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zoom RSS 箕輪初心:生方▲沖縄10−C【浦添城】のオオゴマダラ&『浦添ようどれ』の石垣

<<   作成日時 : 2016/07/18 05:56   >>

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13Cには中山王「舜天王」が築城したという。中山王家
舜天王統・英祖王統・察度王統の居城であったという。首
里城に王府が移されるまでの約220年間の城である。浦添
城は首里城に次ぐクラスの巨大城郭であったはずである。
石垣の石を解体して首里城に運んだこと、廃城後の破壊、
第2次世界大戦中の破壊によって、浦添城は次第に本来の
形態を失っていったという。王の墓所、オオゴマダラが見
られて良かった。
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08:00 オリックスレンタカー「アクア」を借り、ナビをセットした。
「浦添城」・・・・浦添市仲間二丁目
 「浦添城は、浦添市役所→浦添小学校の東200m程の位置
 にある。」
と頭に刻み込んだつもり・・・。

 ナビが・・・歩道橋の先の信号を左折してしまった。
 ぐちゃぐちゃになった。
国道を走っていると「←浦添城跡」の大きな表示があった。
 国指定史跡の看板である。
 住宅地に入り込んでいく。
 住宅地をぐるぐる????
 
○浦添グスク・ようどれ館
  「浦添ようどれはここではない。」とあった。
   ・・・トイレはこちら?
 浦添市仲間二丁目53-1
   開館時間・・・午前9時〜午後5時
   入館料・・・・大人(高校生以上)100円
08:30 ★史料・資料が欲しいと思ったが、・・・・
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○仲間後原遺跡
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●「←浦添城址公園」の案内表示がある。

●駐車場・・・20台

 眼下に、浦添小学校が見えた。オレンジの建物と
 プールが見えた。
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●案内板
 「東南に延びた台地先端部を利用したものである。」
 ★東側に凄い施設があるのか?
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●台地下からの比高は50m程もある。

●案内表示から階段を比高15m程降って行く。
「ハブ注意」・・・俺、半袖、半ズボン、サンダル。どうしよう?

●公園の東下の平場・・・郭であった。
  かなりの広さがある。
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●切石の石垣・・・見事に積まれている。
 ★石垣は第2次世界大戦中に破壊されてしまったのであるが、
 近年になって復元されたものである。
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・郭?
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●浦添グスク・ようどれ
 本物の「浦添ようどれ」城内ではなく北の側面の下にある。
 「ようどれ」とは「夕凪」であり、黄泉の国を表す言葉と
 あった。
  従って、墓所のことを「ようどれ」と呼んでいる。
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 1番庭の外側の石垣は三段構造となっており、かなり見事である。
3段になっている。・・ 1番庭、3番庭、3番庭
 3番庭の前庭→
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●琉球石灰岩・・・断崖となっている。
  浦添台地が天然の要害であった。
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●穴倉門
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●手前の墓「英祖王」
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●奥の墓「 尚寧王」 
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「浦添ようどれは、浦添グスクの北側崖下にある琉球王国初期の王陵で、
咸淳年間(1265-1274)に英祖王が築いたといわれています。その後、
1620年に、浦添出身の尚寧(しょうねい)王が改修し、王自身もここに
葬られました。岸壁に横穴を掘り墓室とし、中には中国産の石で作ら
れた石厨子があります。向かって右側が英祖王、左側が尚寧王の墓と
言われています。
「ようどれ」とは琉球語の夕凪です。
(★浦添グスク・ようどれ館のパンフレット)


※下から見上げると、3段の石垣の上にさらに浦添グスク
 の石垣が重なって見える。重厚感が凄い。

▲再び、上の台地に戻って、浦添城の探索をする。

●入り口
オオゴマダラ・・・・7〜10個体?
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 (★無料写真より)
アオタテハモドキ?・・・・20〜30個体
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 ★美ら海の博物館→「植物園・・・昆虫の館」で聞いたら
  「アオタテハモドキ?ではないでしょうか?」
とおっしゃっていた。
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アサギマダラ・・・・1個体 (箕輪城でも見たよ)
 ★渡りをする。・・・群馬から1500kmの喜界島
   までの記録がある。(★群馬昆虫学会)
  リュウキュウアサギマダラ?かもしれない。
ジャコウアゲハ・・・1個体 (箕輪城にもいたよ)
  ★箕輪城の個体は青がほどんどない。
今、卵を6個発見したよ。
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 (★無料写真より)
アオスジアゲハ・・・2個体 (箕輪城にもいたよ)


オオムラサキ・ゴマダラチョウはいないようだ。
箕輪城にはいるのに

※南北に細長い浦添城台地を南に向かって登って進いく。

●伊波普猷の墓
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●城壁・・・目に入ってくる。
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  石積みは復元か?
第2次世界大戦では米軍の攻撃を受けて、壊滅状態になって
  しまった。復元工事が進められたのであろう。

●浦添城の主郭内部入口


●主郭・・・120m?×50m
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※シルバーの方の掃除。
 「ハブは出たことはありません。」

  宮殿を置くには十分なスペースではある。

※元浦添城ガイド「・・・伊祖城の場所を教わった。
  ここより、伊祖城の方が古いんです。・・・」
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・南に広がる主郭 
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●主郭内部の展望台
  比高50m程あるので、浦添市内を一望することができる。

 城塁下は急斜面になっている。
 藪が繁茂している。


ここで、どしゃぶりの雨・・・・
傘・ヤッケは車の中だ。あ〜あ。

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●主郭の南東部・・・細長い尾根が延びている。
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  公園としては整備されていない。
  ロープが張ってあり「ハブに注意」の看板が設置されていた。


●拝所:御嶽「ディーグガマ」
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●「浦添王子遺跡」?・・・読めん。

●沖縄戦の慰霊塔「浦和の塔」
 1952年に建てられた。真下の洞窟は納骨堂になっている。
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●説明板
「この慰霊塔は 西暦1945年 昭和20年の沖縄戦で護国の神と
 殉じた忠霊の冥福を祈り 併せて再び侵すまじき戦争えの道
 と地上永劫の平和の祈りをこめて 西暦1952年 昭和27
 年三月 浦添村民の浄財により建立され 更に1963年3月
昭和三38年 南方同胞救護會の援助で補修工事がなされた。
 塔名は津津浦浦の平和の守護神として忠霊の照覧鎮座を願い
 「浦和の塔」と命名したものである。

納骨堂には村内各地で散華した軍人軍属及び民間人五千余柱を
安置し 毎年10月に村主催の慰霊祭を行っている
        1963年3月 浦添村


●下った。
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・・・雨が小ぶりになった。
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●ガイドさんに挨拶した。

●オオゴマダラを見た。  






★明日は伊祖城である。

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