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zoom RSS 箕輪初心:生方▲群馬板倉町【雷電神社】&『雷と空っ風 義理人情かかあ天下』の話

<<   作成日時 : 2015/11/24 10:59   >>

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板倉雷電神社は雷電神社の総本宮で、屋根には葵の御紋がある。
群馬県内最古の神社建築として国の重要文化財に指定された
「末社:八幡宮稲荷神社」がある。また、社殿西100mに
は、万葉集に登場する「伊奈良沼」と呼ばれた広大な沼があ
る。
『雷と空っ風 義理人情』ってのも上毛カルタにある。
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箕輪初心◆群馬:【館林城】&茂林寺&田中正造の墓
http://53922401.at.webry.info/201311/article_12.html
http://s.webry.info/sp/53922401.at.webry.info/201311/article_12.html

箕輪初心:生方▲群馬県明和町【シクラメン】&『水害の歴史』
http://53922401.at.webry.info/201511/article_21.html

箕輪初心:生方▲群馬県板倉町【うおとし】のナマズ料理&
『ナマズの話』
http://53922401.at.webry.info/201511/article_22.html







〜〜〜千代田町〜館林市〜明和町〜板倉町〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
★私は群馬県の中で、館林・明和・板倉・千代田は最も行った回数
の少ない地域である。
【1】訪問1回目・・平成?年
@明和村・板倉町の水塚(みつか)&揚げ船の写真撮影。
A明和村のシクラメンの写真撮影。
B板倉のナマズ料理。
C館林の茂林寺。


【2】訪問2回目・・平成?年
@館林の??寺で田中正造の墓参り
A館林城
B茂林寺
C多々良沼
D館林のナマズ料理
E明和村
F板倉町
G谷中村
H古河


【3】訪問3回目・・平成27年(2015)11月13日
@明和町シクラメン:小久保農園
A館林ぽんぽこ:新鮮野菜・・・ドライ梨はなかった。
○昼食:板倉の『うおとし魚俊』
 「なまず寿司」・「なまず重&館林うどんセット」、
B板倉の雷電神社
C館林城内
(旧秋元邸・田山花袋記念文学館・館林市役所・尾曳稲荷神社
・千貫門・土橋門)、
D館林の茂林寺





◆◆ 板倉雷電神社 ◆◆
群馬県邑楽郡板倉町板倉2334
●駐車場

●伊奈良神社
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★ここが雷電神社だと思った。
鯰(なまず)さんがいるとのこと。
 鯰さんを撫で回し鯰パワーを補給できるとか?
(★インターネット)
境内裏手の別棟に置かれている鯰(ナマズ)の石像は「なまずさん」
 と呼ばれ、撫でると地震を除け、元気回復・視力改善・自信が湧き
 出る、などのご利益があるといわれる。
 (★パンフレット)・・・本当かな?


※本社社殿裏手から入った。
●東の馬

●奥社
 奥社には伊邪那美大神(いざなみのおおかみ)が祀られている。
 家内円満・子授け・安産・縁結びなどを叶える女神とされている。

●「総本宮 雷電神社」
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※主祭神・・・火雷大神・大雷大神・別雷大神
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※創建・・・推古天皇6年(598)(伝)聖徳太子伝説
753の儀式をやっていった。
本社拝殿。極彩色の彫刻・・・見事であった。
※屋根や彫刻の彩色は昭和61年〜平成元年に修復。

 ★雷を呼んで雨乞いをする神社→今は雷避けの神社・・・
 何故、雷電様を祀っているかは今でも疑問である。

本殿の肘木の木鼻には龍が彫られている。


●庫裡・・・御朱印。
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●パンフレット
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●龍灯の杉
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・延暦20年(801) 坂上田村麻呂の東征
  雷電神社の社殿を造営した。
  宮祭の夜、境内にあった杉の木の梢に沼の中から灯が
  上ってきて闇を照らした(伝)。

 「龍灯の杉」伝説。

●案内板
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●鳥居
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●狛犬

●参道

●手洗い社
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●食事処:小林屋&林屋。
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看板には大きく鯰(ナマズ)と書かれおり、鯰の天ぷらを始めとする
ナマズ料理が味わえる。板倉町では郷土料理として鯰が有名である。
門前では鯰料理が名物となっている。


●雷電神社の西隣の公園には雷電沼がある。
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 奈良時代は伊奈良(いなら)の沼と呼ばれ、人の背丈より高い
 大藺草(おおいぐさ)が生えていた。
 かつては雷電神社の境内の一部だった?
 ★どこか不明だったが、此所だったのだ。
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【万葉歌碑】
  上野(かみつけ)の 伊奈良の沼の 大藺草
  よそに見しより 今こそ勝れ 

◇3417
上つ毛野 伊奈良の沼の 大藺草 外に見しよは 今こそまされ
★意味・・上毛野(群馬)の「伊奈良の沼」?)
の大藺草?ように、外(よそ)=回りから見ているだけではなくて、
 今の方が勝っている。・・・
※Hpで大藺草
大藺草(大イグサ:畳表に使うカヤツリグサの仲間・・・
 多々良沼などに生える湿性植物・・・かつては岡山県が産地
であった。この時代は板の間に敷いた藁のような丸い座布団で
 あろう
★意味・・上毛野(群馬)の「伊奈良の沼」?)」
の大イグサように、外(よそ)=回りから見ているだけではなくて、
恋人になって、もっと愛し合う方が勝っているよ。早く、いい
仲になろうよ。ねえ。お願い。・・・ってとこかなあ。

★意味・・上毛野(群馬)の「伊奈良の沼」?)」
のイグサ?ように、外=回りから見ているだけではなくて、
恋人になって愛し合っている方が勝っているよ。女性は鑑賞
する物ではなく、Hするものだ。
 ・・・これ、私がエロ過ぎるのだろうか?


箕輪初心:生方▲2015高崎『万葉集上野国エロ東歌』 
http://53922401.at.webry.info/201509/article_10.html

●歌碑の裏手は 沼地で、大藺草? が茂っていた。

▼戻った。


●末社:八幡稲荷神社・・国重要文化財
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八幡稲荷神社、群馬県最古の木造建築として認定されている。
八幡稲荷神社の方が文化財レベルは上である。
※現地の説明板
『二間社は全国で7ヶ所しか存在せず、大変珍しい。
創建は不明だが、現存するものは
 天文16年(1547)に造営。
  享保19年(1734)に大改修。
 昭和39年(1960)に 元修理
 現在の八幡稲荷神社となる。』



●福禄寿(ふくろくじゅ)の石像
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  子孫繁栄・財産富裕・不老長寿・・・

●雷電為右衞門の手形・・・行かなかった。



◆◆ 板倉雷電神社の歴史 ◆◆
・推古天皇6年(598) 聖徳太子が創建した(伝(。
  伊奈良(いなら) の沼と呼ばれる湿地に浮かぶ小島に、聖徳太子
 が神の声を聞き、祠を設けて神を祀った。
(★社伝)
 ★相当無理のある社伝である。

・律令時代
 ※万葉集東歌に詠まれた。

・延暦20年(801) 坂上田村麻呂の東征
  雷電神社の社殿を造営した。
  宮祭の夜、境内にあった杉の木の梢に沼の中から灯が
  上ってきて闇を照らした(伝)。
  「龍灯の杉」伝説。
 

板倉は雷の被害が多い場所であった。
 渡良瀬川と利根川との間にあって水害が多い場所であった。

・万治2年(1659) 加賀藩:前田利常公所蔵の『菅原道真の絵』
 を里人が納めた。
 ★パンフレット・・・本当かな?

・延宝2年(1674) 館林藩主:徳川綱吉が本社社殿を再建。
  ※社殿に徳川家の三ツ葉葵の紋章を使うことを許された。
  徳川綱吉が第5代将軍となると繁栄するようになった。

・天保6年(1835)本社社殿の再建。・・・現在の社殿。
左甚五郎から10代目の石原常八の作とされる彫刻が廻ら
されている。

・慶応4年(1868) 奥社社殿の造営


・明治時代 
 郷社

・昭和20年
  第二次世界大戦後に宗教法人化された。

・現在 
 雷除け・氷嵐除け・豊作祈願・厄除け(車の安全)・安全・
 GWの例祭



◆◆ 『雷と空っ風 義理人情 』&『かかあ天下』の話 ◆◆
これは、上毛かるたの句=読み札である。
群馬県は、上毛かるたが親しまれている・・・。
雷は「かみなり・いかづち」と読むのではなくて、「らい」
と読む。従って、
「らいとからっかぜ ぎりにんじょう」と読むのだ。

【解説】
群馬県の自然&風土&県民性を著した言葉なのであろう。
夏の雷。冬〜春の群馬を吹き荒れる空っ風。
群馬県の地形が生みだす上州名物である。
また、義理堅く、人情に厚い風土・県民性なのだろうか?
人情に厚く義理堅いのも特色である。
自分はそうではないが・・・・これも上州名物といえるかもしれない。
もう一つ「かかあ天下」っていうのも群馬の県民性を表す言葉である。
「かかあ天下」、「雷」、「空っ風」・・・3つ合わせて「群馬の3K」
と呼ばれることもある。
群馬の場合、「地震・雷・火事・親父」ではない。
「雷・空っ風・かかあ」となるのだ。
こちらの地形の産物とはいえ、こんな名物があるのだ。



1)上州名物『雷』
夏、平野部と山岳部の境目では、南からの風による上昇気流により、
雷や雹を伴なうことがある。雷は主に、上空と地面の間または上空
の雷雲内に電位差が生じた場合の放電により起きる、と言われてい
る。低気圧や前線等の荒天時に発生することが多い。
大和言葉「かみなり」の語源は、雷は神が鳴らすものと信じられて
いたため「神鳴り」と呼ばれていた。
万葉集の「伊香保」が怒る嶺に意味で、雷を意味する。

北関東4県では、
栃木県宇都宮では年間24.8日のうち夏季20.9日、
群馬県前橋では年間20.4日のうち夏季18.9日、
埼玉県熊谷では年間19.7日のうち夏季17.3日、
茨城県水戸では年間16.7日のうち夏季13.1日。
南関東に比較し顕著に多くなっている。
 (★ウィキペディアより編集)
★しかし、年々少なくなっているような気がする。

関東の雷電神社
@群馬の雷電神社
板倉雷電神社 ・・・関東地方の「雷電神社」「雷電社」総本社格。
雷電神社・・桐生市・前橋市
A栃木の雷電神社・・宇都宮市平出町・宇都宮市細谷町
B埼玉の雷電神社・・・幸手市
C東京の雷電神社・・・新宿区の花園神社と合祀された。

大和言葉の「いなずま」・「いなづま」の語源は、稲が開花し結実
する旧暦の夏から秋のはじめにかけて雨に伴い雷がよく発生し、
落雷によって大気中の窒素が田畑に固着されるため、落雷した稲穂
は雷に感光することで実る、とされ、雷を稲と関連付けて 「稲妻」
(いなづま)、「稲光」(いなびかり)と呼ぶようになった(伝)。



2)上州名物『空っ風』
冬の「空っ風」も群馬の風物詩の一つである。
冬から春にかけて北関東を吹きまくる空っ風=季節風である。
大陸のシベリア高気圧から日本列島に向けて吹いてきた風は、群馬&
新潟県境の山岳地帯:三国山脈等にぶつかることで上昇気流となり、
日本海側に大雪を降らせる。群馬北部も多いが・・・山を越えた風
は水蒸気を失って、非常に乾いた冷たい北西風となって吹き下ろす。
上毛三山:赤城山・榛名山・妙義山の南〜南東は特に乾いた風が
吹き下ろす。赤城山の場合は『赤城颪(おろし)』である。赤城颪
(あかぎおろし)は、群馬県中央部から南東部(前橋市〜伊勢崎市
〜太田市〜(館林市)において、北から吹く乾燥した冷たい強風が
吹く。「上州空っ風」とも呼ばれる。
赤城おろしにより畑や道の砂が巻き上げられ空を黄色く染める光景
が多く見られる。自転車に乗っている高校生が寒そうである。
赤城山から吹き下ろす北風が高校生などの行く手を阻んでいる。
自転車通学の高校生のは漕いでいるのに前に進まないという姿が見
られる。冬の赤城山から吹き降ろす冷たい乾いた風「空っ風」は大変
なのだ、
時々、榛名山方向から吹く風を「榛名おろし」・妙義山方向から吹
く風を「妙義おろし」とか言ったりすることはあるが、『赤城颪
(おろし)』のみが正式な呼び名である。高崎や安中・藤岡も冬の
季節風が強いのだ。古い農家は未だに北に樫などの防風林が
あるお宅があるのだ。

※夏の雷と冬の空っ風は群馬県の地形が生んだ上州名物である。
雷も空っ風も年々元気がなくなっている気がしている。
地球温暖化と関係あるのだろうか?
温暖化などでの気候の変化で、落雷や竜巻・突風が関東平野のあち
こちで起きているが、群馬県全体では雷が減ったのではないだろ
うか?

3)上州気質『義理人情』&『かかあ天下』
群馬県の県民性が、『義理人情』と表現されている。
厳しい風土で育った群馬県人は、ちょっとやそっとのことでは
くじけず、めげずに、忍耐強く働く県民性であると表現される。
本当かどうか分からないけれど・・・


・江戸時代
 上州は赤城の国定忠治や赤堀の大前田英五郎などの侠客が多いいた。
農家の経営が苦しいため、口減らし=人間間引きが行われた。
 若い女性は飯盛女=旅籠・旅館のお手伝い・宿場女郎として3年
 の年季奉公をすることもあった。
 若い男性は倉賀野の河岸などの日雇いとして働くこともあったが、
 TVでやっていた『木枯らし紋次郎』にように、渡世人になるもの
 も多かった。
 ★結果として、『義理と人情』の気風がうまれたのかもしれない。

・明治時代
 群馬県は、「かかあ天下」でも有名である。
 養蚕や織物業の振興に、女性が活躍してきた。
 NHKの大河ドラマ『花燃ゆ』でも楫取素彦や文が群馬県の女性を
 評価している場面が見られる。
 阿久沢夫妻(★本当は下村夫妻なのであろうが・・・)がいい意味
 での「かかあ天下」の象徴と描かれている。
『群馬のK』などの本では語源はいくつか書かれている。
養蚕の盛んな群馬では、蚕の飼育と生糸紡ぎは女性の仕事であった
ため、女性はは働き者だと言うところに由来されていいると言わ
れている。

男性は奥さんのいいなりになって尻に敷かれていた
のかもしれない。
 


内村鑑三の「上州人」・・・高崎城の頼政神社の石碑
上 州 人 無 智 亦 無 才
剛 毅 木 訥 易 被 欺
唯 以 正 直 接 萬 人
至 誠 依 神 期 勝 利
鑑 三

※上州人は無知でまた無才 
 剛毅木訥で欺かれ易し
 唯だ正直を以って万人に接し 
 至誠神に依りて 勝利を期す

「上州は智なし、又 才なし、剛毅木訥として欺かれやすし」
と評している。

上州人は頭がよくない。いろいろな才能に恵まれていない。
剛毅木訥・・・元気がよくて強いが、ぼくとつ=お人よしの人が
多く、人に騙されやすい。正直者であり・・・
上州人は質実剛健な気風を持っているが、率直でお人好し
な気質が書かれている。
信仰心は薄く のんびりとした人達が多いと思っているのかもしれ
ない。『こころの灯台 内村鑑三』なのだ。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
箕輪初心★新島襄周辺『内村鑑三の生涯『&「高崎の内村鑑三の碑」
http://53922401.at.webry.info/201302/article_23.html
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

・現在
群馬の女性は、雷や空っ風にめげずに義理と人情を持って仕事に
 励んで一家を支えている。という『かかあ天下』は今でも続いて
 いる。群馬の男性はみんなあまり働かず、ギャンブルに没頭して
 いるのか、そして、男性は愚図で怠け者なのか?というと
 群馬の男性も結構、頑張っているのだ。
 
 確かに群馬はパチンコや公営ギャンブルが大変盛んな県
 ではある。
 パチンコの『平和産業』も有名である。最近では、
 パチンコ店『ダイナム』が地方に進出してきている。
結構、平日でもパチンコ店に客が入っている。 
 高崎競馬がなくなったけれど・・・
 
義理人情だけは大切にしたいものである。

 関係ないけど、館林・明和・板倉は日照時間は日本一で、
 夏の最高気温も館林・熊谷で最高気温を争っている。



********
★明日は館林城かな?

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