城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー・旅行

アクセスカウンタ

zoom RSS 箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政41【第7話「検地」&駿河:富士浅間神社

<<   作成日時 : 2017/02/23 11:25  

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

@起・・・小野政次は今川義元の許に出向き、井伊直親の帰参と
 家督相続を認めてもらおうとする。今川義元は、井伊谷での大
 規模な検地を交換条件した。A承・・井伊直平の川名には、隠し
里があった。井伊直親は隠し里を隠し通すことに決める。B転・・
井伊直親は小野政次に隠し里を隠すように依頼した。検地を行う日、
岩松は隠し里を発見した。次郎法師も瀬名からの情報を手にし、
川名に駆けつけた。井伊直親は「ここは井伊の土地ではないそうだ
な。」と小野政次にふり、小野政次は「(宗長親王)御子様の土地で
す。」と答える。C結・・岩松は一応納得し、ことなきを得た。次
郎法師は岩松夫人の供養をする。小野政次は井伊直親に「私を信じ
ているふりをされるのは、気分のいいものではござらぬ。」と嫌みを
言った。D余波・・小野玄蕃&井伊直親妻の妹、松平元康&瀬名が
結婚した。
画像


【1】史実編
●井伊直親の伊那での息子
@『亀之丞と飯田井伊氏』:木村昌之著
 「亀之丞は島田村の代官:塩沢氏の女との間に一子:吉直を設け、
 帰国の際、一振りの短刀を託した。吉直はこの地に留まって、
 塩沢家で養育されたが、・・・数代後、飯田城下に出て、麹屋を
 創業した。旧井伊氏を名乗り、吉右衛門を世襲し、島田屋を屋号と
した。家紋が「丸○に橘」である。」
(『亀之丞と飯田井伊氏』:木村昌之著)
A「剣と紅」戦国の女領主・井伊直虎〜高殿円著 文春文庫
直親が信濃に逃げていた時にに、出会ったきぬも魅力的に表現され
ている。直親ときぬの間に息子ができた。

B「井伊直虎〜その謎と魅力」石田雅彦著
井伊直親の失踪
井伊直満の一子、直親は龍潭寺開山以来縁を結ぶ松岡家の庇護を受
け、長野県下伊那郡高森町の松源寺での10年にも及ぶ隠棲を余儀
無くされ、隠棲先の島田村の代官塩沢氏の娘との間に井伊直政の兄
や姉に当たる一男一女を儲けている。

C「この一冊でよくわかる おんな城主井伊直虎」楠戸義昭著P121
「亀之丞は島田村(現飯田市松尾)の代官:塩沢氏の娘との
 間に一子:吉直をもうけ、帰国時に一振りの短刀を託した。
 吉直はこの地に留まり、母の実家:塩沢家で養育された。
 数代後、飯田城下大横町に出て、麹屋を創業した。
  (推定、延享3年)・・・そこで、旧井伊姓を名乗り、
 吉右衛門を襲名、代々、島田屋を屋号として飯田藩御用達と
 して栄えた。明治初年に、当主井伊誠一郎氏は蘭医学を志し、
 麹屋を別家に委ねて今尚存続している。」
(『三遠南通信交流誌「Ami』別冊・・・)
楠戸義昭では「井伊直虎は20歳位になっていて、行かず後家
 状態であった。
 「私の許嫁は私を裏切った。でも、私は操を通す。」
 井伊直盛&妻:新野親矩の妹は井伊直親と娘の結婚を望んでいた。
姫(井伊直虎)は意地となって出家したと考えられる。
 井伊直平の弟として養子に入った南渓和尚は尼名ではなく、
 僧名「次郎法師」を考え、還俗の道を残した。
・天文24年・弘治元年?(1555)2月に井伊直親は帰国することが
 できた。
渋川村の東光院に逗留した。
 亀之丞は女の子を伴っていた。乳母に抱かれた娘は数え3〜4歳
 であろうか?井伊直盛の養子身分の井伊直親が生まれたばかりの
 息子・正妻でない妻を連れてくるわけにはいかなかった。
寺野神社に「青葉の笛」を奉納した。
 10年前に命を狙った右近次郎を探しだし、打ち首にした。
 3月3日 井伊谷に帰還した。
 井伊直盛は仕方ないと思っていたであろう。
 次郎法師は「還俗しない。」と言ったのであろう。
 井伊直親は井伊谷の龍たん寺の末寺:円通寺を借宿にしたので
 あろう。
 井伊直盛は「直親」の名を与え、養子とした。
 井伊直盛は奥山朝利の娘と結婚させた。
 井伊直虎のいる井伊館・龍たん寺にいられないので、祝田(ほうだ)
村に屋敷を構えさせた。
 井伊館から2、5km程の所である。正確な場所は不明である。

******************************** 
箕輪初心「★ちなみに、井伊直政の姉:高瀬姫は、旧山県昌景家臣
 :川手主水良則の正室となった。
川手主水は箕輪城に来た。高崎城の築城に貢献した。関ヶ原の戦い
では井伊直政の居城:高崎城を守った。彦根藩の家老となっている。
川手良則の死後、「春光院」として尼になった。
墓は彦根長純寺にある。
(★4〜5年前に寺が復興された。大雲寺の和尚様が中興開山した。
  箕輪長純寺の長野信道和尚様も供養に参加された。)
★井伊直親の結婚は、井伊直親の失踪を悲しんだ許嫁:井伊直虎が出
家をしたと言う知らせを聞いたからということのようであるが、史料
は違うようである。

******************************

・弘治元年(1555) 亀之丞は松源寺を離れ、井伊谷に戻り、
  15代(23代)井伊直盛の養子となり、井伊直親と名乗った。
  次郎法師の養子となった。「井伊直親」と名乗った。

●『井伊家遠州渋川村古跡事』 
「・天文二十三年((1554)寅年、小野和泉守病死。これにより
 直盛から信濃に使いをやろ、亀之丞は今村藤七郎同伴で、弘治
 元年二月に帰国することができた。その時、当寺(東光院)に
 滞在し、三月三日に寺を出て、井伊谷に到着した。しぐに、直盛
 の養子になることが決まり、井伊肥後守直親を名乗り、奥山因幡
 守朝利の娘(★本当は妹)と縁組みし、祝田(ほうだ)村に居住
 することになった。
★これだけを信じるわけにはいかない。
 武田晴信の伊那侵攻との関わりを考えるべきだと思っている。

●結論・・・
・『井伊家遠州渋川村古跡事』の天文14年(1545) 1月4日〜
 天文24年・弘治元年?(1555)2月に帰国することができた。
 前松岡城主:松岡貞正の実弟:文叔と松岡城主:松岡貞利が亀之丞
 (井伊直親)を12年間、庇護した。
(★『井伊家伝記』)
 と思っていたが、10年と1ヶ月のようでである。
@文叔の弟:正英和尚が松岡城主:松岡貞利が庇護した。
A今村藤七郎が10年間、養育した。
 

●井伊直親は家臣:奥山親朝の娘と結婚した。
(『寛政重修諸家譜』)
★『寛政重修諸家譜』は間違いで、奥山親朝の子:朝利の娘である。
 新野左馬助親矩の妹が井伊直盛の妻で、次郎法師の母である。

◆井伊直親と奥山朝利の娘の結婚理由
次郎法師が還俗し、井伊直親と結婚する方法もあったが、採れなかったのが
現状であった。今川氏の侵攻のほかに、武田氏の侵攻も視野に入れる必要が
あった。奥山一族は鎌倉時代の赤佐井伊氏の末裔であった。井伊家で一番の
力を持っていたので、井伊家主家筋のバックとして味方に引き入れようとし
た。
その後、井伊直親は今川義元に復帰した。復帰せざるをえなかったのであろう。
●井伊直親を養子にして家を継がせた。
  本来なら、井伊直盛の娘(直虎)と井直親が結婚するはず
  であった。
  ところが、井伊直盛の娘は井伊直親が死んだと思い込んで
  出家していた。ことにTVではなっているが、・・・・
  
 今川家一族からの養子より身内に近い娘からということで
 ・・・・・
 新野左馬助親矩の娘は今川義元の命令で、ほかの今川家老:
 狩野主膳・庵原朝昌・三浦正俊(三浦元直かも?)などに
 嫁がせていた。

 そこで、井伊直親と結婚することになったのが奥山朝利の娘
 であった。
 

●奥山朝利の子ども
@嫡男:奥山朝宗 (?〜永禄3年(1600) )
  奥山朝利の嫡男:奥山六左衛門朝忠(永護院の兄)
  は井伊家家老になっていた。
・永禄3年(1600) 奥山六左衛門朝忠は桶狭間で討ち死にした。
   奥山朝忠→奥山朝宗→奥山朝久。
 
A次男:奥山朝重 (?〜?)  
   井伊源左衛門家
   奥山朝重→奥山朝正→奥山朝長。

B3男:朝家 (?〜?)
   奥山源太郎朝家→奥山朝房→奥山朝次。
  
C4男勘三郎 不明


●奥山朝利にはたくさんの娘がいた。
D娘@→井伊直親の妻(おひよ)・・・井伊直政を生んだ。
  本当の名前は「ひよ」であるという。
  戒名から「永護院」と呼ばれている。
  8人姉妹の中でも一番格上の井伊直親に嫁いだ。
  井伊直政の母となった。

  →永禄12年(1571)松下清景の妻として再婚した。
★天文8年(1539)生まれとすれば、32歳かあ。
まだまだ行け行け女になれる女盛り年だね。

E娘A→中野直由の妻
     中野直由の嫡男:中野直之
 長男:中野三孝・・・井伊家家老。
次男:中野一定→松下清景の養子:松下一定

F娘B→小野玄蕃朝直(小野政次の弟)の妻
  ・永禄3年(1560) ▲桶狭間の戦い
  井伊直盛・小野正次(道好)弟:小野玄蕃朝直も討ち死に。
  ・天正3年(1575) 2月井伊直虎に付き添われて井伊直政
   (15歳)は浜松の徳川家康に出仕した。
 虎松(井伊直政)と小野玄蕃の息子:亥之助(小野朝之)
   が出仕した。徳川家康から
   井伊虎松は「万千代」の名前を貰った。
   小野朝之は「万福」の名前を貰った。
  井伊直政と小野朝之は従兄弟であった。
   2人の母は奥山朝利の娘で、姉妹であった。
 
G娘C→西郷伊予守正友の妻
 天正15年(1587) 井伊直政の付家老2000石となった。
  嫡男:西郷重員3000石。慶長14年(1615)没。
西郷員吉・・・妻は井伊家家老:椋原正長の娘。

H娘D→鈴木重時の妻・・・鈴木重好・・・井伊家家老

I娘E→菅沼淡路守の妻
  ★菅沼忠久の妻は、鈴木重時の娘。 
菅沼忠久の嫡男:菅沼忠道の可能性が高い。

J娘F→橋本四方助の妻

K娘G→平田森重の妻(於徳)

★奥山朝利は娘たちを井伊家の有力家に嫁がせていった。
 奥山家の影響力を強めていった。
小野玄蕃の妻になった娘・中野直由の妻になった娘もいた。

**************************
◆大河ドラマ「おんな城主直虎」の「しの」の推測
・天文23年(1554)あるいは・弘治元年(1555)
 「しの」は信濃から戻ってきた井伊直親の妻となった。
 単純に、井伊直親には元許嫁の次郎法師(直虎)がいた。
 普通の女なら、「しの」は嫉妬心でいっぱいになり、次郎法師
 のことが気になって・・・。
 次郎法師との関係も敵対関係になっているはずである。
 それでいて、井伊直親の妻となった「しの」には、井伊家の
 跡取りを望む声が聞かれるのが当然である。
 しかし2人にはなかなか子供ができない。
1年・2年・・・・5年
  井伊直親と結婚したものの、夫の直親は
 @井伊家のことで頭がいっぱいなのか?
 A出張でHの暇がなかったのか
 B井伊直親の根性が足りないのか
 C娘に原因があったのか?
・・・分からんが・・・
 奥山朝利の娘は井伊直親と結婚したもののなかなか子供に恵まれ
 なかった。
 奥山朝利の娘が子種を宿すまでに5〜6年間もかかった。
 ★奥山朝利の娘「しの」は跡継ぎを望む周囲のプレッシャーと夫:
  井伊直親にかまってもらえない不満・Hしてもらえない悲しみ
  から次郎法師にも八つ当たりしてしまうのは当然あろう。
「しの」からすれば、次郎法師に気兼ねしている井伊直親より、
女の「次郎法師」を恨むだろう。
現在、母ちゃんと毎日、午後のサスペンスドラマを見せられる
と、NHKドラマであっても、ホームドラマの予測がだんだん
できるようになってきている。
韓国ドラマ「華政」などはもっと深刻で、朝鮮王朝の跡継ぎ争
い、足利の内紛・今川家の内紛と支配体系と全く同じである。

*****************************


【2】あらすじ
◆ナレーター
「次郎法師は井伊の行く末のため、許嫁:井伊直親との結婚を諦めた。
 井伊直親は奥山の娘「しの」と結婚したのだったのじゃ。」
画像

画像


●井伊館近く。
城下町で托鉢・・・・

次郎は直親の笛の音を遠くで聴く。
 切なさがこみ上げてくる。
◆回想・・・「鼓を叩く。・・・稽古しなければなりませんね。」

〜〜〜ミュージック・スタッフ・出演者〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


●駿河今川館
「謀反人の帰参と家督を」


新野親矩・小野政次は今川義元の許へ出向いた。
井伊直親の帰参と井伊直親の井伊家家督相続を認めてもらおうとする。
「奥山の娘・・・と」
今川義元は、扇子で口を隠しながら、配下に連絡する。
井伊谷での大規模な検地の実施を交換条件に条件を認めさせた。

●井伊館
軍会議・・・
直平「甘い」
井伊直平「川名を検地されでもした・・・」
と(隠し里に今川の検地の手が及ぶことを恐れて)
「もし今川がやって来ようものなら、血の雨が降る」
と切れた。

直盛「隠し里はあるのじゃ。」
直親は隠し里の存在を知った。
直親は一度、隠し里を見に行こうと考える。

●龍たん寺


●川名の隠し里
隠し里は、馬も入れない山道を通り抜けた。
眼下にはには、広大な田ん母が広がっていた。

井伊直平「もしもの時に、井伊の民が逃げこむ所でのう。
    今川が攻め入った時、ここに隠れ住んで・・・
    ここがなければ、井伊は滅んでいたかもしれない。
    最後の砦なのじゃ。」
  という。
直平「今は今川は強い。・・・
   しかし、いつまで続くか分からぬ。
   その時は誰が助けてくれるのじゃ。」
直親は爺様(直平)の考え・意図を知った。
直親は里を隠し通すことに決める。

●井伊館
直親は、検地の際に川名の隠し里を隠そうとする。
「初めての検地だそうですね。」
「・・・川名は記載して折らぬ。遠方・・・」
「ごまかす。丸め込む方法もあります。」
「川名の件、何卒、」

母「またお出かけですか?」
しのは心の中で「また、出かけてしまった。・・」・・・
 こっちも切ない。

●龍たん寺
「次郎様」
直親は(次郎に「隠し通す。」)
「川名隠し通す??」
「そのためには、検地にくる者たちのことを知っておかねばならぬ」
「好みの物(情報)を探って欲しい。」
「好みの物?」
「困っていること・弱み・丸め込むための・・」

と言う。
「やるだけのことはやってみてくれぬか?竜宮小僧?
 よろしく頼むぞ。」

「さて、どう、かいたものかのう?」

●井伊館
「お寺に行っておられたのですか?」
「ちょっとだけ・・・」
直親の正室・しのは、直親が次郎に会いに行っていたと知り
嫉妬心を抱く。
「明日はしばらく川名に行く。
の爺様の手伝いじゃ・・・すまんのう。」
絵地図を見せる。
「お役目ですから、・・」
と強きな発言をする。

◆ナレーター
「直親は、川名に向かい、隠し里の隠蔽工作に勤しんだ。」。
「一方、・・・小野但馬守も検地を開始した。」
●小野館
政次は玄蕃と一緒に仕事を進める。
※「検地帳」指出を見ながら・・・
 「検地帳」指出・・・住んでいる民の名、田畑の面積、収穫
  できる石高などの調書である。
★この時代、検地は行われているが・・・
 兵農分離・刀狩りは行われていないはずである。・・・
 専業の農民・専業武士は織田・豊臣の時代からである。
 民=武士(家臣)兼百姓のはずなので、時代考証の説明が
 若干、おかしい気がするが、・・・

「中野殿、・・・報告の内容は半分しかござらぬな。」
と検地と報告を疑る。
中野「・・・いや、・・・」
「正しく報告せねば、ますますきびしくなります。それでは、
 小野が力をますます持ってしまいます。」

中野「今川ばかり尻尾をふりおって・・・?」
中野直由は帰った。

玄蕃「目付の仕事は大変ですな?」
政次「いつものことじゃ。」
玄蕃「そういえば、川名は来ておりませぬな。」

●龍たん寺
次郎は「すまぬ。」
瀬名に手紙を送ったが、返信はなかった。
「すっと気になっていたのじゃが、この話、政次にこの話したのか?」
と訊ねる。
直親「・・・・・政次も、俺と同じ思いがあると思う。
   ・・・自分の父親と同じようにはならぬと、
   そこに賭けてみたいとおもうておる。」
と言うのだった。
「甘いかのう。」
「我もそうおもっておる。」
「では、行ってくる。」

●小野館
直親は「夜分、すまんのう。」
直親は「川名の指出(検地帳)を持ってきた。」
と差し出す。
「拝見します。」
 (住民、田畑の面積、石高などの調書)を政次に提出する。

画像

天文24年
 川名村野帳
高橋元彦
★検地帳は現存するのかなあ?

政次「隠し里が欠けておりますが、・・・」
直親「・・隠し里はこちらに、・・・」
「何故」
直親「(隠し里については)できれば出さずにおきたい。」
と言う。
直親「鶴は今川の目付だ。露見すれば、小野に厳しいお咎めが出
   される。・・・その時、
   井伊は助けられない。・・・
   今川も小野を一つの駒としか思ってしない。・・・
俺には小野の立場を図りかねぬところがあるが・・・
   そこで一案だ。・・・・
   もし、加担せぬなら、指出を一緒に出してくれ。
   もし一肌脱いでくれるのなら、この指出を破り捨ててくれ。
   俺は鶴の決めた方に従う。」
 と言うのだった。
「最後はお前が決めてくれ。・・宜しく頼む。」と言う。
直親は、小野の辛い立場を思いやる言葉を残して立ち去った
ように思えた???。

弟:玄蕃「・・・小野を大事に思ってくださるかたは初めて。」
しかし、政次は
「先回りしおった。」と苛立つ。
政次は「俺に決めよ、俺に決めよと言い放ちおった。
と言う。
弟:玄蕃は「何を怒っておるのですか?
政次「分からぬが、・・・ 無性に腹が立つ!」
弟:玄蕃は「直親様は兄上のことを信じておられる。井伊のためを
 思っていると信じておられるのではないですか。竹馬の友という
 のはよきのものでございますなあ。」
と兄の複雑な思いを理解しようとしない。

●井伊館
政次は「隠し里の指出を破り捨てた。」
と言うのだった。
直親は笑顔で答える。
「但馬、恩に着る」

●井戸
しかし、政次は隠し持っていた。
次郎がこっそりと見ていた。

◆ナレーター
「いよいよ検地の日がやってくるのでござる。」

●井戸
次郎「めずらしいのう。神頼みか?」
「うん。今日から検地が始まる。」
正次は

●井伊谷
◆今川検地奉行:岩松・・・字幕
岩松ですと、まるで、新田義重〜新田義貞の
  身内の子孫ではないすか?


検地を担当する岩松がやってきた。
岩松が上座に座っている。
直盛・直親・新野・小野がへりくだる。
直盛「岩松殿、お改めください。」

岩松はぶすっとしながら・・・指出をめくって確かめる。
「領内の絵図を見せていただこう。」

●領内
岩松は馬上で地図を見て、実際に土地を見回っている。
「何をなさるのです。」
「縄で田畑の寸法を測るのです。」
といった確認を行う。
検地役人@「30間・・・
検地役人A「31間・・・」
「1間ほど大きゅうございます。」

●井伊館
「お疲れでしょう。」
「御酒は遠慮します。明日は川名に朝一番でたちとうございます。」
「川名は遠くにございます。」
「お手数なら、我らだけで行きもうす。」
「さような意味ではありません。」
しのもびっくりする。
しの 「取り付く島もないお方でしたね。」
★岩松は偏屈で几帳面な人物であった。
直親「・・出かけてくる。」

●龍たん寺
直親は次郎に相談をしに行く。

次郎は、「済まぬ。まだ来ぬ。」
「政次はいかがした。」
と直親に「『政次が俺の思うように事が運ぶように』と願掛けに来て
  いた。」
と告げた。
次郎は「『政次が2人の思いは同じなのか?』」と訊ねた。」
「隠し里を報告せぬと言った。」
「済まぬ。取り越し苦労じゃった。忘れてくれ。」

●小野館
玄蕃「・・・そのようなお方でございますか?」
政次「ごまかし切れぬかもしれんな?」
玄蕃は隠し里の指出を握りながら・・・・
次郎は、小野館に来た。
「何じゃ。この夜分に・・・」
「済まぬ。この通りじゃ。こ度の検地、亀の味方をして欲しい。
 亀は鶴を信じておる。・・・」
と願い出る。
「亀に頼まれてきたのか?」
「いえ、・・・」
政次は「ならば、還俗して俺と一緒になるか?」
と言う。
「ええっ?」
と驚く。
「俺は奴の姓で2度も婚期を逃しておる。
 一度はあいつのせいで出家した。もう一度はあいつが戻って
 きたので婚期を失った。」
「味方をするのはやぶさかではないが、俺も俺で、とりっぱぐれは
願い下げでな。」
と言う。
次郎は言葉を濁すしかなかった。
「それは・・・」
次郎に、「何の覚悟もないなら、寺で経でも読んでおれ。」
と言い捨てる。
「鶴?」

●龍たん寺
南渓和尚は瀬名からの手紙を手にした。

●小野館前
玄蕃「次郎様は話をするまで帰らぬ。と言うておられます。」
政次「放っておけ。帰れと言ってかえるような女子ではな
   いかなな。」
次郎は一晩を過ごすつもりで門前にいた。
コケコッコー・・・
朝が来た。
馬の鳴き声が聞こえ、(正次は出かけた。)

●井伊館
次郎が井伊館に着いた。
南渓和尚が手紙を届けにきた。
「きた。」
次郎はしのに「馬をお借りします。今すぐ直親を助けに
  参ります!」と言う。
しのは泣く。・・
母も心配する。
「どうしたのですか?」

●川名に向かう途中
 次郎は馬で駆ける。
※瀬名の手紙&回想編
「返事が遅れて申し訳ありません。岩松様は和歌の宴や
 鞠の興に出ない代わり、・・・好みものなど誰も知らぬと
 おっしゃいます。ところが変わり者どうし・・・
@竹千代「・・時々、算術を教えていただきます。」
A瀬名は竹千代の碁盤をどかし、「竹千代殿、お教えください。」
「その三河のぼんやりが申すことには『「数と算術、亡くな
  られた奥方様・・・を愛する。」
瀬名は、岩松と親しいという竹千代から岩松の情報を伝えていた。


●川名
直平「お主の指しがねか?」
と正次をなじる。
「私ではございません。」
岩松は、川名の隠し里への抜け道を発見する。
直親「そちらは何もございませぬ。岩松殿。」
そして、岩松はついには隠し里を発見してしまった。
「これは井伊の里ではないのか?」
直親は
「この里は井伊のものではありません」
「どこの里のものか」
と言う。
さらに政次に「そうであるな。但馬」と詰め寄る。

政次は、「ここは井伊の里:南朝の御子様が隠れ住んでいらっしゃ
 った土地。故に、井伊の土地でありながら、井伊の土地に非ず
 という扱いでございます。」
と言う。
岩松は「心得申した」
と納得する。
小野政次の弁明・説明で、事なきを得る。

次郎が到着する。
「次郎、どうしてここへ」
「その者は」
「龍たん寺の僧でございます。」
次郎は岩松に「瀬名姫から亡くなった奥方の月命日とお聞きしました。
 私でよろしければ、経を上げさせていただければ、・・・」
とお願いする。
田畑の上から、・・・お経と唱える。
画像

岩松は「これは・・・・妻も喜んでいるでしょう。」
とつぶやく。
「それはようございました。」

●龍たん寺
次郎は
南渓「既にことは収まっていました」
南渓和尚は「目に見えぬところで何かの役に立つかもしれんぞ。」
と言う。

●井戸
直親は小野に「検地帳」見せた。
画像

政次「私を信じていらっしゃらぬのなら、それでよろしいので
   すが、信じているふりをされるのは、気分のよいものでは
   ござらぬ」と言う。
直親「おとわのためだ。・・・井伊を守ってくれんか?」
政次「お前のそういう所がすかん。」

●井伊館
「子を産め。・・・別の絆ができた。」
井伊直盛は直親に、「しのが次郎との関係を勘ぐっているため、
 祝田村へと移り住んでくれ。」
と頼んだ。

@直親の妻「しの」の妹「なつ」が小野政次弟:玄蕃と祝言を
 あげることとなった。
◆ナレーター
「直盛の小野を取り込む策である。」

A竹千代(松平元信)と瀬名が結婚し、瀬名は正室となった。
◆ナレーター
「竹千代の三河を今川に取り込む計画であった。」
画像



【3】駿河:富士浅間神社
竹千代はここで元服し、「松平元康」を名を変えた。
画像

画像

画像

画像

画像






●▲■井伊直政シリーズのブログ一覧

●井伊直虎・直政シリーズ平成29年(2017)〜*************
箕輪初心・生方▲2016井伊直虎・井伊直政bP
『高崎学ソシアス講演会原稿』
http://53922401.at.webry.info/201701/article_1.html

箕輪初心:生方▲箕輪城238『長純寺・石上寺・東向八幡・字輪寺
&信玄家臣:塚越伴七調査』
http://53922401.at.webry.info/201701/article_2.html

箕輪初心:生方▲箕輪城239『長野業政・井伊直政』&長野堰3碑&
世界かんがい施設遺産『長野堰』
http://53922401.at.webry.info/201701/article_3.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政bR【井伊家初代:井伊共保】
http://53922401.at.webry.info/201701/article_9.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政bS【井伊氏系図8】&
『鎌倉時代の井伊氏 』
http://53922401.at.webry.info/201701/article_10.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政bT【南北朝時代の井伊氏と宗長親王】
http://53922401.at.webry.info/201701/article_11.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政bU『戦国時代の井伊氏』修正版
http://53922401.at.webry.info/201701/article_12.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政bV【第1話『井伊谷の少女』
&「井伊谷・彦根城」
http://53922401.at.webry.info/201701/article_13.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政bW【井伊谷の散策2回】と
『NHKのTV「井伊谷」』
http://53922401.at.webry.info/201701/article_14.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政bX【井伊谷城2回目】
http://53922401.at.webry.info/201701/article_15.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政10【井伊氏館跡・井伊直満の墓】
http://53922401.at.webry.info/201701/article_16.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政11【龍潭寺の『直虎の墓・
直政公の墓・位牌』】
http://53922401.at.webry.info/201701/article_17.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政12【浜松の宿下吉庵で「梅酒:直虎」を飲んだ】http://53922401.at.webry.info/201701/article_18.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政13【許嫁:井伊直親&松源寺:文叔&松岡城:松岡貞利】
http://53922401.at.webry.info/201701/article_19.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政14【第2話:崖っぷちの姫】
&「井殿の塚」
http://53922401.at.webry.info/201701/article_23.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政15【井伊直親の逃走〜2人の子ども
〜井伊谷帰国】資料編
http://53922401.at.webry.info/201701/article_26.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政17『次郎法師&直政の書籍の所持数36』
http://53922401.at.webry.info/201701/article_27.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政18「柴咲コウ・菅田将暉」と「群馬の新聞」
http://53922401.at.webry.info/201701/article_28.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政19『広報はままつ2016年4月号特集
「井伊直虎」
http://53922401.at.webry.info/201701/article_29.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎:直政20【第3話『おとわ危機一髪』】
&「臨済寺」
http://53922401.at.webry.info/201701/article_31.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政21【歴史秘話ヒストリア「おんな城主
:井伊直虎」】http://53922401.at.webry.info/201701/article_32.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政22【井伊直虎って誰?&
「井伊家傳記」の信憑性諸説】
http://53922401.at.webry.info/201701/article_33.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政23【井伊谷・歴史本・
小説・ゲームの中の井伊直虎】
http://53922401.at.webry.info/201701/article_34.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政24『井伊直虎の家臣:井伊谷七人衆』
http://53922401.at.webry.info/201701/article_35.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政25『小野妹子→小野和泉守政直(道高)』
http://53922401.at.webry.info/201701/article_36.html

箕輪初心:生方▲2017井伊直虎・直政26『小野政次・小野朝之』
http://53922401.at.webry.info/201701/article_37.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政:27第4話『女にこそあれ次郎法師』
&「龍潭寺」
http://53922401.at.webry.info/201702/article_1.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政28『井伊一族:中野家』
http://53922401.at.webry.info/201702/article_3.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政29【頭陀寺城】と松下之綱と徳川家康と豊臣秀吉
http://53922401.at.webry.info/201702/article_4.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政30【松下清景】前編
http://53922401.at.webry.info/201702/article_5.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政31『松下清景→松下一定子孫』後編
http://53922401.at.webry.info/201702/article_6.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政32『高崎文化協会:箕輪城
・井伊直虎ブース』
http://53922401.at.webry.info/201702/article_8.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政33【第5話『亀之丞帰る』】
&「高森町松源寺」
http://53922401.at.webry.info/201702/article_9.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政34【村の写真展:My井伊家シリーズ】
http://53922401.at.webry.info/201702/article_10.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政35【鈴木重勝→鈴木重時→鈴木重好】
http://53922401.at.webry.info/201702/article_13.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政36【近藤康用→近藤秀用→5近藤】
http://53922401.at.webry.info/201702/article_14.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政36【菅沼忠久→菅沼忠道】
&【菅沼定盈&菅沼定利】
http://53922401.at.webry.info/201702/article_15.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政37【奥山朝利の娘と井伊家家臣団】
http://53922401.at.webry.info/201702/article_16.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政38【6話「初恋の別れ道」】詳細編
http://53922401.at.webry.info/201702/article_18.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政39【新野左馬助親矩と娘婿】
http://53922401.at.webry.info/201702/article_19.html

箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政40▲『奥山朝利の娘:ひよ→井伊直政の母』
http://53922401.at.webry.info/201702/article_20.html



★明日は?

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
箕輪初心:生方▲井伊直虎・直政41【第7話「検地」&駿河:富士浅間神社 城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー・旅行/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる