は降伏した。
 5氏は武田晴信に臣従し五十騎の兵役を担った。
飯島氏は十騎であった。
 (★後、飯島半右衛門は和田城→箕輪城
  →井伊直政の侍大将・・・味噌・醤油の担当になった。
  ・・・子孫、高崎の麹屋さん


 →山吹城→松岡城→座光寺城・・・
 松岡城(高森町)の松岡氏は抵抗することなく武田の軍門に
 降った。松岡氏は自身の所領を維持することができた。
松岡貞利は武田晴信の軍門に降った。
  松岡貞利は山県昌景の配下で50騎の軍役を課されていた。
  (★『甲陽軍鑑』)
 武田氏の配下で松岡氏は50騎(200人)ほどの軍役を
 課されていた。


8月  武田晴信は小笠原の制圧にかかった。
鈴岡城主:小笠原信定は林城→平瀬城→中塔城と武田晴信
に追われた兄:府中小笠原長時と武田晴信に抵抗した。
鈴岡城・松尾城は攻撃された。

武田晴信の信濃先方衆の松尾小笠原信貴・小笠原信嶺父子は
 松尾城の攻撃に参加した。
松尾小笠原信貴(信貞)・小笠原信嶺父子は松尾城を回復した。
鈴岡城は松尾城の支配下に置かれることになった。


 下条氏の飯田黒姫城→知久氏の神之峰城を陥落させた。

 武田晴信は南信濃と美濃の国境である伊那郡を制圧した。

 ★高遠城・春日城・殿島城・飯島城などが改修されたので
 あろう。

 武田晴信(信玄)は秋山信友を飯田城におき伊那谷を統治した。

・弘治〜永禄初年頃
 年未詳8月18日付 武田晴信書状 
「秋山善右衛門尉」と室住虎光の大島城在城が確認される
 秋山善右衛門尉は秋山虎繁(信友)と推定されている。
秋山虎繁は大島城を拠点に郡代(郡司)として伊那郡の
支配下にした。
 ★(後、秋山家の養子に箕輪城在番:金丸虎好の息子は
    2人?3人かも・・・が来ている。)


***********〜〜〜〜〜〜********



●『井伊家遠州渋川村古跡事』 
「・天文二十三年((1554)寅年、小野和泉守病死。これにより
 直盛から信濃に使いをやろ、亀之丞は今村藤七郎同伴で、弘治
 元年二月に帰国することができた。その時、当寺(東光院)に
 滞在し、三月三日に寺を出て、井伊谷に到着した。すぐに、直盛
 の養子になることが決まり、井伊肥後守直親を名乗り、奥山因幡
 守朝利の娘(★本当は妹)と縁組みし、祝田(ほうだ)村に居住
 することになった。
これだけを信じるわけにはいかないが。・・・。
 武田晴信の伊那侵攻との関わりを考えるべきだと思っている。

●結論・・・
◆天文23年(1554)小野和泉守が没した。
・井伊直盛は小野政直の死によって信濃国に逃れていた井伊直親を
 呼び戻すこととした。

・『井伊家遠州渋川村古跡事』の天文14年(1545) 1月4日〜
 弘治元年(1555)2月に帰国することができた。
 前松岡城主:松岡貞正の実弟:文叔と松岡城主:松岡貞利が亀之丞
 (井伊直親)を12年間、庇護した。
(★『井伊家伝記』の読み間違い)
 と思っていたが、10年と1ヶ月のようでである。
@文叔の弟:正英和尚が松岡城主:松岡貞利が庇護した。
A今村藤七郎が10年間、養育した。

・弘治元年(1555)
2月 亀之丞は松源寺を離れ、渋村東光院に入っった。
3月3日 東光院を出て、井伊谷に到着した。
   
?月?日 井伊直盛は今川義元の許しを得て井伊直親を
 改めて嗣子として迎え入れた。
15代(23代)井伊直盛の養子となり、井伊直親と名乗った。
  次郎法師の養子となった。「井伊直親」と名乗った。



******************************


【2】第5話『亀之丞帰る』のあらすじ
◆ナレーター
「・・・・」
約9年の月日が経った

●井伊谷
亀之丞が井伊谷から逃亡して約9年の月日が経った。
おとわは次郎法師として修行を重ねていた。
・次郎法師は村のもめ事に機転を利かす。
@木工の手伝い
Aわらじのプレゼント
B夫婦げんかの仲裁
帰りは誦経・・・・
3人の思い出に浸る。
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 (★TVより)
「どうしておるのかのう。亀は?」
〜〜テーマソング・字幕〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

◆ナレーター
「今川は武田との同盟・・・ここ井伊谷でも小野和泉守の力が・・・」

・天文23年(1554) 

小野和泉守が相変わらず、威張っている。
「井伊家も跡取りのことを・・・」

●鶴とおとわ
鶴は元服して小野但馬守政次と名乗っていた。
井伊家の筆頭家老・小野家の嫡男に、井伊家の親戚衆筆頭である
奥山家の娘を娶せ、その子供を次の当主にしようという話をした。
井伊家当主:直盛は小野政直から井伊家の一門である奥山朝利
 (ともとし)の娘と政次を結婚させ、2人の間の子供を次の
井伊家当主にする提案を受けていた。


「もう、10年じゃ、」

「新野殿の娘でも・・・」
*奥山朝利の娘
  @井伊直親の妻
  A小野玄蕃朝之の妻

*新野左馬助の娘
  @木俣室
  A庵原室
  B三浦室

次郎法師は小野政次から話を聞いて案外悪くないと思う。


●井伊館
直平や重臣の1人、中野直由らは大反対するが、・・・・
奥山が「娘をやらぬ。」と反対する。
「では、新野様の娘を・・・」
※井伊家では、再び次の家督をめぐって、動きが生じていた。
直盛の意見は意外にも…

今川の勢力が増すばかりの現状を憂え、直盛が苦渋の決断をしたのです。


●小野家
・和泉守・政次・玄蕃の3人で話す。

「わらじににておらんか?」
小野政直は 話がまとまる前に、病に倒れた。


●龍たん寺
※瀬名の回想風の・・・
・次郎法師は瀬名からの手紙・・・瀬名の口
今川義元の嫡男の龍王丸(今川氏真)が北条家の姫と結婚すること
 になった。
「これで、今川・北条・武田も御安泰・・・」
「・・・私はいきおくれてしまいましたが。・・」
「討つ捨てられるは瀬名と三河のぼんやりなり、・・・」

徳川家康は12歳であった。

次郎法師は瀬名からの手紙から瀬名の身の上を哀れんだ。
「今川はますます盤石の構えということか?・・」

●龍たん寺
「おとわ、喜べ。・・・」
井伊直平が病気で倒れた小野を喜び、龍潭寺の次郎法師の
もとを訪れた。
「早く死ぬように祈ってくれんか?」

井伊直盛はなぜ小野政直をここまで憎むのかを次郎法師に
話した。
「今川は佐名伯母上を名指しで呼んだ。」

次郎法師「和泉の所に行ってきます。」
次郎法師は真相を確かめに小野政直の屋敷を訪れた。



●小野館
「佐名様を差し出すことは最善と思ったのです。・・・
  それがしは井伊のことを思って、・・・信じてくれとは・・・」

「1本の旗が揺れている。・・・ある者は旗が揺れている。
 ある者には風が揺れている。という。・・人の心じゃ。」
 



小野政直と政次の会話。
「お前はわしを卑しいと思うておるじゃろ。己はこうはならぬと、
 ずっとわしを蔑んでおるじゃろ」。じゃがな、言うておく。
 お前は必ずわしと同じ道を辿るぞ。」と言う。
「和尚様のおかげで、・・・絆がございます。井伊の縁戚になる
 ことから、井伊を一次に寒帯と思います」
★ワシと同じ道を歩む。・・・史実と同じじゃありませんか。
親が息子の将来を予言している・・・えらいこちゃ。

◆ナレーター
「しれから、間もなくしてこの世を去った。」


※結果的に小野政直の遺言となった。


◆ナレーター
「その年の夏・・・今川家・武田家・北条家と三国同盟を締結・・・。
井伊に波紋が・・・。」
*地図がでて・・・
★武田・北条・今川の三家は、三国同盟を締結した。
 3家は領土拡大を図った。
 しかし、甲相駿同盟締結が、亀之丞を呼び戻す口実になった。
 武田信玄が南信濃を攻めた。
●井伊屋敷
直平「おとわ、亀がかえってくるぞ。」
直平は亀之丞を連れ戻すと意気込む・・・。

井伊直盛「井伊直親が戦火を逃れるために、隠れていた信濃を
   離れるということにしよう。」
という筋書きを小野に伝えた。
小野政次の縁談は破談となった。・・


●龍たん寺
 「・・・亀之丞が戻ってくる。喜んでおらぬようだが」

「出家の身では・・・:」
「楽しみじゃのう。」
「直満どのとそっくりになっておるかもしれない。」
 
亀之丞の帰還を聞いて次郎は心乱れに乱れる。
「煩悩がすざましいですな」

●龍たん寺
次郎法師の心は揺れるばかりで・・・
亀はどんな男に成長したのか?
亀はどんな顔をしているのか?
 ・・・雑念を払おうと、経を読んでも、座禅をしても、
 ついつい考えてしまうのは、亀之丞のことばかり・・・・。
掃除に熱中する。
「煩悩が散らかっておる。」

●井伊館
小野「・・大きくなるに従って、直満殿と似てくるのでは・・」


●龍たん寺
次郎の煩悩〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「直満のような直親に襲われる夢、・・・
  直満にキスをされる夢・・・・
●瀧
 次郎法師・・・心を鎮める為に滝に身を晒す。

●井伊館
「・・・還俗の話が・・・」


●井伊谷*****亀之丞の登場。
 井伊直親は馬に乗ったで登場する。

「井伊亀之丞、只今帰還しました。」
母も喜ぶ。
だきつく、直平・・
南渓「亀、誰かわかるか?」
鶴と会見
「大きくなったのう。鶴」
「亀之丞様には言われたくありません。」
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 (★無料画像より)
祭り気分・・・
「弓が得意です。」

「元服は・・・井伊谷でと思いまして、・・・」

「烏帽子親は?」
「新野殿に・・・」


●龍たん寺
武術の稽古・・・

次郎が山ごもりから戻る。
「只今、もどりました。」
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「よかったら、これを・・・」
手ぬぐいを渡す。
「これで、動揺せずに・・」
その時、背の高い男が現れ・・・
「久しいのう。」
次郎法師は唖然とする。

「亀だ。亀。・・・」

あれま、独身かい。
 史実では、直親は1男1女を設けたのになあ?
 

●井戸

「父を助けて欲しい。」
・・・・・
「そんなもの還俗すれば、よいではないか?・・」
女性の尼さんの還俗はあり得なかったが、・・・

「還俗・・」
「俺はおとわと夫婦になる。」
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◆高森町
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B松源寺
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C松岡城
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  (★高崎城の畝堀:発掘調査)

箕輪初心★箕輪城140【秋本太郎先生の箕輪城→高崎城+城下町】
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箕輪初心▲箕輪城153【長野氏の箕輪の寺社→井伊直政の
高崎移転の寺社】
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箕輪初心★箕輪城103川野辺寛「高崎誌」&井伊直政
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箕輪初心★西田美英【高崎素奈子】&川野辺寛【高崎志】
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箕輪初心:生方▲【長野堰を語り継ぐ会の絵図展】&
【高崎城の桜】
http://53922401.at.webry.info/201504/article_5.html

箕輪初心:生方★高崎城【井伊直政&高崎城&彦根城の縄張り
担当:早川幸豊】
http://53922401.at.webry.info/201504/article_9.html

箕輪初心:生方▲箕輪城165箕郷龍門寺→高崎竜広寺
【井伊直政供養塔&井伊直弼娘:ワカの墓】
http://53922401.at.webry.info/201507/article_28.html

箕輪初心:生方▲箕輪城174・井伊直政18『箕輪城→高崎城」復刻版
http://53922401.at.webry.info/201510/article_9.html

箕輪初心▲東京【豪徳寺】&「吉良家→井伊家15代」
http://53922401.at.webry.info/201411/article_6.html

箕輪初心●滋賀の城「箕輪城&彦根城の類似性」
http://53922401.at.webry.info/201101/article_10.html

箕輪初心●滋賀bS−1「彦根城2回目」
http://53922401.at.webry.info/201012/article_37.html

箕輪初心:生方▲箕輪城202【真田丸に登場しない井伊直政」
&郭馬出出撃門
http://53922401.at.webry.info/201608/article_25.html

箕輪初心:生方▲2016【高崎の用水路開発&長野堰の歴史】大修正版
http://53922401.at.webry.info/201607/article_1.html

箕輪初心:生方▲201610624~0628世界かんがい遺産候補:長野堰展準備完了
http://53922401.at.webry.info/201606/article_27.html

箕輪初心:生方▲世界灌漑遺産候補【長野堰展2016】6月24日〜28日
at高崎シティギャラリー
http://53922401.at.webry.info/201606/article_25.html

箕輪初心:生方「箕輪城159&【中嶋宏氏主催の長野堰を語りつぐ会
の絵図展】
http://53922401.at.webry.info/201504/article_4.html

箕輪初心:生方▲【長野堰を語り継ぐ会の絵図展】&【高崎城の桜】
http://53922401.at.webry.info/201504/article_5.html

●高崎市の用水路シリーズ:井伊直政関連〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
箕輪初心◆「群馬:高崎の稲作と用水路@」
http://53922401.at.webry.info/201103/article_34.html

箕輪初心◆群馬:高崎市の稲作と用水路A「長野氏の開発@」
http://s.webry.info/sp/53922401.at.webry.info/201104/article_5.html

箕輪初心◆群馬:高崎の用水路B「長野氏の用水路編A」
http://53922401.at.webry.info/201104/article_6.html

箕輪初心◆群馬:高崎の稲作と用水路C「江戸時代」
http://53922401.at.webry.info/201104/article_7.html

箕輪初心★江原源左衛門&滝川用水20131010
http://53922401.at.webry.info/201310/article_11.html

箕輪初心◆高崎の長野堰=西新波堰の歴史
http://53922401.at.webry.info/201310/article_12.html

箕輪初心●箕輪城シリーズK「長野・井伊時代の用水路開発」と現在
http://53922401.at.webry.info/201010/article_17.html

箕輪初心:生方★高崎城&長野堰【井伊直政&秋元長朝&新井喜左衛門】
http://53922401.at.webry.info/201504/article_10.html
★秋元長朝はおそらく高崎城の内堀・用水路・遠構え
 建築に貢献したのだ。

箕輪初心◆長野堰B「染色のまち高崎に流れる長野堰:高崎広報」
http://53922401.at.webry.info/201410/article_13.html

箕輪初心:生方▲主に群馬・長野の【戦国〜江戸の用水新田開発】
http://53922401.at.webry.info/201605/article_34.html


●井伊直虎・直政シリーズ平成29年(2017)〜*************
箕輪初心・生方▲2016井伊直虎・井伊直政bP
『高崎学ソシアス講演会原稿』
http://53922401.at.webry.info/201701/article_1.html

箕輪初心:生方▲箕輪城238『長純寺・石上寺・東向八幡・字輪寺
&信玄家臣:塚越伴七調査』
http://53922401.at.webry.info/201701/article_2.html

箕輪初心:生方▲箕輪城239『長野業政・井伊直政』&長野堰3碑&
世界かんがい施設遺産『長野堰』
http://53922401.at.webry.info/201701/article_3.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政bR【井伊家初代:井伊共保】
http://53922401.at.webry.info/201701/article_9.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政bS【井伊氏系図8】&
『鎌倉時代の井伊氏 』
http://53922401.at.webry.info/201701/article_10.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政bT【南北朝時代の井伊氏と宗長親王】
http://53922401.at.webry.info/201701/article_11.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政bU『戦国時代の井伊氏』修正版
http://53922401.at.webry.info/201701/article_12.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政bV【第1話『井伊谷の少女』
&「井伊谷・彦根城」
http://53922401.at.webry.info/201701/article_13.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政bW【井伊谷の散策2回】と
『NHKのTV「井伊谷」』
http://53922401.at.webry.info/201701/article_14.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政bX【井伊谷城2回目】
http://53922401.at.webry.info/201701/article_15.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政10【井伊氏館跡・井伊直満の墓】
http://53922401.at.webry.info/201701/article_16.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政11【龍潭寺の『直虎の墓・
直政公の墓・位牌』】
http://53922401.at.webry.info/201701/article_17.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政12【浜松の宿下吉庵で「梅酒:直虎」を飲んだ】http://53922401.at.webry.info/201701/article_18.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政13【許嫁:井伊直親&松源寺:文叔&松岡城:松岡貞利】
http://53922401.at.webry.info/201701/article_19.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政14【第2話:崖っぷちの姫】
&「井殿の塚」
http://53922401.at.webry.info/201701/article_23.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政15【井伊直親の逃走〜2人の子ども
〜井伊谷帰国】資料編
http://53922401.at.webry.info/201701/article_26.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政17『次郎法師&直政の書籍の所持数36』
http://53922401.at.webry.info/201701/article_27.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政18「柴咲コウ・菅田将暉」と「群馬の新聞」
http://53922401.at.webry.info/201701/article_28.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政19『広報はままつ2016年4月号特集
「井伊直虎」
http://53922401.at.webry.info/201701/article_29.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎:直政20【第3話『おとわ危機一髪』】
&「臨済寺」
http://53922401.at.webry.info/201701/article_31.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政21【歴史秘話ヒストリア「おんな城主
:井伊直虎」】http://53922401.at.webry.info/201701/article_32.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政22【井伊直虎って誰?&
「井伊家傳記」の信憑性諸説】
http://53922401.at.webry.info/201701/article_33.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政23【井伊谷・歴史本・
小説・ゲームの中の井伊直虎】
http://53922401.at.webry.info/201701/article_34.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政24『井伊直虎の家臣:井伊谷七人衆』
http://53922401.at.webry.info/201701/article_35.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政25『小野妹子→小野和泉守政直(道高)』
http://53922401.at.webry.info/201701/article_36.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政26『小野政次・小野朝之』
http://53922401.at.webry.info/201701/article_37.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政:27第4話『女にこそあれ次郎法師』
&「龍潭寺」
http://53922401.at.webry.info/201702/article_1.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政28『井伊一族:中野家』
http://53922401.at.webry.info/201702/article_3.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政29【頭陀寺城】と松下之綱と徳川家康と豊臣秀吉
http://53922401.at.webry.info/201702/article_4.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政30【松下清景】前編
http://53922401.at.webry.info/201702/article_5.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政31『松下清景→松下一定子孫』後編
http://53922401.at.webry.info/201702/article_6.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政32『高崎文化協会:箕輪城
・井伊直虎ブース』
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★明日は「村の写真展:井伊家シリーズ」かなあ?

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