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zoom RSS 箕輪初心:生方△萩焼【三輪休雪・吉賀将夫】&『萩焼の歴史』

<<   作成日時 : 2015/12/26 06:44   >>

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★私が焼き物に興味を持ったのは小学2年生の時、父が庭の山芋を
掘っていたら、縄文土器が出てきた時からである。35年前、現代
の名工・黄綬褒章受章の自性寺焼:青木昇師匠の元に通い始めた。
昭和63年に、萩焼の大鵬窯の湯飲み茶碗を購入した。平成27年
の旅行では、古萩焼の三輪休雪や橋村の友人:吉賀将夫(はたお)
先生の作品が見た。
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今日は、これから富岡武蔵さんと余湖さん、埋もれた古城さん?
と松井田の城に行くのだ。



【1】泉流山:吉賀窯
●3年前の日展会場
・私の大学時代の親友の橋村が・・・
  黄綬褒章を受ける群馬の青木昇先生の門下です。」
 と、橋村が萩焼の第一人者、吉賀将夫氏を紹介した。
・・・
 ★「こんな凄い審査委員の方々を私を紹介するのは勘弁
 してくれ。」
 と頼んだ。
箕輪初心★大学の親友:橋村の日展入選
http://53922401.at.webry.info/201211/article_2.html


◆訪問日・・平成27年(2015)12月7日
 前日、萩グランドホテル天空の女将に
 「山口大学の萩焼の方、分かりますか?」
 と聞いた。
 高見沢氏もインターネットで引いてくれるよう頼んだ。
◆◆ 橋村の友人:吉賀将夫のプロファイル ◆◆
・昭和18年(1943) 吉賀大眉の長男として萩に生まれた
・昭和42年(1967) 東京芸術大学美術学部工芸科卒業
・昭和44年(1969) 東京芸術大学大学院修了:陶芸専攻
・昭和51年(1976) 山口大学教育学部助教授
・昭和63年(1988) 現代工芸美術家協会 理事
・平成2年(1990) 山口大学教授
父は吉賀大眉が文化功労者に選ばれた。
・平成8年(1996) 日展文部大臣賞→日展評議員
・平成12年(2000) 日本芸術院賞→日展理事
・平成18年(2006)山口大学名誉教授
★平成24年(2012)11月3日、日展で吉賀先生の作品展示

A吉賀將夫氏・・日展参与。陶芸部門。元山口大学教授。
 タクシーで萩城・造船所・反射炉、
 そして、朝7時20分、泉流山:吉賀窯展示場に行った。
 
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でも、閉まっていた。
開いていれば、橋村の友人だから、1〜2万円の
作品を買おうと思ったのだが、・・・・
しかたなく、こっそり展示品を撮った。

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★この形をぱくろうかな?
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・登り窯
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・吉賀大眉博物館入り口
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【2】 萩グランドホテル天空の作品
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【3】 陶芸会館
@バスの中のガイドさんの話
「安土桃山時代、「文禄・慶長の役」の後、大名は朝鮮から多くの
陶工を連れてきました。毛利輝元も広島に2人の陶工を連れてき
ました。関ヶ原の戦い後、徳川家康により領地を減じられ、萩へ
移封させられることになりました。その折りに、藩主とともに萩
に移った朝鮮の陶工:李勺光(りしゃっこう)とその弟:李敬
(りけい)らが移ってきました。萩市の松本に御用窯(御用焼
物所)を築き、本格的な作陶をはじめることになりました。
 
「一楽、二萩、三唐津」という言葉がありますが、侘茶でいう
優れた茶碗をランクづけした言葉です。約400年前に藩窯と
して誕生以来、萩は「茶の湯のためのやきもの=茶陶」の窯場
として発展してきました。
 萩焼の典型的な特徴といえば、淡い琵琶色や白色をした柔ら
かな焼き上がりで、使いこむ程、茶や酒がしみ込んで肌が変化
します。「萩の七化(ななばけ」とか「茶馴れ」といわれて、
茶人に珍重されてきました。」

●青木先生にかつて聞いた話
萩焼は原料に用いられる陶土と混ぜる釉薬の具合によって生じ
る「貫入」&使い込むことによって生じる「七化け」に特徴がある。
貫入は器の表面の釉薬がひび割れたような状態になり、「萩の
七化け」は貫入が原因で、茶渋や酒が浸透し、器の表面の色や
ひび割れ部分が適当に変化し、いい味わいを見せるのだ。・・・」

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●轆轤見物・・・
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「萩の土はは大道土(だいどうつち)という砂礫の多い地元産の土
です。」

・練り
・轆轤成形
・乾燥
・削り・・・糸尻・高台に△の切り口を入れた。
 「お殿様が、庶民も使っていいよ。」
 傷を付けたのです。
 でも、有栖川の宮は萩で△のあるのを使っていました。


触ってみると、粘りが少ない。
結構、作りづらいだろう。


・「土と釉薬を売ってくださいますか?」
と聞いた。
でも、断られた。

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B店内見物
  萩焼はあまり焼き締まらず吸水性に富んでいる。
  釉薬は土灰釉とワラ灰釉が主体である。
  白濁が濃いものが「白萩釉」や「白釉」と呼ばれている。
  白濁が薄いものが「萩釉」と呼ばれている。
 
 萩焼は意外とシンプル・・・。
 一見、装飾性が乏しいが、素材の変化が面白い。

大きい物をいくつか触ってみた。
 高見沢さんが暇そうにしていたので、善し悪しの
 見分け方を教えた。
 「持ったときの重さだよ。・・・手にフィットするものがいいよ。
  重たく感じるのは作家が下手な証拠です。・・・」
  
 雑器の装飾のバリエーションが面白かった。

 ★武士の茶の湯を背景に生まれた「萩焼」は、多彩さよりも、
 土の味わいや釉薬の変化の面白さ、深さや芸術性が重視され
 たのだろう。


【4】菊屋の逸品
○菊屋家住宅・・・600円
史跡萩城城下町を構成する中心的な建物であると書いてあった。
パンフレットには
・慶長9年(1604)、毛利輝元公の萩入国に従い、山口から萩に移
ってきた。城下の街作りに寄与し、呉服町に屋敷を拝領した。
・・略・・・
その後、代々大年寄格に任命され、藩の御用商人を務めた。
屋敷は本陣として使われ、・・
『我が家は私有であって、然様でなし。』と建物を大切に保存し
てきた。
司馬遼太郎は
「・・長州人の持つ品のいい軽快な美意識を存分に感じた。
 ・・・」
豪商・菊屋家。
屋敷は江戸初期の建築で、400年の歴史がある。現存する商家と
しては最古である。
主屋をはじめ5棟が国指定重要文化財に指定
されている。
菊屋家に伝わる500点余りの美術品、民具等が常設展示されている。
たまたま紅葉の美しい時期だったので、普段非公開の500坪の奥庭が
特別に公開されていた。

○主屋

○奥庭

○本蔵・・・

○金蔵

○釜場

○米蔵

◆主な作家 ◆
・坂高麗左衛門
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・坂倉新兵衛
・三輪休雪 三輪休和(十代三輪休雪・人間国宝)
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・三輪壽雪(十一代三輪休雪・人間国宝)
・田原陶兵衛
・吉賀大眉
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・坂田泥華
・有栖川宮熾仁(たるひと)親王の使用の萩焼
 ★いとじりは▲に切ってある。
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・ほかに志野や常滑、景徳鎮などがあった。


何故、有名人の作品があるんですか?
「明治期に生活に困った方々の陶芸家の作品を買った
 あげたからです。」



【5】菊屋横町付近の萩焼の店




◆◆ 萩焼の歴史 ◆◆
・安土桃山時代
 「文禄・慶長の役」の後、大名は朝鮮から多くの陶工を連れて
 きた。毛利輝元も広島に2人の陶工を連れてきた。
 関ヶ原の戦い後、徳川家康により領地を減じられた。

・慶長9年(1604) 藩主:毛利輝元が萩へ移封させられた。

 毛利輝元が命によって、萩に朝鮮の陶工:李勺光
 (りしゃっこう)とその弟:李敬(りけい)らが移ってきた。
 萩市の松本に御用窯(御用焼物所)を築き、本格的な作陶を
 始めることになった。
 萩焼は、萩藩主の御用窯として
 @萩の城下松本(現萩市椿東)
十三連房(室)から成る朝鮮式登窯が築かれた。
  当初は高麗茶碗に似ている茶碗が焼かれていた。
手法も形状も同じものを用いていた。
A李敬・・・・
 
・寛永2年(1625) 李敬は藩主より坂高麗左衛門の和名を
 受けた。
  以後、坂家は中の倉窯の中心的役割を果たしてきた。
 △古萩・・・初期の松本焼坂家の初代、二代、三代頃までの作品
  である枇杷色釉や白萩釉が特色のある作品を指す。
 坂家の萩焼の黄金時代である。


・明暦3年(1657)
 A深川村三之瀬(現・長門市深川湯本三之瀬)に開かれた。
 山村作之允の子:山村光俊は弟子たちとともに
 深川(現長門市深川湯本)に移住した。
  在地住人の坂倉九郎右衛門の協力を得て第2の御用窯
 (三之瀬焼物所、経営は半官半民)を設けた。
@李勺光・・・山村家→6代目より坂倉と改姓。
 
・寛文3年(1663) 坂麗左衛門の子の二代坂助八が主導する萩:
  松本の御用窯では、初代佐伯半六(実清)と初代三輪休雪(利定)
  を御雇細工人に加えられた。
  
 萩焼は生産力の増強とともに質的な発展した。

 後に兄弟はそれぞれ別々の流派を生み出した。
「松本焼」
 「深川焼(三之瀬焼)」
  
・享保年間(1716〜36) 周防国吉敷郡大道村(現防府市台道)
 において真っ白で肌理の細かい陶土「大道土」が発見された。
 高級茶器が盛んに焼かれるようになった。
 「大道土」が使用される前の萩焼が「古萩」と呼んでいる。

・幕末まで
  侘び茶陶・煎茶具・細工物など多様な器種を生産した。

   

・明治時代  
 藩の手厚い保護を受けてきた萩焼の窯元は、明治維新の変革で
 バックボーンをを失って苦境に立たされた。
 数多くの窯元が次々と消滅した。


・明治後期 
  日本の伝統文化の再評価が起こった。
※萩焼を中興した
 明治以降「萩焼」と一般的に呼ばれるようになった。
「松本焼」・・・・「坂」・「三輪」・「林」の三窯
「深川焼」・・・・「坂倉」・「倉崎」・「赤川」の三窯
 
三輪休雪が休雪白という独特の作風を確立した。。
茶の湯がちょっとしたブームとなった。

・大正時代
  深川焼の12代坂倉新兵衛が表千家に入門し家元伝来の名品を
  写し、萩焼と茶の湯との結びつきを強調した。
次第にブランドイメージを確立した。
 「1楽、2萩、3唐津」と言われるようになり、萩焼の知名度を
 一気に上げた。
 坂倉新兵衛は萩焼を全国に広め不振衰退から救った。
 中興の祖と呼ばれている。

・戦後
・昭和32年(1957) 文化財保護法で選択無形文化財に選択された。
  ・保持者は12代坂倉新兵衛。
   松本焼の三輪休和(10代三輪休雪)

・昭和45年(1970)三輪休和(10代三輪休雪)は人間国宝
  (重要無形文化財)に認定された。

 更に茶道の隆盛が高まった。
   萩焼の需要が高まり窯元は息を吹き返した。

・昭和58年(1983)弟の三輪壽雪(11代三輪休雪)も人間国宝に
認定された。

・平成2年(1990) 吉賀大眉が文化功労者に選ばれた。
   
・平成14年(2002)1月 経済産業省指定伝統的工芸品の指定を
受けた。


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萩焼 坂倉善右衛門窯 藁白釉 抹茶碗
  萩焼 坂倉善右衛門窯 藁白釉 抹茶碗 素朴な優しさに溢れています。 日本を代表する伝統陶磁器工芸品、「萩焼」の一点物の抹茶碗。 萩焼の作家、10代目坂倉善右衛門による、味わい深い逸品です。 萩焼は、やきものの素地と釉薬が織りなす偶然性と、その素地感が魅力です。 萩焼らしい、釉薬のかけ具合による偶然性が魅力的です。 藁白釉と言う釉薬を用いています。藁白釉は乳白釉と呼ばれる釉薬の一種。土灰や藁灰が多く含まれ、名前の通り乳白色の仕上がりとなります。 様々な着色剤を添加する事でパステル調の色釉を得る... ...続きを見る
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