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zoom RSS 箕輪初心:生方:2015高崎【今宮八幡宮750年祭】&高崎の八幡宮の歴史

<<   作成日時 : 2015/10/04 07:40   >>

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高崎市箕郷町の今宮八幡宮で750年祭が行われた。氏子総代:T氏から、
高崎市箕郷町の今宮八幡宮750年祭のことをうかがった。下小塙の烏子
(すないご)稲荷神社の神楽が奉納された。主賓に中曽根弘文夫人や富
岡賢治高崎市長・石川高崎市議・岸高崎市議さんなどが招かれていた。
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【0】今宮八幡神社750年祭
11:35 今宮八幡神社・・・数十回来ている。
   杉の大木に囲まれ、歴史を感じさせてくれる。
   境内も綺麗になっている。

@お茶をいただいた。

A氏子総代:T氏に挨拶
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氏子総代:T氏・・・・★先祖は佐久前山城主→武田信玄家臣
            :箕輪城城番→高崎根小屋城城代だった。

B来賓・・・
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・中曽根夫人・・・・・・★先祖は武田系曽根昌世子孫?
 私は中曽根氏は武田氏の箕輪城支配16年の中で
 武田系曽根昌世子孫と考えている。榛名の樋口氏は藤原系とあった。
 中曽根弘文氏夫人・・・5〜6回は見ている。
 夫人はかつて、数回話したこともある。
 頼まれてツーショット写真も5〜6回、撮らせていただい
 ている。凄く華のある方である。
 でも、今日は庶民的な感じがした。
 そして、今日は夫人と親しい高崎の観光課長A氏も来てい
 ない。まだ体調不十分なのかな?


・富岡賢治高崎市長・・・★先祖は小泉城:富岡氏→
              富岡正美(歴史家)・・?
  ・10月4日・・・・箕郷のきつねの嫁入り
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  ・10月17日〜・・第26回高崎マーチングフェスティバル
  ・10月18日・・・第6回かみつけの里 古墳祭り
・10月25日・・・第6回上野国分寺まつり
  ・10月25日・・・第13回箕輪城まつり
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  ★きっと、休みなんかないんだろうな?可哀想・・・
・石川高崎市議・・・・・★先祖は長野氏系か甲州武田氏家臣か?
              家紋が下がり藤&武田菱?
・岸高崎市議・・・・・・★先祖は箕輪城客分(★箕輪城着到帳)?
  などと勝手に想像しながら・・・

C鳥居〜本殿
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E神楽・・・★榛名神社の神楽以来だな?
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 ★ビデオも撮った。
下小塙の烏子(すないご)稲荷神社・・・
 ・古墳時代・・・上小塙稲荷古墳
 ・戦国時代・・・長野氏の砦
   小鼻和氏在住・・・子孫が立石斧治郎((小栗上野介とアメリカ
   に通訳・・・長野智子アナウンサー・・
 大熊氏の館
  武田家臣:大戸浦野氏の祈願所・・・現在も


D神輿
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E主賓が帰る。
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 ★かつて、ツーショット写真を何度か頼まれて
  4回程、撮らせていただいているが、私のことは
  覚えていないだろうなと思って遠くから会釈だけ
  した。

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F群馬名物:焼饅頭・・・ご馳走になった。
  2人のUさん、ありがとうございます。

H石神仏・・・以前、撮った写真は消滅。
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・庚申塔・・・寛治4年(1678)建立
・庚申塔・・・宝暦10年(1760)建立
・如意輪観音像・・・文化8年(1811)建立
・奉賛馬頭観世音・・・元治元年(1864)建立
※女人講も建立・・
    女性が食べ物を持って集まってどんちゃん騒ぎか?
    安産祈願か?
・秋葉大神・・・・・・明治25年(1892)建立。火の神様。
           
(★箕郷町石造文化財)


【1】八幡神社
八幡神社(八幡社・八幡宮・若宮神社・若宮八幡神社)は八幡神を
祀る神社である。全国には1万社とも2万社とも言われ、稲荷神社
8万社に次いで全国2位である。しかし、祭神で八幡信仰に分類さ
れる神社は、全国1位で7817社である。
 (★ウィキペディア)

【2】八幡神社の歴史
・応神年間
応神天皇が八幡神であるとされ、皇室の祖神ともされた。
  皇室から分かれ、分祀された。
・天平勝宝元年(749) 東大寺の大仏の建造
  宇佐八幡(大分)の禰宜の尼が上京して八幡神が大仏建造に協
 力しようと託宣した(伝)・・記録あり。
 ★神仏習合の始まり?・・・
・天応元年(781) 仏教保護の神として八幡大菩薩の神号が与えられた。
全国の寺の守護神として八幡神が勧請されるようになった。
  八幡神が全国に広まることとなった。
・平安時代末期  本地垂迹説
    阿弥陀如来が八幡神の本地仏とされていった。
●中世・・武士の台頭 
 河内源氏も八幡神を氏神とした。
 源頼義は、河内国壷井(大阪府羽曳野市壷井)に勧請し、壷井八幡宮
 を河内源氏の氏神とした。
・長保元年(999) 9月2日 源頼信上野介に任官した。この時から、
上野国の交通の要所=八幡荘は河内源氏が継続して支配した。
★源頼義は高崎の八幡荘を領有した。高崎の八幡八幡宮も勧請した。
 その子の源義家は石清水八幡宮で元服したことから、八幡太郎義
  家と呼ばれた。
 石清水八幡宮は多くの荘園を有したため、土地に八幡神信仰が広まった。
・源氏の碓氷支配・・・里見〜八幡〜赤坂〜寺尾〜山名地区
 河内源氏は@源頼信→A源頼義→B源義家→C源義国→新田氏の始祖
:新田義重と続く。

4代目:源義国は八幡荘から、足利荘→やがて新田荘を開拓した。
長男:新田義重は源頼信→頼義→義家→義国と伝領した摂関家領上野:
八幡荘を継承した。
次男:足利義康は父:源義国が開墾した下野国足利荘を継承した。
新田義重の子どもは里見義俊、山名義範、新田義兼、世良田
(得川〜義季、額戸経義、祥寿姫、足利義清室、武田信光室、那
須与一室?、得河義秀?である。
新田義重は現高崎市寺尾・・・興禅寺開基。
長男:里見義俊は現高崎市旧榛名町室田・・・光明寺開基
次男:山名義範は現高崎市山名・・・古山名神社&高台寺?
(★久保田順一先生)


・治承4年(1180) 源頼朝の挙兵
  富士川合戦前に現静岡県黄瀬川八幡付近に陣を張った。
  奥州からはるばる馳せ参じた源義経と対面した。
  黄瀬川八幡神社(静岡県駿東郡清水町)が建立された。
  源頼朝と源義経が対面・・・対面石が置かれている。

・11国造ろう鎌倉幕府?
  源頼朝は八幡神を鎌倉に勧請し、鶴岡八幡宮を造営した。
  御家人たちも武家の主護神として自国領に八幡神を勧請した。
  それ以降、武神として多くの武将が崇敬した。



【3】高崎の八幡宮
@八幡八幡宮(高崎市八幡町)・・・・・・・999年・源頼義
A古山名八幡宮(高崎市木部町堀の内)・・・鎌倉時代・山名義範
・????年 源義家が深く崇敬した。
  (★『明治神社誌料』)
安元年中(1175〜1177)山名義範が豊前国宇佐八幡宮を勧請した。
(★社伝)
 ※@新田義重の子:新田義範説
  (★通説)
  新田義範が山名郷を与えられ、山名氏の祖となった。
※A足利氏の祖:足利義康の庶長子:源義清=矢田義清の子説
 (高崎吉井町矢田在住・・・1190年木曾義仲に従属)
  (★尊卑分脈)
  新田義重の猶子(養子)の可能性もある。
 (★『新田義重』久保田順一著・2013年久保田先生講演会)

文治年間(1185〜1189)山名義範が社殿を造営。
→山名八幡宮(高崎市山名町)・・・・・・・
つまり、今の山名神社はこの時に移築された可能性がある。
 山名家子孫代々の崇敬社となった。
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 ★山本隆志氏・・・榛東村出身。筑波大学教授。
   だったっけ?
   新田一族の歴史研究家と言えば。
   峰岸先生(高崎六郷出身)・山本先生(榛東出身)
   久保田先生(前橋出身)が全国区である。
   凄い方が来る。聞きたいけれど、音楽師匠の倉渕演奏会
  と重なって、師匠を選んだ。予約した。



B今宮八幡宮(高崎市箕郷町柏木沢)・・・鎌倉時代
C東向八幡宮(高崎市箕郷町西明屋)・・・1474? 長野業尚が建立。
D矢原八幡宮(高崎市箕郷町矢原)



E矢中の八幡宮(高崎市矢中町)
F八幡宮(高崎市萩原町)
G八幡宮(高崎市中泉町)
H八幡宮(高崎市新町)
 などなどたくさんありそうだ。〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



★明日は?

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