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zoom RSS 箕輪初心●福島:三春の滝桜&『三春城』 

<<   作成日時 : 2013/06/13 04:45   >>

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三春といえば、やはり「三春の滝桜」である。「三春は梅・桜・桃
の花が一緒に咲くから三春というのだそうである。でも、「三春の
滝桜」の開花には早すぎた。
三春の滝桜を鑑賞後、運転手の私の
わがままで、三春城の訪問した。遺構が結構残っていた。
「八重の桜」でも、ちらっと出ていた。戊辰戦争では、明治元年
(1986)7月16日、白河で奥州列藩同盟軍が敗退すると、断金隊々
長:美正貫一郎の尽力や家老:河野広中の斡旋で、三春藩が降伏
し無血開城した。

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■訪問日・・・平成19年(2007)4月7日
★平成19年(2007)4月7日、町○氏・福ちゃん・マーちゃん4人
で福島の桜と城の散策に行った。白河小峰城〜三春の滝桜・三春城
・二本松城と回った。
【1】三春の滝桜
白河小峰城から、北陸自動車を越え、磐越自動車道「船引三春IC」
を降りた。国道288号を郡山方面へ向かった。
まず、花見だ。今日は、満開には程遠い。白河小峰城で味わった。
「三春・・・梅・桜・桃の花がい一緒に咲く三春。
 「三春の滝桜」の開花は、一週間後。早すぎた。
 でもボランティアの方々はいた。
そうは云いながらも、やはり立派な桜であることには変わりなく
 素晴らしかった。

  
●菜の花と滝桜・・・
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  「梅桜 桃が三春と つきし名に 
           三春の春が 今盛りなり 」 

         
※満開ならば?          
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【2】三春城
三春滝桜を鑑賞後、運転手の俺のわがままで、三春城の訪問を決定。 
城下町に入った。
お屋敷あとのような建物があった。
その先を右折すると、いきなり、急な坂道になった。
その坂道を道なりに登って行くと城址に着く。

●駐車場から本丸へ登って行く途中に、櫓の石垣が一部残っている。

●屈曲路・・・曲がりくねった道 
枡形の役目を果たす網状の道がある。

●大きな枡形を越える。
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●二の丸・・わずかな桜をバックに記念撮影。
 二の丸の碑と城址碑・説明板があった。
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 二の丸曲輪はかなり広い。
  二の丸は、下の方にも段曲輪になっていた。
 ★三春城も桜の名所で、まだ3分咲きといった感じであった。
  来週が見頃・・・三春城
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●本丸・・・長方形の連結式複郭。
・本丸虎口
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・「秋田家祖先尊霊」
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本丸からの眺望は、いまいち・・
・大広間
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■見所・・・土塁と石垣、城山の途中の藩校明徳堂の表門、
      城跡として本丸跡。   



●▲■ 三春城の歴史 ●▲■
・永正元年(1504) 田村義顕が守山城(郡山市田村町)より
          三春大志多山に築城。
          田村3代の居城。
   ★眺望が悪く、籠城に不向きかもしれない。
    田村氏は三春領内24の支城を活用した。

・天正17年(1589)豊臣秀吉の奥州仕置。
         (小田原の陣への不参加)
          所領を没収。
         三春城は蒲生氏郷の会津領。
         田丸具直が城主。

・慶長3年(1598) 上杉景勝が領有。

・慶長5年(1560)  関ヶ原の戦い
長谷堂城の戦い
         徳川家康も命令で上杉景勝が米沢に移封。

・江戸時代    三春城主は加藤氏→松平氏

・正保2年(1645) 常陸国宍戸より秋田俊季が55000石で入封。

・天明5年(1785) 火災で城下町〜三春城まで延焼。
         三春城は壊滅。

・明治元年(1986) 戊辰戦争   
  ●三春藩は奥羽越列藩同盟に加盟。
7月16日、断金隊々長:美正貫一郎の尽力があった。
  家老:河野広中が東山道先鋒総督府参謀:板垣退助に会見した。
  西軍=明治政府軍に降伏。三春藩が降伏し無血開城した。
  そのため、三春は戦場とはならなかった。
  三春城は西軍の病院となった。
三春藩兵を土佐藩兵に合流させ、二本松藩攻略した。
  会津戦争にも出兵した。
   
★河野広中は福島県令→自由民権運動→福島事件の加担者・・
  

    

★明日は、福島:??城

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