城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー・旅行

アクセスカウンタ

zoom RSS 箕輪初心●岐阜の城G『岩村城1回目』=紅葉写真集

<<   作成日時 : 2012/10/22 21:18   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 3 / コメント 0

岩村城1回目は、中山道岐阜編・苗木城を回ってから
の訪問である。「岩村城は霧ケ城といい、天然の地形を
活用した堅固な山城である。海抜721mにあり、全国の
山城の中で最も高地にある日本三大山城である。
「美濃岩村城・大和高取城・備中松山城」である。でも、
山形延沢城説もある。百名城は納得。凄げえよ。

画像



■訪問記1回目・・平成19年(2007) 11月24日〈火〉
●岩村の城下町を越えた。

@岩村城博物館に行った。
画像

・ここが御殿だ。   
画像

 大きな駐車場に停車した。
 博物館の休館日だった。
 パンフレットが手に入らなかった。
 案内図で本丸への道を確認した。
画像

 歩くか車で行くかで迷ったが、車にした。
  

A本丸の隣の郭駐車場からの眺め
画像

画像


B本丸階段
画像

画像

画像


C本丸の景観
画像

画像

画像

画像

画像


D本丸の埋門
画像

画像



D本丸下の大手門への石垣6段
画像

画像


E井戸→???
画像

画像


F家臣団の井戸
画像


○再び、登って・・・。

○大手門前から右折。
○埋門前を越えて、巨大石垣に行った。
画像

○振り返った。
★「岩村城はすごい城だった。
 思った以上の素晴らしい城だった。
 俺のお気に入りの城になった。

画像


▼下山

●城下町
画像

画像



○昼食・・・
2回目も同じ店なのだ。
画像



★最終的には本丸から下ってきてしまった。
 登るべきだった。


◆◆ 岩村城の歴史 ◆◆
・文治元年(1185年)源頼朝重臣:加藤景廉が遠山荘地頭に
          任命。加藤景廉の長男:景潮が岩村に移り、
        加藤の姓を遠山に改め、以後遠山氏が代々居城。
・天正元年(1573)武田信玄の家臣秋山信友がに岩村城を奪取し
         入城。
天正3年(1575) 秋山信友が織田軍に敗北。
        城主は川尻鎮吉(秀隆)と森蘭丸、森長一、
         森忠政の森三代、田丸具忠
慶長5年(1600)関ヶ原合戦後、西軍に属した田丸氏
        →松平家乗(大給松平家)が城主。
江戸時代    大給松平氏二代
        →丹羽氏五代
          →大給松平分家の松平氏七代   
城郭は中世城郭を近世城郭へと修築し、
本丸、二の丸、出丸、帯曲輪、東曲輪、八幡曲輪等々が
設けられ、丸と曲輪は石累や自然の断崖をもって区画され、
要所に櫓、塀、城門が構えられた。
建物は明治維新により廃城された。

明治6年8(1873) 取り壊された。
  (★岩村町教育委員会 岐阜県教育委員会 の説明板から)



★ 明日は?

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(3件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
箕輪初心●岐阜の城8−B『岩村城本丸編』=女城主は信長の叔母なのだ。
★岩村城の女城主は、織田信長の叔母だった。武田信玄の 家臣:秋山信友が妻にしたのだ。岐阜県恵那市岩村町に ある。岩村城は2007年に日本城郭協会が選定した日本 百名城の一つである。日本で一番高い標高721mにある。 天守閣などは残っていないが、石垣は見事で、一見の 価値がある。今回は岩村歴史資料館から徒歩で登城した。 ...続きを見る
城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー...
2012/10/25 07:09
箕輪初心◆岐阜:重伝建『岩村城下町』&恵那観光
恵那市岩村の城下町は重要伝統的建物群保存地区である。 ※岩村城は城主:遠山景任を亡くして、女城主となった 織田信長叔母:修理夫人が織田信長の5男:御坊丸を養 子にして守っていた。武田信玄の家臣:秋山信友は、叔 母を妻にと考えた。女城主は家臣や領民を守るために政 略結婚の道を選んだのだった。恵那市岩村町は家臣や領 民を守った女城主=修理夫人に着目し、「女城主の里づ くり」に取り組んだ。酒は「女城主」=最高なのだ。 岩村城の城下町の町並み散策は風情があるのだ。 ...続きを見る
城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー...
2012/10/26 06:39
箕輪初心★小幡赤武者隊&三方ヶ原の戦い
★群馬甘楽小幡に小幡重貞の本拠地があった。しかし、小幡重貞は 本拠を国峰城に移し、家老の熊井土に小幡館に住まわせた。小幡 重貞の妻は長野業政の長女であった。しかし、長野業政の計略で 従兄弟:小幡図書之介(宮崎城&神成城)は富岡の国峰城を占領 した。小幡重貞は永禄年間の武田信玄の誘いで、長野業政の同心 から武田信玄の家臣になった。武田信玄は小幡赤武者隊を家臣に したのだ。小幡重貞は武田信玄の「信」の字を賜り、小幡信貞(信実) に名前を変えた。武田信玄は、山景昌景・真田昌幸にも赤... ...続きを見る
城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー...
2013/04/10 06:48

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
箕輪初心●岐阜の城G『岩村城1回目』=紅葉写真集 城・陶芸・ハイキング・ダイビング・スキー・旅行/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる