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zoom RSS 箕輪初心◆神奈川『横浜開港物語』

<<   作成日時 : 2012/10/09 22:29   >>

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横浜開港の歴史
私の横浜開港の歴史散策の目的は
@横浜開港〜明治時代の横浜の歴史の理解を深めること。
A日米和親条約締結場所に行くこと。
B群馬県嬬恋村出身の中居屋重兵衞宅を探すこと。
C群馬の養蚕・富岡製糸&横浜開港の関係を調べること。
である。

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(★ボーハタン号のステンドグラス)


◆◆ 箕輪初心★『小栗上野介とボーハタン号』 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201106/article_29.html


◆◆ 箕輪初心★『ボーハタン号&咸臨丸』 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201108/article_17.html

◆◆ 箕輪初心★『小栗上野介の功績&提唱』 ◆◆
大隈重信・大久保利通・東郷平八郎などは
「日本の近代化の父」と思っているようだ。

http://53922401.at.webry.info/201106/article_30.html


◆◆ 箕輪初心★『中居屋重兵衞』 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201106/article_14.html

◆◆ 箕輪初心■富岡製糸場@「世界遺産登録への疑問点」 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201209/article_24.html

◆◆ 箕輪初心■富岡製糸場A「5回目の訪問」 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201209/article_25.html

◆◆ 箕輪初心■富岡製糸場B「富岡製糸場&県立博物館」 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201209/article_26.html

◆◆ 箕輪初心■富岡製糸場C「群馬の養蚕スポット」 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201209/article_27.html

◆◆ 箕輪初心★富岡製糸場D『群馬関係の生糸貿易商人』 ◆◆
http://53922401.at.webry.info/201209/article_28.html





平成24年(2012)10月6日(土)
【1】横浜の歴史散策
横浜市にはは歴史的建築物や海外文化の日本発祥の碑
などが点在している。
私は、JR桜木町駅で降りた。何年ぶりだろうか?
@「旧生糸検査所」
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A「旧安田銀行」
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B「中居屋中居屋重兵衞宅」
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C「横浜市開港記念会館」・・・ジャック
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※ボランティアガイド依頼・・・右から2番目の方
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階段を登る。
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※「坂の上の雲」の撮影場所だった。

・「大正6年(1917)横浜開港50周年を記念し、創建。」 
・「昭和34年(1959)年からは「横浜市開港記念会館」
 の名称で、公会堂として利用されている。」
・横浜市開港記念会館の時計塔は、「ジャックの塔」
 と呼ばれている。高さは約36mある。
 横浜市は神奈川県庁(キング)・横浜税関(クイーン)
 と共に、横浜市開港記念会館(ジャック)をPRして
 いる・・・横浜三塔を観光名所にしたいらしい。
・「ステンドグラス」・・・★きれいだった。
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・咸臨丸の絵
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・「ボーハタン号に乗って、ペリーが来た。」
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(★ボーハタン号のステンドグラス)
 ★小栗上野介達が日米修好通商条約の締結のために
 乗った船だった。

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・岡倉天心の生誕の地
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D「旧運上所(横浜税関)」=現神奈川県庁・・キング
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E「横浜税関」・・クイーン
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県庁横を通って、
横浜市中区日本大通の海岸通りを横切った。

F「横浜開港資料館」
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・建物は正面玄関に独立して立つ二本のコリント式円柱、
丸天井、弓形の一部が切れた入口上の飾り、大きな要石
などイギリスの建築様式が特徴である。
※近代化産業遺産認定されている。
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・ペリーの横浜上陸
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・締結場所・・玉楠の木を中心にした中庭
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・ベンチで一休み・・・。
・資料閲覧室・・・ビデオが分かりやすい。
・喫茶室
・受付・・・小冊子購入
 「横浜の157年」 ・・・840円
 「ペリーの来航と横浜」・・840円
昭和6年(1931)イギリス領事館がイギリス工務省の設計
昭和54年(1979)横浜市がイギリス領事館を買い取り。
昭和56年(1981) 横浜開港資料館建設。
現在に至る。
※横浜開港資料館・・・江戸時代〜明治時代の横浜の
 開港当時の貴重な資料が展示されている。
 日本の開国と横浜港開港に関する資料や明治期の横浜の
 様子の模型などを展示資料などがある。
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H「開港広場」・・開港資料館に隣接。
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・中央の噴水
・地球をかたどった日米和親条約締結の地の石碑

・信号を渡る。
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I「象の鼻パーク」
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大さん橋の「象の鼻」は周辺が公園として整備された。
平成21年(2009)6月2日、横浜開港150周年の開港記念
日に開園した。
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J赤煉瓦
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K鉄道
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※「みなとみらい線」
平成16年(2004)2月、東急東横線との相互乗り入れの
「みなとみらい線」が開業した。
路線の日本大通り駅から横浜開港資料館へ至近になった。
横浜開港資料館の北西側、海岸通りと日本大通りとの
「開港資料館前」交差点が市街地側からの「象の鼻パーク」
への入り口になった




◆◆ 日米和親条約&日米修好通商条約 ◆◆
・嘉永6年(1853) アメリカ合衆国の国書を携えたペリー
 提督の艦隊が沖縄北谷付近
 →小笠原父島
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 →浦賀に来航した。
 ペリーは脅迫するように幕府に開国を迫ったらしい。
 しかし、江戸幕府は回答を保留した。

・安政元年(1854) ペリーは再び来航して幕府に開港を
 迫った。
 日米和親条約は横浜開港資料館の中庭にある玉楠の木
 の下で行われた。
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 日米和親条約で下田と函館の2港を開港したのだ。
 条約締結後、ペリーは伊豆半島の下田で、「下田条約」
 と呼ばれる日米和親条約の細則を取り決めた。
 吉田松陰がアメリカに渡ろうとして小舟で米軍艦に乗り
 付け、幕府の役人に捕らえられた。

・安政3年(1856)下田が開港後、アメリカ合衆国総領事と
 してハリスが下田に着任した。日本で最初の領事館と
 なった。ハリスは下田の玉泉寺に暮らすことになった。
 日米和親条約は条約は貿易を承諾したものではなかった
 ので、ハリスは日米間の貿易開始の交渉の任を負ってい
 たのだ。

・安政4年(1857)ハリスはようやく将軍:徳川家定への拝
 謁が許された。ハリスは合衆国大統領の親書を手渡し、
 貿易交渉を開始した。
 しかし、江戸幕府は交渉の返答に困ってしまった。
 ハリスは下田で3年間過ごすことになった。

・安政5年(1857)遣米使節団が出航した。
◆◆ 箕輪初心★小栗上野介「ボーハタン号&咸臨丸」 ◆◆



日本とアメリカ合衆国の間に日米修交通商条約が締結された。
※条約は関税自主権がない不平等条約だった。
この条約によって下田、函館に加えて、兵庫(神戸)、新潟、
長崎、神奈川(横浜)の4港の開港が約束された。

アメリカ総領事:ハリスは神奈川宿(現在の京急神奈川駅・
東神奈川駅付近)前の港の開港を想定して、神奈川宿の
本覚寺にアメリカ領事館(青木城=本覚寺)領事館を置いた。
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普門寺には、フランス領事館があった。
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江戸幕府は神奈川宿での外国人と日本人とのトラブルを恐れ、
当時小さな漁村であった横浜を「横浜も神奈川の一部である。」
として強引に推し通した。
当時の横浜の沖合は水深が深いので港に適していた。
横浜開港に当たって運上所(=現神奈川県庁)先の海岸
にふたつの石組み突堤が造られた。
東側突堤の名残が大桟橋の「象の鼻」である。
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・安政6年(1859)陰暦6月2日(太陽暦暦7月1日)
横浜が開港した。
その後の横浜港は一大国際貿易港として発展してした。
横浜の街は国際都市として発展したのである。
現在も6月2日は横浜の開港記念日として祝われ、
横浜開港祭が盛大に実施されている。
昔、大学吹奏楽部で、パレードのも参加したのだ。




★明日は、自衛艦「くにさき」&「ひゅうが」かな?
横浜新名所かな?

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