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zoom RSS 箕輪初心:生方●西伊豆H『復元後の長浜城3回目』=北条水軍の城

<<   作成日時 : 2016/09/06 08:34   >>

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 西伊豆の長浜城は沼津市内浦長浜にある。沼津の漁港前から〜
獅子浜城前〜三津浜〜大瀬崎ダイビングでは往復40回以上も
通っている。しかし、長浜城に登城できたのはわずかに3回で
ある。長浜城の水軍の城らしい雰囲気に感動する。本曲輪は大
きくないが、海に向って段曲輪が伸びている。また風浪の影響
を受けないように、湾の内海に船溜りがあり、縄張りが抜群の
構造である。長浜城は実に素晴らしい復元&分かりやすいガイ
ダンス施設となっている。
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〜〜〜西伊豆シリーズ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
箕輪初心:生方◆西伊豆@【夕日のロマンチック街道の
 これからのブログ予定総論
http://53922401.at.webry.info/201510/article_3.html

箕輪初心:生方●西伊豆A「三枚橋城→沼津城」:武田信玄も侵攻した城
http://53922401.at.webry.info/201510/article_10.html

箕輪初心:生方★西伊豆B【若山牧水と沼津千本松原】
http://53922401.at.webry.info/201510/article_11.html

箕輪初心:生方◆西伊豆C【沼津港界隈の散策】&『グルメ記録』
http://53922401.at.webry.info/201510/article_12.html

箕輪初心:生方▲西伊豆D『沼津港口公園:本居長世の碑』〜
沼津御用邸〜
http://53922401.at.webry.info/201510/article_13.html

箕輪初心:生方●西伊豆E【獅子浜館&獅子浜城遠望&獅子浜ダイビング】
http://53922401.at.webry.info/201510/article_14.html

箕輪初心:生方▲西伊豆F『三津浜』クルージング&三津城主:松下氏
http://53922401.at.webry.info/201510/article_15.html

箕輪初心:生方▲西伊豆G『長浜城1回目の復元前』
http://53922401.at.webry.info/201510/article_16.html



●●『長浜城跡』●●
〒410−0224静岡県沼津市内浦長浜
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【3】長浜城3回目・・・平成25年(2013)8月26日
長浜城主は大川兵庫という在地土豪と伝わっている。
北条氏政の時代には、すでに北条家に接収されていた。
長浜城は北条家の水軍城として、記録に最も出てくる城だが、
特に今川水軍・武田水軍との攻防戦は、「伊豆水軍物語」「北条五
代記」などが詳しく載っている。
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『長浜城跡』
@長浜城跡模型
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A説明看板
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詳しく歴史などが紹介されている。
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第三曲輪・第二曲輪・櫓・第一曲輪などへ行くことができた。
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B大手虎口=登り口
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○階段・・・
C堀

D第四曲輪
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○第四曲輪の説明
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○第三曲輪の東の通路
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・虎口
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E第三曲輪

○鳥居があった。
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○裏の土塁
○第三曲輪の説明
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○裏の土塁

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E第二曲輪
○虎口
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○土塁
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○第二曲輪土塁の説明
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○第二曲輪掘立柱建物跡の説明
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○掘立柱建物跡(復元)
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F第二曲輪 掘
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○第二曲輪掘の説明
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G第二曲輪の復元櫓=物見櫓→魚見櫓?
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○第二曲輪櫓についての説明
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○復元した櫓からの景色
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H第一曲輪
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○第一曲輪土塁と塀の説明
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★第一曲輪は長浜城の中でも最も高い場所にある。
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○第一曲輪にあった説明
「よく晴れた日にはここから、富士山と愛鷹山を背景として沼津
市街が広がる様子を見渡すことができます。戦国時代、長浜城が
北条氏の海賊城であった頃にも、この場所から狩野川河口あたり
がよく見えたはずです。天正7年(1579年)この狩野川河口に
北条氏の敵である武田氏が三枚橋城を築いて水軍を配置しました。
北条水軍はこれに対抗するため、梶原備前守景宗を大将として、
ここ長浜城に特別な軍船隊を置きました。梶原景宗は伊勢の出身
で、当時西国で発達していた「安宅船(あたけぶね)」と呼ばれ
る大型軍船の運用を得意としていました。長浜城は梶原景宗の指
揮する「安宅船」船隊の基地として整備され、武田水軍に対して
有利に戦いを進めるための足場になったのです」

○三枚橋城方面の景色・・沼津市街がとてもよく見える。
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○主郭から2の曲輪方面
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○下の3つの小曲輪
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★明日は「長浜城の歴史詳細編」かな?

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