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zoom RSS 箕輪初心◆中仙道の復刻版「新町宿〜倉賀野宿〜高崎宿」

<<   作成日時 : 2014/10/08 07:23   >>

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中山道の@新町宿〜A倉賀野宿〜B高崎宿を行く。
→神流川・神流川合戦の碑・・川の辺に天正10年(1582)
織田信長の死直後、北条氏5万 VS 瀧川一益1万6000
が戦った。
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 (★神流川合戦の碑)  


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箕輪初心▲埼玉上里【金窪城】&『神流川の戦い』詳細
 滝川一益 VS 北条軍
http://53922401.at.webry.info/201409/article_21.html

箕輪初心◆高崎【第16回新町神流川合戦:滝川一益】
http://53922401.at.webry.info/201211/article_3.html

箕輪初心●箕輪城シリーズR「第11代:滝川一益」
http://53922401.at.webry.info/201010/article_33.html
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●▲■高崎学■▲●・・・新町にあるのは、首塚である。


●自衛隊

●ガトーフェスタハラダ
箕輪初心■群馬『ガトーフェスタ・ハラダ』の工場見学
http://53922401.at.webry.info/201111/article_3.html


●新町屑糸紡績所・・・
●▲■高崎学■▲●・・・世界遺産ではない。








・常夜灯・・夜、神流川を渡る旅人の渡河の目印「見通し籠」
*無理やり造った常夜灯「新町宿」・・神流川から500m
   
  (新しい新町宿)

●【11】新町宿
・江戸時代前期に落合村と笛木村が合併し誕生→新町と改称。
   最初28戸 
・→天保14年407軒1437人
 ・本陣2・脇1・旅籠43・茶屋33軒
   +女郎屋7軒で女郎250人位)
 神流川を渡った上州最初の宿場町。
 
・お菊稲荷・・・飯盛旅籠「大黒屋」の売春女性の守り神
・八坂神社の芭蕉の句碑「傘におし わけて見たる 柳かな」
・諏訪神社・・・・・・・元禄15年(1702)の鳥居
・専福寺・・・・山門脇に元文五年と寛政十二年の庚申塔、
        四国・秩父
・坂東供養搭と馬頭観音
・旅篭高瀬屋の跡・・・・(現第二公民館の隣)
  小林一茶の文学碑
  文化7年(1810)に一茶が宿泊した旅籠。
  前日からの雨で烏川が川留めになりここに泊まる。
  雨の疲れですやすや寝ていると、明け方に突然起こされ
  石灯籠の寄進をしつこくせがまれた。
  根負けして十二文寄付したという逸話が残る。
  寄進をせがんだ男を蛍に見立てて句を詠んだ。
 「手枕や 小言いふても 来る蛍」
  (★小林一茶の「七番日記」)

・宝勝寺
・小林家の本陣跡碑・・・・(今は小さな標識が有るのみ。)
・弁財天神社・公園・・・・天明3年に温井川の中ノ島建立。
●▲■高崎学「脇本陣」■▲●・・・

・スリーデーマーチ発祥地碑・・弁天橋の手前
・温井川(弁天橋)〜〜〜〜〜〜
※弁天橋から温井川
  新町(安藤広重画)・弁天橋を上流から見る。左は赤城山
・伊勢島神社 

・→立石新田
・川端家住宅
・信迎庵・・
・(関越自動車道)・・
・(薬師堂)・・
・宝昌寺・・・
・伊勢嶋神社・・・常夜燈や道祖神・庚申搭など。



→中島集落
・御堂・・・・境内に寛政十年の二十二夜供養塔などの石仏
・中島神社・・・御岳山坐王大権現と保食神の2つの板状碑。
・道祖神
→柳瀬の渡しで烏川を渡る〜〜〜〜〜 柳瀬橋(烏川)〜〜〜
→岩鼻集落。
・北向子育観音堂 北 
  中山道は、「柳瀬の渡し」から前を通っていた。

・岩鼻陣屋(岩鼻代官所跡)
  ・官軍の攻撃にあった場所。北関東の守り。
●群馬の森 +県立博物館+県立美術館
●岩鼻陸軍・・・
●原子力・・・
・観音寺。
・天満天神社・・
・(高崎線・八高線)・・・


●【12】倉賀野宿
※天保14年・・・297戸2032人・本陣1・脇本陣2
          ・旅籠32
・追分(日光例幣使街道)・・
追分(下町交差点の所)・閻魔堂・道標・常夜灯が立つ。 
※中山道を倉賀野宿で分かれ日光へ至る日光例幣使街道
との追分。日光東照宮の毎年の例祭に合わせて、京の朝廷
 から金の御幣を託された例幣使の日光への参拝道。
 
・閻魔堂・・阿弥陀堂と。
 閻魔さんが座っている。

・「従是 右 江戸道 左 日光道」
・説明板

・常夜灯・・・・中山道と日光例幣使街道との分岐点。
(烏川から利根川を経て江戸に行く川舟が出て、
  多くの蔵。=倉賀野という。)
・下の木戸跡・・
・「吉野家」・・・屋号が叶屋の造り酒屋。

・大山家
・中山道倉賀野宿石柱
・石灯籠・双体道祖神

・大鼓橋跡
・小林本陣跡碑
・弁財天社(弁財天公園)・・天明3年(1783)の建立。
  芭蕉句碑と道祖神
 「むすぶより はや歯にひびく 泉かな」
  旅人の喉を潤した清水を詠んだ句。

・旅籠・・
・諏訪神社・・
・池鯉鮒神社
・養報寺・・・・倉賀野城主金井淡路守景秀によって建てられた
         山門
・倉賀野町元標(中町交差点)
・九品寺・・・・1つの光背の前に三尊を置く善光寺式の本尊。
・倉賀野河岸の船着場・・・・共栄橋。
    周囲には往時を偲ぶ物はない。
    今はこのあたりの流れは急だ。
※倉賀野宿烏川・・・英泉画・・去年の高崎学出題

●倉賀野城
・雁公園・倉賀野城址・・・
鎌倉時代、武州児玉党の流れを汲む一族が倉賀野氏を名のり、
14C末にその子孫が築城。
※倉賀野城16騎・・・倉賀野城の16人の武将
上杉、武田、後北条の勢力の挟間で揺れ動いた。
倉賀野氏→金井淡路守
   (1566年頃に武田信玄が改姓させた。)
天正18年(1590)豊臣秀吉の小田原攻めの際に陥落した。
『倉賀野マップ』
正保3年(1646)廃城
・倉賀野城の三ノ郭の井戸・・
   
・大神井戸八幡・・・・裏には三猿が彫られた数基の庚申塔。 
・中町の御傳馬人馬徒立場跡の碑・・
 仲町山車倉の前 
 立場は北側にあった。
  天保14年(1843) 3ヶ所に継立場があった。

・脇本陣跡碑=脇本陣跡須賀家・・河岸問屋で脇本陣。
  倉賀野宿には脇本陣は2軒あった。
  
  明治時代の建物である。
  連子格子の主屋、付属屋(番人小屋)、白壁の塀である。
  裏に江戸期の薬医門、土蔵、味噌蔵などが残るそうだ。

・上町問屋場(現須賀医院)の高札場跡
   (高さ2間、幅3間、奥行き1間に8枚の高札)
・高札場跡

・大杉神社跡
・牛街道・・
・倉賀野神社・・
・上の木戸跡
・安楽寺(安楽寺古墳・異形板碑・勝軍地蔵尊)・・
・一里塚跡
・松並木・
・正六観音堂



●倉賀野古墳群
・大鶴巻古墳・・
・小鶴巻古墳・・
・浅間山(せんげんやま)古墳・・


→粕沢川 享和三年の粕沢橋
→佐野
・定家神社
・常世神社・・北条時頼が一夜の宿をかしたとき、
   秘蔵の盆栽の梅の木を焚いてもてなしたと言う
   佐野源左衛門常世の家。
→和田多中    
・観音・・・台座に「左 婦ぢおか ちちぶみち 右 高崎」

(国道17号)・・・(上越新幹線)・・・(上信電鉄)
■【13】高崎宿(
・天保14年・・・837戸 3235人/本陣0・脇0・旅籠15)
・慶長3年、井伊直政が和田を高崎と改称。
    紺屋町、鍛冶町などの地名が残存。
・愛宕神社・・
・光明寺・・
・高崎公園
・頼政神社・

・高崎城・・・・・城門が16あった。
  城は中仙道一の城。現存は一部の石垣、東の乾門など

・和田城・・・・・観音山の向かう橋のたもとだが、
  2005年バイパス工事で跡形もない。
・大信寺・・・・徳川家光の弟忠長の墓
         (家光にねたまれ28歳で自決)
・田町・・・・・・最も繁栄した地区
・高崎神社・・・・珍しい鰐口。鋳金した後に黒漆を塗ったもの。
・赤坂の渡し・・・売春宿も多い。
烏川・・・・昔は、船をつなげて渡らせた。
   大水でよく流された?
●高崎城

烏川→豊岡
・万日堂・・・・「みかえり阿弥陀仏」は全国でも五体しかない。
→ 中山道と草津道との分岐の「下豊岡の道しるべ」
  ・一つは「右 はるなみ  ち くさつみち」と刻まれ、
 ・一つは左に「左中仙道 安中 松井田 横川」、
 右に「榛名山 草津温泉 かわなか かわらゆ はとのゆ 温泉」

→中山道の豊岡南道。
・千日堂・・・島方滄洲の墓や享保四年の地蔵尊。
・薬王寺・・・比叡山より不滅の法燈を継承している寺。
→中豊岡
・二十二夜搭や庚申塔などが並ぶ一角。   
・畑・・・道祖神。
→上豊岡
・一里塚:高崎市上豊岡町の国道18号線沿いにある一里塚。
   28里=112km
・上豊岡の茶屋本陣・・・「ダルマ工房」の隣
・少林山達磨寺・・・黄檗宗(
   1/6.7は達磨の初売り。達磨は全国の95%生産)
   黄檗宗の総本山は宇治の「萬福寺」で群馬に7つの寺

◆板鼻宿までのお土産は、少林山の「達磨」。

・八幡神社・・957年創建。当時は上野の国一の社で勢力有り。
  関孝和の弟子小野永重(伊能忠敬と地図づくり)の算額・・・
  昔、見たことある。
 (円の面積の出し方を積分で説いた額・・・今は公開していない。)
・堰川・・・昔は寒念仏橋(かねつばし)という石橋が架かって
      いたそうだ。
●少林山達磨寺


●八幡神社
→板鼻宿手前の橋供養・・・享和二年(1802)石橋の改修時に建立。


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