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zoom RSS 箕輪初心:生方▲『深谷の3偉人を訪ねて』@鹿島神社&尾高惇忠

<<   作成日時 : 2015/09/02 06:50   >>

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『群馬歴史散歩の会』で「渋沢栄一・尾高惇忠・韮崎直次郎をめぐる
旅に参加した。未だに渋沢栄一・尾高惇忠・韮崎直次郎の深谷の3
偉人の家+横須賀造船所は世界遺産にならなかったのだろうか?
と説明を聞けば聞くほど、さらに強く思ってしまう。田島弥平さん
家だって、車で5〜10分程、・・・3偉人のお蔭で富岡製糸場が
できたと言っても過言ではないのに。それでいて、最近の「明治日
本の産業革命遺産」では日本各地に及ぶ。変だ。薩長史観のため、
薩長が中心のような感じがしてならないのである。
解説員の方、ありがとうございました。今回『群馬歴史散歩の会』
の山崎氏・小山さん・笠原さん・小林さんなど、皆様には大変お世話
になりました。2ヶ月ぶりの旅行で楽しかったです。
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◆◆ 箕輪初心■富岡製糸場@「世界遺産登録への疑問点」 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201209/article_24.html

箕輪初心★埼玉深谷【尾高惇忠】初代富岡製糸場長:
富岡製糸場6−F
http://53922401.at.webry.info/201409/article_15.html

箕輪初心★【渋沢栄一の生涯】:「日本資本主義の父」
http://53922401.at.webry.info/201409/article_14.html
★政府の役人として富岡製糸場を造ることを推進した。

◆◆ 箕輪初心★小栗上野介D「横須賀造船所」 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201107/article_2.html
★設計技師バスチャンは横須賀造船所のヴェルニーの
 下で働いていた。

箕輪初心:生方▲世界遺産bP9「明治日本の産業革命遺産」の疑問
http://53922401.at.webry.info/201506/article_22.html
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◆平成27年(2015)8月29日(土)
●前橋〜深谷・・・
尾高惇忠生家に早く着きすぎてしまった。

【1】鹿島神社・・・2回目
※鹿島神社・・・深谷市下手計(しもてばか)1145
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・鹿島神社の鳥居。

・狛犬

・御神木の欅・・・屋根付き?
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洞の中に神水の湧く井戸があったそうだが、今は枯れている。


・案内板
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『創立年代は不明だが、天慶年代(十世紀)平将門追討の際、六孫王
源経基の臣、竹幌太郎がこの地に陣し、当社を祀ったと伝えられる。
以降武門の守とされ、源平時代に竹幌合戦に神の助けがあったという。
享徳年代(十五世紀)には上杉憲清(深谷上杉氏)など七千余騎が当地
周辺から手計河原、瀧瀬牧西などに陣をとり、当社に祈願した。祭神は
武甕槌尊で本殿は文化七年(1810)に建てられ千鳥破風向拝付であり、
拝殿は明治十四年で軒唐破風向拝付でともに入母屋造りである。境内の
欅は空洞で底に井戸があり、天然記念物に指定されていたが、現在枯凋
した。尾高惇忠の偉業をたたえた頌徳碑が明治四十一年境内に建立され
た。 昭和六十年三月』
 
・説明板
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『下手計の鎮守社で、拝殿には渋沢栄一揮毫になる「鹿島神社」の扁額が
掲げられている。境内には栄一の師である尾高藍香の偉業を称える頌徳
碑が建立されている。
 この碑の篆額は徳川慶喜公の揮毫、三島毅文学博士(号中洲)の撰文に
 よるものである。今では朽木となったが、大欅の根元に沸いた神水で
共同風呂が設けられていた。栄一の母、栄はこれを汲み、癩病患者の背を
流したと伝えられている。
 栄一手植えの月桂樹と長女穂積歌子が植えた橘があり、その由来を記し
た碑がある』


・拝殿
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・渋沢栄一の揮毫になる「鹿島神社」の扁額
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・神楽殿。

・藍香尾高翁頌徳碑
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『藍香尾高翁頌徳碑について
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 尾高惇忠を敬慕する有志によって建てられたこの碑の除幕式は、明治
四十二年(1909)四月十八日に挙行されました。
 おりから桜花満開の当日、澁澤栄一はじめ穂積陳重、阪谷芳郎、島田
埼玉県知事など、建設協賛者である名士多数が臨席されました。その際、
尾高惇忠の伝記「藍香翁伝」が参列者一同に配布されたのです。
 碑の高さは役4・57メートル、幅は約1・9メートル、まさに北関
東における名碑の一つです。石碑の上部の題字は、澁澤栄一が最も尊敬
する最後の将軍、徳川慶喜によるものです。碑文は三島毅、書は日下部
東作、碑面に文字を刻む細工は東京の石工・吉川黄雲がそれぞれ当たり
ました。
 郷土の宝物であるこの名碑を大切にし、藍香翁はじめ先人の遺徳を偲
び、共に感激を新たにいたしましょう。
                     平成十七年十月』
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【2】尾高惇忠生家・・・2回目
尾高惇忠生家・・・深谷市下手計236

・駐車場看板
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・母屋
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・入り口解説板
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・家系図
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・尾高惇忠
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・尾高惇忠の妹:千代→渋沢栄一の妻
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・尾高惇忠の弟:平九郎→渋沢栄一の養子
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・尾高惇忠の娘・・・女工訓練士第一号
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・算額
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・高崎城乗っ取りの密談図
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・間取り
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・総合案内板
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・玄関
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◆解説員の話
はじめに・・・自己紹介。ガイドを始めて2ヶ月・・
1)尾高惇忠はどんな人でしょうか?
『富岡製糸場の初代工場でした。渋沢栄一の10歳年上の従兄弟でした。』

2)生涯
@儒学・水戸学を教えていた。・・・尊皇攘夷
・弘化4年(1847)
尾高惇忠は、自宅で私塾:尾高塾を開いた。
   近郷の人々に学問を教えた。
   ※1847年〜1868年ごろまで
渋沢栄一の7歳の時〜
  従兄弟:従兄の尾高惇忠の許に通った。
   四書五経や『日本外史』を学んだ。
水戸学が中心だったと家の説明に書いてあった。
 でも、ほかの資料では渋沢栄一が陽明学の「知行合一」
  の教えであった。と書いてあった。
  尾高惇忠は「知行合一」の文字を自ら書した軸を学舎に掲
 げ、尾高塾の基本方針とした。とあった。
「尾高惇忠は渋沢栄一のいとこであり、学問の師でもありました。」

A高崎城乗っ取り計画・横浜商工会議所焼き討ち計画
・文久3年(1863)
  渋沢栄一23歳・・・
 「尊王攘夷」思想の影響を受けた渋沢栄一郎や従兄弟
 渋沢喜作と共に倒幕を計画した。
 高崎城乗っ取りの計画を立てた
高崎城を乗っ取って武器を奪う計画を立てたのだ。
※写真を見せた。
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 尾高惇忠&渋沢栄一・・・しかし、尾高惇忠の弟:長七郎に
 「そんな時代じゃない。・・・」
 と止められた。

※家の間取り図を見せてくださった。 
「この生家は、江戸時代後期に惇忠の曽祖父が建てたといわれ、
惇忠や栄一らが高崎城乗っ取り計画を謀議したと伝わる部屋が
2階にあります。・・・でも、昨年、御当主が深谷市に時々遺品を
・家財を取りに来るのを条件に寄附しましたので、中は見られま
せん。」


※23歳の渋沢栄一は家にいられなくなり、京都に行きました。
 新選組にも関わりました。
その後、一橋慶喜の家臣になりました。
 武士で算盤のできる渋沢栄一は一橋慶喜の弟:徳川昭武の
 会計係として、パリ万博に行くことになったのです。
 1年半で5ヶ国を見ました。一生懸命、フランス語も勉強しま
 した。フランスで株で儲けて、帰国後、徳川慶喜公に全部渡
 しました。



B彰義隊→振武軍
・慶応4年(1868)
 渋沢成一郎や渋沢喜作・尾高惇忠は彰義隊を創設した。
小栗上野介の説得にも渋沢栄一がかかわったらしい。
 しかし、小栗上野介は参加しなかった。3人は既に小栗が
 薩摩に恨まれていること(西郷隆盛の企画した江戸騒乱
 に頭に来た小栗が薩摩藩邸に怒鳴り込んだ・攻撃した。)
 そして、横須賀造船所の設立や株式会社・銀行などの
 設立の実践家であると知っていた可能性が高い。




 彰義隊は頭取:渋沢成一郎と副頭取:天野八郎の意見衝突
 により2つに別れた。
 渋沢成一郎の「尽忠報国の実践(君家の辱を一洗)」
 天野八郎の「反逆薩賊の戮滅」
  目的の違いであった。
 渋沢成一郎は彰義隊を離れ、振武軍を結成した。
飯能戦争(戊辰戦争)
 西軍3500 VS 振武軍1,5〜1,600

結果・・・西軍の勝利。
 渋沢成一郎は被弾して負傷した。
 尾高惇忠に助けられ、伊香保(現群馬県渋川市)に逃れた。
 
 参謀:渋沢平九郎(尾高惇忠の実弟&渋沢栄一の養子)は
 敗走し、黒山村(現埼玉県入間郡越生町)で西軍に捕捉さ
 れ負傷した。渋沢平九郎は割腹して自害した。22歳。
※写真を見せてくださった。
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C「備前渠取入口事件」→民部省へ
・明治2年(1869)
  渋沢栄一29 歳はパリ万博・ヨーロッパから帰国し
  静岡で主人の一橋慶喜に会った。

・明治2年 「備前渠取入口事件」
 地元農民の先頭に立って民部省に提訴し、事件を解決へと
 導いた。これが縁で民部省に招かれ、官営富岡製糸場建設に
 計画当初から携わった。
「血洗島〜手計(てばか)村」は利根川が氾濫し、本庄の備前渠取
 入口が壊れた。・・・下流14ヶ村は取水口を深谷に持って来ようと
 画策した。しかし、取水口近くの本庄の村の代表達はそれでは、
 おら達の村が困ると対立した。そこで、調停に尾高惇忠が立つことに
 なった。・・・尾高は政府に文面を書き、備前堀の改修工事を依頼し、
 穏便に解決した。・・・これがきっかけで、民部省に招かれた。」
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10月 渋沢栄一は大隈重信に大蔵省入りを説得された。
   大蔵省に入省する。
   明治政府に仕え、民部省租税正となった。
   民部省改正掛掛長を兼ねた。

・明治3年(1870 )
※渋沢栄一は官営富岡製糸場の設置主任となった。

 ※妻千代の兄:尾高惇忠は工事のまとめ役となった。
  民部省→大蔵省勧業掛の富岡製糸場掛となった。


D富岡製糸場の初代工場長
・苦労話
●韮塚直次郎
韮塚直次郎は久保田直次郎
「尾高惇忠の生家は築250年と言われてします。 
 藍玉の販売や油屋という屋号でランプの油を商っていました。
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農業も少しやっていました。
※現物を見せてくださった。
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 久保田家は住み込みで、尾高家で働いていた。従って、
 久保田直次郎は尾高惇忠の兄弟のように育った。・・・
 久保田直次郎は明戸村の韮塚家の養子になった。
明治4年(1871)富岡製糸場の建設にあたり、尾高惇忠の下で御用達
 となり、瓦、煉瓦の製造一切を請け負いました。
製糸場の建設には、当時まだ新しい建材であった煉瓦が大量に必要
 でしたが、瓦製造を行っていた福島(現甘楽町)に窯をつくり、地元
 の瓦職人に加えて、深谷から多くの瓦工を呼び寄せて製造にあたり
 ました。また、煉瓦を積むのに必要なセメントがなかったため、日
 本に従来からあった漆喰を用い、1年7ヶ月で製糸場を建設しまし
 た。」

・「尾高惇中は創業開始しようとしたが、女工が集まらなかった。
 ・・・そこで、自分の娘を女工の訓練士の第一号にしました。
※写真を見せてくださった。
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「裏の立派なレンガ造りの蔵は、日本煉瓦製造のレンガを使用してい
 ています。明治21年以降のものです。」

・建物見物
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【3】渋沢栄一記念館
◆解説員の話

●裏の巨大「渋沢栄一の像」

【4】旧渋沢邸『中の家』
◆解説員の話

◆昼食
「煮ぼうとう」で有名な深谷。
昼食は予約しておいた煮ぼうとうセットを堪能した。



【5】誠之堂(国重文)&清風亭(県史跡)
・誠之堂(国重文)




【5】旧煉瓦製造施設:国指定重要文化財
深谷市上敷免28-10
2)ホフマン6号窯
◆解説員の話 
「現在、残っているのは1基だけです。
  ホフマン6号輪窯・・・。」


【6】深谷駅



●雑感
5人の解説の話をお聞きしましたが、ほとんどの方が
「渋沢栄一が日本で初めて株式会社を作りました。・・・」
とおっしゃっていましたが、民間から金を集めて会社を初めて作ったの
は小栗上野介ですよ^〜〜と思いつつ、我慢した。


【7】岡部六弥太の墓


【8】仲宿古代倉庫群

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箕輪初心:生方▲世界遺産bP9「明治日本の産業革命遺産」の疑問
http://53922401.at.webry.info/201506/article_22.html

◎18世界遺産:富岡製糸場と絹産業遺産群

◆◆ 箕輪初心★富岡製糸場&絹遺産 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201108/article_10.html

◆◆ 箕輪初心■富岡製糸場@「世界遺産登録への疑問点」 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201209/article_24.html

◆◆ 箕輪初心■富岡製糸場A「5回目の訪問」 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201209/article_25.html

◆◆ 箕輪初心■富岡製糸場B「富岡製糸場&県立博物館」 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201209/article_26.html

◆◆ 箕輪初心■富岡製糸場C「群馬の養蚕スポット」 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201209/article_27.html

◆◆ 箕輪初心■富岡製糸場D「上毛カルタ&群馬の養蚕の歴史」 ◆◆
https://bblog.sso.biglobe.ne.jp/ap/tool/newsedit.do

箕輪初心★富岡製糸場6−E「日本絹の里」の展示内容
http://53922401.at.webry.info/201210/article_2.html
http://s.webry.info/sp/53922401.at.webry.info/201210/article_2.html

箕輪初心★埼玉深谷【尾高惇忠】初代富岡製糸場長:富岡製糸場6−F
http://53922401.at.webry.info/201409/article_15.html

箕輪初心★【渋沢栄一の生涯】:「日本資本主義の父」
http://53922401.at.webry.info/201409/article_14.html
★政府の役人として富岡製糸場を造ることを推進した。

◆◆ 箕輪初心★小栗上野介D「横須賀造船所」 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201107/article_2.html
★設計技師バスチャンは横須賀造船所のヴェルニーの
 下で働いていた。

箕輪初心■群馬【下仁田町の特産品&山&名所・観光地】
http://53922401.at.webry.info/201204/article_20.html
★荒船風穴を掲載している。

箕輪初心★群馬『田島弥平宅』=世界遺産候補
http://53922401.at.webry.info/201303/article_28.html
★今は世界遺産である。

箕輪初心◆神奈川『横浜開港物語』
http://53922401.at.webry.info/201210/article_8.html





〜〜〜箕輪初心:小栗全集〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

◆◆箕輪初心★小栗上野介@「先祖」 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201106/article_28.html

◆◆箕輪初心★小栗上野介A「遣米使節団」 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201106/article_29.html

◆◆箕輪初心★小栗上野介B「業績と提唱」 ◆◆
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◆◆箕輪初心★小栗上野介C「権田での隠遁生活」 ◆◆
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◆◆箕輪初心★小栗上野介D「ヴェルニー&東郷平八郎」 ◆◆
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◆◆箕輪初心★小栗上野介E「東善寺&村上泰賢先生」 ◆◆
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◆◆箕輪初心★小栗上野介F「道子夫人の会津への逃避行」 ◆◆
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◆◆箕輪初心★小栗G「道子夫人の逃避行と北越戦争&会津戦争」 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201108/article_12.html

◆◆箕輪初心★小栗H「遣米使節VS咸臨丸」の歴史的意義 ◆◆
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◆◆箕輪初心★小栗上野介I「東善寺訪問」 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201109/article_23.html

◆◆箕輪初心★小栗上野介J「佐賀の8人&大隈重信」 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201110/article_23.html

◆◆箕輪初心★小栗上野介K「大隈重信&三野村」 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201205/article_23.html

◆◆箕輪初心★小栗上野介L「名残」=築地 ◆◆
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箕輪初心★小栗上野介M童門氏VS村上泰賢先生TV討論
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箕輪初心★高崎:小栗上野介15【小栗上野介忠順の抹殺】
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箕輪初心■九州旅行一覧10回
http://53922401.at.webry.info/201109/article_5.html
http://s.webry.info/sp/53922401.at.webry.info/201109/article_5.html


箕輪初心:生方▲世界遺産bP9「明治日本の産業革命遺産」の疑問
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