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zoom RSS 箕輪初心:生方▲高崎2016『箕郷の梅生産&趣味の園芸』

<<   作成日時 : 2016/06/05 14:28   >>

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★群馬の梅生産は全国2位といえど、1位の和歌山に比べれば、
7分1程度である。安中市秋間地区・高崎榛名、箕郷は群馬の
3大梅林として有名であるが、群馬県高崎市の榛名・箕郷地区
は群馬の梅生産の70〜80%を占める。平成18年(2006)頃
は、箕郷地区は10万本といわれているが、農家の高齢化に伴
い、現在が約8万本弱に減少した。箕郷地区は農協で集約する
組織と個選という形式の組織、個人で市場出しをする家もある。
私は梅生産は趣味なので、生産→出荷したら、約10万円〜15
万円の赤字になる。趣味はお金がかかるのだ。でも、お金は気
にしていない。
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◆◆ 箕輪初心◆【2011梅の出荷】&『梅の歴史』
http://53922401.at.webry.info/201106/article_25.html

箕輪初心◇【電子レンジで2時間でできる梅ジュース&梅サワー】
http://53922401.at.webry.info/201106/article_25.html

箕輪初心◆群馬の三大梅の生産地「箕郷・榛名・秋間」
http://53922401.at.webry.info/201103/article_32.html

◆◆ 箕輪初心◆【梅干しの作り方】&『梅酒の作り方』
★母は、町の品評会で金賞を獲ったこともあるのだ。
http://53922401.at.webry.info/201106/article_26.html

箕輪初心◆『夏を乗り切れ、ピンク色の梅ジュース』
http://53922401.at.webry.info/201306/article_11.html

◆◆ 箕輪初心◆【2013梅の出荷】&『梅の歴史』
★こっち方が写真が今一歩である。
http://53922401.at.webry.info/201306/article_10.html

箕輪初心◆【梅の出荷】→JA→市場・和歌山ウメッシュ・愛媛果汁
http://53922401.at.webry.info/201306/article_10.html

箕輪初心:生方▲高崎【零細農家の梅出荷までの攻防戦奮闘記】
http://53922401.at.webry.info/201505/article_25.html


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【1】 梅の歴史
●梅は東アジアに生育し、中国が原産地だといわれている。
日本の梅は、中国からの移植説と日本古来の原産地説がある

・古墳時代(1500年程前)・・・梅が中国から薬として伝わった。
  薬用の烏梅(ウバイ)は青梅を薫製・乾燥したものである。

・奈良・平安時代・・・貴族が観賞用、薬用に植樹した。
          生菓子にして食べていた。
・平安時代中期・・・・栽培が増えた。
  塩漬が“梅ぼし”として書物にはじめて登場した。
  村上天皇・・・・梅ぼしとコブ入り茶で病が平癒
  日本最古の医学書『医心方』に記録。
   ・・梅干しの効用として、熱さまし、吐き気止め、口の乾き止め、
     下痢止めなどがあげられている。
  →効用がわかり、長期保存ができる塩漬法が考え出された。

・鎌倉時代・・・僧侶・・・梅ぼしは点心やおやつであった。
食用(梅干し)&薬用・鑑賞用(花)
       木は硬質のため、器物に使用されていた。
 ★佐野源左衛門常世・・・北条時頼は、上野の佐野(高崎市)
 に来た。雪の降る日で一夜の宿を頼んだ、しかし、薪がなく、
 梅の盆栽を薪にした。

・室町時代・・・武士の食膳にも使われるようになった。

・戦国時代・・・農民=武士に、梅干しが広く普及。
  梅干丸(うめぼしがん)を戦場に携行
  @戦場での「息合(いきあい)の薬」=息切れ防止薬として
   戦場での戦いで倒れたときや元気を失ったときなどに
   唾液を催させるとして使われた。
 ★暑気=熱中症の予防になる。
 ★生水の殺菌作用もある。
 私は海外旅行のお供に、梅エキスを携行している。
    
 A食欲増進剤・・・梅干しのスッパさを思い、口にたまるツバで
     喉の渇きを癒したり、御飯のおかずとして用いられた。
 
 Bおにぎりには、腐敗を遅らせる効果がある。
  梅干丸・・・「梅干しの果肉」「玄米の粉」「氷砂糖の粉末」を
       練ったものである。  

・江戸時代・・・梅ぼしが一般の家庭に普及。

・江戸時代中期・幕府が梅を植えることを奨励。
       冬が近づくと梅ぼし売りが江戸市内を回った。

天明の大飢饉(1536〜)で、有名になり、さらに普及。
 紀州の徳川家は梅干しを奨励していたため、
 餓死者が一人も出なかったのだ。

・明治時代初期・・コレラや赤痢の予防・治療に梅ぼしが用いられた。
        日清・日露戦争でも重要な軍糧として利用された。

・昭和時代・・・南部高校の先生が新しい品種を開発した。
      「南高」である。
 ★日高川の30〜45度にも、南高梅が作られている。
  高齢者世代を迎え、重労働が続く農民。
  第1次産業では、中間マージンで搾取されすぎる。
 儲けるのは、農協&市場&加工業者だけかもしれない。

・現在・・・・・・梅製品の拡大   
   梅酒・梅ジャム・梅エキス・梅ゼリーなど。



【2】 高崎の梅:榛名&箕郷梅林の歴史

・大昔 榛名山が大噴火し、自生していた野梅の種子3個が噴石と一緒
    に箕郷方面に飛来した。
  1つ目は車川上流に落下し、「梅ノ木」の名がついた。
  2つ目は箕輪城付近に落下し、箕輪城主:長野業盛の辞世の歌
     にも梅が詠われている。
  3つ目は蟹沢に落下し、蟹沢の人達により大事に育てられた。
  品質の良いものを選び、植栽し、東関東一の産地の元となった。
「子育ての白梅」
  その子孫である蟹沢梅公園の梅木の幹に、観音様が子供を抱いた姿
  が現われ、誰言うとなく「子育ての白梅」と呼ばれ、子孫繁栄、幸福
  をもたらす御神木として崇拝されるようになった。

・戦国時代
  箕輪城の城主:長野業盛の辞世の句
 「春風に 梅も桜も  散り果てて 
       名のみぞ残れる箕輪(みわ)の山里」
とか
「 春風に 梅も桜も  散り果てて 
       名のみぞ残れる 箕輪(みのわ)の里かな」

 でも、長野業盛(氏業:古文書では)墓の歌は
 「 春風に 美肌(むめ)も桜も  散り果てて 
       名のみぞ残れる 箕輪(みわ)の山里」
など20種類以上?ある。
(★箕輪城語り部の会会長:岡田豊治氏)
★9月29日、長野業盛(氏業:古文書では)が自刃した。

@自刃・・自分で剣・刀などで自殺すること
A切腹・・戦国時代は腹を切って死ぬ。
江戸時代は刑罰6の内、上から2番目の刑罰法。
腹に刀をあて、介錯人が首を刎ねる。
★「子連れ狼」介錯人の拝一刀(おがみ いっとう)
みたいなのだ。

・江戸時代 「白加賀」が文献に見られる。


・大正10年(1921)頃
高崎市箕郷町蟹沢地区に梅が計画的に栽培され始めた
  栽培地域も限られていた。
 種類は「花果実(はなかみ)」であった。


・昭和9年(1934) 石上寺の梅林が作られた。
  900坪の土地に梅の栽培を始めた。
  品種は白加賀であった。
  東京卸売市場に出荷すると驚くほどの高値で取引きされた。
「梅の寺」と呼ばれた

・昭和10年(1935)頃
  蟹沢から善地方面にも梅の栽培が広がった。

・昭和15年(1940)頃〜
  戦争による作付け統制令で新植は禁止された。
  収穫された梅は全て梅干しとして軍へ供出させられた。
  また、食糧増産のため伐採転作され、面積も著しく減少していった。

・昭和20年(1945) 終戦

・昭和30年(1955) 梅酒用の需要が高まった。
 
・昭和37年(1962) 酒税法の一部が改正により、自家用梅酒作り
  が許可された。
  梅の需要は急速に伸び、全国的に梅ブームとなった。
   
 榛名・箕郷での梅栽培が盛んになっていった。
榛名12万本・・・
 箕郷10万本・・ ・蟹沢・善地を中心に町内全域に増殖された。

・昭和48年(1973)
  梅林面積は約120haであった。
●群馬の品種
@白加賀・・・自家受粉しない梅・・肉厚。
       用途・・・梅酒・漬け梅・カリカリ梅。
花粉樹として
A梅郷・・・・箕郷でグランド品として狙っている梅
B鶯宿・・・・薄いピンクの花。カリカリの早稲種。虫に刺されやすい。
C紅養老・・・赤黒い梅だが、完熟に適している。
D太平・・・・花粉樹。種が大きく尖っている。
E織姫(小梅)・・・・小梅完熟。漬け梅用小梅。
F甲州(小梅)・・・・カリカリ

・昭和55年(1980)頃、
  村岡食品も長野産・甲府産小梅の「かりかり梅」をヒントに、
 一個一個包装にした中梅サイズの「梅しば(かりかり梅)」が
  大ヒットした。
  
 赤城フーズも別包装タイプの「カリカリ梅」の販売を始めた。
 
 さらに「チョーヤ」が「ウメシュ」(梅酒)でヒットしたため、
 群馬に大きな生梅確保競争の相手として参入してきた。
 群馬は再び梅の大ブームとなった。
  
 3L(直径36mm以上)1kgで600円〜500円 の高値に
 なった。
 1コンテナ20kgで1万円を超えることもあった。
 梅は「青いダイヤ」と呼ばれた。
私の父などは「青いダイヤ」という作曲の依頼をうけた。
 
 
 箕郷は300haに10万本の梅が栽培されている。
榛名は400haに12万本の梅が栽培されている。

・昭和60年(1985)
@榛名町 梨の収穫量は約5,200t、梅の収穫量は約1,000t。 
 榛名フルーツ街道(高崎〜吾妻線)・フルーツライン(渋川〜安中)
 として直売店が沿道に並ぶ。
 A箕郷町 桃の生産農家が多かった。 

・平成17年(2005)
榛名町 梨の収穫量が4,000t。梅の収穫量が3,000t。
  梨の栽培面積は約200ha→150haに減少した。
梅の栽培面積は約100ha→400haに増加した。
  梨から梅へのシフトが進んでいる。

・平成19年(2007) 梅の収穫量
 県別の産地のベスト5
1位:和歌山県69.600t・・・ダントツの1位である。
      紀州南高梅が有名である
2位:群馬県が7,760t、
3位以下は2,000前後で並んでいる。
(農林水産省まとめ)
 榛名・箕郷地区の収穫量は約5,400tで県全体の約7割を占める。
  秋間梅林を有する安中市は約900t。

・平成23年(2011) 全国の梅の収穫量は約123,700tである。
県別の産地のベスト5
1位:和歌山県66,400t・・・ダントツの1位である。
      紀州南高梅が有名である
2位:群馬県が10,600t、
3位:長野県が4,070t、
4位:徳島県3,220t、
5位:福井県3,180tである。
(★農林水産省)

梅の生産量は、群馬県は和歌山県に次いで全国2位を誇る。
群馬県の梅は高崎の箕郷・榛名&安中秋間が3大生産地である。



【3】JA箕郷の出荷状況「JAはぐくみの選果場の取扱量」

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・8人で梅を再選果する。
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・段ボール自動箱たたみ機・農薬検査機
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梅農家は榛名地区が317軒、箕郷地区が280軒ある。
※中善地の個選(参加者15軒?)・個人を含めていない。
 榛名・箕郷で3,500t(榛名2,000t・箕郷1,500t)

約2,000tが加工業者
約1,500tが全国の市場へと出荷される。
 JAの加工場:織姫館で製品化されたり、消費者への直売もあ
  ったりするがわずかである。

 地元(前橋に本社のある最大の梅食品加工企業「村岡食品工業梶v
 は「JAはぐくみ榛名・箕郷」より年間500tの榛名・箕郷の
 生梅を仕入れている。 商品名:「梅しば」(かりかり梅)の大
 ヒットしたことによる。
  1kgで200円〜とすれば、200円×5,000,000で、
 1,000,000,000円(10億円)+長野・山梨・新潟・などから
 1000t?・・・年間約1,500tを確保する。30億円が原材料
 費となる。+諸経費・・・付加価値をつけて・・・
 年間売上:42億円(2006年)となる。
※「村岡食品工業梶v前橋本社:前橋市高井町

 
・平成19年(2007)1500t
「榛名・箕郷の農家の働き手も樹木も高齢化している。樹木を育てる
 のに3〜10年間手をかけて、1人前の梅の木になる。
 30年〜40年の梅の木は老人である。」
現に、私の家も70本のうち、30本を切り倒し、檜林にした。
・平成26年(2014) 850t
・平成27年(2015) 550t
・平成28年(2016) 250t予想(JA清水氏)
JAの出荷先は市場や業者となる。
@白加賀・・・小田原梅の里かみお【神尾食品工業株式会社】など
Aカリカリ梅業者では遠藤食品・村岡食品、赤城フーズなど。
Bジュースや梅酒業者は愛媛果汁&チョーヤ(3年休憩)の梅酒など。
C市場出しもある。
★農協の方は市場の開拓に精力を費やしているのだ。
20以上の会社が参入しているが、詳しい出荷量は秘密
 である。
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【4】我が家の生産量:趣味の園芸家:梅生産農家
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・昭和30年(1955) 桃農家になった。
産地化され、前橋の市場出しをしていた。

・昭和45年(1970) 山梨の桃「白鳳」(石和など)が群馬に参入
  してきた。美味しい桃に小さな産地は桃の撤退を余儀なくさ
  れた。
永禄9年(1566)武田信玄の箕輪城攻撃。
 箕輪城落城のようであった。
  この頃、梅の樹木を植え始めた。
神澤農園(神澤文明氏)の祖父:神澤虎蔵校長先生に父が
  アドバイスされたのである。
 神澤虎蔵校長先生は、群馬県に梅栽培を広めた方の1人である。
畑も隣にあった。

・平成21年(2009) 7t。
 父母が高齢者になり、梅の木を70本→40本程に縮小した。
・平成22年(2010) 4t500kg。
・平成23年(2011) 2t500kg。
・平成24年(2012) 4t840kg。
   ★最低であった。儲けなんかない。
    農家は命を削っての作業であることが分かる。
  これだから、百姓は嫌いなのである。
・平成25年(2013) 約4t
・平成26年(2014)約2t500kg
生産過剰で、出荷停止になり、約2t捨てた。
・平成27年(2015)約2t500kg
    高崎全体では不作。我が家はやや不作。
右腕が野球肘・テニス肘になって、整骨院通い。
・平成28年(2016)約1t500kg(予想)
 9月〜梅の剪定開始→堆肥・・
★群馬の不作の原因
  @暖冬で1月から花が咲いた。自家受粉しない「白加賀」の
   花が咲いている時期に花粉樹の花が咲いていなかった。
  A2月初旬、3℃〜4℃になった時があった。
  
剪定は9月〜3月まで暇を見付けてやっていた。
  労力を考えないで、収益は15万〜35万円程度である。
  梅の木があるからしかたなく梅農家をしているが、
  農家は辛いのだ。
普通は3月開花・受粉(ミツバチを入れる農家もある)
 4月草刈り→消毒3回→草刈り→
 5月中旬小梅もぎ・出荷→(消毒4回目)
 5月下旬に大梅の出荷(梅郷カリカリ&白加賀梅酒用)などとなる。

 6月現在、 梅に関する出費:約20万円。
梅に関する収入:約 ??万円。
赤字だ。  儲けなんかない。
  今年も
  右腕が野球肘・テニス肘になって、整骨院通いが続いて
 いる。

  とはいうものの、今年から
『趣味の園芸』ということにした。
白加賀・織姫・梅郷・南高などの苗を20本植えてみた。
赤字になろうが、やってみよう。
これだから、百姓は嫌いなのである。
★『百姓の定義』
江戸時代、・・身分制度「士農工商・えた・非人」があった。
農業は「士工商・えた・非人」以外が「農」ということに
なる。「農」の身分には、本百姓&水呑百姓がいる。
@本百姓・・・土地を持ち、年貢を払う。
ただし、年貢は村に対して、領主が決める。
年貢は百姓の村役人:地方3役
  名主(庄屋)・組頭(たくさん言い方)・百姓代が
年貢を集めて領主に渡すシステムであった。
年貢を本途物成という。
ほかに諸役(しょえき:領主の命令による仕事)が
山ほどあった。
@水呑百姓・・・土地を持たないが、年貢に変わる物(金納)
   と諸役がある。
小作農タイプもいるが、・・・
漁業や船乗りなどもいる。・・・
(★高崎経済大学:西沢淳男准教授)
例、能登の北前船の船乗り・・・網野武彦
●網野武彦・・・
   網野武彦氏は名古屋大学を辞任。
  ・昭和55年(1980) 10月 網野武彦氏は神奈川大学短期大学部教授
に就任した。
  ・平成5年(1993) 4月 神奈川大学大学院歴史民俗資料学研究科
    を開設した。
  ・平成5年(1995) 神奈川大学経済学部特任教授となった。
   山梨県史の編纂や山梨県立博物館の構想にも携わった。
   山梨県史研究においては古代豪族の三枝氏や郡内地方で勢力を
   持った加藤氏を例に取り、甲斐源氏や武田氏中心の研究に異論
   を唱え、武田氏以外の氏族研究の必要性を提唱した。
  ・平成10年(1998) 3月 定年退職。
★青柳棟治氏が『中世の非人と遊女 』網野武彦著(講談社学術
   文庫)を読んだと言っていた。

★戦国時代の三枝氏:24将は石原家からの養子・・
 石原主膳は武田鉄砲奉行→北条鉄砲奉行→井伊家槍奉行
 
【6】 付加価値をつけて販売する農家の例
1)神沢農園 (神沢文明代表) [農業、漬物製造業]
  〒370-3112 高崎市箕郷町善地863
TEL 027-371-2092

 @梅エキス 2,700円(税込)
  027−371ー2092
  TEL 0279-24-6136
  E-mail info@yutakasyoukai.jp
  運営責任者: 吉澤 律子
  〒370-3106 群馬県高崎市箕郷町東明屋238
   E-mail: info@t-libra.com
私も海外旅行では胃腸薬の代わりに持っていく。
特にインド・タイ・インドネシアなどで役立った。
梅は酸性に思われているが、実はアルカリ性なので、
マッチの先ほどの量で、胃が中性になる。
パンにつけてもよい。

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A「日本百名城箕輪城 梅しょうゆ」450円
  神沢農園が、新鮮な青梅を、千葉県野田市のしょうゆ蔵
  「窪田味噌醤油(みそしょうゆ)」の製品である。
  約1カ月半漬けた。梅を漬け込んで風味を付け「梅しょうゆ」
  として発売した。都内の居酒屋を中心に評判になっていた。
爽やかな酸味があり、刺し身や焼き魚、おひたしによく合う
  ・・・。
高崎市によると、醤油蔵が神沢さんの梅を使って製品化した。
高崎市はラベルなどの開発費を補助した。
  高崎市は「増えている箕輪城の観光客の土産物になれば」と
  期待する。
※実は元の文章をO氏に頼まれて文面を考えたが、それ以前に
印刷になってしまった。
   (★広報高崎平成28年(2016)2月15日号)
 ★★★★美味しかったです。
ㅤㅤ

2)永井農園  [農業、漬物製造業]
〒370-3115 群馬県高崎市箕郷町富岡1350
 TEL  027-371-3684
 FAX  027-371-7181
 Eメール  nxcoupe1800@kvd.biglobe.ne.jp
★「塩梅」の梅干しを作って販売している。
   余分な合成保存料、合成着色料など添加物は使わず、原料素材
   の味が最大限に生かした昔なだがらの梅干しである。
私の家の梅も先代の時に引き取ってもらったことがある。


3)福島農園
  〒370-3114 高崎市箕郷町金敷平476-2
   TEL:027-371-5295
  携帯:090-3512-0369
 E-mail:fugu@kdn.biglobe.ne.jp

 とんがら梅
★完熟梅干し 小梅(梅干 うめ干し うめぼし)塩分約12%
 ★乾物・惣菜 ( 梅干し )
 税抜1900円以上で送料無料
 



【7】 榛名「梅の味どころ(みどころ)」
榛名梅のおいしさを満喫するなら、37種類のオリジナル梅料理を
食べ歩いてみませんか。
「梅の味どころ(みどころ)」キャンペーン協賛店が、和食、中華、
イタリアン、焼き肉、スイーツなど榛名梅の新しい魅力を提案してい
る。
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